前世のじいちゃんからの天啓と俺の現状
「エリザベス・エクセター! きみとの婚約を破棄する!」
そう言った途端、ひとりの老人の声が俺の脳内に響いた。
『いいか、こうじ。小さいうちは仕方ない。だが“悪気はありませんでした”という言い訳が通用するのは子どものうちだけじゃよ。
なぜならば子どもは善悪の区別がつかない。知らないからじゃ。
それを知るために、学校へ行って勉強したり友達と関わりあって、物事の善悪を覚えていくもんじゃ。
おとなになって“悪気はありませんでした”は、マズイ。
なぜなら、おとなだからじゃ。おとなに善悪の区別がつかないでどうする? 社会の害悪じゃ。
だからな、こうじ。
悪いことは堂々と、悪いと思ってやりなさい』
じいちゃん。
じいちゃんの教えはいつも長くて回りくどくて、なにを言っているのか半分くらいしか理解できなかった。
あのときも“もしかしてこの人は悪事を推奨しているのか?”ってちょっとビビッたんだよ、俺。
なにか壊して怒られたときの言い訳に“悪気はなかったんだ”って俺が言ったから、だったかなぁ。
『悪いと思ってやったことなら、すぐに改めることができる。
問題はな、本当に悪気無く、人を傷付ける輩がおることじゃよ。
奴ら、悪気がない。善意の塊じゃ。善意で人を傷付ける。悪気がないから、反省できずになん度でも繰り返す。これも社会の害悪じゃなぁ』
今! 俺! もしかして、そうなのかも。
全然っ、悪気なんか無かった!
それは覚えてる。むしろ正しいことをしているつもりだった。ってゆーか、たった今思い出したじいちゃんの言葉って。
前世のじいちゃんだよね。日本の! 田舎の! 白いステテコに茶色の腹巻姿の。
今世のじいちゃんって……
前の王様じゃん⁈ 先王陛下じゃん? 俺って“今”王子じゃん?
待って、待て待て俺、落ち着け。
慌てる乞食は貰いが少ないと言うぞ。や、俺王子だけど。
なんの因果かたったいま、前世の記憶が蘇ったのだ! それも前世のじいちゃんの台詞のオンパレードで! 俺自身の詳細な記憶なんてないのに。なんてこった。
なんともタイムリーで重要な前世の記憶の奔流に翻弄されている脳内と、眼前で繰り広げられてる婚約破棄騒動とが同時進行している事実にくらくらする。
うん。整理、しよう。
たった今さっき、俺が言ったんだ。
『エリザベス・エクセター! きみとの婚約を破棄する!』と。
――あぁ、言ったな。言ってしまった。詰んだ? 俺詰んだ?
いまの俺はこの国の王子、コージー・イノセント・コーナー。
エリザベス・エクセターは俺の婚約者で公爵令嬢。うっわ~、可愛い。
今改めて見ると超可愛い。文句なしの美少女。
艶やかで濃い銀髪はストレートでサラサラと柔らかそう。背中を覆う長さも良いよね! 触りたいなぁ~。
深く碧い瞳は理知的で、ちょっと猫目なのがまたイイよね!
俺、犬と猫なら断然っ、猫を選ぶ人。そしてエリザベスは猫っぽい。イイ!
白磁の肌、形の良い唇はぷるんぷるん。
スタイルも全体のバランスが良い。手足長い。ウエスト細い。イイ!
いつもは制服のスカートの裾からちょっとだけ見える足首が細くていい! って思ってた。
良いよねアレ。お江戸の昔から『小股の切れ上がったいい女』って言葉があるけど、ここじゃあ、スカートで足が全部見えないから足首で妄想するしかない。
せめてパンツルック流行らせろや、こら。
っていう俺の考えで分かってくれると思うけど、俺、脚派なんだよね。
そんな脚派の俺にとって、今みたいなパーティードレス仕様ってつまらんな! 足首すら見えないなんて! なんて勿体ない。
いつもの俺はエリザベスのあの足首に注目していました。だって男の子だもんっ好みだもんっ!
あぁ、エリザベス。あの超好みの可愛い子が俺の婚約者かぁ……って、待て俺。
婚約破棄宣言しちゃったけど!
とんでもなく、すんげー、マズイ。血の気が引くのが分かる。
彼女の父は国の有力貴族。
我が国の建国当時に、王弟が臣下に降りて興した公爵家。だったはず。
今でも国の重鎮として元老院の議長だったはず……納税もキチンとし国王派で……そんな家から嫁を貰うはずだったのに、なんで破棄宣言なんかしたかというと……
傍らには、俺に寄り添うように立つ小柄な女性……。
マーガレット・ブラウン男爵令嬢……。
この子に惑わされたからだ!
ピンクブロンドのふわふわの髪。空色のたれ目の瞳。こどもっぽい丸い頬。下唇が厚めでちょっとコケテッシュ。そして何よりも特筆すべきはそのおっぱい!
顔はベビーフェイスなのに、身体はお色気ムンムンってすごくね? や、俺は脚派だよ? 脚派だけど、だからっておっぱいが嫌いな訳じゃないのっ。ぶっちゃけ好きなのっ!
だって男の子だもんっ!
前世、歯医者で歯科助手のお姉さんのお胸が頭に当たるのを密かに楽しんだりしてました、はい。
そんな俺以外にも彼女の色気に中てられた野郎どもがいる。
騎士団長子息、宰相子息、神官長子息、大商会会長子息、がこの場で彼女に寄り添ってる。
まるで戦隊モノのなんとかレンジャー状態だな。
赤青黄緑黒そして女子のピンク。
順番に赤毛が騎士団長子息で、黒髪が俺ね。
ん? んん?
なーんかこの構図、見覚えがある、ぞ?
一人の女の子を庇って立つ男の群れと、相対するは凛と立つ公爵令嬢……。
場所はダンスパーティー会場で衆人環視の中、婚約破棄宣言って。コレ、小説とか乙女ゲームの世界じゃね?
まさに! Just!
今! Now!
公爵令嬢を断罪する定番のシーンなんじゃないの?
えぇー⁈ うそーん、やーだー俺、そんなんやーだー(泣)
たった今、転生したって自覚が芽生えたばかりなのにっ!
ここで、こんな状況での断罪って、もしかしてもしかすると、
ざまぁ返しされる奴じゃね? 返されるの俺じゃね?
国内随一の権威と財力を誇る公爵家の令嬢をざまぁするだけでもマズイと思うのに、(今の俺は理解出来るのに)ざまぁ返しされた日には、俺、目も当てられないよ? なんでこうなった?
さぁ! 空気を読め。
元日本人のスキルならできるはずだ。今の俺、できる! はず!
――会場はざわついてる。
ホールの中央で次代を担うはずの王子とその側近候補がやらかした騒ぎに、
『ざわ・・・』
の文字がそこら中に漂ってるようだ。
その雰囲気、これの意味は……
『なにやってんの? バカなの? 死ぬの?』だ。
遠いところ、会場の壁際に国王夫妻がいます……はい、俺の両親です。
それが……母上、目が吊り上がってるよっオコだよ、激怒。
父上は口開けて真っ青になってる。
その隣にいる妹……三歳下の可愛い妹だけど……扇で顔下半分隠してるけど、あの目は俺を軽蔑してる……。いつもは『にぃさま♡』って可愛く慕ってくれる愛らしい姫なのに……。
これって、絶対絶命って、言わね?