第一章13 「試作魔法」
「ベル! そっちはお願い!」
「りょうかい、任せて」
土を踏みぬき疾風を纏って、獣道を駆けるエルフが一人。その少女――スノーの背中を守るように、少女の長い白髪から顔と前足だけをだしているのは、小さな狼精霊のベルだ。
ベルはスノーの指示に従い、鋭利な爪が生えている前足を交差させるように振る。
すると、スノーの背後――ベルの正面にあたる訳だが――から迫りくる火蜥蜴の長い首が胴体と泣き別れになった。
「ほら、どんどんいくよー」
長閑な殺戮宣言を浴びせかけ、ベルは左右交互に腕を振る。彼女がそうやって腕を振るごとに、次々とサラマンダーの死体が量産されていった。
血の臭いが辺り一帯に充満し、どさどさとサラマンダーの体は崩れ落ちて、叫声が森の中に響き渡る。
「うーん、なかなか減らないね。スノー、そっちは大丈夫?」
ベルは喉を唸らせ、警戒を怠らないままスノーに問いかける。サラマンダーを撃墜しているスノーは、目線だけベルに向け、
「私の方も大丈夫。数は多いけど、まだ対処しきれる程度だから」
問題ないと頷いて、スノーは走り続ける。彼女達は今、サラマンダーの群れに襲われていた。
中型の爬虫類系の魔獣。体長は大型犬ほどで、こちらも体に炎を纏うが、赤気牛と違う点は火球を放ってくるという点。
一体一体の脅威度で言えば、ミノタウロスとは比べるまでもなく低い。だが、集団で執拗に襲ってくるという点で厄介な魔獣だ。
今もまた火球がスノーに向かって背後、左右から迫ってくる。しかしそれらは、スノーの白い肌を焼き焦がす前に、空中で雲散霧消した。
「この子に傷の一つ、一片の火傷すら負わせるものか、魔獣風情が」
ベルは白髪の中で揺られながら、スノーには聞こえないように、口の中でサラマンダーを罵倒する。
サラマンダーの火球、これの実態は彼等の体に炎袋のようなものがあるわけではく、人間が使う魔法と原理はほぼ同じだ。
つまり、彼等もマナを使って火球を放っている訳で、それならばベルはマナの構成を書き換えることができる。
もとより、魔獣が使うそれは、魔法というにはあまりにもお粗末なもの。
術の構築が雑すぎるので、魔法をぶつけて相殺するより、こうして構成を書き換える方が楽だ。
ベルが火球を消し去り、そこで生じた隙にスノーが風の刃を叩きつける。
そうやって対処をしていたが、ふとスノーが可愛い顔を若干引きつらせて、ベルに疑問を呈した。
「ねえ、ベル。気のせいかな、なんかさっきよりサラマンダーの数が増えてる気がするんだけど」
「気のせいじゃ、ないね。……この数は、ちょっとまずいかな」
ベルの視界には、わらわらと集まるサラマンダー。その数はどんどん増えていき、目測だが三十から四十体はいるだろう。
流石にこの数の大型犬サイズの魔獣が集まると壮観だが、襲われている側からすれば、たまったものではない。
「まずいまずい! スノー、キミは迎撃は最小限にして逃げることに専念するんだ!」
「っ、分かったわ!」
ベルは再びスノーに力を貸す。直後、スノーの体はエメラルドグリーンに輝き、彼女の走る速度が急上昇した。
ベルはスノーから振り落とされないよう、彼女のすべらかな髪を傷めないようにしがみつきつつ、金色の瞳で周囲を見渡す。
サラマンダーの数は未だに増え続けており、次々と火球を放ってくる。
ベルはそれらがスノーに当たらないように捌きつつ、大魔法を放つ準備を進め始めた。
「こいつらを一掃するどでかい一発を放つから、それまで少し耐えてくれ!」
ベルの宣言にスノーはすぐさま顎を引く。彼女の信頼をひしひしと感じるベル。この信頼に応えなければと、ベルは術の構築を急ぐ。
ここまで魔獣の数が増えてしまっては、ちまちまと一体ずつ倒すのは面倒。
森への配慮も多少なりと考慮しなければならないが、こうなってしまえばどうこう言ってられない。
よって、かなり大規模の魔法をベルは選択した。
しかし、術が完成するまで当然ながらサラマンダー達は待ってくれない。
四方八方から飛び掛かってくるサラマンダー。スノーの正面の敵は彼女に任せるしかないが、そうでない所は自分でカバーする。
ベルは大規模術式の構築と並行して、小規模の竜巻を生成。巻き込まれたサラマンダーは宙に巻き上げられ、手足をもがれ、墜落して絶命した。
しかし、後続のサラマンダーは臆することなく、撃墜された仲間を踏みつぶし、土煙をあげながらスノーに襲いかかってくる。
「ああもうっ、きりがない! ……スノー、面倒だから術の効果範囲の指定とか、やらなくていいかい?」
大規模術式の使用に踏み切った訳だが、それでも一応配慮はするつもりだったベル。
しかし、それすらも面倒になったベルは真面目なトーンでスノーに許可を乞う。しかし――、
「え!? ダメに決まってるじゃない!」
スノーは脚にも風を纏わせ、サラマンダーの顎を蹴り砕きながらベルの申請を却下する。
ベルは「えぇー」と不満げに声を漏らし、スノーの肩から顔を出すと、
「別にいいじゃないか。ここ辺り一帯、こいつらごと吹っ飛ばして」
「ダメなものはダメですー。この森に入るときの説明、ベルも聞いてたでしょ? むやみやたらに森の破壊活動をしたらダメだって」
「それはやむを得ない場合は例外だったと思うけど? 今のこの状況なら、別にいいんじゃないかな?」
ベルの言い分にスノーは形の良い眉を眉間に寄せて、「うーん」と考え込む。その間も間断なくサラマンダーは襲ってきているので、スノーは徒手空拳で撃退しているのだが。
そしてスノーは答えを出したのか、「うんっ」と頷き、
「やっぱりダメ。だってベルならやろうと思えば森の被害を抑えて、サラマンダーを掃討できるでしょ? だったら横着しないで、ちゃんとやって」
「はあ、分かった。それじゃ、あとちょっとだけ待って」
溜息を吐きつつもベルは納得して、術を編むのに集中するため再びスノーの髪に潜り瞳を閉じる。ベルはスノーと話している間も、魔法の準備は進めていた。
あとは最後の詰めをするだけ。術の構成に効果、範囲、威力、を指定。そしてそれらに相当するマナを込める。
「はい、出来たよスノー。ちょっと衝撃に備えてね」
そこでベルは目を開けてスノーの髪から飛び出し、彼女の背中から大魔法を撃とうと――、
「……は?」
突然、気の抜けた声を上げるベル。「そういえば」とつい数瞬前を思い返せば、目を瞑ってから急に周囲の音が消えていったような気はしていた。
ただ集中していたから、戦闘の音が聞こえなくなったのだと思っていたのだが、それは見当違いも甚だしい事だったようだ。
「ねえスノー。何が起きたのか、見てた?」
ベルは困惑した表情と声音を隠そうともせず、後ろに振り向きスノーに問う。
聞かれたスノーも、ベルと同じように困惑した顔で首を横に振った。
「ううん、私も何も見てない。いきなり静かになったと思って後ろを見たら、こう、なってたわ」
「そっかー。うわ、何この切断面。こんなに綺麗に斬るなんて、人間業とは思えないね」
ベルとスノーの目の前に広がる光景。それは、さっきまで殺気をむき出しにして襲ってきていたサラマンダー達全てが、首を撥ねられ血の海を作っているところだった。
そして、ベルはそのうちの一体に近づき、そんな感想をこぼす。
スノーは生臭い臭いに鼻にしわを寄せるも、しゃがみこんで死体を眺めてベルに同意した。
「ほんと、まるで空間ごと斬ったみたい」
「!」
何気なく言ったのだろうそのスノーの発言に、ベルの思考に稲妻が走った。
スノーの言う通りではないか。この傷口は普通の魔法でも刃物でもない。
こんな風に全部お揃いの切り口を作るのは、それこそ空間魔法ぐらいしかないのではないか?
しかし、このような魔法をベルは知らない。……いや、昨日も見たことのない魔法を使っていた少年をベルは見た。
ならば――、
「スノー、良い知らせだ。……もちろん、魔獣の駆除をしなくていいのは見ての通りだけど、どうやら彼はこの近くに来ているみたいだ」
振り返り、スノーの顔の前に浮かびながらそう言ったベルに、スノーは宝石のような碧眼を輝かせる。
「本当に! なら……」
「ああ、今なら精霊に話を聞けば、彼の居場所が分かるかもしれない」
そう言いながら、ベルは精霊に呼びかけレンの居場所を尋ねていった。
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――時は少し巻き戻る。
とある木の上、太い木の幹に腰を下ろしたレンは、眼下に広がる魔獣の群れを見下ろしていた。
サラマンダーが疾駆し襲いかかっている先には、一人のエルフの少女。
五十体はくだらない魔獣の猛攻を、しかし少女は一緒にいる狼精霊との連携により、若干の焦りを見せながらも、易々とかいくぐっていた。
一斉に放たれる火球は、少女に直撃する前に不自然に掻き消え、少女の透き通った肌を焼くことは叶わない。
火球が効かないと分かれば、サラマンダーは少女に近接戦を仕掛ける。
しかし、彼等は近づく前に風の刃で体を切り刻まれるか、近づけたとしても少女の長い脚に頭部を蹴撃され、果実のように潰される。
そのように、サラマンダーは少女に傷の一つもつけられないが、数の優位を生かしてじりじりと体力とマナを消費させているように見える。
それに加え、一体どこに潜んでいたのか分からないが、その数は減った分だけ補充されているようだ。
「まだ余力を残してるようだけど、このままじゃジリ貧だな」
レンは彼女等に気配を気取られないよう、静かに幹の上を跳んで追跡しながら戦況を分析する。
ちょっと前まで魔獣の痕跡など無かったというのに、これほどのサラマンダーがいたことへの驚きもある。
だが、それよりもレンの頭に引っかかったのは、この程度の群れをベルやスノーが纏めて殲滅しないことだ。
スノーはエルフなのだし、それなりに魔法の技量はあるだろう。それに、あの精霊がサラマンダーを一掃出来ない訳がない。
総じて魔法を使える者、その中でも一流の魔法使いともなれば、一対多戦闘において無類の強さを誇る。
中には、近接戦でも一騎当千の力を持つ超越者もいる。だが、やはり集団戦では魔法使いに軍配が上がるだろう。
いまや大規模となっているサラマンダー、ここまでの数になると、流石に各個撃破とはいかずに、周囲一帯を吹き飛ばす魔法の方が効率が良い。
「力を温存するなんてのは、この状況下だと愚の骨頂。そんな事をする筈がないと仮定すれば……使うのを躊躇ってる……?」
状況の推移を見て、そう推測するレン。もしそうだとすれば、何を躊躇っているのかだが……。
――ああ、そうか。
「細かい力加減が苦手って言ってたもんな。だったら答えなんて考えるまでもない」
スノーは近づいてきた個体の迎撃と、逃げる事に意識を割いている。
ならば、ベルの方が大規模の魔法を使おうとしているのだろうが、森への被害に気を使っているのだろう。
だとすれば、今の状況にも納得できると、レンは樹上を駆けながら含み笑いをした。
レンにとって都合が良すぎる展開だ。新しい魔法を使うのにおあつらえ向きな状況。
「そろそろできるか。……初めての魔法、今回はどんなもんか」
レンはタイミングを見計らい、スノー達が巻き込まれないよう注意し、サラマンダーと彼女等の距離が離れた時に腕を下に向けて横に振る。
視覚的には何も変化は起こって無い。だが、サラマンダーの群れがそのエリアに入った時、その魔法は効果を発揮した。
「ある程度は実証実験してたから予想はしてたけど、こんなもんか」
レンはこの魔法はあまり使えないなと、短く息を吐いた。レンの視界に入っているのは、サラマンダーの死体の山。
だが、同じ結果を得るならば、他の魔法を使った方が効率が良い。そして何より、自分には意味がないだろう。
コストとリターンが釣り合っていない――つまりコスパが悪い。それに加え、使い勝手も悪いときた。
使い方次第では強力な魔法だが、実戦で使う機会はあまりないだろう。
「指定できる範囲も狭い。……狭い場所なら、それなりに使える……か?」
難しい顔をしてレンはこの魔法の使い方を考えていたが、そこでこの魔法について考察するのをやめた。
「結局、俺自身に効かないんじゃどんな魔法も意味ないしな」
レンは下で呆然と立っているスノーを見ながら、再び溜息を吐く。
どんな魔法も、どんな殺傷方法も、どんな死に方も、意味がなかった。
この魔法も今までと同じように『ハズレ』だ。
「……試すもんは試せたし、帰るか」
レンは自分の事を探し始めたスノーとベルを横目に『ゲート』を開き、検問所まで繋げてその場から姿を消した。




