「物語の強制力」という敵に抗ってやる!
前世のじいちゃん。俺を見守っててくれ。
俺、頑張るから。頑張って敵と戦うから。
その敵の名は。
多分、『物語の強制力』。
話の内容を知らない俺が抗うのは至難の業だと思う。
だけど。
俺は『社会の害悪』になんかなりたくない。『無知なピエロ』のまま『ざまぁ』なんかされたくない。
たった一人で強大な敵と戦うことになるけど。
ケンシ〇ウは助けてくれない。俺は俺の矜持を守るために、抗ってみせるっ!!
俺は顔を上げた。
そしてエリザベス達を背にして、メグレンジャー(今勝手に名付けた。マーガレット嬢を守るための戦隊ヒーローっぽいから。ってゆーか、変態ヒーローだよな、こいつら。逆ハーレム要員にされてそれに嬉々として従っているなんて、頭おかしい。やっぱり好きな子は一人占めしたいじゃん! 俺はそう!)達と対峙し、奴らに話しかけた。
「では諸君。きみらの言い分が正しいのかどうか、検証しようではないか」
あ。
メグレンジャーたち全員、ピンクも含めて目が点になってる。口も『あ』の形で開けられている。
そうだよな、なんでか解らないけど、『みんなで一緒に婚約破棄して、マーガレットにこの命を捧げよう!』的な誓いを立てたもんな。
覚えてるよ、うん。
思い出すとゾッとするけど。
俺は思った。
この女って、魔女なんじゃないのか?
俺に、俺たちに怪しげな魔法でも掛けたんじゃないのか?
じゃないと説明が付かない。
ところどころ曖昧な記憶。
記憶が無いのに、さも当然の如く成される行動。
俺はそもそもエリザベスの幼馴染で、小さい頃から彼女が婚約者であることが嬉しかった。彼女が大好きだった。
なのに、気が付けばいつの間にか男爵令嬢の腰巾着だ。
側近候補の野郎どもと組んで、ひとりの男爵令嬢を守るために一致団結してた。
王子の俺が、なぜだ?
今考えると本気で謎だ。
他の奴らの理由は知らないが、俺的にはその見た目ふわふわのおっぱいに惹かれた。それを俺の腕に押し付けるようにしてブラ下がられるのも悪い気がしていなかった。
つい先ほどまでは。
突然、前世のじいちゃんの記憶が蘇ったせいで、俺は冷静になれた。我に返る、とでもいうか。
出来ればもっと早く蘇って欲しかったけど、贅沢は言っていられない。
今なお、俺の危機的状況は絶賛展開中だ。
「検証? どうしたの? コージー?」
ピンクが小首を傾げて俺に問う。甘ったるい、粘つくような声。
……なんでこれを可愛いと思っていたのだろう。
や、確かに広く世間一般に問えば、可愛い部類に入るのだろう、多分。
でも俺の好みじゃないのだ。俺は犬系より猫系の女性が好きなのだ。圧倒的に! 冷静に見直して見比べれば、愛しいと思うのはエリザベスだ。マーガレット嬢じゃない。
「マーガレット嬢。まず、お前に問う。私は、いつ、お前に、私の名を呼ぶ許可を出した? 答えろ」
「な、なにを言っているの? コージー!」
「止めろ! 私の名を呼ぶな。不快だ。このような公の場で不敬だと思わないのか?」
「なにを……」
「許可を出したのがいつだったか、ゆっくり考えて思い出してくれ。
── その間に、ダン。きみは先程言ったよな? エリザベスがマーガレット嬢を苦しめ、傷付けた、と。
具体的に、なにをしたんだ? それはいつ? どこで? どんな風に? 証人は?」
俺はまず、赤い奴、ダン・ウェイマスに話しかけた。
こいつは騎士団長である親父さんを尊敬していて、曲がったことが大嫌いな騎士志望の男だ。婚約者に最強の剣の遣い手であるリリベット嬢を持つ、将来的には夫婦で俺たちの護衛になるはずの男だ。
俺の記憶が確かなら。
「具体的に……? なにをした?…………あれ?」
額を押さえて考え込むダン。
「メグが……言ってた……エリザベス嬢が……イジメるって……」
「具体的には?」
「具体、的……? あれ? なにをしたんだ? あれ?」
聞いてんのは俺だよ。やっぱりお前も思い出せないか。
ダンは頭を押さえて蹲った。
「あ、あの! 殿下! メグの持ち物を壊し、破損したと、聞き及んでいますが!」
口を挟んだのはヒューイ・ブリスベン。青頭だ。宰相の息子で、いつも冷静沈着、わりと計算高い男だ。頭が良くて物知りで、だけど純粋な男だったと記憶している。
「何を? マーガレット嬢の持ち物の何を壊したと? 君はその現場を見たのか? 壊したのはいつ? どこで? 何回? “万死に値する”と言っていたが、その壊された物、とやらはマーガレット嬢の親の形見だったのか? もしや、買い直せば済むモノではなかろうな? 万回死ななければならない程なのだから」
そしてこの男とダンについて、もう一つ重要な情報を思い出した。ヒューイもダンも。
――胸派だ。
ダンはそのせいで婚約者のリリベット嬢に対して不満を持っていた。
『あの真っ平はないだろう!』と。
あの時は笑って流していたが、お前、認識が甘過ぎる。リリベット嬢はおそらく、見た目通りの地平線ではない。彼女はわざと地平線を作っている可能性がある。
彼女のその胸板は、腕の太さと比べると少々不釣り合いに見える。胸だけが異様に厚すぎるのだ。これはサラシ等で覆われている可能性があるというのに、真っ平呼ばわりは失礼かつ不適切だと思う。
それは彼女を脱がす権利を(いずれ)持つお前しか確認出来ないが、周りの軽蔑を買う覚悟で侍女たちに確認を取る道も残されているのに。
ヒューイも胸派だ。
でも婚約者のアリス・ドレイク侯爵令嬢は……二つ年下の彼女のそちらの情報を俺は入手していないが、彼らが学園生活でそう頻繁に交流を持っていたような記憶はない。婚約者との触れ合いが少ないところに、マーガレット嬢のふわふわが迫って来たので落ちたのだろう。……多分。
脚派の俺が惑わされたのだ。胸派のこいつらが落ちるのも頷ける。
「壊された……物……なんだった? なぜ、思い出せない?」
ヒューイ、やはりお前もはっきりとした記憶が無いんだな。こいつも頭を抱えて唸り始めた。
「アンヘルとルイは似たようなことを言っていたな。エリザベスとその取り巻きたちが徒党を組んで、マーガレット嬢を除け者にして虐めていると。なんと言ったか……そうだ、通りすがりに足をかけられて転ばされる、噴水に突き落とされる、お茶会にも呼ばれない、だったかな。ふむ……」
俺はわざと言葉を切り、メグレンジャーから視線をはずすと会場中を見渡した。
「みんな! ここにいる皆に問う! 誰か、マーガレット嬢が通りすがりに足をかけられて転ばされたのを見かけた者はいるか? 噴水に突き落とされたマーガレット嬢を見た者はいるか?」
今まであった『ざわ・・・』が、一瞬消えた。
そして違う種類のざわつきが徐々に広がり始めた。俺の問いに対し、皆が自分の記憶と照らし合わせ近くにいる者たちと確認し合っているのだ。しばらくそのざわつきが落ち着くのを待つ。
その間に、俺は後ろにいるエリザベスを振り返る。
彼女は信じられない、とでもいうように大きな目を更に大きくして俺を見ていた。
きみを裏切る気はないから。
俺が好きなのはきみだけだから。そんな想いを込めて見詰めても、言葉にしない想いは届かないに違いない。
男は黙って態度に示すしかない。
そもそも俺は、いつから彼女の事を『エリザベス』などと呼ぶようになった?
違うぞ、昔はもっと、……もっと親し気な愛称を呼んでた、はず……。思い出せないが。
彼女も俺を『殿下』呼びしてはいなかった。
昔から、そうだ。彼女とは子どもの時からの付き合いだった。
小さい頃からきみは愛らしかった。
愛らしいきみが俺の後をちょこちょこと付いて来てくれるのが嬉しくて、その場で思いつくまま、めちゃくちゃな歌を歌って聞かせた。笑って欲しかったんだ。
きみは俺が即興で作った歌をとても気に入ってくれた。何度も歌をせがまれて、二人で歌った。
楽しかった。
いつも二人で笑っていた。
あの頃から、きみは俺のお気に入りの婚約者だった。
いつか結婚して俺が王に。きみが王妃になって二人で国を豊かにするんだって、よく話をした……。
なぜ、忘れていたんだろう?
何故?
そう、何故か忘れている事が多過ぎるのだ。
「殿下、わたくしはそのような現場を観たことなどありませんわ」
「僕も、観たことありません」「わたしも……」「俺も……」
会場中のざわめきが大きくなる。この騒然とした雰囲気は悪くない。と思う。
「ありがとう! では、この中に保健委員を担当した者はいるか?」
俺が声をあげると、会場は静かになった。
ふと、遠くに居たはずの両陛下に視線を向けると、二人は平常の顔色に戻っている。とりあえず、俺を静観することにしたらしい。妹はキラキラした瞳でこちらを見ている……。
当面の危機は回避しただろうか?
いや、まだ安心するには早過ぎる。
「恐れながら殿下。私が担当いたしました」
一人の女生徒が声をあげてくれた。
「うむ。君が担当したのは二年生? 三年生の時?」
「私は三年間、保健委員を担当しました」
「そうか。では君に問う。マーガレット・ブラウン嬢が怪我を負って保健室の世話になったときみの記憶にあるか?また、急ですまないが、いますぐその記録を調べることはできるだろうか」
「……私の記憶ではブラウン嬢が保健室に来たことは……ありません。そして、いますぐ保健室利用者の記録を調べることはできます。しばし、お時間をいただければ」
「うむ。よろしく頼む。その際、怪我人リストにこちらのエリザベス・エクセター嬢、リリベット・グローリアス嬢、アレクサンドラ・カレイジャス嬢が怪我を、特に足を怪我した記録がないかもチェックしてくれ」
「── かしこまりました」
女生徒が一礼して立ち去ると、会場内のざわめきが潮騒のように大きくなったり小さくなったりしながら広がり始めた。
「殿下、どういうことですか?」
アンヘルが、不思議そうな顔で俺に訊く。
こいつは性格が温厚でおっとりしてるのは良いが、将来は神官として神殿に勤めるはずなのに、ちょっと機転が効かないのがたまにキズなんだよな。市井では民の医者代わりでもある神官が、それでいいのか?
「通りすがりに足をかけられて転ばされた、と先程ルイが言っていたではないか。そんなに何度も転んでいたら、怪我のひとつやふたつ、あってもおかしくない。違うか? そして転ばせた方も無傷では済むまいよ。……余程の達人なら別だが」
「リリベットならできるぞ!」
頭を抱えながらダンが叫んだ。
「黙れダン。憶測での発言で他者を貶めるな。彼女は近衛の資格持ちだぞ? いますぐにでも高潔な騎士になれる者を貶めるお前は何様だ」
……? ダンの様子が変だ。両手で頭を押さえて、苦しそうにしている。ダンの背中をピンクが撫でているのが原因? ……もしかして、今の発言、ピンクが無理矢理言わせた、とかじゃないよな?
まさかな?
でもピンクにくっつかれると思考に霞が掛かるように曖昧になる。
だからもしかしたら……。
「さて。ではお前たちにも改めて、問う。
ダン、ヒューイ、アンヘル、ルイ。お前たちは、マーガレット嬢が危害を加えられた現場に居合わせたか? 噴水に落とされたという現場を見たか? またはずぶ濡れになったマーガレット嬢に出会ったことがあるのか? ── ルイ。その発言をしたのはきみだったな。きみは現場に居合わせたのか?」
緑頭のルイ・チャタムは一つ下の二年生だ。彼は真っ青な顔をして俺を見た。ちょっと涙目でプルプル震えている……。チワワか?
「いいえ、殿下。僕は、そんな現場に居合わせたことは、……ありません……メグがそう言うから、そうなんだって思って……」
青い顔をして震えるルイ。
自分の記憶と発言の乖離具合に怯え始めた、というところか。そうだよな、恐いよ。自分が確証の無い発言をしているのだから。
「アンヘル。きみはどうだ? エリザベスとその取り巻きたちが徒党を組んで、マーガレット嬢を仲間外れにしていると言ったのはきみだが……神に誓って答えてくれ。現場に居合わせたことはあるか? それともマーガレット嬢の訴えのみを信じての発言か?」
アンヘル。神の名を持ち出されて、神官長の息子であるきみが嘘は吐かないだろう? 真っ青な顔をしてこいつも震えている。
「……メグの……マーガレット嬢の訴えのみを、信じました……」
口元を両手で隠し、膝から崩れ落ちるようにへたりこんだアンヘル。
「そうだな……私もそうだった」
俺の発言に応じるように、俺の背後から息をのむような小さな悲鳴が聞こえた。エリザべスか? 苦しめているのなら申し訳ない。
だが、今の俺はきみを慰めるより先に、始末をつけなければいけない輩がいるんだ。
「私もマーガレット嬢本人からお茶会に呼ばれないと、聞いたことがある」
そうだ。その記憶はたしかに俺の中にある。だが。
「マーガレット嬢。お前は、あの時、友だちが居ないと嘆いていたな。確か……『エリザベス様は私をお茶会に呼んでくれません、とても意地悪をするのです』だったかな? 私にそう、訴えていた」
俺の問いにピンクは顔を真っ赤にして大声をあげた。
「えぇ! そうよ! だって、酷いじゃない、同じ学年の学生なのに一度も私を誘ってくれないなんて!」
「何故、そう思った?」
「え?」
俺の問いに、ピンクは鳩が豆鉄砲を食ったよう顔になった。
「お前は、男爵令嬢だろう? 確か、二年生の途中から編入してきた。そのお前が、なぜすぐに初対面である公爵令嬢のエリザベスに誘われると思ったのだ? 身分が違い過ぎると思わないのか?」
「そんな……」
「皆に問おうか。今この会場の中で、エリザベスの茶会に招かれ公爵邸に赴いた者は、挙手してくれ」
俺たちの周りぐるりと同級生、男女合わせて150名程に再び声をかける。
挙手したのは……
エリザベスの両側にいるリリベット嬢と、アレクサンドラ嬢。そして離れた所にいる公爵令嬢一人と、あそこに侯爵令嬢四人、伯爵令嬢が三人……。男は皆無。よし。
「計10名か……身分を考えたら妥当だな。それについて“酷い”と思った者は? 自分が招待されないのは不当な扱いだと」
挙手した者は誰もいなかった。
「三年間の学園生活。凡そ150名いる同学年の学生の中で、公爵家に招待されたのは10名……これを不満に思う者は……マーガレット嬢の他にはいない、と。ふむ。……たった一年半在学の、男爵令嬢が……か」
そりゃあそうだろう。あのエクセター公爵家だぞ? 王家に次ぐ名門だぞ? 気軽にホイホイと行く場所じゃねぇし。
「さて。マーガレット嬢。お茶会に呼ばれないと言っていたが……同じような爵位の友人からの誘いは、無かったのか?」
「な、無かったわ! それもエリザベス様の差し金よ!」
「なぜ、エリザベスがやったことだと思う?」
「だ、だって、私を呼ばないんだもの! 私に意地悪してるからだもの! 皆にそう命令したに決まってるわ!」
なんだ? その理屈は。屁理屈じゃねーか。むしろ友だちいないエピソードじゃねーの?
「んー、理由になってないし、憶測での決めつけは良くない。それにもし、学生全員にエリザベスが通達して、行動統制させたと言うのなら……」
俺は一度言葉を切ると、小首を傾げ考える素振りを見せた。わざと勿体ぶって俺の次の発言に注目するように。
「それって……未来の王妃として、途轍もない手腕を持ってるってことだな! 凄いな! エリザベスは! なんて優秀なんだ!」
俺はエリザベスを振り返り、彼女の目を見た。
真っ赤な顔して俺を見上げるエリザベス。
――あぁ、やっぱり可愛いなぁ。
マーガレット嬢の方に視線を戻す。
――うん、やっぱり俺の好みじゃない。
「それに、エリザベスがお茶会にお前を招待しなかったのは……彼女の優しさのせいだと、私は推察するが? つまり……こう言ってはなんだが……公爵家の茶会に呼ばれて、お前は格式にあった支度を準備できるのか?」
無理だよな。ブラウン男爵家って、それ程裕福ではないと記憶してるぞ。っていうか没落してなかったか?
エリザベスは公爵令嬢。それもエクセター家は国内随一の権威と財力を誇る超名門だ。特別ゲストって形でなら招待されるかもだけど、その場合、間違いなく嫌がらせだよ。
デイドレスからお飾りから一式全部新規に作らなきゃならんのだろ? 公爵家に呼ばれて失礼の無い支度にしなければ、と。
よく母上が愚痴を零しているから知っている。
高位貴族の女性は着る物には気を使うって。出席する人とドレスの色が被ってはダメだし、同じドレスを同じ人に見せてはダメだし、色々五月蝿い作法があるのだとか。その点殿方は、タキシードか軍服で何とかなるんだからお気楽よねって。
本当の本当に友達になって呼ばれるなら、そこまで衣装に気を使う必要は無いんだろうけど……。
まさか、制服でなんとかなる、なんて思ってないよな?
確かに前世なら制服は冠婚葬祭いけたけどね。貴族である今、制服は学園にいる間だけだと理解してる、はず。
「格式って……そんなのおかしいです! 同じ学生なのに! それに、エリザベス様は酷いんですよ! 私のやることなすこと、いちいち文句を付けてダメ出しするんです!」
ピンクはさらに顔を赤くしてきゃんきゃん吠えるがごとく文句を言いだした。
「例えば?」
具体例を知りたいと純粋に疑問を抱いたから訊いてみた。
「座る時に足を揃えろ、とか、人前で大きく口を開けて笑うなとか、廊下を走るなとか、食事中のカトラリーの使い方がなってないだとか、嫌味ったらしくて! 婚約者のいる男性にパーティーの場でもないのに腕を絡めるな、とも言われました!」
なんだ、そりゃ。ピンクの言い分に気が削がれた。
「それは……当たり前に出来てなければマズイのではないか?」
ちょっと……いやだいぶ呆れてしまった。
エリザベスは、俺が仲良くしろと命じたから、彼女なりにコレに関わったのだろう。結果、貴族令嬢としてできて当たり前の所作が身に付いていないから、注意する羽目になりこんな逆恨み的な怨念を抱かれたのか……。
済まないエリザベス。俺のせいで要らん苦労を背負わせてしまった……。
「それに、この学園内で身分の差はない、みんな平等だって聞きましたよ! そんな事で壁を作るんじゃなくて、誰もが平等に仲良くしなければなりません!」
でたよ、ピンクの謎理論。そういえばそんな戯言をたびたび言ってたな。これは記憶にあるわ。
「まえにそう言ったら、コージーも納得していたじゃ」
「黙れ。先程も言ったが、もう忘れたか? 不愉快だ。私の名を呼ぶな」
本気で気持ち悪かったから、ピンクの言い分途中で口を挟んで睨みつけてしまった。俺が睨みをきかせたせいか、ピンクは口を噤んだ。
「……で? 思い出したか? 私は、いつ、お前に私の名を呼ぶ権利を与えたのだ? おかしくないか? 私にその記憶がないのに。いつの間にか、お前は私の名を平然と呼んでいたな。まるで昔からそう呼んでいたかのように」
ピンクが目に見えて慌てだした。
周りを見回しても今まで傍にいたはずの男どもは、みんな頭を押さえてうずくまっているような状態だ。
その時、大きな音を立てて扉が開かれた。
先程退出した保健委員だった女生徒だ。彼女が真剣な顔で俺に近づいてくる。
「殿下。不躾ながらお耳をお借りしても?」
ん? 内緒話ってことか?
この時の彼女の報告で、俺が薄々恐れていた懸念が現実味を帯びてきた。場内の誰もが俺たちに注目し、ピンクは逃げるに逃げられないような状態だ。
「学園内は平等。だから身分の区別なく仲良く話さなければならない、だったか? マーガレット嬢。
確かにこの学園は『身分の差などなく、平等』を謳っているが、それは教育に対する姿勢に対してだ。
王族であろうと、男爵家の人間であろうと、同じ教育を受けさせる。その姿勢に対して『差は無く平等』だと謳っているに過ぎない。
生憎、我が国は王制だ。
王を頂点に公、侯、伯、子、男と貴族階級が存在する。歴然と存在するそれを、三年間の学園生活とはいえ無視していい物ではない。そんなことに慣れたら、卒業後に苦労するだけだ。
それを、あたかも皆が同じ階級に所属するよう振舞わねば、と思わせるお前の巧みな話術はどこから来た? その思想は?
そして私を始めとして彼らの記憶に障害を与えたお前はなんだ? ありもしないことを、あったかのように勘違いさせるその能力はなんだ?」
本当に不思議だ。まるで魅了魔法じゃないか。
それは伝説の魔法だというのに!
「そして先程報告があったのだが。あぁ、保健委員の彼女からだ。お前が怪我を負って保健室を利用した事実はないと。もちろんここにいるエリザベス達もだ。
そのうえ衝撃の報告を受けたぞ?
保健室には生徒の健康状態を把握する為に独自の名簿があるのだが」
聞いてびっくりした。そんなことってありか?
「お前。名簿に名が無いそうだ。聞かせろ! マーガレット・ブラウン! お前はいったい何者なんだ⁈」