ハミルトンのため息1
読みに来てくださったかた、ありがとうございます!
新章のスタートです。
「はあ・・疲れた。」
周りに誰もいないのを確認してから、ハミルトンはため息をついた。
フィリクスから、「ディノス男爵について調べるべきだ。」と言う助言を受けて、調査を開始。
なぜか、懇意の質屋から、取り調べのきっかけになりそうな古書の転売疑惑まで詳しく情報があり、最近起きていた王宮の調度品の窃盗と、横領にも手を染めていたことが判明した。
後妻に入った夫人と、その娘の散財によって財政が圧迫され、帳簿をいじって捻出した金では間に合わなくなり、出来心で調度品をこっそりくすねて質屋に持っていったところ、大して調べられもせずに金になった。
味を占めて繰り返し、そうこうするうちに王宮書庫の古書までもが、金に見えてしまったらしい。
よくある話といえばその通りだが、なんとも情けない末路だ。
同じ貧乏貴族としては、思うことがないわけでもないが、今回はフィリクスが辛辣で、しかも珍しく急かしたため、そんな感傷に浸る暇もなく駆けずり回るはめになってしまった。
ハミルトンにとって、フィリクスは血を分けた異父兄弟にあたる。
ハミルトンの父であるバートン子爵は、昔、母と恋人だったが、貴族の妻を迎えるということで別れることになった。
お腹に子どもがいたのを知るのはその後のこと。
失意の中にいた母は、ハミルトンを産んで一人で育てていたのだが、ある商人の男に癒され、やがて結ばれる。それがフィリクスの父である。
皮肉なことに、恋人と別れてまで迎えた妻との間に子どもはできず、ハミルトンの存在を聞き付けたバートン子爵が、半ば奪うようにして彼を養子に迎えた。フィリクスが6歳、ハミルトンが9歳の時である。
バートン子爵を恨む気持ちが無いと言えば嘘になる。
だが、母がフィリクスを産んで数年後に亡くなり、ハミルトンと商人の父を繋ぐものはなくなってしまった。あったのは一緒に過ごした時間。それはそのまま母を失った痛みでもある。
居心地の悪さを感じていたハミルトンにとって、子爵家に引き取られたことは、小さくも救いだった。
バートン子爵家では、今まで受けることの叶わなかった教育を受けられた。
貴族の中では裕福な方ではなかったが、それでも平民よりはずっと金銭的に恵まれている。
ハミルトンを養子に出した代わりに、受けた援助で、フィリクスもまた教育を受けられていることをしれば、運命を受け入れる選択肢しかなかった。
継母は、初めこそ刺々しい対応をしていたが、ハミルトンが耐え続けた結果、跡取りとして認めるようになった。
ハミルトンは、充分に優秀だったのだ。
貴族が通う学園で、第二王子に気に入られ、側付きとして仕え始めたことも大きかった。
(まあ、学園のシステムもいかがなものかとは思うが。)
実はディノス男爵の娘は、第一王子に気に入られ、恋人になってしまった。身分を廃して学ぶという理念の成せる業だ。
男爵の娘は、男を落とすテクニックは素晴らしかった。第一王子に、愚かな王子の代名詞である『婚約破棄』をさせるほどに。
卒業記念パーティーで大きな騒ぎをおこし、火消しに周りは奔走した。結局、ないがしろにされた婚約者は怒りに震えながら婚約破棄に応じ、男爵令嬢は我が物顔で王宮に出入りしている。
この一件で、第一王子の立太子は磐石ではなくなり、今は微妙なせめぎあいと探りあいが続いている。
だからこそ、渦中にいる第一王子の真実の恋のお相手である娘の父、ディノス男爵の不祥事は、第一王子の勢力に大打撃を与えた。
第二王子は第一王子と同じ年齢。
卒業後はハミルトンは仕官し、第二王子のもとで働き始めた。
今回のような調査も仕事のうち。
ことを慎重に、迅速に運ばなければならなかったハミルトンだが、労ってくれる人はいない。
(はあ。フィリクスめ。いつの間にか婚約していて、しかも仲良し・・。くっ!うらやましいぞ。)
ハミルトンだって、自分を好きになってくれて、癒してくれる、かわいい婚約者がほしい。ぜひとも、ほしい。
「時間だな。」
ため息を付きたいだけ付き、脱力したいだけ脱力したハミルトンはきりっとした顔を作る。
この後のハミルトンの予定は、第二王子への報告と、騎士団への依頼。
(俺のお相手は、男ばっかりだ。)
心の中のため息は止まらない。
それでも、仕事はきっちりやる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「うまくいったみたいだね、ハミルトン。」
報告にいくと、第二王子、ラルフローレン殿下が、にこやかに話しかけてきた。
「ええ。そうですね。」
(全く、どこから計算なんだか。)
ハミルトンの知る限り、ラルフローレン殿下は、人間たちを操るという点で天才である。
今回の第一王子の数々の失態は、恐らく偶然ではない。
(婚約破棄からか、もしくは下手をすれば男爵令嬢との出会いからの可能性も・・。)
だとすれば、第一王子が返り咲くことは難しいかもしれない。
現に、第一王子の地位を約束することになるはずだったもと婚約者である公爵令嬢のお相手が、第二王子に決まった。
このために、第二王子がなかなか婚約者を決めなかったのだとしたら。
母の違う二人の王子は、それぞれ見た目もよく、人気も高い。
女性が歓声を上げるその笑顔の裏。
自分の関わりを一切感知させず、あくまでもそれぞれが自分で行動を選択したように錯覚させて。
(敵に回したくない。全力で!)
頭の中ではそんなことを考えながら、ハミルトンは次々に報告をしていくのだった。