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王宮は想像していた以上に大きくて立派だった。前世の記憶の中で知っていたはずだったのに、それより遥かに荘厳だった。
正直、こんなところで毎日お仕事をしているお父様や、王子様の遊び相手を務めているお兄様が信じられないくらいだ。
私が王宮の入り口で目を白黒させている間にも、お母様とお兄様は迷いなく庭園へ向けて歩みを進めていく。
「ルーチェ、そんなところでキョロキョロしていると迷子になるよ。ちゃんとついておいで。」
お上りさん状態のところをお兄様に見られてしまった。慌てて小走りになって2人を追いかける。
「待ってくださいませ、お母様!お兄様!」
王宮は文字通り目が回るほど広かった。庭園への道順は頭の中にあるはずなのに、それでも気を抜いたら迷子になりそうだ。
(こんなところに住んでいる王子様ってすごい・・・!)
しみじみそう思った。
カルチャーショックを受けながらも庭園までたどり着くと、そこはまるで別世界のようだった。
様々な彩の見たことのない花たち、その中央にセットされたテーブル。そこにはいい香りのするお菓子が所狭しと並べられている。
(・・・!)
急に手を握られてびっくりした。お兄様が私の手を握っていた。
「さあテーブルに移動するよ、ルーチェ。」
どうやら私がお菓子に気を取られているうちにお母様は保護者のテーブルに行ってしまったらしい。
私はお兄様に連れられて子ども用のテーブルに移動した。
テーブルの上に並べられた美味しそうな焼き菓子や、きらきらとした砂糖菓子に心を奪われているとお兄様が手を離した。
「お席へどうぞ、お姫様。」
そう言ってエスコートしてくれる。侍女を呼んで紅茶の準備を頼むとお兄様が言った。
「もうしばらくすると王妃様がレイナルド殿下を伴っていらっしゃるよ。そうしたら僕はレイナルド殿下に挨拶に行くけど、ルーチェも一緒に行く?」
私は少し考えると首を横に振った。
「ここでお兄様のお帰りをお待ちしています。お菓子も食べたいし。」
そう答えるとお兄様は笑った。
お菓子も食べたい。それは事実だ。でもそれだけじゃない。
王子様や他の側近候補の人たちに会うのはちょっと緊張する。王子様に会いたい気はしたけれど、胸がもやもやしたのでお菓子に視線を移してごまかした。
王宮の紅茶はびっくりするほど香りがよかった。茶葉が違うのか、淹れ方が違うのか。頭を悩ませているところに王妃様王子様入場の先触れが来た。
周囲に緊張が走る。ご令嬢方は王子妃の座を狙って、ご令息方は王子様の側近の座を狙って。否が応にも力が入るようだ。
特にご令嬢方の気合の入り様はすごかった。こちらにまで熱気が伝わってくる。
私はこっそり椅子の位置を後ろに下げた。はっきり言って巻き込まれたくない。王子様は気になるが、気になる程度でこんな争いに巻き込まれてはたまらない。
お兄様が隣で苦笑するのがわかった。
(ごめんなさい、お父様お母様お兄様。ルーチェリアはこの争いに巻き込まれたくはありません。
王子様争奪戦は傍観させていただきます。)
お父様にもお母様にも何も言われていないし、私が王子様の婚約者候補に選ばれなかったとしてもまあ問題はないだろう。
有難いことに我が家にはお兄様がいる。お兄様は既に王子様の側近候補として内定しているし、我が家と王家の関係的にも大丈夫なはずだ。
そういうわけなので私はお兄様が王子様への御挨拶に席を立つと同時に、この場から避難しようと心に決めたのだった。
「お兄様。お兄様が王子殿下にご挨拶に行くタイミングで私もお庭を見て回ろうと思います。」
「お菓子はよかったのかな?」
お兄様が笑いをかみ殺しながら聞いてくる。
「背に腹は代えられません。お菓子よりも身の安全ですわ!」
お兄様が吹き出した。
しまった。本音が前面に出過ぎた。
私たちがそんな話をしている間に王妃様と王子様が入って来られたようだ。
その場が一瞬にして静まり返る。
王妃様と王子様が用意された席に着く。
王妃様も王子様も綺麗な金の御髪をされている。違うのはその瞳。王妃様が綺麗なアンバーの色の瞳をしているのに対して、王子様のそれは夜空のように美しいサファイアだった。
王子様見ているとどこか懐かしいような切ないような気持ちになり、胸がざわめく。それと同時に胸のもやもやもまた襲ってきて、ただ苦しくなった。