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試合終わりにクレアと合流して例の空き部屋へと向かう。お兄様の応援席の後方に座っていたクレアを捕まえたのだ。そんなところに座っていたのを見ると、なんとか間に合ったのだろう。
「クリストフ様は残念だったわね。
でもいい表情をしていたし、次へとつながるいい経験になったと思うわ。」
「そうね。お兄様の表情が晴れやかで、ついまた泣いてしまったわ。」
「ルーチェはそんなに涙もろかったかしら?」
「私でも驚いているの。
でもダメなのよね。特にお兄さまなのだけれど、頑張っていたりする姿を見ていたりすると涙が溢れてきてしまって。これまでの努力とか、報われない悔しさとか、そういうものが込み上げてくるのよね。」
「クリストフ様は愛されていて幸せ者ね。
私はウィル兄相手にも、オル兄相手にも泣く気がしないわ。」
「そもそもあの2人は負けないじゃない。」
「まあそうなんだけどさ。
ところで、カタル様のことなんだけど!」
「また瞬殺?」
「そう。瞬殺も瞬殺。
おかげでクリストフ様の試合に余裕で間に合ったわ。ほとんど観れたんじゃないかしら。」
「じゃあいなかったのはお兄様から攻め込んだ辺りだけ?」
「たぶんね。
そっか、クリストフ様から攻めたんだ。だいぶ限界だったのね。」
「そうなんだと思う。」
「クリストフ様は試合慣れしてないから余計に疲れたでしょうね。ナイスファイトだわ。ねぎらってあげなきゃね。」
「よく寝られるようにマッサージでもしようかしら?」
「え?ルーチェがするの?」
「これでもこの夏以降、お兄様が鍛錬で疲れてるときに何度もしてきたのよ?」
「へぇ、そうなんだ。カタル様にもしてあげればいいのに。」
「何言ってるのよ!?」
「冗談冗談。
カタル様は試合一瞬で終わってるし、試合慣れもしてそうだからそんなに疲れていそうにも見えないけどね。」
「なら必要ないじゃない。」
「だから冗談だって。
カタル様の試合の話しましょ。」
「どうぞ。」
「今回の試合はね、相手は三年生だったの。カタル様と同じ。だから遠慮はいらないと思ったみたいで、容赦なく一打目から負かしに行ったわけよ。」
「まさか一撃で?」
「そう一撃で。」
「え、本当に?」
「嘘だと思うでしょ?でも本当なんだな、これが。
試合開始直後、剣を振り上げてつっこんでいって斜めに払った。すごい勢いで。その勢いで相手の剣を弾き飛ばして、次の瞬間には相手の喉元に剣を突き当ててた。
審判もあっけにとられるほどのスピード試合だったわよ。」
「もう第三試合でしょう?」
「うん。今まで第三試合でずっと負けてたってのが嘘みたいな強さよ。
これまでは四回とも第三試合でオル兄に当たってたからだろうけど、あの強さならくじ運次第では準優勝とかでもおかしくなかったと思うわ。
それでお約束のようにお守りのブレスレットに口づけて試合場から降りるの。もうかっこいいったらないわ。」
「そうだったのね。」
「だからあっという間にクリストフ様の試合に駆けつけられたってわけ。」
「なるほど。」
「カタル様は強すぎるのよ。この世代にオル兄の他に勝てる人なんていないんじゃないかしら。」
「レイナルド殿下なら勝てると思うわ。」
「王子殿下?」
「そう、レイナルド殿下。
学園に入る前から騎士様を負かすほどに強かったんだから。」
「それ本当?にわかには信じられないんだけど。
でもそうだとしたらどれだけ完璧王子なのよ。王子殿下にこれ以上完璧な逸話は必要ないと思うんだけど。
王子殿下といえば、王子殿下は今何をしているの?」
「レイナルド殿下は貴賓席で貴賓客と一緒に観戦してるわ。」
「ああ、騎士団長たちと一緒なのね。
じゃあカタル様の素晴らしい戦いぶりは観てるわね。もちろん試合後のパフォーマンスも。」
クレアが急にニヤニヤしだす。
「試合後のパフォーマンスって。」
「王子殿下はどう思っているのかしらね。あのお守りのブレスレットには気づいているのかしら。」
「レイナルド殿下は敏い人だから。」
「なら気づいてるわよね。騎士団長とかも。
カタル様の恋人の存在をどう認識しているのかしら。」
「ちょっと。恋人じゃないわよ。」
「言葉のあやじゃない。」
「そんな風に聞こえなかったけれど。」
「仕方ないわね。恋人(仮)ね。
友人として、親として恋人(仮)の存在を知ってどう対応するのかしら。やっぱり婚約?まずは相手を知ろうとするわよね?それを黙して秘すカタル様。
どうして隠すのかしら。ただ恥ずかしいだけ?それとも、人に言えないような相手なのかしら。たとえば人妻とか、たとえば未亡人とか、たとえば婚約者のいる相手とか。」
「クレアー。」
クレアはニヤニヤしている。私もこういう妄想は好きだが、クレアのはたちが悪い。ジトっとした瞳でクレアを睨んだ。