一、アンナ・クロックル
長編になります。 稚拙な作品ですが、お楽しみになれたら、幸せです。
すみません。長編が初めてで、掲載の仕方が間違っていたようなので再掲載させていただきます。
よろしくお願いいたします。
(1)アンナ・クロックル
鉄格子がはまっている小さな窓から、奇麗な月が見える。
遠くに聞こえる狼の遠吠えが、ここはアンナが暮らしていた街中ではないことを教えてくれる。
「 …ったく あのくそ親父」
悔しくて涙が出そうになるのを、唇を噛んでぐっとこらえる。涙一滴でもあいつらのせいで流すなんて、もったいない過ぎる。
私の名前は、アンナ・クロックル。今年で十三歳になる。
只今、【神の花嫁】という名の生贄になるため、監禁され中。
神の花嫁とは言っても、本当に花嫁になる訳じゃない。『ケセラ』と呼ばれる大蛇に貢物として捧げられる貴族の娘をそう呼ぶの。ケセラは普段眠っているんだけれど、五十年に一度、目を覚ます。ケセラが起きている間は、国の大事な河であるイムル河の水源を止めて干乾びさせてしまうから、国にとっては大事よね。ケセラの目覚めと共に、イムル河の水量が減り始めて、国中の話題がケセラと【神の花嫁】一色になるの。
ケセラが何で目を覚ますのかと言ったら、お腹を空かして目を覚ますらしくて、食べる物も決まっているらしいの。それが、未婚の貴族の娘。平民の娘では駄目らしくて、ノブレス・オブリージュ(貴族の義務)の大義のもと、五十年ごとに誰かしら貴族の娘が送り込まれている。それが、今回は私らしいということ。
ケセラは、その餌を食べたら、大人しく巣に帰ってまた眠りに入る。皆の為に大蛇に食べられた乙女を【神の花嫁】と呼んで、みんなして感謝するらしんだけど、私はあの連中の為になんか絶対に死にたくなんてない。
何が、ノブレス・オブリージュよ。
そんなのは、一回でも貴族の娘として大事に扱ってから、言えってんの。
私が生れたのは、アラランド帝国を宗主国と仰ぐ周辺七か国の一つアマウス国。エスト山脈の山水を水源としたイムル河が国の中央を流れる緑あふれる国で、父親はそこで男爵位を持って、王宮に魔術師士官として仕えているの。その父親とその一味、いわゆる家族と名乗る者たちが、私を騙してここに送り込もうとした。勿論、信用していない相手から騙される人なんていないと思うし、ちゃんと逃げたんだけど、捕まっちゃったのよね。
「お前には魔力がないのだから、仕方がない」
それが彼らの決まり文句。
どうやら、生まれた時の魔力検査で魔力なしと判定された私は、家族ではないようで、五つ上の姉と三つ上の兄とは、区別されて育てられた。
一人離れに追いやられて、家族団らんとは無縁の生活。勿論、教育も受けさせてもらえなかった。
私以外の家族四人はとても仲が良いみたいで、お天気の良い休日の昼間には、家族で庭園でお茶をよくしてたわ。楽し気な声は聞こえていたけれど、私が近づくとその声はピッタと止まるの。勇気を出して私が顔を出したら、母は露骨に嫌な顔を浮かべて、兄は無視。父に至っては、怒鳴って追い払いにかかってたわ。 まるで野良犬を追っ払うかのように。少しましだったのは姉だけど、それでもその目には優越感があったのは気付いたし。
離れに通いで働いてくれていた家政婦のマリアがいなかったら、私は生きていなかったと思う。マリアは出稼ぎに田舎から王都に来ていた中年の女で、学がなくて字も読めなかったけど、どことなく品があって、情に溢れていて善良な人。幼い頃、寂しくて仕方がなくて泣いている私をよく抱きしめてくれて、田舎の子守歌を聞かせてくれたの。不思議なメロディーで、その歌を聞くと自然と自分が一人ではない気分にさせてくれて、安心して眠れるの。マリアは通いで、その分しかお給料を貰っていなかったんだけど、私の事を心配してよく泊まってくれてた。
私はマリアの事を本当の母親のように思ってる。
マリアはお金を貯めて、田舎で老後を送る事を決めていたんだけど、その時は私も連れて行ってくれるって約束してくれてたしね。
そして、マリアは善良な人間は損をするという事を、身をもって私に教えてくれてた。マリア自身は余りわかってないようだったけど、母屋にいる使用人たちはマリアに意地悪してたもん。私たちが食べる食材をすり替えて、外に持ち出している不届き者もいたしね。
あ、ダメだ。
マリアの事を思うと涙が我慢できない。
小さい頃は訳がわからないにしても、ある程度大きくなると、自分が置かれている環境が異常だって気が付くじゃない?
貴族の屋敷の離れに一人暮らし。母屋の使用人に会えば、「アンナお嬢様」と呼ばれはするものの、明らかにお嬢様の暮らしではないしね。私の顔は兄にも姉にも似ていたから、血が繋がってるのも疑いようがなかったし。
同じ両親から生まれたはずの姉兄たちは、貴族の子弟らしく奇麗な服を着て、家庭教師がつき、馬車で送り迎えされているのに、私の服は明らかに古着。姉のお下がりですらなくて、綻びがあちらこちらにできているような物。それをマリアが有難そうに縫うもんだから、文句一つ口にすることは出来なかったけれど。
そういえば、マリアは身の回りの物全てに良く感謝の言葉を口にしていたわね。
「お嬢様、雨風に晒されず、こうして竈の火が灯って温かい汁物が飲めるなんて、マリアは幸せですよ」
肉一つ入っていないくず野菜で作った薄い味のスープにさえ、マリアは感謝して飲んでいた。
いかん いかん。 話が逸れた。
そうじゃなくて、同じ兄妹なのにその扱いの差に疑問は持ったわけよ。
で、理由を聞くために、一番責めやすく見えた兄のジェイソンの部屋に忍び込んで言われたのが、「魔力なしの娘は、貴族ではない」という言葉。
「貴族と平民を分ける大きな差は、魔力があるかどうかだ。魔力持ちの者は、その力を使ってこの国の為に働く。当然、平民より優遇されるし、魔力を持たない者は平民に落とされても仕方がないんだ」
「では、私は男爵家の娘ではなく、平民の娘という事ですか」
「ああ そういう事だ。 だから、お前には貴族の礼儀も教養も必要ではないし、僕たちと兄妹だと思われるのも迷惑なんだ」
私、その時まだ十歳だったから、迷惑という言葉には傷ついたわね。
今の十三歳の私なら、「こちらこそ」って言葉を返したと思うけど、あの時はまだ心のどこかで家族に対する憧れがあったから。もしかしたら、親の言いつけせいで話ができないだけで、兄妹の情はあるかもしれないって思ってた。
その後、ショックを受けて動けないでいる私を、いつの間にか側に来ていた執事が力づくで部屋から追い出したの。 この執事、初老の男でガルクって言うんだけど、私以外の家族には丁寧なのに、私には馬鹿にしたような態度で接してくる嫌な奴なのね。そんなのに腕を掴まれて、ショックが倍増したのよね。
その夜、離れで大人しくしているのに、父親にも怒鳴りこまれたわ。
色々言っていたけど、言いたいことを要約すると「兄と姉と会話をするな」「魔力のないお前は、家族じゃないから思い上がるな」てことかな。
本当にろくでもない親よね。そんなに関わりたくないのなら、産んでくれなくても良かったのにね。
父親が母屋に戻った後、余りにも自分のおかれている立場が情けなくて、久しぶりにマリアの前で泣いてしまったの。マリアは私が寝付くまで側にいてくれて、懐かしい子守歌を聞かせてくれた。子守歌って不思議よね。リラックス効果でもあるのかしら。気が付いたら、朝までぐっすり眠っていたわ。
「でも、ある意味よかったんじゃない。 貴族の令嬢扱いされてたら、下手したら、【神の花嫁】に選ばれたかもしれないじゃない」
次の日に、家の事を愚痴ったら、そう言って慰めてくれたは、幼馴染みのエミリー。
家にいても仕方がなかったから、よく抜け出して王都の下町で平民の子供たちと遊んでいたのよね。みんな私が訳アリ貴族の娘って事を知っていたけど、それぞれ理由は違っても、訳アリの子供は他にも大勢いたから、お互い傷は触れない事にしてそれなりに仲良くやっていたのよ。傷のある子もない子もね。
エミリーはその中の一人で、薬屋の一人娘。
幼馴染みの中では比較的裕福な家の子で、家業の手伝いをする合間に私たちとも遊んでくれてた。エミリーのお父さんが優しくて、お金のない子供たちに薬草探しの仕事をさせてくれて、お小遣いをくれてたの。そのお小遣いでナンシーの家のパン屋さんでパンを買ったり、カイルの家の肉屋さんで肉の串刺しを食べたり、救民院にいる子供たちに混ざって、勉強したりしてた。私を含めてお金のない子供にとって、非常に有難い存在だったわ。
救民院ってのは、何代か前の王妃様が王都に作った王都の貧民が学ぶための施設の事ね。先生がいつもいる訳じゃないけど、施設は朝から夕方まで解放されていて、寄進された本を読むことが出来たの。そりゃあ、難しい本も中にはあったけど、殆どが子供向けの本だったから、夢中ってほどではないけど、頑張って読んだわ。子供向けの道徳の話が多くて、別に面白いとは思わなかったけど、字が読めない事に恐怖心があったのね。マリアがそれで虐められていたのを見てたからだと思う。本当はマリアにも救民院に行って欲しかったんだけど、マリアは真面目だから、救民院の開いている時間は、自分も仕事の時間だからって、男爵家の離れから離れがらなかったのね。だから、私が字を覚えてマリアに教えてあげようと思ってた。
で、話は三年前のエミリーとの会話に戻るんだけど、その時に初めて『ケセラ』と【神の花嫁】の事を聞いたの。
「神の花嫁?」
「え?知らない? ケセラって聞いたことない?」
「知らないんだけど」
「ケセラって、お貴族様の令嬢しか食さないグルメな大蛇の名前よ。 ケセラって山よりも大きくて、河の水を一飲みで枯らすらしいの。 お祖母ちゃんは、子供の頃に見たんだって。お祖父ちゃんもあの時は大変だったってよく話してるよ。 もうそろそろ現われる頃だからって、家でこの頃よく話題に出るのよ。 ねぇ~ 本当に知らない? 【神の花嫁】は食べられちゃう貴族のお嬢様の事なんだけど、お祖母ちゃんの話だったら、魔術師士官の家から選ばれる事が多いらしくて、次の【神の花嫁】は、バベリー男爵家じゃないかって言ってるんだけど」
私はケセラの事を聞いて、初めて自分の立場が納得できたのよ。
バベリー男爵家って、私が生れた家の事ね。未婚の貴族の娘って言ったら、姉のスーザンしかいない。魔力がない私は、貴族の娘扱いをされないけれど、ケセラに食べられる心配ものない。あの澄ました顔をした姉が、ケセラに食べられるかもしれないと今現在怯えているんだ。だったら、姉が奇麗なドレスを着て、美味しい物を一杯食べていても仕方がないんだって。
(2)十三歳
先々月、十三歳になって、私も自分の将来の事を本格的に考え始めたのよ。
本当はもっと前から漠然と思ってたんだけど、いつまでも、男爵家の離れにいるのは許されないんじゃないかなって。今は男爵家には何も言われていないけど、ある日、突然出っていけって放り出されるんじゃないかってね。だって、あの親だもの。こちらの都合なんて考えもしないでしょう。
先ずマリアに相談したら、「その時は、マリアの部屋で暮らせばいい」って言ってくれて、 マリアの家というか部屋は、女だけが入れる独身寮で、マリアと同じような仕事をしている女たちが身を寄せ合って暮らしてるらしいの。
「王都で女が一人で暮らすのは物価が高すぎて大変ですが、皆で協力すれば生きていけるんですよ。お嬢さまもきっと、大丈夫ですよ」
次は職なんだけど、エミリーのお父さんに相談したら、その時は郊外にある薬草園の手伝いをすればいいって言ってくれたの。
「でも、アンナお嬢ちゃん。 これは、バベリー男爵家がお嬢ちゃんを縁切りした時の話だよ。 今はまだお嬢ちゃんは男爵家の娘だし、男爵の許可なく雇うことはできないよ。 どんな難癖つけられるかわかったもんじゃないからね。貴族ってものは、何の力もない平民から見たら怖いものなんだよ」
って言われて、この話が確定したわけじゃなかったけれど、私はその気になったわ。その時にね、もしかしたら、薬師になれるかもしれないっていう考えが頭の中に浮かんできたの。ほんの少しだけだけど、薬草探しは経験してたから、家庭にある簡単な薬なら、どんな薬草が必要か覚えてたもの。
言われた仕事は、薬草の世話だけれど、その延長線上に薬師の仕事がある訳だし、要は知識の吸収でしょ。私、物覚えには自信があるから、そんなに無謀な話じゃないと思うの。
エミリーのお父さんてね、その薬師の腕で人助けをしていて、王都の下町でみんなに尊敬されてるの。そんな大人に私もなれるかもしれないなんて、もしかしたら、私の将来も捨てたもんじゃないんじゃないかって、考え始めたら興奮しちゃったわ。でも、ホント言うとそんな崇高な考えより、誰の思惑も心配しないで自分がしたい仕事をして、着たいものを着て、美味しくてその時自分が食べてみたいものを食べれる生活ってものに興奮してたんだと思うけどね。
で、家を追い出されるまでの間は、私が将来の為に準備するステップ期間だって気付いたの。
早速、薬草学の本で勉強しようと思ったんだけど、救民院では見つからなかったのよね。 いつも、本の整理をしているおじさんに聞いたら、「そんな貴重な本は、こんなところにある筈なかろう。 王立図書館にはあるだろうが、あそこは貴族やそれなりの身分の者しか入れんしね。俺たちの目に触れることはないさ」って言われて、身分の差ってものを感じたわ。
マリアに相談したら、「なかったら、お嬢様が作ったらいいんじゃないですか」と言われた。
「これから色々な薬草に触れるでしょうから、それを押し花のように貼り付けて、お嬢様が気付いたことを書いていけば、いつしかそれが本になるように思うのですが、マリアの考えは甘いでしょうかねぇ」
マリアの言葉は、私には衝撃的だったの。
だって、平民用の薬草学の本がないんだったら(あったとしても、高額で手に入らないんだとしたら)、私が作って売れば、将来安泰じゃない?
欲しい人は一杯いるに違いないもの。お金になるに決まってるじゃない。
「さすが、マリヤね。 いい事言うわ。その通りよ」
「お嬢様なら出来ますよ」
私の邪な気持ちに気付かずに、マリアは優しい笑顔で頷いていたわ。
そうやって、私が自分の将来の事で頭が一杯になっている間に、気が付いたら世間の関心はケセラで一杯になっていたの。イムル河の水量が明らかに減ってきてたんだって。
私がそれを知ったのは、エムルの家にいる時だったわ。
エムルって、下町で遊んでいた幼馴染みの一人ね。私と同じ年でとても優しい男の子よ。エムルのお父さんは紙職人で、紙の作り方を知りたかったから、お父さんの見習いをしているエムルの手伝いをさせてもらってたの。
本を作るって決めたはいいけど、紙はどうしようって考えたわけよ。紙ってお店で買うと高いのよ。一枚で、ナンシー家のパン屋さんでパンが一つ買えるんだから。カイルの家の肉屋さんでも、フライドチキンが一つ買えるわね。初期投資って言うの? 真面目にやれば、それで私は破産するじゃない。だったら、自分で作るしかない。紙って草木から作られるって話だから、薬草の世話をしながらでも出来るんじゃないかって思ったの。
でも、思ったより大変だったわ。
紙は、ケンソウという草から出来るんだけど、その過程は大変で、時間がかかるの。 煮詰める→洗う→木槌で叩く→天日晒し(漂白)→糊を混ぜて煮る→網ですく→乾かす→出来上がり みたいに すごく手がかかるの。
道理で、エムルのお父さんに手伝ってみたいって言った時、二つ返事で許してくれた筈だわ。純粋に労働力が必要だったのね。
エムルの家では、ケンソウを地方から仕入れて、紙を出荷してるのね。
イムル河は王都の西側に悠然と流れているんだけれど、王都に住む民が直接眺めれる距離にある訳じゃないから、エムルの家に出入りしている地方の商人たちが話しているのを聞いて知ったの。
「水の嵩が半分以下になってんだ。 こりゃあ~ 間違いないぞ」って、声高に話しているのを聞いて、エムルと一緒に興奮したわ。
時は来たり ~ ってね。
気分は五十年に一度のお祭りの気分ね。
ケセラっていう怪物が私たちの平凡な日常に刺激を与えてくれるって、自分でも思ってもみなかったけど、ワクワクしたの。
直ぐに王宮の騎士団が動いて、ケセラの姿が確認されたっていう話が漏れ出て、王都の人たちはケセラの話で持ち切りになっていた。
下町の私の幼馴染み達もケセラの事を面白おかしく話していて、エミリーのお祖母ちゃんのようにみんなで見学しようて言っていたけど、ケセラがいるエスト山脈の拠点は一般人が立ち入り禁止らしくて、エミリーのお祖母ちゃんは、その時の【神の花嫁】に仕えていたから見れたことがわかって、みんなしてガッカリしたりして、ホント 他人事よね。私もその時はその一員だったんだけど。
ケセラの事が身近に感じるようになって、それとなく母屋の方の様子を伺ていたんだけど、一ヶ月前に王宮の騎士団員達を引き連れた神殿の神官長の訪れがあったの。その場に私が呼ばれる事はなかったんだけど、時期が時期だけに姉のスーザンが【神の花嫁】に選ばれたんだと思ったわ。
その時、それまであった興奮が冷めたのよ。
不思議ね。 全然好きじゃなかったけど、一応血の繋がりのある姉が死ぬのかと思うと、簡単には言葉にはできないんだけど、虚無感と言いうか しんみりした気持ちになって、落ち込んだわ。
それから数日たって、いつものように、幼馴染みたちと話して、離れの自分の家に戻ったら、珍しく父親からの呼び出しがあったの。執事のガルクが私の帰りを待っていて、母屋の応接間に連れていかれた。そこで両親が二人で私が来るのを待ってたのよね。
「おお、喜べ。 アンナ、お前に縁談があるんだ。 お前のような娘でも貰ってくれるという有難い相手だから、お前は何の心配もせずに嫁いでいったらいい」
私の顔を見るなり、見たことがないような笑みを浮かべて話す男爵の顔を見て、嫌な予感がしたのよね。そして、その嫌な予感を確信に変えたのが、その隣にいた男爵夫人の言葉。
「本当に貴女がいて良かったわ。 貴女が嫁いでくれたら、このバベリー男爵家も評価が上がるのよ。ジェイソンやスーザンの為に尽くせて、貴女も嬉しいでしょ」
その瞬間、私には親はいないって、心から思った。
本当に馬鹿にしてるわよね。 何を言われているのか、気付かないと思われてるのか、気付かれてもどうしようないと思われてるのか。
その後、離れに帰ったら、マリアが心配そうに待ってくれてた。
「お話は何だったんです?」
「私に縁談だって … 」
「それはおめでたい 「相手が家よりでかい大蛇で、食べられる為に嫁ぐのよ」 」
マリアの言葉に被せて怒鳴ちゃった。 自分の死で、マリアにだけは祝福されたくなかったから。 その後、胸が苦しくて、苦しくて、勝手に目から涙が溢れて出て、悔しさで死ねると思った。
マリアは泣いている私を泣き止むまで、黙って抱きしめてくれた。
「お嬢様、ご飯を食べますよ」
「今は食事どころではないよ」
「それでも、食べるんですよ。大事な時ほど、温かい物でお腹を一杯にしないと。これは、マリアが今まで生きてきた中で学んだ事です。お腹空いている時は、思っていることが暗くなっちゃいますからね」
その後、マリアが作ってくれた食事を無理して食べた後、マリアは真剣な顔をして、「お嬢様、逃げましょう」と提案してきた。
(3)逃亡
「逃げるって言葉は大袈裟ですね。お嬢様、考えていたより少し早いですが、マリアは田舎に帰る事にしました。約束通り、お嬢さまも一緒ですよ」
「いいのかな?」
「良いんです。蛇の餌が必要なら、旦那様がなればいいんです」
「なれないよ。ケセラのご飯は、未婚の貴族の娘って決まってるのよ」
「だったら、今からお嬢さまは、バベリー男爵家のお嬢様ではなく、このマリア・クロックルの娘です。 お嬢さまは貴族の娘ではないので、餌にはなれません。後は偉い人達が考えればいいんです。高いお給金をみんなから貰っているんですから」
「…… でも、私が逃げたら、他の娘が食べられちゃうよ?」
「その娘さんも逃げればいいんです。それで困るんだったら、困る人たちが力を合わせて何とかしたらいいんですよ。 蛙は蛇に睨まれたら動けないと言いますが、隙を見つけたら逃げてます。ネズミもそう。鳥もモグラも虫だって逃げます。 お嬢様が逃げていけない理由がどこにあるんです? 」
「だったら、今までの【神の花嫁】は、どうして逃げなかったのかな?」
「さぁ? マリアにはわかりません。 それぞれ逃げれない理由があったのでしょう。アンナお嬢様には、逃げれない理由はありますか?」
「ない。 ないわ。バベリー男爵家が恥をかいても私には関係ないもの。私、バベリー男爵家の娘じゃないんだから。 マリア ありがとう。お願いがあるの。マリア これから私の事をお嬢様と呼ばなくていいからね。アンナと呼んで。私もママって呼んでいい?」
「ええ。お嬢さまが良ければ。 ところで、お嬢様」 と言いかけて、自分で間違いに気付いたのか、マリアは「うふふふ・・」と嬉しそうに笑った。
「難しいですね。 つい口癖でお嬢様って言ってしまいます。でも、お嬢様の命が掛かっているからには直さないと」
マリアは自分の両頬を軽く叩いて、言い直してくれた。
「アンナ 旦那様たちはアンナがこの縁談話が嘘である事に気付いている事は、知らないんですね。だとしたら、あちらが油断している間に逃げないと。この話は誰にも内緒ですよ。独り言もなしです。言葉っていうのは不思議なもので、口から出ると風に乗って、思わない所に広がって、一番聞かせてはいけない相手に運ばれるもんです。よろしいですね? 」
それからのマリアの行動は、早かった。翌日には、自分の部屋を引き払って私を迎えにきた。
「アンナ。身に着けれる大事な物以外は全部捨てていきましょう」
部屋で一番大きなカバンに一杯荷物を入れていると、マリアに止められて軽い肩掛けカバンに、自分で働いて稼いだ僅かなばかりのお金を入れた財布と一日分の着替えだけを入れて、日中堂々と家を出たわ。
でも、私 マリアが[誰にも言うな]って言っていた意味がわかってなかったのよね。 男爵家が私の友達の事を知っているとは思わなかったし、住んでいる世界が違うから、出会う事もないだろうしって、そんなに真剣に考えてなくて、辺境に向かう駅馬車を待っていた間に、エミリーに別れを言いに行っちゃった。 親友だし、二度と会えないと思ったら寂しかったし。 私って、本当に馬鹿だった。
エミリーは一人で店番をしていたわ。
「もう会えないって、どうして?」
「マリアが田舎に帰るから、ついていくことにしたの。悪いんだけど、この話は絶対に内緒ね」
「でも、そんな~、使用人の田舎についていくなんて話、聞いたことないよ。 普通、迷惑じゃない? それにあんた、うちで働くって話はどうなるのよ」
「心配してくれてありがとう。それから、ごめんなさい。こちらからお願いしたようなもんなのに、その話はなかった事にして欲しいの。本当はすごく残念なんだけど、それよりも、私はマリアについて行きたいのよ」
エミリーにも本当の理由は言えない気がしたから、曖昧にしたら不審がられたみたい。頻りにエミリーの家に上がるように勧められたけど、駅馬車の時間があるから断って、エミリーの店を出たわ。
「私はあんたの幸せを祈ってるからね」
店を出た私の背中にエミリーが声掛けしてくれた。
私は一度だけ振り返って、エミリーに手を振ってから、走ってマリアの元に戻ったの。
それから駅馬車に二人して乗ったの。
王都は城壁で守られていて、その出入口は頑丈に警備されているんだけど、入りとは違って、出ていく時は審査はされてないんじゃないかと思う程、あっけなく外に出ることが出来たわ。馬車に乗ることも初めてだったし、王都の外へ出るのも初めてだったから、凄く緊張していたんだけどね。拍子抜けしちゃった。馬車の中は絶えず乗客で満員だったんだけど、何度か乗り換えていく中で、同じ人は誰もいなかったし、危険な事も何も起こらなかったから、次第に警戒心はなくなっていったの。私たちの事を知っている人間は誰もいないってね。唯、少し不安だったのが、マリアの田舎がエスト山脈に近いことだった。敵から逃げるのに敵に近づいて行ってるみたいじゃない?
だから、最終地はマリアの田舎なんだけど、ほとぼりが冷めるまでは、エスト山脈の向こう側である隣国ランネルで過ごすことを二人で決めたの。幸い、マリアは国境に接した土地で暮らしていたから、両方の国を行き来できるみたいで、私の不安は一気になくなったわ。そして、不自然にならないように気を付けながら、行先を追われないように馬車を何度も乗り換えて、隣国との国境の町テレテに到着したの。
テレテの町はすごく乾燥しているのに風がきつくて、砂ほこりが舞っていた。 駅に到着して馬車を降りたら、直ぐに口の中が砂でじゃりじゃりして、口をハンカチで守ったくらいよ。マリアなんて可哀そうに目に砂が入って、目を真っ赤にして涙流してた。エスト山脈は緑あふれる山々が繋がっているんだけれど、テレテの町から見える山肌は土の色が見えていて、その土が強風で舞っている様だった。緑が見えない場所で、生物が生きていけるとは思わないじゃない?
テレテの町は、国境の為だけに作られたような町で、旅人の為の宿と食事処があって、そこで働く従業人と国境を守る警備兵しか住民がいないような少し寂しい町だったわ。
「私が小さい頃はね、あの山も緑に溢れていましたし、このテレテの町はもっと賑やかだったですよ。私の田舎から一番近い大きな町だったんで、子供の頃、よく父に連れられて来ました」
そう言ったマリアの顔は寂しそうだったわ。
「ママにも両親がいたのね。家族の話をしないからいない気がしてた」
「そういえばそうですね。私の家族と言っても両親だけで、それも随分早くに亡くなりましたから、家族の話をすることはなかったですね」
「どんなご両親だったの?」
「父は隣国の出身で、旅の途中で寄った村娘と恋に落ちて生まれたのが私だそうです。二人とも私が幼い頃に亡くなったので、どんな人柄だったか本当の所は私にもわからないんですが、私には優しい両親でした。胡坐を組んだ父の足の上に座って、その日の出来事を話したこととか、母にせがんで歌を歌ってもらったことなんかは覚えてますね」
「うーん。 いいな。 私なんて血が繋がった他人がいるだけだったから…」
「これから甘えればいいじゃないですか? アンナは小さい頃から、我がまま言えずに我慢ばかりしていたから、アンナが安心して甘えられるような母親になるように、マリアは頑張りますね」
寂しそうだったマリアの顔が笑顔になったので、私も嬉しかった。
テレテの町を出て、山の頂が国境なんだけど、両国はお互いに自分たち側の山頂近くに出入国を管理する施設を置いてるの。
国境を超えると、隣国の辺境伯ノールベルク伯爵領になるんだけど、マリアはノールベルク伯爵家で働いていた経験があるらしく、伯爵家が発行している身分保障の書類を持っていたから、直ぐに隣国への入国が許されるはずだったんだけど、その前にアマウス国側の警備兵に足止めをくらったの。
忌々しい事に、ランネル国に出ていく他の旅人には、素通りだったくせに、二人の警備兵が私たちの行く手を阻んだのよ。目の前にランネル国の入国施設があって、ランネル国の衛兵たちの姿も見えてたのに、両国の中立地帯ってことで、ランネル国側からは何のアクションもなかったわ。
「すまんな。わしの同期の者に、お母さんと娘さん位の女の二人連れの行方を捜しているのがいてね。お二人には関係ないとは思うんだが、申し訳ない位だが付き合ってもらえんかの~。 もちろん、泊のお金がもったいないなら、我々の宿舎に泊ってもいいし、それが嫌なら知り合いの宿に値引きを交渉してやるから、悪いんだが、付き合ってもらえんかね」
そう言って、年かさの方の警備兵は私たちの様子を伺うように薄笑いを浮かべて、何かを待っている様だったわ。
「私たち、急いでいるんですけど」と言って、取り除こうとしたら、アマウス国側の建物からぞろぞろと警備兵が出てくるのが見えて、諦めた。
「何かあったんですか?」
「うーん。誘拐か家出か、はたまた違う事件に巻き込まれたのか、分かってないんだが、然る貴族の家の令嬢と使用人が消えたらしくてね、その家から捜索願が出ているんだが、その年頃が、あんたがた位の二人連れのようなんだ。こちらの方向へ向かっているという話でね。な~に、その家に雇われている者が到着次第、面通ししてもらうだけだ。顔を見て違うってなったら直ぐに開放するからね」
すぐに、バレたてたんだとわかったわ。
警備兵は、言葉こそは丁寧だったけど、態度は乱暴だったもの。警備兵の一人に私は、腕を強引に引っ張られたわ。マリアは私を守るように、背中で庇ってくれたんだけど、警備兵に力づくで離されて、その背中を踏みつけられたの。
「ママに何するのよ」
私の叫び声は、警備兵たちが上げる怒号に掻き消されて、届かなかったみたい。頭から血を流すマリアの側へ行きたいのに、大人の男二人で力づくでテレテの町に引き戻されたの。声が枯れるくらいに叫んだのに、私の声は誰にも届いてないようだった。
(4)ガルク
テレテの町の衛兵たちの宿舎では、男爵家の執事のガルクが待っていたわ。
「これはこれは、お嬢様に間違いありません。 皆様のお陰で無事にお嬢様を保護できまして、感謝の言葉もございません。 男爵になり変わり、お礼を申し上げます」
ガルクは、涙を浮かべて、私を連れてきた警備兵たちに感謝の言葉を吐いていたわ。 私には、その涙は嘘だってわかるんだけど、警備兵たちはわからないようで、自分たちが良い事をしたと思っているのが丸わかりの顔で満足げにお礼の言葉と礼金を受け取っているのを見たの。
そっか、金か。
さっき、お金を握らせて、上手に事情を話せば良かったんだって事に気付いたわ。その為の間を、あの警備兵たちは用意してたのに、世間知らず過ぎてわからなかった。
それから、ガルクと二人きりにされたんだけど、忠臣面した執事の顔から、にやついた悪人顔にガラッと表情が変わったのには、ある意味感心したわ。ぶれてないんだもの。
「いやいや、貴女が居なくっている事に気付いた男爵家は、大騒ぎでしたよ。誰も貴女に関心なんてなかったもんだから、気付くのが遅くなってしまいました。貴女がエミリーさんの所へ寄ってくれたお陰で、行く先も分かって本当に助かりました」
ガルクなんかと話はしたくないから、無視していたんだけど、エミリーの名前が出て、ギョとしたの。
「あっ、その顔は誤解していますね。あの娘の名誉のために言っておきますが、あの娘は貴女がマリアに騙されて誘拐されたのだと話したら、貴女の事を心配してこちらに情報をくれたのです。不安がってましたよ。貴女が田舎で虐められるんじゃないかって。 アハハ! 大笑いですね。 虐められるどころか、ケセラの生贄になるのが嫌で逃げ出したのを連れ戻されるのに、手を貸したなんてあの娘は思ってもみないでしょう。真実を知ったら、どれだけ傷つくか、今から楽しみではないですか」
何が嬉しんだが。ガルクは上機嫌のようで、得意げに鼻の下に生やした鯰ひげを触っている。それにしても、エミリーは私がバベリー男爵家で冷遇されているのを知っていたはずなのに、この男の忠臣面に騙されたんだ。
「大体、アンナお嬢様はご自身が何のために生まれてきたのかわかっていないのがいけないんですよ。だから、可哀そうな被害者を生む。マリアも可哀そうに」
「何が言いたいのよ」
「貴族の娘を攫った使用人は、死罪が間違いないっていう事です」
マリアが私のせいで死ぬ? そんな事、あっていい訳ない!
「なんでよ。マリアは私を攫ってなんかないわ。田舎へ帰るっていうから、私が勝手についていっただけじゃない」
「そんな話を誰が信じてくれるんでしょうかね。っていうか、誰もマリアが自分自身の為にアンナお嬢様を攫ったなんて思ってませんしね。【神の花嫁】に選ばれた娘が逃げ出した。忠義の厚い使用人が逃そうとした事など丸わかりです」
「だったら、なんでマリアが死ななきゃいけないのよ」
「それが、貴族のいやらしい所なんでしょうね。真実より建前の方が大切です。それに、何よりも面子が大事です。娘に家出されたというより、使用人に誘拐された方が同情を貰える分だけ家門に受ける傷は軽く済みますからね。まぁ、貴女の御両親は、貴族としても親としても非常に甘くていらっしゃるから、貴女方をこんな遠方に逃がしているんですがね」
「あの両親が甘い? ふざけないで‼ 」
一度も大切にしてもらった事がないのに、優しい言葉ももらった事がないのにって、頭に血が上って手が震えたわ。
「甘いですよ。非常にね。アンナお嬢様には知る権利があると思うから話すのですが、どうして、ケセラの生贄が平民の娘ではなくて、貴族の娘なのか不思議に思ったことはなかったですかな? 貴族の娘にあって、平民の娘にはないもの。そう、魔力です。人間が持つ魔力がケセラを眠りに誘うのです。それもある程度の量が必要なようですよ。魔力量の少ない娘を食べさせてもケセラを眠らせることはできない。
貴女は、十五年程前に、魔力量が多くて幼くして【神の花嫁】に選ばれたスーザン様の代わりになるために、男爵夫妻がつくられた娘なんです。子供思いの御夫妻には、自分の娘がケセラに食べられるなんて、許せなかったんでしょうな。すぐに代わりの子を産むことを決められた。自分達の子供ではない事にする子供をね。 ほら、甘いでしょう。ご自分たちのお気持ちに。自分たちが愛娘を失って悲しみたくないから、まだ愛していない貴女を産み、自分たちが傷つきたくないから、万が一にでも貴女を愛さないように突き放して離れに追いやり、挙句に逃げられているんですから。本当の貴族はね、皆の為に死ぬことを名誉だと子供に思わせて、死に追いやるもんなんですよ。心から血を流してもね。正に『ノブレス・オブリージュ』。そのための教育を幼い頃からするのですが、貴女の御両親はね、そういった責任からも逃げられた」
私は姉の代わりに死ぬために生まれた?
どうしよう。 ガルクの言葉を否定したいのに、これまで両親にされてきたことが、ガルクの言葉を裏付けてる。どうせ殺すから愛情も教養も与える必要はない。それって、平民になるから必要がないって捨てられてたより、酷い話じゃない?
「だから何? バベリー男爵は私の親じゃないわ。そういわれて育ったもの。あの人たちが何をして、何を思っていようと、私には関係ない。 大体、私は魔力を持たない平民の娘よ。 【神の花嫁】は、魔力持ちの娘でないとなれないんでしょ? スーザン様の代わりなんて出来ないわ」
悲鳴のように私が喚く。それを鯰ひげをいじりながら、冷静な顔してガルクは眺めていた。
「そろそろ、お気付きなんじゃないんですかね。アンナお嬢様が魔力をお持ちじゃないなんてのは、全くの嘘ですよ。それどころか、スーザン様なんかより、遥かに多くの魔力をお持ちだ。だから、男爵夫妻は安心して、スーザン様を選んだ神殿に対して交代を願い出ました。王家と神殿からも報奨金を既に受け取っておられますしな」
「何のよ、それ。 そんなの私の知ったことじゃない。」
「まあ、貴女の意見はそうでしょうな。 何のおこぼれも貰っていないのに、義務だけは要求される。気の毒だとしか言いようがありませんな。しかし、最早逃れようがない。ケセラを眠らせれるほどの魔力量を持っている娘は限られてますからね。今更、スーザン様が【神の花嫁】に立候補されることもないでしょうし。私としては、偉そうに貴女に『ノブレス・オブリージュ』を説いていた貴女のお兄様が、この後、何を思うか。今から楽しみなんですよ。
まぁ、後の事は、心配せずにケセラのに生贄になってください。貴女の死後、この私が貴女の為にバベリー男爵家の真実ってのを公表してあげますので、貴女を虐げた他の御家族も痛い目にあう事は約束しますよ。未練なくあの世に旅立ってくださいね」
ガルクの言葉は違和感だらけだったわ。私の事を馬鹿にしていたのは知っていたけれど、バベリー男爵家そのものを馬鹿にしているとは思ってなかった。
「ガルクって男爵家に忠義心を持ってないのね。あんたっていったい何者なのよ」
「何者という程の者じゃありませんよ。 貴女より五十年近く多く生きているただの老人です。唯、おそらくこの国の中で誰よりも【神の花嫁】に選ばれた家の家族がどう生きるのかを知りたいと思っているので、変わり者の老人である事は間違いないですな」
「確かに変わっているわね」
ガルクは、アハハと笑った。
「アンナお嬢様相手に昔話をするのもいいかもしれませんね。訳あって実家を離れて男爵家に勤めていますが、これでも伯爵家の出でね。伯爵家子息として、教育を受けました。父親は魔力量を誇る魔術師士の長官。母も有力貴族の娘で魔力量がそこそこ多い。自然に生まれてくる子供たちは皆、魔力量の多い。 お分かりかな? 私もね、五十年前の【神の花嫁】にされそうになったことがあるんですよ。まぁ、私の場合、全ての事情を知ったお優しい姉が身代わりになってくれて、難をのがれましたが」
「【神の花嫁】って、あんた男じゃない?」
「ケセラに必要なのは魔力量であって、男女差なんて関係ないんですよ。ただ、貴族の中で一番弱いのが、未婚の娘ってだけで、時と場合によれば未婚の男でも構わないのです。姉は優秀で、且つとても愛らしい女性でね、私なんかより生きていて欲しかったと周囲が思っているのが、ありありとわかりましたよ。 腹立しいと思いませんか。姉の死は、ケセラとこの国に住む者全員のせいなのに、まるで俺一人が悪いみたいに噂する。それを否定したくても、一番姉に生きていて欲しかったのは、この私で、本当に割に合わない。だから、私の人生を狂わせた『ケセラ』と【神の花嫁】を次代の家族はどう解決するのか見てみたかった。それが、私がバベリー男爵家に勤めている理由です」
「あんた、バベリー男爵家が嫌いなのね。知らなかったわ」
☆ ☆ ☆
私は、その後、迎えに来た騎士団たちに引き渡されたわ。
囚人扱いなのか、窓のない馬車に乗せられて、連れてこられたのが、この部屋。小さな窓一つと鍵のかかった木製の扉があるだけの部屋の中で、渡された毛布に包まって、今、月を見てるの。狼の遠吠えを聞きながらね。
でも、クソなのは、父親だけじゃないわね。母親も姉も兄もみんなクソだわ。
月明りがあるから、真っ暗ではないけれど、月が雲に隠れたら、途端に暗くなる。考える事は、どうしたら【神の花嫁】にならずに済むかってことね。
ケセラには生餌しか、意味がないだろうから、いざとなったら舌を噛んで死んでやるわ。
でも、こんな事考えてるって、マリアが知ったら悲しむわね。
涙が出そうになるのをぐっとこらえるために、顔をぐっと上げる。
涙が頬を伝ってるのを感じてるけど、これは涙なんかじゃないもの。
絶対に………泣いてなんか…やらないだから。 私はここを抜け出して、… この国から出ていくんだから。 マリアをつれて… … … 絶対に … …… ……… … …… …… … …… … …… … ……… え?
何か 目があった。
誰か、 覗いてる?
……… 小さな窓に、目が見えてるんだけど ………
怖いんだけど・・・




