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翌日から私は馬車の中でアドレアン様に大衆恋愛小説の魅力を語ることに情熱を傾けた。アドレアン様は苦虫を嚙み潰したような表情で私の話を聞いている。まったく失礼な。おかげでアドレアン様と2人きりの空間に緊張することはなくなった。アドレアン様は目的地に到着するなり、一目散に逃げるようにして馬車を飛び出す。だから私は毎回アドレアン様にエスコートしてもらって馬車を降りる際に、アドレアン様の足を踏んづけることにしている。なにも逃げなくたっていいではないか。私は大衆恋愛小説が大好きなのに、それがアドレアン様にうまく伝わらないことが歯がゆくてならない。なので毎回熱が入る。それでどんどんとアドレアン様が逃げ腰になる。悪循環だ。
今も学園に戻ってきたところで、今日も変わらずアドレアン様に屋敷まで送ってもらっている。今度こそアドレアン様に大衆恋愛小説の魅力をわかってもらいたい。いや、魅力をわかってくれなくてもせめてレイナルド殿下のように穏やかににこやかに話を聞いてくれるところまでは持ち込みたい。贅沢な願いなのだろうか。けれど私には諦めるつもりはこれっぽっちもなかった。
「その話はいつまで続けるつもりなんだ?」
「アドレアン様が一定の理解を示してくれるまでです。」
「何をもって一定の理解というつもりだよ。
おとなしく話は聞いてるだろ。」
「たしかに一言も発しませんね。それがいけないのです。」
「どうしろっていうんだよ・・・。」
「まずその表情を改めてください。」
「表情?いつもどおりだろ?」
「苦虫を嚙み潰したような表情でいつも話を聞いてらっしゃいます。」
「まさか。」
「気づいていなかったんですか。今もそういう表情をしていらっしゃいますよ。
窓に映るご自身のお顔をご覧くださいませ。」
「げ。」
「次に、何もおっしゃらないのがよくありません。相槌の一つもないではありませんか。」
「さっきからどうしたんだよ。その言葉遣い。」
「私はアドレアン様に態度を改めていただきたいのです。」
「なんかここまでくると、むしろ母上みたいだな。」
「私はアドレアン様の成長を願っているのですよ。」
「はあ。それで?何を言えって?」
「まずは相槌。それから共感の言葉です。
もっと話に興味を持っているという姿勢を見せてください。」
「仕方ないだろ。興味なんてないんだから。」
「興味を持ってください。」
「いや、無理だろ。」
「無理ではありません。
その証拠に、レイナルド殿下は穏やかににこやかに話を聞いてくださいます。時折質問などもさしはさみながら、とても楽しそうに会話にお付き合いくださいます。私の誕生日にも毎年、外国から取り寄せた大衆恋愛小説を贈ってくださいますし。」
「嘘だろ。
どういう神経してんだよ、あいつ。」
「レイナルド殿下以外にも、お兄様やオルファス様など大衆恋愛小説に理解のある男性はたくさんいらっしゃいます。
アドレアン様もぜひそうなってくださいまし。」
私が言い切るとアドレアン様はすっかり最近見慣れてしまったげんなりとした表情を浮かべた。
「だいたい、どうしてアドレアン様はそんなに大衆恋愛小説に興味がないんですか!」
「そもそも俺には関係ないし。」
そう言われて私はこれまで話してきたのは、王子様の婚約者が悪役令嬢として断罪され平民や身分の低い令嬢が王子様と結ばれるといった話ばかりだったことに気づいた。これはいけない。これは私が悪かった。方向転換せねば。
「そんなことないですよ。
大衆恋愛小説には騎士様の話もたくさんありますから!
では私のおすすめの令嬢×騎士様モノのお話を紹介しますね!」
「はあ。」
アドレアン様がため息を吐くのが聞こえたが、私は気にしないことにして話し始めた。選んだのは王子様の婚約者と幼馴染の騎士様の禁断の恋の話だ。惹かれ合う2人だが、令嬢には婚約者がいた。それは2人の幼馴染でもあるこの国の王子様。王子様は令嬢を愛していた。それを知っている騎士様。でも令嬢に惹かれていくのは止められなかった。それは令嬢の方も同じで。いけないことだとわかりながらも、近づいていく距離から引き返すことができずにいた。
「それで、その話の結末はどうなるんだ?」
「気になりますか?」
「・・・少し。」
アドレアン様は観念したように言う。私は満面の笑みを浮かべた。
「気になるのでしたら、この小説お貸ししますわ。すぐに取って参りますから少々お待ちくださいな。」
いつの間にか馬車は屋敷に着いていた。アドレアン様の手を借りて馬車を降りると、私は急いで自室に飛び込んだ。本棚から先ほどまでアドレアン様に話していた小説と、騎士様関連の小説を何種類か取り出すとそれを抱えて慌てて馬車のところへと戻った。
アドレアン様はおとなしく馬車の前で待ってくれていた。私は抱えてきた本達をアドレアン様に手渡した。その量にちょっとギョッとした風のアドレアン様だったが、よほど続きが気になったのかおとなしく受け取って恭しくお礼を言って馬車に戻っていった。