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婚約者と仲良くなる方法3

リンダとフィリクスの様子を気にしていたため、反応が遅れた。

「おい。聞こえているのか?」

目の前には偉そうに見下ろしてくる一人の男。

「・・失礼しました、ディノス男爵。」

用件はよく聞こえていなかったが、察しはつく。

(ブラックリストの利用者だものね。)


王宮書庫なので、ほとんどの人はルールやマナーを守り、揉めることはめったにない。

しかし、そうではない一握りの利用者には注意が必要だ。

(よりによってこんな日に。)

こういう人物の対応は、スフィアはまだどうすればいいのか分かりかねていた。

それでも、できるようにならなければいけない。


『なあに?嫌な感じね?追い払ってあげましょうか??』

不穏な声には微かに首をふっておく。

(やることは一つしかないのよね。)


「本が借りられなかったのだ。ここで貸し出しをしろ。」

確認すると、返却をしていないため上限に達している。


「お借りになった書籍の返却がまだだからのようです。返却されれば貸し出しが可能です。」

至極当たり前のことなのだが、ディノスは不満げな声を出した。


「そんなもの、ここでなんとかなるだろう。急ぎなのだ。貸し出せ。」


「決まりですので致しかねます。返却をできるだけ早くお願いいたします。次をお待ちのかたもいらっしゃいますので。」

「あんな古い本、次などおらんだろうが。どこの誰か言ってみろ。」

「・・個人情報はお教えできません。仮におられなくても、期限は守っていただく決まりです。」

「ふん、そうやって融通がきかんから、司書になんか回されているんだろ?嫁ぎ遅れるぞ。」


余計なお世話である。

厄介なのは、こういう粘り方をする利用者は、やってはいけないことをしている可能性が非常に高いということだ。

(これは、質屋か転売で、お金に変えてしまってるわね・・。)

古くてあまり貸し出されない本を狙う利用者は、こうやって返却を渋り、なめられたら踏み倒されてしまう。

リンダから教わった、毅然とした態度も、スフィアのような新人では貫禄もなく、相手は言いくるめる気満々である。


(ここは、勝負だわ。負けたら今後、止められなくなる!!)


「決まりは決まりです。それとも、返せない理由でも?」


その言葉にディノス男爵は赤くなる。

「小娘が!口のききかたも知らんのか!?」


ぐいっと腕を掴まれ、手首に痛みが走った。


「・・手をお離しください。ディノス男爵。」

気がつくと、カウンターに、リンダがいた。

「事情をお伺いします。何か失礼がありましたか?」


真っ直ぐにディノスを見つめながらリンダが言うと、やっとディノスは手を離し、忌々しげに言う。


「貸し出し手続きに来たら、上限を越えるというので借りられなかったのだ。だから直接カウンターに来たら、返却についてくどくどとこの娘が!」


スフィアとリンダはアイコンタクトをとる。

(これは、やってるわね・・。)

リンダはカウンターの引き出しから記録簿を取り出した。


「事情が分かりました。お急ぎでしたら、方法はございます。」

ディノスはにやりと嫌な笑みを浮かべた。

「ああ、急ぎだ。さすが、リンダ嬢は話が分かる。」


リンダは澄まして応える。

「保証金をお預かりする仕組みがございます。男爵様の場合ですと、三冊お借りになるには、今貸し出し中の本三冊分・・五万リルほど。」


男爵は目を剥いた。

「五万だと!?それでは意味がな・・いや、高すぎるだろう!!」


「いいえ。貸し出し中の三冊は、古書の専門店に持ち込まれればそれくらいの価格になります。・・なんでも、最近、ダールマン質店で同じ本があわせて一万リルほどで買い取られたとか。それが持ち込まれた古書店からこちらに問い合わせがあったのですが、ディノス男爵に貸し出し中でしたので、うちの本ではありませんとお答えしておきました。」


流れるようなリンダの言葉に、ディノス男爵は顔色が悪くなっていく。

(リンダさん、すごい・・!!)


スフィア側からは、リンダのノートが見えるが、あれは資料検索のメモ用で、本の価格など書いていない。


「・・ふ、ふん。当然だ。今日は貸し出しはやめておく。棚に戻しておけ!!」


「かしこまりました。」


美しくお辞儀をするリンダさんに合わせて、スフィアも慌ててお辞儀をした。

苛立ちを隠そうともしないディノス男爵の後ろ姿を見送って、ホッと息をついたその時。


「・・すごいね。」

すぐそばから男性の声がして顔をあげると、フィリクスが驚いた顔で立っていた。


リンダさんの顔がこわばる。

スフィアも察してうろたえた。

(男爵を言い負かしているところを婚約者さんに見られていた!?)

リンダの言動は、スフィアにとっては尊敬するものであり、助けてくれたことに感謝しかないのだが、フィリクスにとってはどうだろう。


(これを見て、フィリクスさんがリンダさんに変な印象を持ってしまったらどうしよう!?)

リンダを見ると、顔色は良くないものの、動揺を隠そうとして、笑顔を作っている。

「・・たまに、ああいうこともあります。もっと穏やかに対処できればよかったのですが。お騒がせしてすみません。」

「いや、それよりも僕は・・。」

「フィリクスさん!もうすぐお昼ですし、ランチを召し上がってきては??その間に、本の目星をつけておきます!」

リンダが、半ば強引にフィリクスを退場させようとしているのが分かる。


「リンダさん、それならご一緒に行かれたら・・。」

せめて、と思っての提供は却下されてしまう。

「今日は、一人にならない方がいいわ。戻って来られるかもしれないし。人が減ったときに、何か買ってきましょう。」

確かにディノス男爵のことを考えると、不安ではある、のだが。


(せっかくいい雰囲気だったのに・・。何かできないのかしら・・。)

あまりに申し訳なくて、頭を巡らせていた時、スフィアの中である会話がパチリとはまる。


「・・あの!フィリクス様。・・お昼を少し遅らせていただけませんか?」

「え?ああ、それは構わないけど。」


突然の言葉に驚きながらも了承したフィリクスだが、驚いたのは、リンダである。

「スフィア?どうしたの?」

「私、たぶん、フィリクスさんの本がわかりました。」

確信のある顔に、リンダはまた驚く。

「本当に?でも、第三閲覧室はかなり探したけど・・。」


「探す場所は、第三閲覧室じゃありません。本があるのはおそらく、第二閲覧室です。」

スフィアはにっこり微笑んだ。

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