表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロトタイプ  作者: 如月皐月樹
第一章
3/29

第一章2  「朝霧の声」

 前髪の一部が白に染まった青みがかった黒髪に、クロスグリ色の切長の瞳。十人中十人が声を揃えて美少年だと言う優れた容姿を持つ人物、レンは転生者である。


 創作物によっては、転生者は珍しくないパターンもあるそうだが、レンが知る限り、この世界で異世界からの転生者、召喚者の話は一度も聞いた事がない。


 つまるところ、誰かにこの事を話した事が無いというわけで、もし話したとしても現在のレンの境遇を完全に理解できる人間は、この世界にはただの一人も存在しないということだ。


 暗刻(あんこく)五時。そんな彼の一日は、朝日が完全に昇る前から始まる。



                  ◆◇◆◇◆◇



 ヒュンッと、鋼が朝の澄んだ空気を切り裂く音が広場に響く。綺麗に手入れされた刀身は、朝日を反射して光り輝き、美しく洗練された軌道で(つるぎ)は軌跡を描いていく。

 黒を基調とした動きやすい薄手の上着に細身の身体を包み、レンは見えない敵と剣戟を交わしていた。


 レンは起きてから直ぐに軽装に着替え、宿屋から少し距離のある広場へと足を運ぶ。日課である早朝の鍛錬を行うためだ。

 彼は毎日欠かさずこの場所で、剣と魔の両方と向き合っている。


 レンが振るう剣は名家に伝わる宝剣でも、魔剣、聖剣といった特別な(つるぎ)の類でもなく、ただただ普通の何の変哲のない鋼の(つるぎ)

 それでも、特別な力を宿していなくとも、名匠が鍛えた(つるぎ)でなくとも、この剣を使いこなせるようになるのに長い時間は掛かった。


「――ふっ」


 短い呼吸(こき)と共に素早く一歩踏み出し、上段から振り下ろす。その一閃は相手の頭から股下まで駆け抜け、一刀両断。レンは次の仮想の敵へと剣を向ける。


 こうして、朝のルーティーンを繰り返している間は何も考えずに済むので、この日課をこなしている間だけは、レンの心は平静でいられた。

 だが、ふと自分に武を叩き込んでくれた女性の言葉が、鮮明に脳裏に浮かんだ。


「………チッ」


 鼻じらんで口の中で舌を弾き、頭を掻きむしって雑念を追い払う。思い出したくもあり、思い出したくもない。

 そんなどうしても矛盾してしまう気持ちにさせる記憶を追い払い、再び剣を振るう。


「はぁ」


 振るったものの、ため息を吐くレン。彼が振るったその剣筋は僅かにブレてしまっていた。集中できていない証拠だ。

 雑念が、思い出が、()()()()()、レンの胸中を一瞬で埋め尽くす。


「――ッ!」


 ガンッと鈍い音が広場一帯に鳴り響いた。レンの額から鮮血が(ほとばし)る。

 ジンジンと痛む拳と額。思い切り額を殴りつけ、再び雑念を振り払った。


 痛む額と拳、出血するほど強く殴りつけたのだから、当然、殴った方も、殴られた方も、どちらも相応に痛む。だが、額の傷は()()()()()()、痛みも直ぐに引いてしまった。


「もしこれが、任意での発動だったら……」


 そこまで口にして、レンは残りの言葉を呑み込んだ。ifの話をしたところで、現実は変わらない。なんら生産性のない話題だ。

 この事については、過去、何度も検証を重ねてきた。その結果、不可能だと、どうあがいても意味などないと分かったではないか。


 故に、その方法を未だに毎日探し続けている。それでも、探し続けて三年もの月日が経った今でも、その方法は見つからない。


「クソッ」


 苛立ちを声に出して吐き出し、固い地面を蹴りつける。地面は浅く抉れ、土塊と雑草が遠くの方まで飛び散った。

 平時であれば、多くの人がいる広場であるが、今はまだ早朝。よって、この場にはレン一人しか人はおらず、彼を咎める者はいない。


「……雑念を消そうとしてたのに、思考が別の道に逸れてたな」


 一房(ひとふさ)分白く染まってしまった前髪を弄り、今度こそ雑念……と、苛立ちを消そうと、目を瞑り深呼吸をする。


 体内のマナを感じ取り、全身に流れを作って循環させていく。

 ここ最近、今までの速さに慣れてきた為、今日からはもう一段スピードを上げる。

 全身に力が(みなぎ)り、それと同時に負荷がかかっていくのを沸々と感じる。


「ふぅーー」


 腹の下に力を込めて、ゆっくりと長く息を吐いた。剣の柄を握りしめ、幻の敵を思い浮かべる。

 いつだって、剣を斬り結ぶのは己が創り出した想像上の敵だ。


 時には、自分の倍以上の巨躯を持つ魔犬。

 時には、大空から一方的に襲ってくる怪鳥。

 時には、足の一振りでグチャグチャに潰してくる巨狼。


 時には………、


『本当に強くなったわね、レン君』


 そこで幻影が割り込み、聴こえるはずのない声が、脳内に木霊した。


「っ!?」


 目を見開き、思考に空白が生まれる。優しく呼びかけられたのに、心胆の奥底から怯えが顔を出して、全身の血の気が一瞬で引いていく。


 その幻影が誰なのかも、その声が誰のものかも知っている。

 ただ、相手の顔だけがベールに包まれたかのようで見えない。見えないのに、微笑んでいると何故か直感が(ささや)いている。


 その微笑みが、ひどくレンの心を引っ掻いて、掻き乱し――、


「――しぃっ」


 一瞬の空白の後、怯える心を意志の力で無理やり捩じ伏せ、レンは本気の刺突を相手目掛けて放っていた。


 現在自分が出来る最高の一撃を、相手の胸元目掛けて一直線に突き放つ。

 空を切り裂き、高速で迫る切っ先。当たれば、胸に大きな風穴が空くだろう強力な一撃を前に、その幻影はただ微笑みを深くして、


『でも、まだまだ。私にその刃は届かないわ』


「なっ!?」


 ふわりと、緩やかに影は移動し、その剣先は体のどこにもかすりすらしなかった。

 影はそのまま一瞬でレンの耳元まで近づいて、


『フフフ、貴方はまだ弱いまま。貴方がそんなだから、あの子達は……』


「黙れ」


 レンは影の声を遠ざけるように耳元を手で振り払い、影の声を遮った。だが当然そこに実体などある訳がなく、影はレンを嘲笑い、糾弾する。


『いいえ、黙らないわ。貴方は弱かった、だからあの子達は死んだ。全部、全部、貴方のせい。貴方の罪」


「黙れと言っている」


 語気を荒げて『声』を拒絶する。再び腹の底から苛立ちが湧き上り、歯軋りをしながら髪を手で強く掴んだ。


「あいつらが死んだのも、俺が悪いのも、全部、俺が、一番、よく、分かってる」


 言葉を区切り、語調を強くし、『声』を掻き消す。

 そうだ、この事については自分が一番よく分かっている。誰に責任があるのかも、誰の罪なのかも。


 自分が彼等を殺したような物なのだから。


 そんな単純な事、わざわざ他人に指摘されるまでもない。


「だから、いちいち指摘すんな。これは俺の罪だ。たとえ恩人のあなたでも、これだけは譲らない」


 レンは目の前に来ていた影の顔を、これでもかと思うほど睨みつける。

 目の前で揺れる影の顔は未だに見えない。その表情も、今ではどんな顔をしているのか感じとれない。


『――そう。それなら、どうして貴方は……』


 最後に口の端を吊り上げて、何か言おうとしたかのように見えたが、その先の言葉が聞こえる前に、影は雲散霧消した。


「……はぁ」


 短くため息を吐き、全身の筋肉を弛緩させる。今更になって、どっと疲れと、冷や汗が出てきた。

 なんとなく、最後に何を言おうとしたのかは、レンには分かった気がした。


「その為に、今ここにいるんですよ」


 ここ、『魔術都市』アベリアスの中央図書館には、膨大な魔術に関する資料、学術本が存在する。

 魔法、魔術に関する希少な文献――その中でもレンが探しているのは()()()()に関する情報。

 使い手が世界でも片手で数える程しかおらず、未だに多くの謎に包まれている魔法。


 更には、六百年前の大災厄により、失われた魔法体系もあるという。

 その研究も進められ、ある程度は一般にも公開されているが、重要な物は全て王城で管理されている為、一般人には知る余地がない。


 故に、一般人である自分にできる限界点は、この都市の図書館を漁ることなのだが――、


「この国で有数の蔵書量を誇るここですら、未だに俺が求める物は見つからないんですよ、アイリス先生」


 だらんと腕を下げたまま、先程とはうってかわって気の弱い声でそう言った。


 あの金色に輝く髪も、宝石のように美しかった翡翠の瞳も、この目には映らなかったが、間違いなくあの人だ。


 こうして、目の前に現れるのは何度目だったか。百を超えたあたりから数えるのはやめてしまった。


「やっぱり、一番俺のことを許せないのは、あなたですよね」


 たとえ育ての親だとしても、自分の名付け親だとしても、惜しみない愛情を注いでくれていたとしても、許せないものは許せないのだろう。


 だから、こうやって目の前に何度も現れては消えるのだろう。


 アイリス・フリーゼ、現在も行方不明なままの、自分を育ててくれた孤児院の院長は。


『ええ、だから……』


 その声が再び聞こえた時、レンは自分の首を一切の仮借なく吹き飛ばした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ