婚約者と仲良くなる方法1
リンダ編スタートです!
(困った。)
「リンダさんは、本がお好きなんですか?」
目の前で微笑むのは、婚約者のフィリクス・ダージリンである。
王宮書庫で、司書をしていると言えば、当然そうなる。そして、彼の好感度を下げたくないリンダは、微笑みながら、
「ええ、まあ・・。」
と返す。
フィリクスに、悪意はない。まだ少ないリンダの情報から、なんとか会話を弾ませようとしてくれているのだと分かる。
だが、この手の会話は、ちょっと困るのだ。
「どんな本を読まれるのですか?おすすめとか、あります?」
(わあ、きた。えーと、最近よく読まれる本は・・。)
最近の貸し出しの記憶をたどりながら、無難なものを答えていく。
簡単になら、あらすじを紹介できることがありがたい。
(あの子に感謝しなくちゃね。)
リンダの頭には、プラチナブロンドの髪に、アメジストの瞳の司書見習いの少女が浮かんだ。
スフィア、という名前のその少女は、本が本当に好きらしく、カウンターに来る利用者とよく楽しげに話している。
あまりに楽しそうなので、リンダが興味を示すと、スフィアは嬉しそうに本を紹介してくれた。
相手の求める情報に合う資料を提供する『レファレンス・サービス』は、司書の大切な仕事だ。
それは分かっているが、実際にその仕事を満足にするためには、膨大な蔵書を把握し、さらには相手の求めるものを的確にとらえる必要がある。
リンダは最低限配架については把握しているし、○○関連の本、くらいのざっくりとした案内はできるが、この分野においてはスフィアの能力は圧倒的だった。
まるで相手の求める一冊が分かっているかのようにその場所に案内し、説明する。
必要な時には数冊。
利用者の満足度も高いらしく、最近の王宮書庫は徐々にではあるが訪れる人が増えつつあった。
「へえ。今度読んでみようかな。」
フィリクスは笑顔で聞いている。
多くの場合、実際に読んだりはしないことを、リンダは知っている。
あくまで会話の糸口に過ぎないのだ。
(なんとか切り抜けられたかな?)
自分が読んだわけではないので、若干後ろめたいが、機会があれば読むつもりなのだからと言い聞かせ、まぎらわす。
もう少し仲良くなったら、この会話も笑い話にできると信じることにする。
「ああ、王宮書庫と言えば、僕、ずっと気になっている本があるんです。」
しかし、そのあとに続いたフィリクスの言葉には、リンダは内心困り果ててしまった。
「まだ幼い頃に、親の仕事に連れていかれて、見つけた本なのですが、タイトルが思い出せないんです。いつか、ちゃんと読みたいと思ったことはよく覚えているのですが。・・そんな本を見つけてもらうことはできるのかな。」
拒否できなかったのは、頭の中にいろいろな打算が働いたからではある。
王宮書庫の司書であることが、もしかしたらフィリクスとの仲を深めることに繋がるかもしれない。
数回のデートはしているものの、婚約までこぎ着けたフィリクスのことを、リンダはまだ深く知らないままだ。
笑顔は素敵だし、所作もスマート。家柄もよく、良縁には違いない。
リンダはフィリクスのことを好ましく思っているし、婚約に同意したということは、フィリクスもそうなのだと思いたい。
でも、あと一歩、仲を深めるきっかけがほしい。
そのために、共通の話題がほしいと思っていた。
(一緒に探すだけでも、フィリクスさんの新しい一面を知れるかもしれないわ。それにもしかしたら・・。)
頭にまた、アメジストの瞳が浮かぶ。
スフィアなら、見つけてくれるかもしれない。
フィリクスが長年気になり続けている一冊。
仕事にからむものではあるが、婚約者と過ごせる時間の確保に、リンダは明るく、本探しを請け負った。
リンダの思いが通じたのか、リンダの勤務日にフィリクスが休みを取って、一緒に探すことになった。
そうなると、デートに等しい。
(スフィアに、何かお菓子でも買ってお願いしなくちゃ。)
リンダはフィリクスから当時の話を聞きながら、スフィアへのお土産を考え始めていた。