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プロトタイプ  作者: 如月皐月樹
第一章
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第一章5  「精霊談義」

 レンと少女がテーブルをはさんで対面しているちょうど真ん中、テーブルの中心に下ろされたのは美しい銀色の毛並みをした小狼だった。

 ふわふわとした形のいい耳をぴんと立て、テーブルの真ん中にちょこんと鎮座する様は、人形のようでなんとも愛らしい。


 つぶらな金色(こんじき)の瞳とピンク色の鼻をしている以外、レンの知識に当てはめれば、狼というよりシベリアンハスキーに近い外見だ。

 ベルと名乗った小狼は、凛々しい笑顔で真っすぐにこちらを見据えて、


「まあなんだ、いきなり質問しあうというのもあれだし、さっきのことはお互い水に流して先ずは自己紹介をしないか?」


 と小さな首を傾げながら提案してきた。聞きたいことつっこみたいこと諸々があるが、ここで彼女の不興を買うのはまずいだろう。

 そう判断して、レンは眉を顰めつつも顎を引き、口を開いた。


「レンだ、家名はない。言わなくてもいいと思うが冒険者をやってる」


 なんともぶっきらぼうな物言いのレン。愛想も笑顔も愛想笑いすらもない、淡白で不愛想で必要最低限な自己紹介をしたレンに少女は戸惑い、ベルは何がおかしいのか前足で上品に口元を隠してくつくつと笑う。

 レンが眉根を寄せてベルを睨むと、それに気づいたベルは「ごめんごめん」と平謝りした。

 レンはベルの謝罪を聞き流し、未だに戸惑いを隠せない少女へと視線を移して水を向ける。


「えっと、……私の……番?」


 少女はためらいがちに疑問を口に出し、それに首肯で返すと、軽く咳ばらいをしてから柔らかい笑みを作って、自分の名前を口にする。


「私はスノー、なんの偶然かは知らないけど私も家名はありません。よろしくね。私は色々な所をベルと一緒に旅してまわってるの。ここに来たのもその一環。それと、見ての通り私は風妖精(エルフ)よ」


 エルフという単語を聞いたとき、レンは感情の抜け落ちた無表情の顔を、ほんの一瞬だけ痛ましげにゆがませたが、それにスノーもベルも気付くことはなかった。


 風妖精(エルフ)――、それは大昔に精霊と混じった人間の末裔。普通の人間よりマナの扱いに長け、長い寿命を持つ種族。

 つまるところ、ファンタジー小説に出てくるお約束を踏襲した種族だ。


 故にスノーの実年齢は見た目そのまま――とは限らないのだがそこはいったん置いておく。

 それを言うと、レンも見た目と中身の年齢はそこまで釣り合っていないのでブーメランだ。


「あと、さっき彼女自身で言ってたけど、彼女の名前はベル。精霊よ」


 そうして名乗り終えたエルフの少女に手で示された小狼は、ふよふよと空中を飛んで近づいてきた。


「じゃあ改めて、ボクの名前はベル。こんなにぷりちーな見た目だけど、一応はスノーの保護者だ。よろしくね、空間魔導士君」


 スノーから紹介されたベルは、若干警戒を孕んだ目でこちらを見据え、しかし笑みを浮かべて友好的に接してきた。

 自分が空間魔法の使い手だと分かったうえで、そのように接してきているのだから底知れない。

 こちらも、彼女等には十二分に気を付けなければと、気を引き締める。


 仮に戦闘になった場合、こちらが死ぬことはまずありえないが、痛い思いはなるべくしたくない。

 ――自傷行為に走っている身ではあるが。

 互いに紹介が済んだところで、レンは会話の主導権を握ろうとさっそく本題に入る。


「それで、ベルと言ったな。なんで精霊を自称するお前はこうして俺たち人間と会話している? それに、どうしてちゃんとした実体を持っているんだ? 普通の精霊なら……」


「あれ? あんまり驚いてないみたいだね、キミ。普通のニンゲンなら、ボクみたいな特異な存在に対しては、結構大げさに驚くもんなんだけど」


「……別に、ただ想定していた範囲内だっただけだ。想像はしてなかったが」


 口ではこう言っているものの、内心では結構驚いていたりする。この世界で暮らしてきて十六年と少し。

 その間、一度も目の前にいるような動物型の精霊や、人語を解す精霊の話は、一部の特別な精霊を除き聞いたことがない。


 ただ、ベルの金色の瞳にそう見えなかった実情は、レンが日本のサブカルチャーに毒された()日本人だったからというだけだ。

 こうしたファンタジー世界に出てくる喋る動物というのは、文化の一つとして定着している。

 当時、サブカルチャーを楽しむような余裕も時間も無かったが、テンプレの設定や種族などは嫌でも目や耳にするものだ。


「それよりも、俺のさっきの質問に答えろ」


「もうちょっと別の言い方があるんじゃないかなぁ。……ボクはまごうことなき精霊さ、それも自意識を完全に確立した……ね」


 ベルはレンの高圧的な口調をたしなめるが、話を逸らすなと睨みつけたからか、真面目な声音で質問に答えてくれた。

 その答えは、今度こそレンの無表情を崩させるほどの驚愕させる事実で、


「それじゃあまるで……」


精霊之神(せいれいのかみ)じゃないか……って言いたいんじゃない?」


 自分の元に戻ってきたベルの頭をなでつつ、やけに得意顔でスノーはレンの言葉を引き継ぐ。

 その顔が()()()やけに癇に障ったので、レンは自然な動作で表情を元に戻してから、気付かれないようにごく少量のマナを使う。

 レンは頭上に小さな氷の(つぶて)を生成。スノーの死角から、彼女の白い額めがけて飛ばす。


 が、今度はそうは問屋が卸さないようで、ベルに妨害され礫はあらぬ方向へ。

 スノーの額にクリティカルヒットとはいかず、開かれたままの窓から外に行ってしまった。

 窓の外から男の小さな悲鳴が聞こえてきたが、それは意識的に無視する。


「ふふん、スノーがちょっかいをかけたくなるくらい可愛いのは認めるけど、さすがにボクの目の前でやらせるほど、ボクは甘くないよ」


 少女の手元から離れ、クルクルとレンの目の前で宙を泳ぐ狼精霊。長閑な話し方だが目が笑っておらず「この子に危害を加えたらただじゃ済まさない」という強い意志があった。


 それに気付きつつもレンはすまし顔。スノーは今のちょっとした攻防に全く気付いておらず、外から聞こえた、か細い悲鳴に気を取られていた。


「なにか誰かの悲鳴が聞こえた気がしたんだけど、まあいいか。……えっと、そう、それでベルのことなんだけど……」


「そうそう、ボクは別に精霊之神なんて大層な存在じゃないよ。ただの喋る愛玩動物みたいなもんさ」


 哀れ、とばっちりを受けたであろう遠くにいた男性は、この場の誰にも気にされなかった。

 そして、狼のくせして猫のように前足で顔を洗い、朗らかな笑い声をあげながら、スノーの後に続いたのはベルだ。


「茶化すな。お前が精霊之神じゃないなんて、誰だって分かる。俺が聞きたいのはその先、結局お前は何なんだ?」


「そう焦らないの、私たちは逃げも隠れもしません。……レンは精霊がどんな存在かぐらいは知ってるよね?」


「……ああ。魔法使いなら、知らない奴なんていないだろ」


 スノーの幼子をあやすような言い方に内心で顔をゆがませるも、彼女の問いに肯定する。

 そも、精霊とは大気中の魔的エナジー、――マナが寄り集まって核を形成したものに、外的要因が加わって自我を宿した超自然的存在である。


 そのように精霊に自我はあるものの、それはほぼないといっていいほど希薄だ。

 しかし、自我は希薄ではあるが、彼等精霊は魔法使いにとって大きな役割を持つ。それが、


「魔法を使う際の補助。ボクらと言っていいのかボク自身も甚だ疑問だけど、精霊はキミたちニンゲンが魔法を使おうとした時に、その手助けをする」


 今度はスノーの頭の上に立ち、肉球でペシペシと彼女の頭を柔らくたたきながらベルは続ける。


「キミたち魔法使いにとって、精霊は存在そのものが密接に関わってくる。……レン、キミは随分と精霊に愛されているように見受けられるね。見たところ、並みのエルフや土妖精(ドワーフ)よりもずっと。ただのニンゲンにしては異常だ」


 そこで言葉を区切り、ベルは前足をたたいた。肉球のせいで音は鳴らないが、その行為は音を鳴らすのが目的ではなかったようだ。

 彼女が手をたたいた瞬間、部屋の中に色とりどりの幻想的な淡い光が溢れ出す。


 赤、青、黄、緑の小さな大量の光玉(こうぎょく)達は、儚げに明滅しながらフワフワとレンの周囲を揺蕩(たゆた)う。

 通常は人間の前に姿を顕現(けんげん)させることは滅多にない精霊が、ベルに呼び出されその姿を現した。


 意思の疎通をはかることは出来ず、人々にそっと寄り添ってくれる。それが普通の精霊だ。

 彼等は一通り部屋の中を飛び回ると、やがてゆっくりと消滅した。


「ほとんどの精霊が上位や王級、それも異常なほど数が多い。そこまで精霊との親和性が高く、愛されているとなると悪いニンゲンではないようだが……キミはいったい何者だい?」


 そこでベルは心なしか声のトーンを落とし、金色の双眸を値踏みするかのように細めて、こちらを見つめてくる。その雰囲気も変わり、部屋中を嵐のような威圧感が席巻した。

 部屋に置かれた小物は小刻みに震え、レンは肌が粟立つような圧迫感を覚える。


 こうして精霊を呼び出したからには、彼女も精霊であることは疑いようはない。

 だからこその警戒、彼女と同種の存在がなぜこうもレンに集まっているのかが、彼女には分からないようだ。

 レンはベルが放つ『風』に軽く気圧されるも――、


「まだ俺の質問に答えてもらってないぞ。――それに答えてくれたら話してやる」


 さらりと正面から威圧を受け流し、条件付きの提案をしたのだった。



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