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「ルーチェ、会いたかったよ。相変わらず僕のルーチェは天使のようにかわいいな。
ようやくお昼だね。さあ、今日こそ一緒にランチに行こう?」
「ごめんなさい、お兄様。私ランチはお友達と一緒に食べたくて。」
「おや?友達ができたのかい?それは僕にもぜひ紹介してほしいな。
でもルーチェはまだ僕と一緒にお昼を食べてくれたことはないだろう?僕とも一緒に食べてほしいな。」
周囲のクラスメイト達が耳をそばだてているのがわかる。ここは慎重に返事をしないと。
「今度お兄様にも紹介しますわ。
お兄様。今日の所はひいてくださいませ。私お友達ができたばかりでお友達と一緒に食べたいんですの!」
「そうかい?ルーチェがそんなに言うなら今日のところは諦めるとするよ。また次の機会に。
お友達の紹介待ってるからね。」
そう言うとお兄様は笑顔で私の頭を一撫でしてから教室を出ていった。
クレアが近づいてくる。
「大丈夫?なんか疲れ果ててるけど。」
「なんとか。心配してくれてありがとう。」
「いいっていいって。とりあえず食事にしよっか。
食堂行こ?話はそっちで聞くよ。」
「ありがとう、クレア。あなたがいてくれて助かる。」
苦笑いしながらクレアは私を食堂まで引っ張っていってくれた。
この学園の食堂にはいくつかのスペースがある。平民たちが主に使っているところ、貴族たちが主に使っているところ、高位貴族というか主に王族とその関係者が使うところに、今私達がいる貴族平民混ざり合って使っているところだ。といっても貴族のほとんどは貴族用のスペースに行くので、ここにいる貴族は多くない。平民のクラスメイトと一緒に食べたいとかそんな理由でしか使われることはまずないので、私達は安心して話ができている。
食堂の食事は学費に含まれているので無料だ。メニュー数は多いが貴賤の別はないので平民も貴族達と同じものを食べている。料理の味もよく、料理人の質の高さが伝わってくる。
今日の私はCランチを食べていた。蒸した鶏肉とお米を使ったもので遠い異国の料理らしい。添えられている3種類のタレをつけて食べる。異国情緒あふれる味に舌鼓を打っているとクレアが口を開いた。
「お兄さんに毎日誘われてるけど、一緒に食べなくて本当に大丈夫なの?」
ちなみにクレアはAランチを食べている。今日のAランチは豚肉のチーズ挟みカツだ。チーズがとろけて零れ落ちそう。次は私もそれを食べよう。
「大丈夫・・・じゃないかも。でも一緒に食べるのは無理。」
「えー。なんで?」
「だってお兄様1人じゃないもの。」
「お兄さんのお友達とか?」
「うーん、友達と言えば友達なのかな?
お兄様はレイナルド殿下のご学友だから・・・。」
「あー、そっか。王子殿下か。
そういえばルーチェのお父さん宰相様だったね。宰相子息と騎士団長子息がご学友で一緒に食べてるって聞いてるけど。」
「そう。お兄様とアドレアン・カタル様。」
「そっかそっかー。それは・・・ないね。」
「うん。一緒に食べるなんて無理。」
「ところで、ルーチェはどんな小説が好み?
私はね、やっぱり定番の貴族令嬢と王子様の話かな。」
「私はどうだろう。甲乙つけがたいっていうのが正直なところかな。
貴族令嬢モノはリアリティがあってドキドキするし、平民女性モノは夢があると思う。王子様も好きだけど、騎士様にも惹かれるし。決められないなぁ。」
「なるほどね。私ははっきり言ってリアリティなんて考えたことなかったけど、確かに私達貴族令嬢だもんね。
でも私が王子様とどうこうなるっていうのはナシかなぁ。こういうのは物語とか他人事だからこそロマンチックでいいんだと思う。」
「たしかにそうなのかもしれない。貴族令嬢モノより平民女性モノの方がロマンチックに感じるし。」
「でしょう?
そういえば王子殿下には婚約者とかいるのかしら?それとも小説のように秘密の恋人がいたりして!」
「レイナルド殿下の婚約者ならこの学園に通っている間に決まるはずよ。婚約者候補と親睦を深めながら選考していくと聞いたわ。」
「そうなの!?じゃあ婚約者がいるのに惹かれ合ってしまう禁断の2人って線も捨てがたいわ!」
「素敵!そうなったら私は潔く身を引かせてもらうわ。」
「身を引くってルーチェまさか王子殿下狙いなの!?」
「まさか。私はレイナルド殿下の婚約者候補の1人なの。だからレイナルド殿下に秘密の恋人がいたら私は悪役令嬢ってわけ。」
「悪役令嬢かー。断罪まっしぐらだね。」
「それは遠慮したいわ。」
「そうだよね。他に婚約者作って候補を辞退したら?
誰か気になる人とかいないの?」
「気になる人ね・・・。私今まで社交もしてこなかったし、ここ2年は領地に引きこもってたからあまり周りのことに詳しくなくて。」
「私と同じか。じゃあいい人を探すところからスタートだね。それか王子殿下。」
「レイナルド殿下?」
「そう。貴族令嬢と王子様の恋物語のテンプレは悪役令嬢モノじゃないでしょう?普通に王子殿下と愛をはぐくんで婚約者になればいいだけじゃない。
応援するよ。私の推しは貴族令嬢と王子様の物語だからね。」
そう言ってクレアはにかっと笑った。好きな小説の話が思わぬ方向に流れてしまった。
「微妙な反応だなぁ。王子殿下の事好きじゃないの?」
「本当のことを言うとよくわからないの。レイナルド殿下は魅力的な相手だけれど、私がレイナルド殿下にそういう意味での好意を持っているかっていうと・・・。」
「それを確かめるための選考期間ってことじゃないの?」
目から鱗が落ちる思いだった。クレアの言うとおりだ。ここから知っていけばいいのだ。自分の思いも、レイナルド殿下のことも。
思いのほか盛り上がってしまった。予鈴にせかされながら慌てて食事を食べきり、教室に戻った。
クレアと一緒に過ごすと今までの自分では思いもしなかったような発見がある。多少面白がられてるような気もするけれど。友達って楽しいなっていうのも今日の発見の一つだ。