王宮書庫の司書見習い
西洋もので、司書のお話を書きたいと思って始めました。
見にきていただいた方、ありがとうございます!
アルテッツァ王国の王宮には、世界最大級の書庫がある。
「・・ただいま、みんな。」
その書庫に、一人の少女が帰ってきた。
彼女の声に反応するように、書庫のそこかしこで淡い小さな光が点滅する。
その光は、少女の周りに集まり、彼女を包み込んだ。
彼女の名はスフィア。
明日からこの、王宮書庫で、司書見習いとして勤めることになっている。
スフィア・アールグレイと名乗るこの少女の真実を知るのは、書庫にいる『彼ら』だけ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「コホン。私は書庫の筆頭司書である、サミュエル・リンクだ。ここは、王族の方が利用されることもある、この国の最高位の図書館である。早く仕事を覚えて、見習いを卒業するように励んでくれたまえ。」
立派なあごひげを時おり整えながら、サミュエルは他の司書を紹介していく。
とはいえ、数はさほど多くなく、サミュエルを含めて三人。あとは、二人とも、17、8の女性だった。
(初めが肝心。大丈夫、大丈夫。)
サミュエルから促され自己紹介をする。
「スフィア・アールグレイです。司書は、昔からの夢でした。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いいたします。」
にっこりと笑顔を向けたのだが、いまいち反応はよくない。
(・・あれ?)
「・・コホン。それでは、リンダ嬢、仕事の引き継ぎを頼みましたよ。」
場をまぎらわすように咳払いをしたサミュエルが、もう一人の司書の女性を伴ってその場を去ると、書庫には二人だけが残った。
リンダ、と呼ばれた女性は、軽く息を付き、スフィアに目を向ける。
「じゃあ、仕事を説明するわ。着いてきて。」
「はい!」
スフィアは気を取り直し、明るく返事をして、リンダに続いた。
司書の仕事は、意外と多岐に渡る。
大まかに言えば、書庫にある膨大な本の数々を管理することと、利用する人に必要な資料を提供すること。
それをつつがなく行うための業務が細かくいろいろとあるのだ。
「・・開館時間は、人がいないときにはできる業務を進めながら、基本カウンターにいればいいわ。とはいえ、貸し出しや返却の手続きはそれぞれでできるようになっているから、相談の受付が主な仕事よ。閉館が5時だから、それから返却された本を戻して、日誌を書くの。あとは、その時その時に指示があると思うわ。新刊の配架とか、返却の催促とか、ね。」
「分かりました。」
スフィアは持ち歩いている手帳に、メモをとる。
その様子を見ながら、リンダは不思議そうに首をかしげた。
「あなた、変わってるのね。」
「変わってる?」
「司書になるのが夢だったって、本当なの?」
「はい!・・意外、ですか?」
先ほどの反応を思い出す。
「少なくとも、今まではいなかったわね。」
リンダは興味深そうに言う。
「書庫は、利用するものであって、そこに勤めたいとは思わないもの。私、ここに配属になった時には落ち込んでしまったのよ?」
理由は明白。
良い出会いに恵まれる機会が少ないからである。
王宮ならば、人気なのは侍女か女官。直接、地位の高い貴族と知り合う機会が多い。
うまく行けば王族にも顔を覚えてもらえる。
騎士のお世話をすることもあり、それが縁で嫁ぎ先が決まることもある。
一方で書庫は、出会いがない。
王族も利用するとはいえ、家庭教師がつき、なんなら個人の書斎を持つ者たちは来ないし、利用するとして、配下の侍従が借りに来るくらいだ。
こちらが求める人材が、向こうから訪ねてくることはなく、仕事を考えればこちらから出会いを求めて王宮内に出向くこともない。
「結局職場じゃあてにならないから、親戚のつてでお見合いをして、嫁ぎ先を決めたのよ。」
聞けばリンダの勤務は来月一杯で、その空いたポジションにスフィアがおさまることになったようだった。
「まあ、嫌々仕事するよりはいいと思うわ。仕事は難しくはないから、私がいる間に分からないことは聞いて覚えてね。」
そう言うと、リンダは初めて笑顔を見せた。
ふわりとした笑みは、思いの外暖かみがあった。
一通りの説明を終えて、王宮の職員寮に戻ったスフィアは、ベッドに腰かけて息をついた。
「疲れた・・。」
『初仕事お疲れ、スフィア。なでる?』
「アウラー!なでる~。」
スフィアのネックレスが光り、飛び出したのは、白い猫。スフィアは両手で猫を抱き上げてお腹に顔をうずめたあと、そのままごろんと横になって自分のお腹の上に乗せ、優しく撫でた。
『どう?うまくやっていけそう?』
「どうかなあ。仕事はやりがいありそうなんだけど。」
『他の人はやる気なさそうだったねえ。』
白猫アウラは、ネックレスの中で、リンダとのやり取りを聞いている。
「まあ、きっと大丈夫よ。ちゃんといろいろ聞いて、できるようにするわ。」
『そうだね。なんてったってスフィアは・・。』
アウラは言いかけて、やめることにする。
その呼び名を、スフィアがあまり気に入っていないからだ。
『ともかく、きっと彼らは待ってたはずだからさ。』
アウラの言葉に、スフィアは頷いた。
「やっと帰ってこれたんだもの。明日から頑張らなくちゃ。」
リンダがやめてしまうまでの数週間は、引き継ぎのために毎日一緒に勤務する予定だ。
手早く食事をして体を清めたスフィアは、ベッドに横になると、あっという間に夢の世界に落ちていった。