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プロトタイプ  作者: 如月皐月樹
第一章
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第一章6  「突然変異個体」

 正面、ぬけぬけとこちらに質問をしてきた小狼は金色(こんじき)の双眸でこちらを射抜くも、レンは逸らされた話題を軌道修正。主導権は渡さないと睨みを利かせる。


「おっと、そういえばそうだったね」


 レンに指摘されたベルは(おど)けたようにそう言って「失敬失敬」と額に手をやる。それと同時に彼女から放たれていた威圧感も消失。

 ベルはちょんちょんと尻尾でスノーをつついて彼女に続きを促した。それを受けてスノーは「分かったわ」と頷き、


「それで、ベルは精霊之神ではないのだけれど、確固たる自分を持って生まれた『突然変異』した精霊なの。位階で言うと精霊王の中でも最上位、精霊之神に最も近い精霊なんだって」


「その通り、精霊界の異端児ベルとはボクの事さ!」


 とスノーの頭の上に直立し胸を張るベルであったが、残念ながらレンは思考の渦にとらわれ、ベルの余計な言葉に割く脳のリソースは無い。

 そもそも精霊界の異端児など知る由もないので、どうでもいいと聞き流した。


「突然、変異……」


 スノーの説明に眉根を寄せて口元に手をやり、口の中で彼女の言葉を反芻(はんすう)する。

 生物とは異なる精霊にも突然変異が起こりうるのか。そこについては疑問が尽きないが、実際に目の前に存在していて、尚且つそれを否定する要素も根拠もないのでそこは信じてもいいだろう。


 それに、彼女は相当高位の精霊なのだろうと予想はしていたが、まさか神の一つ手前のレベルだったとは。流石にそこまで上位の存在であるとは思ってもなかったが、それならば先程の威圧感にも納得だ。


 精霊には位階があり『下位』『上位』『王』そして『神』の四つに区分される。そのうち神――、精霊之神と呼称される個体はこの世に四体しかいない。

 彼等は完全に『自己』というものを獲得しており、各々の守護領域を持ちその場から離れることはないという話だ。

 また、その守護領域というのも人間が行くことが不可能な場所と言われており、彼等に会うこと自体まずあり得ない。


 そんな彼等には様々な逸話があり、最も有名なのはやはり六百年前の『大災厄』での活躍だろう。

 目の前にいる少女の保護者だというベルは、人類にとってはまさしく恩精霊と言ってもいい彼等に最も近しい存在だということだ。

 ――となると、こんなただの少女の保護者というには、彼女にとって贅沢すぎるようなボディーガードだが。

 いや、今そんなことはどうでもいい。重要なのはベルが精霊之神に最も近い精霊ということで、とすれば……、


「……ン? ………てば! ちょっと、聞いてる!?」


「っ!?」


 頭部に強い衝撃を受け、レンの顔面は机と正面衝突。骨と机がぶつかる激しい音が室内に響く。

 レンの頭部の前後両方が赤くはれ、小さな(こぶ)ができた。痛みに悶えるレン。

 今まで何度も傷を負ったり、常人なら即死するほどの怪我を負ったりしたが、人体で重要な部位を守る場所を二か所同時に攻撃を受けたのは初めてだ。

 結構な勢いでぶつかったため、それなりに痛い。


 恨めし気に顔を上げてスノーを見ると、彼女はなぜだか唖然としている。彼女が今の攻撃をしてきたのだと思ったが、そうだとすれば彼女のその表情は腑に落ちない。

 となると、今の暴挙の犯人は――、


「ごめんごめん、あまりにも考え込んでいて、こっちの話を聞いてくれてなかったからつい。……でも、先に手を出してきたのはキミだから、これでお相子かな?」


 レンにためらいもなく衝撃波をぶつけた狼精霊――ベルは、いたずらが成功した子供のような悪い笑みを浮かべる。

 後半のセリフはレンにしか聞こえないような小声だったので、スノーの尖った耳には入っていない。

 ただ、ベルの言っていることは事実なのでレンは口を結んで何も言い返さないが、ニヤニヤと笑うベルを叱責する透き通った声が場に響いた。


「ちょっとベル、そんな風に乱暴な方法でレンの気を引く必要はないでしょ。レンに謝って!」


 身を乗り出してむんずとベルの小さい体を掴み怒るスノー。その剣幕にベルは耳をぴくっと跳ねさせ、尻尾はしょんぼりとうなだれる。

 これではどちらが保護者か分からないし、先程の位階の話が急速に胡散臭く感じられる。

 だが、ベルは気を取り直したかのようにふさふさの尻尾を立てると、ひょうひょうとした態度でスノーに弁明を始める。


「でも先にちょっかいをかけてきたのはレンのほうさ。ギルドの扉にぶつかったのは彼のせいだし、ついさっきはスノーに向けて氷の礫をぶつけようとしたんだよ。別にこの程度の仕返しをしたっていいじゃないか」

 

「私はそんなこと知らないよ。でたらめな事言ってごまかそうとしてるでしょ。それに、扉の事についてならさっきベルが自分で『水に流そう』って言ってたじゃない!!」


「あっ」


 スノーの鋭い指摘に短い声を漏らし、墓穴を掘ったとばかりに前足で口を抑えるベル。

 一つでも間違いがあれば、もう一つの方も信じる事はできないというもの。スノーはジト目でベルを見つめ、見つめられたベルは「まずったなぁ」と冷や汗を浮かべる。

 スノーはO・SHI・O・KIとしてベルの頬を両手で引っ張りながらレンの方に向き直り、まだあどけなさの残る面貌に憂いを浮かべ、


「大丈夫? ベルは細かい力加減が苦手で……本当にごめんなさい。治癒魔法、かけてあげようか?」


「……問題ない。自分でできるし、そんなに酷い怪我じゃない」


心底申し訳なさそうに、スノーはベルの暴挙を謝罪した。後頭部をさすりつつその謝罪を受け入れ、しかしレンは治癒魔法は使わない。

 使えない――ではなく、使わない。もちろん使えはするが、その必要がないだけだ。後頭部と額、双方の腫れはすでに治っているし痛みもない。

 スノーは安堵したようにほっと息を吐きつつも、ベルへの制裁は絶賛続行中。彼女はその状態でベルをレンの前に突き出し、


「ほら、ベルもレンに謝って」


「……ほ、ほえんりゃはい(ご、ごめんなさい)


 横に大きく伸ばされた口から牙をのぞかせ謝罪を口にするベルであったが、事実であった部分すら否定されたからかその声に謝罪の意は込められておらず、謝罪させられたことに納得していない模様。

 それでも謝ったものは謝ったので、レンはそれで納得するように頷いた。レンがベルの事を許したのを見て、スノーはベルの頬を引っ張るのをやめ、


「はい、よくできました」


「ううー、そんなに強く引っ張らなくても……。でも、彼がスノーに礫を飛ばしてきたのは本当だよ」


「でももだってもありません。ね、レンはそんなことしてないよね?」


 スノーは小首を傾け確かめるようにレンに問う。反撃の狼煙が上がりかけ、ベルは尻尾を嬉しそうにパタパタと振った。

 彼女の質問に対しての答えは(たが)えようもなく『YES』だ。だが、残念ながらベルが望む展開はやってこない。


「まさか、そんなことをする理由がない」


 肩をすくめそう嘯いたレンにスノーは「ほらね」とベルに向かって言い、ベルは「この野郎」とでも言いたげな表情で歯噛みしてレンを睨みつける。


「スノー、彼は嘘をついてる! 長い付き合いをしてるボクと、今日会ったばかりのこの男。スノーはどっちを信じるんだい!?」


 負け犬――この場合は負け狼――いや狼もイヌ科ではあるからどちらでも構わないだろうが、ともかくベルはスノーに向かって吠えた。そこを突かれるとレンにとっては痛い。

 スノーはベルとレンを交互に見る。片や毎日を一緒に過ごしている狼精霊。片や今日会ったばかりの、目が死んでいて表情もずっと氷のような無表情の冒険者。

 即決するかと思ったが意外と時間がかかり、スノーが出した答えは、


「……レンの方を信じるかな」


「なあっ!?」


 予想外も予想外、スノーが選択したのはレンだった。レンは先程礫を飛ばした事実がばれずに済み、少しばかり安心。

 ばれたらばれたで謝るつもりではあったが、ベルに対する恨みがあったので結局はこれで良かったと思う。

 銀色の毛を逆立て驚愕の叫びを上げたベルは、スノーの顔の前まで飛び上がってレンを前足で()し示し、


「なんでコイツの方を信じるんだよー!? 毎日一緒に寝たり、水浴びしてる仲じゃないか!?」


「変な事言わないで! ……だってベルってば結構な頻度で私の事からかってくるし……だから私はレンの方を信じます」


 レンに軽く微笑みかけながらスノーは言う。日頃の行いが悪かったのだろう。狼精霊がオオカミ少年、ベルがスノーに信じてもらうことはできなかった。

 耳と尻尾を垂れさせ、思い切り肩を落としてしょげるベル。自業自得だ。「そんな~」と嘆くベルはともかく、レンは新しい問いを投げようと人差し指を立てる。


「もう一つ聞きたいことがあるんだが……」


 ぐったりと机に寝そべり意気消沈したベルは、しかしその続きを腕を振って遮り、顔を上げてその状態で弱弱しい笑みを浮かべ、


「その前にキミがボクの質問に答える番だよ。……それに答えてくれたら話したげよう」


 と、先のレンの発言に対する意趣返しをするように言ったのだった。

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