第1話 ハジマリノオト
「もう7時よ、起きなさーい。こら、タクト!」
眠い。
昨日も夜中まで友達とゲームしていた。
毎日毎日行きたくもない学校のためにわざわざ朝に起きる。
無駄にしか思えない。
でも学校に行かなかったら家ではダメ人間に思われてしまう。
そんなこと思いながら、コーヒーを飲み、食パンを噛じる。
「あんた、また夜更かししたでしょ?授業中寝たりしたらどうするのよホント。ゲームなんかしてないで早く寝なさい!」
授業中寝れるわけがない。
教師、あいつらからいつ何をされるか分からない。
みんな僕のことを嫌いなんだろうから。
「いってらっしゃい!ちゃんと集中して授業受けるのよ〜!」
成績はそこそこ優秀なのに、
どうして母はいつも勉学のことばかり言ってくる?
周りに息子が馬鹿者だと知られるのが恥ずかしいのか?
夜中までゲームをしているのだから、
きっと学校の授業を疎かにしているに違いないと、
母親ですら僕そのものを見ようとしないのか?
玄関の横にある駐車場の車ですら
僕を嘲笑ってるみたいに見える。
「おはよう」
「あら、ヒカルちゃんおはよう。朝ごはんできてるわよ〜。」
具の無い味噌汁。
生まれた時から見覚えのある欠けた茶碗に持ってある
米はお世辞にも白米とは呼べない。
塗装が剥がれているちゃぶ台、
綿が無くなった薄っぺらい座布団、
そこに正座した俺は見慣れた朝飯をかき込む。
「母さん、これ今月のバイト代」
「ヒカルちゃん、いつもありがとう。でもヒカルちゃんの好きなものもたまには買ってね。ヒカルちゃんのお金はヒカルちゃんのために使うものなんだから。」
そう言って母は、
バイト代の封筒から1万円を抜き取り俺に渡そうとする。
親孝行とかどうこうの問題じゃない。
貧乏の原因が母親にある訳では無いことはわかってる。
ただはっきり言って醜い。
気持ちは分かるが弱者から毟りとるほど趣味はない。
たかが学生バイトの分際でそれほど稼げる訳ではないが、
学校生活で周りに貧乏だと思われないような、
立ち振る舞いをするだけでそれなりのお金を使っている。
それだけで俺の気持ちは限界だ。
「いらない。大丈夫。」
「そう。ごめんね。」
聞き飽きた。
もうわかったよ。
何回も言われないでもわかった。
疲れるよ俺だって。
「いってらっしゃい。」
家庭環境をどうこう言ったところで、
今更変わるもんじゃない。
貧乏なものは貧乏だ。
この家に生を受けた以上、
この運命を受け入れるしかない。
綺麗な青空。
自分の真上にだけ雲がいる。
まるで俺だけを見せたくないみたいに。
教室に入った僕は席に着く前にいつものルーティン。
机の中、椅子の上、全てを確認する。
今日はマシだ。椅子の上が濡れてるだけだった。良かった。拭くだけで何とかなるし周りに迷惑かけないし。
机に座った僕は、目の前の椅子に書いてある。
JISのマークだけを見つめる。
感情がない蝋人形のように。
休み時間になると僕は部室に行く。文芸部だ。
僕にも仲間くらいいる。
萌え系アニメグッズをいつも身につけているカズキ。
いつも本を読んでばかりのサユリ。
声が小さくて何を話してるか分からんケンゾウ。
みんなクラスに居場所のないはぐれ者だ。
正直こいつらといてもそこまで楽しくないが、
一人でいるよりかは心地いい。
ただ周りには絡んでると思われたくない。
僕まで同じような存在に見られそうだからだ。
だから放課後はあまり部室に行かない。
家に帰って中学時代の友達とゲームだ。
それしか楽しめない、僕は惨めなやつなんだ。
「ヒッカルーー!!おはよう!!」
「おはよう。」
「相変わらずクールだねぇ〜ホント、王子様はちがうね!」
「おぉ!ヒカルおはよう!今日の体育サッカーだとよ!」
「そうか。楽しみだな。」
「おいクール王子〜、華麗なのはプレーだけにしろよ〜」
「ヒカルくんおはよう。私ね、どうしてもこの問題わかんなくて…教えて貰ってもいい?」
「いいよ、昼休みでいい?」
「うん!じゃあお昼ご飯食べ終わったら教室で待ってるね!」
「すごいなぁ〜ヒカルは、なんでも出来て王子様、ああ俺もこんな風になりたかったなぁ〜」
「何言ってんだよお前には無理だよ、そのゴリラみたいな顔を何とかしてからだろ〜!」
「ふざけんなよ!!俺にだってほら、可愛いところもあるだろうほらほら!!」
「どこがだよ、なぁヒカル?」
「いいんじゃない、達山は達山で」
「やっぱりか、くぅーーっさすがお前は王子様だな!」
ガラガラガラ
「ああぁ、なんか急に教室が臭ぇとおもったら、ゴミムシが教室に紛れ込んでんなぁ」
「あぁーホントだ。よく懲りずに学校来るよなぁ〜。」
「ああぁ臭ぇ、臭ぇ、ホントに毎日風呂入ってんのか〜、どうせ家もバイ菌だらけで汚ぇんだろうなぁ」
「世の中、王子もいれば便所虫もいるってのは悲しいよなぁ、な?ヒカル」
「そうだな。」
人を知らずに傷つける。
まぁそもそもあからさまにイジメをしているこいつらからしたら、気にもかかってないだろうが。
あいつの家がバイ菌だらけなら、俺の家はどうなる。
まぁこいつらは知らないからほっとけばいいけど。
俺は高田拓人がどうしていじめられるか、だいたい分かる。
いじめられるのが当たり前、と言ったらまずいかもしれないが、性格は曲がっていて、自分の見た目も気にしていない。
別に特段不細工な訳でもない。
成績が悪い訳でもない。
ただ周りからしたら、反応が面白く、的にしやすい。
冗談が通じない。感情的になりやすい。弱い。
そんなところだろう。
普通になれば普通なのに、それを自分から捨てた。
普通になりたくてもなれない俺よりマシだよ。
僕が1番気に食わないのは、
直接的に言ってくるこいつらじゃない。
済ました顔をしていつも傍から見てる。アイツだ。
アイツというのは佐竹 光。
周りからは王子なんか呼ばれているがこいつが本当の悪。
成績も優秀でなんでも出来る。何不自由ない。男前。
信用されて、中心に居て、常に余裕を持っている。
世の中不平等だ。
なんで僕だけこんな目に合わなきゃ。
「おーい、ホームルームはじめるぞ〜、ってその前に
今日は珍しいが転校生が2人来てるんだ、おーい入ってきて〜
「初めまして、北条美玲です。よろしくお願いしますね。」
「はじめまして、奥田史香です。よろしくお願いします。」
「はーい、みんな仲良くしてあげるように、2人は後ろの空いてる席座ってくれ〜、おい高田!すぐちょっかいかけんなよ〜」
「ハハハハハ」
いつものように先生にバカにされ、周りからも嘲笑
われた。
でもそんなことどうでもよかった。
こんな感情初めてだ。
僕の目の前に現れた北条美玲という女性から目が離せなかった。
僕みたいな分際が話しかけてはいけないオーラがあった。
でも自分が抑えられる自信がなかった。
心の中に、針が刺さった音がした。
「おい、ヒカル、あの美玲ちゃん可愛くない?」
「まぁそうだな」
いつも通り冷静を装っていたが、俺はそれどころじゃなかった。
みんなが注目していた北条美玲のことなど一切気にしていなかった。
俺は横の奥田史香から目が離せなかった。
メガネの下に見える瞳の輝きは俺の視覚と思考を奪った。
緊張しながらソワソワする姿がたまらなく愛おしかった。
こんな感情初めてだ。
周りから王子などと言われているが、
今の俺は単なる素朴な男の顔をしていた。
心の中が、絹の布に包み込まれたみたいだ。
広い湖の中に、ポツンと何かが落ち、波が広がる。
何も無かった黒と白のキャンバスに
淡い色彩が加わっていくのは、まだ先のことである。
1話とプロローグアップしました〜(・∀・)