第一章17 「望まぬ再会」
――ああ、終わってしまった。
尻餅をつき、恐怖で体がすくんでその場から動けないでいる一人の少女は、胸中で諦めの言葉を呟いていた。
ちょうど一週間前、十五歳の成人を迎えこの都市に来て冒険者登録をしたばかりの少女。
この一週間で冒険者という職業にも慣れ始め、パーティーメンバーとの親交も深まってきた矢先、今回のスタンピードが起きた。
緊急招集の放送が流れた時、少女は己の耳を疑った。全ての冒険者がスタンピードに対処するよう要請されたことに、だ。
一応、少女も冒険者になるにあたり、冒険者に課せられる義務についての説明は受けていた。
緊急クエストなるものが発令された場合、対象となる冒険者はそのクエストに強制参加させられる。
この対象というのがみそで、ギルドの方で冒険者の実力がそのクエストをこなせるかどうかを判断するとのこと。
その判断基準は、いままでにクリアしたクエストの数、難易度によって決まるのだが、今回のスタンピードは明らかに少女の実力に見合っていなかった。
魔獣との戦闘など、パーティーを組んでようやく中型の魔獣を数体倒せる程度。それも、怪我を負いながら。
それに加え、少女の戦闘経験はこの一週間のうち、その一度だけ。
どう考えても、この場にいるのは不自然なのだ。
だが、少女のその考えは誤っている。確かに緊急クエストの場合は、少女はここに来る必要はなかった。
しかし、今回の事例は冒険者に課せられた義務の内の――いや、この都市の都市法で定められた特殊なパターン。
都市に危機が迫った場合、冒険者はその事態に対して動かなければならない。
この都市法が定められている理由を述べるとなると長くなるので、ここでは割愛させてもらおう。
ともかく、そのことが残念ながら頭から抜け落ちていた少女は、あの放送に驚愕するも、都市庁舎に行き、その後こうして現場に来た。
そこからの状況を一言で述べるのならば、『地獄』だった。数多の魔獣が跋扈し、一瞬でも気を抜いてしまえば呑まれるであろう魔獣の行軍。
あの聖騎士ですら手を焼き、戦場は一瞬で赤く染まっていった。
一緒にいた仲間ともいつの間にかはぐれ、魔獣の攻撃を避ける事すらままならず、獣の波にもまれて満身創痍。
そのまま死んでしまうのではないかと思った時だった。あの女性が来たのは。
ただただ白い人だった。純白のローブに身を包み、穢れを知らない白髪と白い肌は朝日を受け輝いていた。
遠くから見ていたので、その情報以外は視認できなかったが、その女性が姿を見せてから、『地獄』は終わりを迎えた。
白い女性が強大な魔法を放つたび、その地点には魔獣の死体が積み上がる。
血しぶきが上がるも、女性が纏う風に阻まれ、肌どころかローブにすら赤いシミ一つ出来ない。
血生臭い戦場だというのに、その人は他の周囲の人とは一人だけ違う世界を生きているようで、その美しさを損なうことがなかった。
多くの魔獣が彼女に襲い掛かるも、その可憐な容姿を一欠けらも損なわせることが出来なかった。
まるで後ろに目があるかのように、背後から強襲を仕掛けた魔獣すら屠り、戦場を駆けていた女性。
彼女が宙に跳び、凄まじい魔法を放った光景をただただ茫然と見上げ、その強さと美しさに見惚れて、羨望を抱いた。
自分もあんな風に戦いたい。自分もあんな風に輝きたい。
そう思って、ふらふらと後ろ向きに歩き出したのが運の尽き。
いつの間にか自分は森の入口付近に来ていたようで、背中に何かが当たる感触した。それと同時に低い唸り声も聞こえる。
恐る恐る後ろを振り向けば、大きな猪の顔が視界一杯に広がり、その瞬間に女性に奪われていた心が凍り付いた。
「ひっ」
喉の奥が張り付き、その禍々しい威容に、金縛りにあったように体が動かせない。
尻餅をつき、大量の冷や汗が顔を伝い、眦には涙を浮かべる。
――ああ、終わってしまった。
冒険者になってそうそう、こんな所で命を落とすのだろうか?
一人の魔法使いが、折角戦況をひっくり返してくれて、自分も命拾いしたというのに、こんなことで命を落としてしまうのだろうか?
地面を抉りながら、その猪は近づいてくる。獣臭が吐息に乗って流れてきて、嫌な臭いが鼻腔を突いた。
幸か不幸か、その泥臭い臭いが、少女の張り付いていた喉を正常に戻してくれた。
「き、きゃああああーーー!!」
最初に喉を突いて出たのは悲鳴だった。あらん限りの声量で叫ぶ少女。体はまだ動かせない。上手く手足に力が入らず、地面を下手くそに後ずさる事しか出来ない。
――誰か! 誰か! 誰か!
誰でもいい、助けてほしいと、心の中で繰り返し叫ぶ。
辺りに視線を張り巡らせるも、人っ子一人いない絶望的な状況。
――終わりたく、ない。まだあたしは……何も成せてないのに。
育った孤児院に仕送りなんて出来てないし、もっと子供達と喋りたい。あの子達の暮らしをもっと楽にしてあげる為にも、自分は生きてなければいけないのに。
体は動かせず周りに助けてくれる人はいない。この状況で助かる見込みはない。そう思っていたが、淡い希望の光が自分を照らしてくれた。
視界の端っこ、こちらに走ってくる人影が一つ。あの女性だ。
小さな影は段々と大きくなるが、それでも距離が遠すぎて、未だにその手は届かないし掴めない。
そして、目の前からおかしな気配を感じる少女。直感的に、それがマナの気配だと理解する。
息を呑み、心胆は震え、恐怖に顔は歪み、ぼろぼろと大粒の涙が溢れた。
――嫌、……死にたく、ない。 ……死にたくない!
必死に懇願するも、現実は非情。荒い鼻息を立てる大猪から、マナの気配が大きく膨れ上がる。
『死』を目前にし怯える少女は、やがて来たる衝撃に目を閉じて縮こまり――、
「……あれ?」
しかし、その瞬間が訪れる事はなかった。響いたのは自分の悲鳴ではなく、魔獣の断末魔。
辺りにまき散らされたのは、自分の鮮血ではなく、魔獣のどす黒い血。
正面、氷の矢に頭を貫かれた猪はのたうち回り、少女は血のシャワーを浴びせかけられる。
鉄臭い臭いと、気持ち悪い血の感触に顔を顰めるも、助けてくれたであろう女性の方に顔を向ける。
しかし、その女性は遠くの方で呆然と立っていて、別の方向に顔を向けていた。不思議に思い、少女は女性の視線を追う。
「あの人は……」
少女の目に入ったのは、一筋の白髪が混ざった青みがかった黒髪の男性。その紫色が混ざった黒い瞳は、袖を通している喪服のように黒い服に良く映えているが、その目の奥には光がなく、暗い影を落としていた。
中性的な面貌は整ってはいるものの、今は青白く体調が良くないのではないかと思われる。
しかしそれでいて、彼はしっかりとした足取りで歩いていた。
その人物はこちらに手を向けていて、なにやら魔法を使っているようだが、速すぎて何も見えない。
分かるのは、魔獣に氷柱が突き刺さっていることから、彼が氷の魔法を使って自分を助けてくれたという事だけ。
その人物の事を何処かで見たような気がして、少女は自分の記憶を辿り、該当するそれを思い出した。
確か、先輩の冒険者――今パーティーを組んでいる人達から、絶対に近づいてはいけない危険人物だと、ギルドにいた時に言われていた人だ。
なんでも、いつも無表情で何を考えているのか分からず、死んだ目をしているくせに血に飢えていて、魔獣の討伐クエストしかしないとのこと。
それに加え、パーティーに誘おう物なら、容赦なくその人を気絶させるとか。
その容姿と態度、そして彼が使うのは氷の魔法ということから、冒険者の間では『氷結の王子』などと呼ばれているらしい。
そんな人が、自分を助けてくれたのだろうか。聞いていた評判からそんなことは想像が出来ないと、少女はぎこちなく首を捻る。
と、同時に、彼から放たれる不吉な雰囲気に当てられ、大猪の時とはまた別種の緊張と冷や汗が上がった。
命の危機は去ったというのに、どうしてこう心が休まらないのか。
心臓の鼓動が意識しなくても感じられる。まるで全力疾走をした後のようだ。
「あ、あの……たすけ……」
なんとか勇気を振り絞り、かすれた声でお礼の言葉を口にしようとしたが、近づいてきた男性は自分の前で立ち止まり、その声を遮って被せるように、
「こんな所で何をしているんだ、お前は」
少女の事を無表情のまま見下ろし、冷え切った無感情な声で、そう少女の事を糾弾した。
▲▼▲▼▲▼
スノーが魔獣を相手に戦い始めた頃、■■は力が入らない体を動かそうとしていたが、ベッドの上から起き上がれないでいた。
なんとか横向きに動けたものの、ベッドの上から転がり落ちて、全身を床板に打ちつける。
腕を伸ばし、ベッドを支えにして立とうとするが、それでも立ち上がることが出来なかった。
シーツを掴もうとする手は痙攣していて、まともに握ることも不可能。
立とうとする脚には力が伝わらず、生まれたての小鹿のように震えていた。
情けない、不甲斐ない、みっともない、惨めだ。
いつも魔獣を相手に戦っているというのに、何故今この時動けないのか。
いつも魔獣など一瞬で片づけているのに、何故今この時体は言うことを聞かないのか。
■■は鮮血が出るほど強く唇を噛む。それでも体に力は戻ってこない。
過去の出来事に捕らわれすぎているが故の弊害。今もまた、あの日の光景が頭にちらつく。
魔獣の大軍、蹂躙される人々、幼い子供達の悲鳴、泣き声。
燃え盛る炎は大切な思い出すら焼き尽くし、見知った顔の人々は枯れた木に姿を変えられ炎にくべられる。
理性は動かなければ、行かなければと、体を突き動かそうとしているのに、本能がそれを拒絶している。
いつまで経っても動かせない体。歯を噛みしめ、苦々しい表情をする■■。
どうして、動けない。どうして、動かせない。自分を叱咤し、罵声を浴びせかけ、呪詛を放つが、やはり力は戻ってこない。
だが、過去の忌まわしい記憶が■■の頭の中を過ぎ去っていく中で、あの『目』が昔日の記憶を押しのけ、鮮明に脳裏に広がった。
「――」
あの『目』は黒瞳ではなく、碧眼で。
あの『目』は妹の物ではなく、どこの馬の骨とも知らない少女の物で。
なのに、その『光』は酷似していた。
どうしても、その瞳の強さを意識してしまう。
どうしても、その瞳を妹のと重ねてしまう。
あの少女と真凛は違うと分かっているのに、どうしても妹の面影が見えてしまって仕方がない。
『■■■■、■■■■■』
「……!」
『■■■■■、■■■■■■■、■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■』
『■■■■ ■■■■■ ■■■■■■』
『■■、■■■■■■■■』
「…………そう、だな」
■■は俯けていた顔を上げ、ゆっくりと、しかし、確実に、足に力を込め、立ちあがる。
例えどれだけの年月が経ったとしても、例え別の世界で生まれ変わったとしても、自分は永遠に彼女の■なのだから。
彼女は自分の前からいなくなってしまった。
けれど、今こうして、自分に力をくれる。
それが酷く醜い自分の妄想の産物だとしても、床を踏みしめるこの足に、体中を駆け巡るこのマナに、嘘偽りは一切ない。
『声』は上塗りされた。
『恐怖』は取り除かれた。
ならば、立てる。
ならば、戦える。
彼の目的が■■■だとしても、今は亡き■がそう言ってくれたのなら、この選択は間違いではないと思える。
「■■■■■」
そうして■■は、深く、深く、息を吐き、頭の中を整理して心を無にする。その後、一瞬だけ薄暗い笑みを見せ『ゲート』を開いた。
◇◆◇◆◇◆
レンは血でできた水たまりを踏みながら、一人の少女に向かって歩く。
偶然『ゲート』を開いた先に、魔獣に殺されようとしていた少女がいた為、助けた形になったのだが、特段そのつもりはレンにはなかった。
レンは魔法を使いながら、首を回して現状を確認する。積み上げられた無数の魔獣の死体。地面は血で塗りつくされ、逆に赤く染まってない所を探すのが難しい。
今思えば、スタンピードの兆候は表れていた。浅い深度にいたミノタウロス、サラマンダーの大軍。
ここ数か月、森の深くまで行かなければ姿を見せなかった魔獣達が、ああもあっさりと見つけられたのだ。
何かあると考えるのが自然なのに、運が良いで済ませてしまった自分が恨めしい。もしそれを起点にこの事態を想定していたなら、ああも取り乱すことはなかったろうに。
「……今考える事ではないか」
自分に言い聞かせるように、レンは瞑目してそう呟く。多くの魔獣は始末されたが、それでもまだ全滅はしておらず戦っている人も多い。
この調子なら大丈夫だろうが、万が一という場合もある。警戒しておかなければと、思考を切り替えた。
そこでレンは、こちらに視線を送っている二人の少女に意識を向ける。
一人は正面で腰を抜かしている十五歳ほどの少女。雰囲気から、まだ戦い慣れておらず、新米の冒険者だと見て取れる。その少女の無様な姿で、己が一番唾棄するような人物だと、一目見て理解できる。
一人は遠くの方で呆然と突っ立ている白い少女。恐らくあの魔獣の山を築いたであろう少女は、特に怪我を負っているようには見えず、それどころか返り血の一つも浴びていない。
前日もスノーの戦闘は見ていたが、やはりの彼女も並みのエルフではないようだ。
そしてレンは、目の前にいる少女の方に視線を戻した。
小柄で全身血まみれの少女は、大量の汗を浮かべてこちらを見ている。
レンの予想が正しければ、彼女は新米。冒険者になって一週間も経ってないだろう。
そのくせ、こうして都市防衛に来ているのだから腑に落ちない。
都市法に従った結果だろうが、到底この場を生き残れるような強さを持ち合わせていないだろうに。
レンは表情を変えないまま、少女の事を見下ろして内心不愉快な思いで口を開く。
「こんな所で何をしているんだ、お前は」
自分の事すら守れない脆弱な少女。徒党を組んでようやく少数の魔獣を倒せる程度の実力で、こんな戦場に一人でいるなど狂気の沙汰。
人の事など言えないが、それこそ自殺願望でもあるのだろうかと疑ってしまう。
そうでなければ、都市法など無視して、尻尾を巻いて逃げればいいものを、まだここに居るということは戦う意思はあるのだろうに。
「ぇ――なに……って?」
怯えを隠そうともせず、それでも心底不思議そうに問い返してきた少女に、レンは大きく嘆息した。
ここは戦場だ。今はスノーとベルのおかげで魔獣の数はかなり減っているが、戦闘は依然続いている。
そんな場所で都市を守るどころか自分すら碌に守れず、戦う意思すらない人など必要ないどころか、周囲の士気に関わる。
「つまるところ、お前みたいな奴はここにいるだけで邪魔だ。周りに迷惑をかけるぐらいなら、この場から消えろ」
苛烈な言葉で切り刻まれた少女は、一瞬何を言われたのか分からないといった表情を見せたが、レンの言葉を理解すると同時に、目を見開きゆっくりと周囲を見る。
少女の目にどう周りの風景が映ったのかはレンの知る由ではないが、それでも自分はこの場に必要とされていないと気付いたように、少女は肩を震わせ始めた。
しかし、少女の方にも言い分があるのだろう。へたり込んだまま顔を上げ、泣きながら言い訳を並べ始める。
「だって、放送で全ての冒険者は集まるようにって……! だからここに来たのに、あたしは何か間違った事をしたんですか!?」
「ああ、大間違いだ」
少女は問いを即答で否定され、息を詰まらせる。レンは意識の半分を別の事に向けながら、少女にできるだけ懇切丁寧に説明を始めた。
「疑問に思わなかったのか? ここに来ている冒険者の数が少ない事に。この都市にいる冒険者が本当に全員ここに来ていたなら、今ここにいる冒険者の数は二倍以上になる筈だ。なのに、どう見てもその数と合わない」
そう言いながら、この少女にこの事を見抜くのは不可能に近いだろうと、レンは目を吊り上げている少女を見下しながら思う。
この都市のギルドに入り浸っているレンは、この少女の顔を見たことがない。故に、少女がここに来たのはつい最近だろう。
彼女が新米冒険者であるという推測も、その裏付けとなる。
だからこそ、まだこの都市のことに詳しくなく、こうして愚かな選択――というより、なにも考えずにその場の指示と流れに身を任せたのだろう。
「いいか? お前みたいに弱い奴や、自分の命が惜しい奴は、都市法なんて無視して避難したに決まってる。それは自分が周りの足を引っ張るとか、周りに迷惑をかけるとか、そんな高尚な理由なんかじゃない」
「じゃあなんでその人達は逃げたんですか!?」
「さっき言ったはずだ。鶏以下の記憶力だなお前。まず、あの都市法は冒険者が逃げる事をある程度許容している。だからこそ、そういった奴らは、自分の命が惜しいから……言い換えれば自分可愛さに、都市法や冒険者の義務なんてほっぽりだして、尻尾巻いて逃げたんだよ」
レンの罵倒に少女は顔を紅潮させるが、後に続いた言葉にとても信じられないといった様子で、驚愕を顔に張り付ける。
この少女にとっては、そんなことは考えられないようだ。なんとも能天気で幸せな思考の持ち主だと鼻で笑いつつ、レンは少女をさらに言葉の暴力で打ちのめす。
「だが、そんな奴らはお前なんかよりよっぽどましだ」
「え……?」
その言葉に、赤くなっていた少女の顔の色が抜けた。今度こそ本当に理解できないと、少女の空いた口は塞がらない。
その様子に、レンはほとほと少女に呆れる。この少女は自分の頭で考える事を知らないのか。首の上についている物は飾りか、もしくは空き箱かガラクタしか入ってないのだろう。
自分がここまで言っているのに、まだ理解できないでいる少女に嫌気が走る。
「逃げた奴らはちゃんとこの都市法の事を理解していて、自分で考えて、自分で判断して、自分で選択して、行動してる。それに比べてお前はどうだ。ただ目の前に提示された指示に従って、その場の空気に流されて、ここで死にかけた」
「――っ」
顔を俯け歯を食いしばり、何も言い返さず押し黙る少女。レンは次第に近づいてくる影を意識的に無視をして、少女に畳みかける。
「最低限の知識もなく、誰にも何も聞かず、ただ与えられた物を享受しているだけ。それじゃあ人なんかじゃなくてまるで家畜だ。だから、お前みたいな情報弱者や、自分で考えて行動しない奴は死んで当然だ。それが世界の摂理だ」
家畜呼ばわりされた少女は体をわななかせ、瞳からは透明な雫を零すも、レンは話す口を止めない。
「死にたくなかったんだろ、お前。なのになんで身の程をわきまえずここに来てる。最初から他人に縋ろうとする。自分で何とかしようとしない、できない、する気がない、戦おうとしない。この場にいるのに。そんなんだったら――」
しかし、その後の言葉は続かず、代わりに風船の破裂音のような乾いた音が炸裂した。
青白い顔の頬の部分だけが紅葉の形に赤くなり、ジンジンと熱を帯びる。
「大丈夫? 怖かったよね。ごめんね、私が間に合わなくて」
「――ぁ」
はたいたレンの事を見向きもせず少女に向かってそう謝り、ローブの裾やスカートが汚れることも厭わず、白いエルフは少女の前に片膝をつきそのまま抱きしめた。
嗚咽交じりに涙を流し、安心したかのように脱力した少女の頭を慰めるように優しく撫でて、少女の顔にへばりついた血を拭うスノー。
その様子をレンは冷めた暗い目に映していると、スノーは少女の肩を抱きながらこちらに振り向いた。
「わざわざこの子の事を助けたくせに、どうして君はそんな酷い事を言うの?」
「別に、俺にコイツを助ける意図はなかった。ただ正面に魔獣がいたから殺しただけで、コイツを助ける形になったのは結果的にそうなっただけ。……それに、俺が言った事は事実だ」
「例えそうだとしても、言い方っていう物があるでしょ。どうしてそう攻撃的な言葉遣いをするの? この子は命を救われてお礼を言おうとしたのに、そうして言葉で傷つけて、君は何をしたいの?」
「……」
鉄面皮でスノーを睨み、口をつぐむレン。その碧い『目』が雄弁に訴えかけてくるが、口を開くつもりはないし、わざわざ話すつもりもない。
唇を固く結んだレンに、スノーはしびれを切らして喉を震わせる。
「黙ってないで答えて。…………答えなさい!」
「――っ」
初めて声を荒げ感情的な声を出したスノーに、レンは片眉を上げた。この少女でも、こんな風に人に対して怒るのだと。人として当たり前のような感情を持ち合わせていたのだと、多少なりとも驚く。
宝石のような瞳で睨みつけてくる少女に、鋭い風を吹き付けられるような錯覚を味わいつつも、断固として口を開かないレン。
戦いの音が段々と小さくなり、遠くなり、冒険者達の喜色の歓声が響く中で、レンとスノーの間には一方的な火花が散って沈黙が広がる。
その時間が永遠に続くかと思われたが――
「――ッッ!!」
「ぎゃああああーーー!!」
胸を貫かれ、銀の鎧を身に着けた一人の聖騎士の絶叫が空まで届き、一体の悪魔が終わりかけた戦場にその醜悪な姿を顕現させた。




