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「ルーチェリア・ウィンサー、貴様はレイナルド王子殿下の婚約者にはふさわしくない!!
今すぐ婚約者を辞退しろ!」
パーティーの優雅な雰囲気に似つかわしくない大声が周囲に響き渡った。
ここは大陸にある国の一つであるリースランド国。その貴族の子女だけが通うことが許された王立学園に併設された迎賓館だ。
今は学期終わりの納涼会という名のパーティーの最中。一応学園内部での行事なので学園関係者以外はここにいない。
しかし生徒の家族やエスコート役などは例外だ。少なからぬ貴族たちがこの場に集まっている。
響き渡る声に流れていた音楽が止まる。
近くにいた人たちが一斉に声の方を向いた。
そこにはピンク色の髪をした庇護欲をそそる小柄な少女と、彼女を守るように立つナイトたち。彼らはレイナルド王子殿下の側近候補達だったはずだ。
令嬢は大きな水色の瞳からこぼれそうなほどに涙をいっぱいに浮かべていた。彼らはそろって厳しい目を一点に向けている。そう、私に向けて。
私はルーチェリア・ウィンサー。
たった今彼らに糾弾されている、第一王子の婚約者だ。
私はこの国の宰相を務めるウィンサー侯爵家の長女として生まれた。第一王子のレイナルド・フォン・リースランド殿下とは幼いころに婚約を結び、良好な関係を築いてきた。
私の一方的な勘違いではないはずだ。私はレイナルド様をお慕いしているし、レイナルド様も私のことを愛していると言ってくださっている。
品行に関してもこれといった問題はないと思う。自分で言うのもなんだが、学園での成績は常に上位をキープしているし、レイナルド様に相応しくあるよう王妃教育にも力を入れていた。その結果は王妃様からも褒められるほどであったし、糾弾されるような謂れはないはずだった。
「ルーチェリア・ウィンサー。貴様はレイナルド王子殿下の婚約者という立場を利用し、ここにいる可憐なアリス嬢をいじめていた。何か反論はあるか!?」
一人の令息が叫ぶ。
「アリス嬢がおとなしいのをいいことに、教科書を隠すような小さなものに飽き足らず、しまいには階段から突き落とそうとしたり暴漢に襲わせようとした!証拠だってある!」
「暴行の実行犯の男はアドレアン様が捕まえてくださった!言い逃れはできないぞ!!」
ナイトたちが口々に叫んだ。周囲がざわつく。
私は静かに息を吐いた。はっきり言って身に覚えなど全くない。心当たりなら山ほどあるが。
それはすべてアリス嬢が私に向けて仕掛けてきていたことだった。
してやられたと思った。
王子が外交に出ていていないこの場では私をかばうものはいない。
私が何を言おうと捏造された証拠に周囲は惑わされてしまうだろう。
しかしなぜアドレアンの名前がこの場で出てくるのだろうか。
アドレアンというのはレイナルド様の側近の一人で騎士団長子息のアドレアン・カタルのことだろう。
アドレアンとは私の兄クリストフ・ウィンサーを含めた三人で、王子と近しい立場の幼馴染として小さいころから交流を深めてきた。
そのアドレアンが私を貶めるようなことをする理由がわからない。私を襲おうとした暴漢を捕えてくれたのも彼だった。
アリス嬢を襲おうとした暴漢ではなく私を襲おうとした暴漢を彼らがアリス嬢を襲ったものと勘違いしているのだろうか。
そもそも私にはアリス嬢をいじめたり襲わせようとする理由がないのだけれど。
さてどうするか。私がそう思った時だった。ナイトの一人が想定外の行動をとった。
「清廉な婚約者のふりをして王子殿下を謀っていたような奴、この国にも相応しくない!今すぐ出ていけ!そうだどこかの森にでも捨ててきてやろう。獣の餌くらいにはなれるだろうさ。」
貴族の令息とは思えない下卑たことを言う。
後ろに下がろうとしたが、それより一足早くどこかから数人の男たちが現れて私の両腕を押さえた。
まずいと思う間もなく後頭部に鈍い痛みが走った。
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生暖かい風が頬を撫でる感触に目を覚ますと、そこはどうやら宣言通り森の中のようだった。辺りに人の気配はない。どこまでも真っ暗な森の中。獣の放つ生臭い臭いがする。
ともかく森を出なければと体を動かそうとするが、どうやら腕と足を縛られているようで身動きが取れない。
どうにかして縄をほどかなければと思うほどに焦りが募る。身じろぎするほどに縄が体に食い込んでいく。
どのくらいそうしていたのだろうか、疲れて体の動きが鈍くなってきた。
(こんな時でも体は疲れて動かなくなるものなのね。)
ぼんやりとそんなことを思った。瞼が重い。どんどん意識が遠のいていく。
どこか近くから獣のうなる声が聞こえる。
(レイナルド様・・・)
遠のく意識の中で愛しい人の名前を呼ぶ。
近くで草を踏む音がした。