表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

正義マンとトロッコ問題

作者: 青水

 正義マンは分岐器の前に立っていた。

 左右には線路が敷かれていて、左側からトロッコがあり得ないくらいの猛スピードでやってきている。尋常ではない。おそらく、制御不能となっているのだ。


「ふうむ……」


 正義マンの右側――線路が二又にわかれている。

 なぜだかわからないが、二又にわかれた線路の両方で、人が何やら作業をしている。片方が五人、もう片方が一人。


「おーい! もうすぐトロッコがやってくるぞ! 危ないから逃げろ!」


 正義マンの注意喚起に、しかし誰も耳を貸さない。

 聞こえていないのだろうか?

 左手からやってくるトロッコを見る。時間はあまりない。彼らの元まで行って、もっときちんと注意をすることはかなわない。


「どちらかを見捨てるしかない、か……」


 分岐器でトロッコの進路を切り替えなければ、五人が犠牲となってしまう。

 一人と五人、どちらかを犠牲にしなければならないとしたら、一人を犠牲にするべきだ。理想を言えば、誰も犠牲にならない選択をしたいところだが、残念ながらそんな選択肢は存在しない。妥協するしかない。


「仕方がない。すまない、一人を犠牲に――」


 そこで気づいた。

 その一人は最愛の妻であるということに。


 正義マンの妻一人と、見知らぬ人五人。

 同じ人間という種であることには変わらない。しかし、正義マンにとっての価値はまるで異なる――いや、どちらも同じ人間なのだ。


「ぐ、ぐう……」


 どちらを犠牲にするべきなのか……?

 正義マンは正義を愛する男。

 たとえ最愛の妻だからといって、他の人間の命よりも彼女の命の価値を重んじることなどできない。それをしたら、正義マン失格。正義マンは世のため人のため頑張って活動している。プライベートな事情を持ち込んではならない。それをしたとき、彼は正義マンではなくなる。


 正義マンであることを捨てるか。

 正義マンであることを貫くか。


 残された時間は少ない。悠長に考えているような時間はない。


「クソッ、クソッ、クソッ、クソッ……クソオオオオオ――ッ!」


 そして、正義マンは――。


 妻を見捨てた。


 分岐器を動かして、トロッコの進路を変えた。

 猛スピードのトロッコが、正義マンの前を駆け抜けていった。正義マンは涙を流しながら、行く先を見つめた。


「あ、あなた……っ!」


 なぜかわからないが、妻が今になって夫とトロッコに気づいた。


「ああ――」


 トロッコの突進を食らって妻は即死した。

 正義マンはその場に泣き崩れた。

 これで、これでよかったのだ……。


 片方の線路で作業をしていた五人が、作業を終えたのか、こちらへ向かって談笑しながら歩いてきた。


「何、泣いてるんだ、こいつ。気持ち悪いな」

「なあ、トロッコに轢かれた女見たか?」

「ああ、ぐちゃってなってたな。ぐろかった。吐きそうだよ」

「けっこう綺麗な人だったな。もったいない」

「俺、好みのタイプだった」

「じゃあ、今からでも死体に○○してこいよ」

「俺にそんな趣味ねえよ」」


 ぎゃははは、と五人は笑って去っていった。


 正義マンはゆらりと立ち上がった。

 人間の命の価値は平等である、と考えるようにしていた。命に貴賤はない。それが、正義マンの正義的考え方である。


 しかし、それは間違いだった。

 あんな五人の一人一人と、妻の命の価値が同じであるはずがない。


 そう思ってしまったとき、男は正義マンではなくなっていた。正義マンだった彼は暗黒サイドへと堕ちた。

 これからは、あのような価値の低い命は救わずに、むしろ積極的に殺していこう。それが彼らのためだ。人間は多すぎる。淘汰するべきなのだ。


 元正義マンは歪んだ正義を遂行するために歩き出した。彼の正義も、分岐器を動かしたときに、異なる方向へと進行してしまったのだろう。


「正義とは一体何なのだろうな?」


 その問いに答えてくれる者はいない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ