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 入学式から2週間ほどが経って、授業にもだいぶ慣れてきた。となると私の関心ごとはただ一つだ。

 入学式の日、私の愛読書である大衆恋愛小説を読んでいたご令嬢。クレア・ランドール嬢というらしい。入学式後の自己紹介で知った。辺境伯家のご令嬢らしく、王都ではなくほとんど領地で暮らしていたらしい。辺境伯家はその立場上、当主はあまり王都での社交には出てこない。それは家族も同じくだ。どうしても必要な社交以外は領地で過ごすと聞いている。現当主は武功に優れた人物で質実剛健な思想を持つすごい人らしい。アドレアン様の受け売りだ。

 アドレアン様のお父様である騎士団長は辺境伯夫妻とは旧知の仲らしい。特に家族ぐるみでの付き合いなどはないがお父様から度々話を聞かされていたそうだ。アドレアン様によると辺境伯夫人も過去に騎士団に所属していたこともある男勝りな人物らしいが、可愛いものが好きだったり乙女チックな趣味をしていたりするところがあり、そこにほれ込んだ現辺境伯の猛アタックにより結婚に至ったらしい。いわゆるギャップ萌えというやつだろうか。

 そんな家庭に育ったため、彼女も王都でお茶会に出たりすることもなく過ごしていたようだ。



 この2週間、彼女を観察してきてわかったことがある。彼女も私と同族だ。入学式の日は貴族令嬢と王子様の本だった。その次に見たのは、平民女性と騎士様の本。その次に見たのは平民女性と王子様の本。

 今日は貴族令嬢と騎士様のラブストーリーが最近巷で話題となっている恋愛小説を読んでいる。もう間違いない。

 彼女と友達になりたい。いや、絶対に友達にならなければ!私の楽しい学園生活はそこにかかっているといっても過言ではない。大衆恋愛小説好きの貴族に悪い子はいない。一生の友達になれるような気さえしている。私は意を決して彼女に話しかけることにした。


「あの・・・クレア様?ごきげんよう。読書の邪魔をしてしまってごめんなさい。

 私ルーチェリア・ウィンサーと申します。」


「ごきげんよう、ルーチェリア様。私に何か御用ですか?」


「実は先日から、あなたの読んでいる本が気になっていて・・・。」

 そう言うと私が言い終わるか終わらないかのうちにクレア様は本を隠した。


「これは・・・。申し訳ありません。こんな小説貴族令嬢の私が読むのははしたないことだってわかっているんですが。

 ですが、私の両親も恋愛結婚で。母もこういう小説が好きなもので私もついこういう小説に憧れてしまって。」

 言いながらこぶしを固く握って視線を逸らす。その肩が小刻みに震えていた。


「誤解させてしまったみたいで申し訳ありませんわ。違うんですの。クレア様が読んでいる小説を私も読んだことがありますの。

 いえ、違いますわね。読んだことがあるというよりも愛読書ですの!

 私もクレア様と同じですわ。お母様がこういう小説が大好きですの。それで薦められて読み始めたらハマってしまって。小さなころからもう何百冊と読んできましたわ。この国のものに限らず、外国のものまで!

 だから同じ趣味を持っていそうなクレア様とぜひお友達になりたくて、声をかけさせていただきましたの。」

 それを聞いたクレア様はぱっと顔をあげた。その顔が輝いている。


「まぁ、そうだったんですね。ルーチェリア様は入学式で新入生代表を務めるような才媛だし、こんな本は歯牙にもかけないかと思っていました。

 私も大衆恋愛小説が大好きなので、一緒にお話ができる友達ができるなんて夢のようですわ。正直、分かり合える友達ができるとは思っていませんでした。

 私のことはクレアと呼んでください。」


「ええ、わかったわ、クレア。そう呼ばせてもらうわね。私のことはルーチェって呼んでくれる?」


「うん、ルーチェ。これからよろしくね。」



 こうして私に人生初の友達ができた。あ、違った。人生で2人目の友達ができた。私は人生2人目の友達に完全に浮かれていた。憧れていた女の子の友達。しかも大衆恋愛小説仲間だ。これは家に帰ったら早速お母様に報告せねばなるまい。きっと喜んで屋敷に招こうとするだろう。クレアは寮暮らしだろうか?だとすると門限もあるからよく話し合わなければいけないな。クレアのお母様の辺境伯夫人にもいずれお会いしてみたい。大衆恋愛小説お茶会か、楽しみだな。とワクワクしていたところで廊下の方がざわざわし始める。

 その時になって私は初めて思い出した。今は昼休みだ。浮かれている場合などではなかった。クレアを早速ランチに誘って早々に教室を出るべきだったのだ。

 私が席で悲壮に暮れていると、ざわざわの原因が入ってきて私の横に立つ。目立つ銀の髪にすらりとした体躯。整った顔立ちにエメラルドの瞳は優し気に微笑んでいる。優し気な相貌は女子生徒の目を虜にさせている。お兄様だ。

 


 私はここしばらく、昼休みにお兄様から逃げ続けていた。その理由は簡単だ。お兄様がランチに誘ってくるから。なにもお兄様と2人のランチが嫌なわけではない。お兄様と2人きりじゃないから嫌なのだ。

 お兄様はレイナルド殿下の側近である。今は学生だからご学友というべきだろうか。レイナルド殿下のご学友であるお兄様は基本的にレイナルド殿下のそばを離れることはない。必然的にランチもレイナルド殿下と一緒である。それはもう一人のご学友であるアドレアン様にも言えることだ。抜け出して寝ていることの多いアドレアン様でも、さすがに昼食はレイナルド殿下といっしょにとる。

 つまり、だ。お兄様にランチに誘われるという事はその3人と4人でランチという事なのだ。



 3人のことは決して嫌いではない。むしろ大好きなくらいだ。しかしそれとこれとは話が違う。3人はとても人気がある。女子生徒からはモテるし、男子生徒からは尊敬と羨望のまなざしで見られている。

 それはここ2週間で嫌というほどよくわかった。最初のうちは何かと用事が入ってしまいお兄様の誘いを断っていたが、今となってはそれに感謝してるくらいだ。

 そんな目立つ3人と一緒に食事なんてとんでもない。私と彼らでは立場が違うのだ。2年前、彼らが学園に入るときに嫌というほど思ったが、学園に入ってまた思い知らされることになった。今ではあのころと違ってそれに思い悩むことはない。だが何もなかったことにして一緒に過ごす勇気はない。

 この教室にくるだけであれだけ教室がざわつくのだ。食堂で4人一緒になんて絶対無理だ。私の可憐な心臓も胃腸も悲鳴を上げるに違いない。想像しただけで鳥肌が立つ。



 そんな私を無視してお兄様が話しかけてきた。





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