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馬車から降りたレイナルド殿下はもう、私と二人で馬車に乗っていたレイナルド殿下ではない、完璧な王子様だった。世間一般で完璧王子とか呼ばれる由縁となったアレだ。王族である自分の立場をしっかりわきまえているからなのだろう。まさにレイナルド殿下だ。完璧なアルカイックスマイルを浮かべ、お母様とあいさつを交わしている。
しかしやっぱり、レイナルド殿下は素敵だ。私と二人で過ごしている時の肩の力が抜けたような自然なレイナルド殿下(私にはそう見える)も好きだし、私と二人きりで過ごしている時の甘い空気をまとったレイナルド殿下(誰が何と言おうと私にはそう見える!)も大好きだが、今のどこか近づきがたさを感じるほどの完璧な王子様であるレイナルド殿下も何度だって恋に落ちそうなほどに魅力的だ。要するにきっと私はレイナルド殿下であれば何だって好きになってしまうのだろう。恐るべし恋の魔力。
私がレイナルド殿下に熱のこもった視線を注いでいると、お兄様が近づいてくる。
「ルーチェ、ようやく来てくれたね。本当にレイナルド連れてきたんだね・・・。お兄様は心変わりすることを願っていたのに。残念だよ。」
妙に悲痛に満ちた表情で言う。
「最近は昼食を一緒にとりたくても、何故だか毎回レイナルドやアンディの邪魔が入るんだ。
はっ、もしかして今日も?いや、まさかな・・・。お母様も一緒だし、今日こそは。」
「お兄様、何をごにょごにょ言ってらっしゃるの?」
「なんでもないよ。ルーチェは気にしないで。
ところでレイナルドは・・・。」
「レイナルド殿下がどうかしたんですか?」
「いや・・・うん、ごめん、やっぱり気にしないで。」
今日のお兄様はなんか変だ。変なことだけはよくわかるのだが、最近ではお兄様ともあまり話していなかったので、今一つ接し方がつかめない。少し離れていた間に距離感を忘れてしまったようだ。
原因に心当たりがあった。別のお兄様ができてしまったからだ。もう一人のお兄様との距離感はここしばらくの間にすっかり出来上がった。そしてお兄様のことがすっぽりと頭の端から抜け落ちた。
言いようのない後ろめたさでお兄様と目が合わせづらい。しかし逃げ出す勇気もない。二人の間を気まずい空気が流れている。これはたぶん私が放っている空気だけではないと思う。お兄様も気まずいのだ。それをお互いに悟って余計に気まずくなってしまう。
レイナルド殿下はまだお母様と話をしている。しばらくかかりそうだ。あまりの気まずさにアドレアン様を誘わなかったことを本気で後悔してしまったくらいだった。
お兄様と、これでもかと言うほどたーっぷりと気まずい時間を過ごし、心が折れかかった頃になってようやくレイナルド殿下とお母様の話が終わった。示し合わせたわけでもないのに、お兄様とどちらからともなく歩き出す。四人でそろって食堂へ向かう。
カタル家の別邸は本邸とは趣が全く違っていた。賓客を迎えるための邸にふさわしく、本邸より内装が凝っていて豪華だ。本邸にはないような魔石も備えられているらしい。使用人達も本邸より礼儀正しい気がする。いや、中にいる使用人達は本邸で見かけたことがある人達だから、ローテーションなり何なりで本邸の使用人達が別邸も担当しているのだろうが、普段本邸にいる時と違って全く喋らない。来客用の対応ということだろうか。本邸にいる時はレイナルド殿下に対してすらすごく気安くフレンドリーな対応なのに。お母様と会話していた時のアドレアン様の姿が思い浮かぶ。これがカタル家としての基本的な対応なのかもしれない。
食堂も瀟洒で上品な部屋だった。レイナルド殿下の席はお母様の隣。私はレイナルド殿下の向かいに座った。本当はお兄様と椅子の位置が逆だったのだが、無理やり強引に席を奪った。だってこの席ならレイナルド殿下の姿をずっと見ていられるし。レイナルド殿下の視界にも、私が常に入る。お兄様には譲れない。
「そういえば伝えそびれていた。ルーチェリア嬢の人形の件だが、母が気に入って孤児院関連のことも含め直接会って話したいと言っていた。」
「まあ!」
「本当ですか?」
「え?まだ言ってなかったの?その話が出てから結構経ってるよね。」
「なかなかタイミングが合わなくてね。母の予定がはっきりしてから、と思っていたんだけれど、状況が変わってしまったからな。とりあえず母が気に入っていたことだけでも先に話しておこうと思ったんだ。」