シェリルの願い事(シェリル視点)5
オリオンはウサギの姿をしていた。
シェリルはアッシュと頭を付き合わせて考える。
「チクタクの音を聞いたら、見つけられる気がする。」
『問題はその後、だよね。』
「すぐ逃げちゃうの。」
もう一度、条件を考える。
ルールその一 シェリルは、『オリオン』を捕まえる。
ルールその二 ただし、『オリオン』が納得していなければならない。
ヒント 『オリオン』は、色んな本に隠れられるけど、好物を見つけるとじっとしていられない。
『オリオンの好物って、なんだっけ?』
「・・・・にんじん。」
シェリルは呟くように言って、ばっと走る。
『シェリルちゃん?!』
追いかけたアッシュがたどり着いたのは、第三閲覧室だ。
シェリルは、次から次へと本を出して、何かを見つけてはそのページを開けたまま次にいく。
「これも。これも。・・これも!」
『どうしたの?』
覗き込んでみたが、なぜそのページが開かれているのか、すぐには分からない。
共通点は・・挿し絵があることか?
「かじられてるの。」
シェリルの言葉をたよりにもう一度ページを見て、アッシュは正確に理解した。
挿し絵にはどこかしらににんじんが描かれているものばかり。
そして、そのにんじんはもれなくかじられた跡がある。
畑の場面、少女が持つかごの中、食卓の風景・・。
スープやシチューの具の場合は、一見どれがにんじんか分からないのだが、よく見るといくつかかじられた跡があるのだ。
色付きのものは特にしっかりかじられているが、かろうじてにんじんは残っている。
作品への配慮、だろうか?
『これ、オリオンが?』
「そんなきがする。」
意識して見なければ気がつかない。
でも、今は手がかりが少しでもあるならなんでもやってみなければ。
「・・えほん、つくる!」
『え?』
思い立ったら即行動だ。
シェリルは再びスフィアのいるカウンターに戻り、紙とペンを入手した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
閉館時間が迫る夕方。
穴を二つ開けてひもで綴じただけの簡単な本を持って、シェリルとアッシュは第三閲覧室で耳を澄ます。
『チクタクチクタクチクタク・・』
今度は驚かさないように、そうっと近付き、近くに手作り絵本を広げた。
それは、にんじんの大冒険。
ありったけのにんじん料理を詰め込んだ、オリオンのためだけの絵本だ。
「いた。」
シェリルは棚の中についに見つけた。
ただし、それは見つけたというよりも。
『な、なんだよ?それ、どうしたんだよ?』
そろーっと本から顔を出したオリオンは、赤い目をキラキラさせ、鼻をすんすん動かしながら、広げられた絵本を見ている。
「オリオンしゃんにプレゼント!・・このなかなら、つかまってくれる?」
ルールその二 ただし、『オリオン』が納得していなければならない。
騙し討ちは許されない。だからお伺いをたてる。
『ふ、ふん。俺はそんなにお安くないぞ。』
そう言いながら、ふらふらと絵本に近づくオリオン。
『お安くないが・・味見して、旨ければあるいは・・。』
「ほんとう?おあじみ、いいよ!」
言い終わるか言い終わらないかのタイミングで、オリオンは本に飛び込む。
むしゃむしゃむしゃむしゃ・・。
『シュールな時間だな・・。』
「しゅーる?」
『いや、何でもない。』
本をめくると、挿し絵になったオリオンが、ページを移動しながらにんじんを食べている。
「おいしい?」
『まあまあだな。あれが旨かった。ケーキの・・』
「キャロットケーキ!シェリルもだいすき!おかあさんが・・。」
本から出て来てお腹をさすっていたオリオンが、途切れたシェリルの声に顔をあげると。
そこには、声もなく涙を流す、シェリルの姿があった。




