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準備室に戻って表彰式が始まる前にみんなで協力して仕事を済ませた。今日の仕事も残りわずかだ。
他の案内係もみんな、そわそわしながら表彰式が始まるのを待っている。表彰式が終われば後夜祭と称して出店で遊ぶこともできるので楽しみにしているのだ。
私もクレアと一緒にまわろうと考えたところで、さっき後夜祭の話になった時のクレアの様子がおかしかったことを思い出す。何かを言いかけてやめたような・・・。とりあえず、あとで声をかけてみればわかるだろう。クレアには後で声をかけるとしてお兄様はどうするつもりだろうか。
「お兄様は後夜祭はどうされるおつもりですの?」
「僕はちょっと仕事を片付けつつ出店を見てまわろうと思っているんだ。
ルーチェは僕のことは気にしないで後夜祭を楽しんでくれていいよ。
騎士様も巡回してくれているし、なによりあの武術大会初出場にして同時優勝を果たすほどに強いクレア嬢と一緒なら心配はないと思うから、2人でゆっくりまわっておいで。」
「わかりましたわ。お兄様も楽しんでくださいませ。」
「うん、ありがとう。」
表彰式の準備も整ったということで、お兄様が一足早く準備室を出ていく。表彰式の初めにはレイナルド殿下からの挨拶があるので、お兄様の出番が一番最初なのだ。
次に表彰される選手達を担当している他の案内係達が出ていく。クレアやアドレアン様も彼らに連れられて会場に向かうはずだ。
最後に私達、なんの当番でもない案内係達が部屋を出て会場に向かう。一応会場袖で待機するかたちになるので、実際に会場に着くのは私達が一番最初だ。最初に着いてそこでゆっくり表彰式の見学ができる。
私が会場に着くと、そこにはレッドカーペットからつながった立派な表彰台が設置されていた。そこに立って、一段高い位置に立つレイナルド殿下からお祝いの言葉をいただくのだ。一応副賞として記念品のようなものも用意されているらしいが、詳しくは知らない。用意するのは騎士団の方からみたいで、生徒会としては何も関わっていないので私のような末端の生徒会役員までは情報がまわってこない。今度クレアやアドレアン様に聞いてみればいいだろう。
観客席は盛り上がってはいるが、先程までにあったような熱気はだいぶ引いている。観客達はそれぞれ談笑していたり、表彰式開始までのつなぎとして放送されている今回の武術大会のハイライト放送に聞き入ったりしている。私も一緒になってそれに耳を澄ませた。先程の決勝戦の前に行われたようなものよりもっとざっくりと予選の模様を解説していた。表彰式の前なので、入賞した選手達の試合の解説がメインとなるのだろう。先程の放送の時は特に何も思わなかったが、こうして決勝まで全試合が終わった後に聞くと感慨深いものがある。私が観戦した試合なんてほんの一部だが、それを思い出すだけでもほろりと来そうになる。やっぱり私は涙もろいんだろうなぁ。アドレアン様とあまり親しくなかったなら騎士様の妄想放送を真に受けてアドレアン様を見ただけで泣いてしまったかもしれない。自分で想像してぞわぞわした。
放送が今日の本戦のハイライトに変わった。ここまでくると観客席も談笑をやめて放送を聴く人達が増えてくる。騎士様達の放送にも俄然熱が入ってきた。私の周りの案内係達も放送に聞き入っている。騎士様達は妄想属性なだけあってなのか、話がものすごくうまい。すんなり頭に入ってきてイメージを作り上げていく。私も観ていない試合までまるで観てきたかのように想像することができた。おかげで放送に夢中になってしまった。そのため他の入賞者まで身近に感じてきた。そのせいで涙腺が緩む。このままだと確実に表彰式で大泣きする。騎士様達をちょっと恨んだ。
アドレアン様の勝利を劇的に語り終えたところで、待っていたかのようなタイミングでファンファーレが鳴り響く。ファンファーレ?一瞬疑問に思ったがすぐに思い至る。そうか、レイナルド殿下の入場か。
ほどなくして騎士団長を従えてレイナルド殿下が壇上に現れる。すでに出来上がっている観客席から歓声が上がる。レイナルド殿下が完璧なアルカイックスマイルでこたえる。さすがはレイナルド殿下だ。こんな蒸し暑い会場内にいても一人さわやかで清涼な風が吹いているかのようだし、ただ佇んでいるだけでキラキラする粉が待っているかのようにきらびやかだ。先程までは武術大会が行われる少しむさくるしい空間だったのが噓みたいだ。レイナルド殿下のおかげで体感温度がちょっと下がった気がする。その場を共有したみんなが爽やかな空気に一息ついた頃合いを見計らって、レイナルド殿下が一歩前に出た。シルクのような耳障りの良いテノールが響く。