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女神様の赤い糸  作者: もも野はち助
【本編】
3/17

3.婚約者候補の姉妹

 一週間後……。

 シャーロットは謎の赤い糸をズルズル引きずりながら、生活を送っていた。


 そんな赤い糸は、三日目程で十メートル以上にまで長さが伸びてしまう。

 いくら自分にしか見えないとは言え、その長さの赤い糸をズルズル引きずる事に抵抗があったシャーロットは、腰に結びまとめていたのだが……。

 ふと気づくと、また糸の長さが伸びてしまって自然と(ほど)けてしまう。

 その状態を何度も繰り返すので、五日目くらいからはシャーロットも結びまとめる事を諦めてしまい、そのまま放置する事にした……。

 そんな赤い糸の長さは、今では三十メートル以上になっている。


 だが、先端は未だにどこにも繋がっていない……。

 そしてその赤い糸は、シャーロットが行き来した場所に足跡のように残る。

 その為、いつの間にか屋敷の床をその赤い糸で埋め尽くしていくのだが……その事を確認出来るのは糸が見えるシャーロットのみだ。

 更に不思議な事にその糸は、長さに対して何故か重さを一切感じない。

 そんな鬱陶しく付きまとってくる赤い糸をシャーロットは、チラリと一瞥して大きなため息をついた。


「シャル? どうしたの?」


 あからさまに落胆し、盛大にため息をついた妹を心配した姉が声を掛ける。


「何でも無いの……。ただちょっと最近、左肩が重くて……」

「あら、何か肩が凝ってしまう事でもしたの? あなたは昔から細かい作業は苦手だったから、肩凝りを起こすなんて珍しいわね?」

「お姉様ぁ! 確かにそうなのだけれど……そんな事を言われてしまったら、ますます私が淑女として未熟だと実感してしまうわ……」

「でもその代わり、あなたはダンスや乗馬が、とても上手でしょ?」

「それって、ただのお転婆と言われているようにしか聞こえないのだけれど……」

「私は、ダンスはあまり得意ではないし、乗馬は全く出来ないから、本当に羨ましいと思うわ」


 そう言って優しい笑みで、上品に笑う姉を逆に羨ましいと思ってしまう。

 どうして自分には、姉のような優雅さがないのだろうか……。

 子供の頃は、そんな姉を眩い存在だと感じ、純粋に憧れを抱く事だけだったシャーロットだが、ここ最近はどうしてもそんな考えを抱いてしまう。

 しかしその考えは、シャーロットの中では抱きたくない醜い感情から生まれる考えだ。


 だからシャーロットは、姉を妬む思いだけは絶対に抱かないようにしている。

 姉を妬むという事は、姉を認めないという事だ。

 大好きで憧れでもある姉を拒絶する事は、シャーロットの中では矛盾した感情が同時に存在するという事になる。

 そんな嫉妬心を抱き、姉と比べて卑屈になるよりも姉の素晴らしい部分を認め、それを目標にした方がシャーロットにとって、プラスになる事が多い。


 そういう考えのシャーロットなので、夜会等に参加した際に姉に嫌味や陰口を叩く令嬢達の気持ちが、全く理解出来ない……。

 周りから賞賛されている存在に対して、嫉妬心を抱いて嫌がらせ行動をするより、その存在を認めて逆にその良い部分を自分に取り入れる考え方をした方が、よっぽど自分にとってプラスになると思ってしまうからだ。


 だが社交界には、それに気付かないで自身の印象を悪化させる行動をしてしまう令嬢達が、かなり存在する……。

 人を陥れる事に一生懸命になりすぎて、自分を磨く努力を一切しない……。

 彼女達のそれらの行動は、周りからの評価基準の平均値を下げる事で、努力もしないで自分の世間的評価値が、さも上であるかのように見せる事に一生懸命になっているようにしか、シャーロットには見えない。

 周りの人間の足を引っ張る事で、自分が努力を怠っている事を誤魔化す……そんな印象を受けてしまうのだ。


 どうしてそんな心が荒む考えを抱いて、無駄な事をするのだろうか……。

 自分自身をしっかり持っているシャーロットには、他人と比べ過ぎて卑屈になってしまう人間の気持ちが分からないのだ。

 そしてシャーロットが周りと自分を比べず、自分は自分だという考えをしっかり持ったまま成長出来た事は、姉と比べられる機会が多い事を両親が気遣い、常にシャーロットの長所を認め、褒めてくれたからだ。

 同時に姉の方も先程のように自分が苦手な事をシャーロットに打ち明け、シャーロットの長所をしっかり伝えてくれるからだ。

 そんな見守るような家族環境であったアデレード家の姉妹は、他貴族の間でありがちな兄弟姉妹の不仲な状況にはならずに済んでいた。


 しかしこの後、嫌でも姉と比較されるような状況がやって来てしまうとは、この時のシャーロットは全く予期していなかった。


「それにしても……急にお父様が二人一緒に呼び出すなんて珍しいわね?」

「そうね……。シャル、あなた最近何かお転婆な事でもやってしまった?」

「もう! お姉様はすぐそうやって私をからかうのだから!」

「ふふっ! ごめんなさい。でもあなたがお説教をされる時は、いつも私がフォロー役で呼ばれる事が多いから」


 そんな冗談を言い合いながら、父の書斎で待たされている二人。

 すると、部屋に人が近づく気配がして扉が開かれた。


「二人共、待たせてすまなかったね」

「お父様、私……また何かやってしまった? ここ最近は大人しくしているつもりだったのだけれど……」


 申し訳無さそうに切り出して来たシャーロットに父親が、盛大に吹き出した。

 隣では姉のセルフィーユまでも口元に手を当て、笑いを堪えている。


「いいや。今回はお前への説教ではないよ。しかし……そう勘ぐってしまう程、お前はたまに自分が暴走してしまう自覚は持っているのだね?」

「だ、だって! いつもお姉様と一緒に呼び出される時は、お説教される事が多いから!」


 不貞腐れた表情を浮かべた、シャーロットが父からフイっと視線を逸らす。

 その様子に今度は隣のセルフィーユが、笑いを堪えきれずに吹き出した。


「おねぇ~さまぁ~?」

「ご、ごめんなさい! あまりにもその仕草が可愛らしかったから……」

「不貞腐れた様子を可愛らしいと言われても嬉しくないのだけれど!」


 プリプリしながらそう抗議すると、姉が優しく頭を撫でてきた。


「本当にごめんね。ほら、もう機嫌を直して? 今回はどうやら私達二人にお父様が、大事なお話があるようだから」


 姉に(なだ)められながら父の方に姿勢を正すと、何故か父が急にかしこまって咳払いをした。その様子にシャーロットが、首をかしげる。


「お父様?」

「実は……お前達二人に縁談の話が持ち上がった」

「まぁ!」

「二人って……お姉様だけでなく私も?」


 シャーロットのその質問に何故か父が、気まずそうに視線を泳がせる。


「その縁談の相手なのだが……エルネスト伯爵の次男クラウス殿になる」

「クラウス様って……あの若い令嬢達にとても人気がある?」

「そうだ」

「まぁ……。そんな素敵な男性との縁談が……」

「それで……私の縁談相手の方は、どなたなの?」

「お前の?」


 シャーロットのその質問に今度は父が、不思議そうな表情を浮かべた。


「そのクラウス様のお相手はお姉様なのでしょう? それならば私の縁談相手はどなたなのかなと思って……」

「いや、お前の縁談相手もクラウス様だ」


 その父の言葉にシャーロットは唖然とし、セルフィーユも驚きで目を見開く。


「ま、待って! お父様! それって……クラウス様は私達二人との縁談を考えていらっしゃるという事!?」

「そういう事だな。で、最終的にどちらかと婚約したいというお話を頂いた」


 その父の言い分にシャーロットは勢いよく立ち上がり、テーブルに手を突く。


「何よ、それ! まるで伯爵令息様が私達を吟味して、自分が気に入った方を婚約者に選ぶって事じゃない!! なんて失礼な態度なの!!」

「お、落ち着きなさい! そもそも最初、先方は次女のお前を指名して来たのだぞ!」

「わ、私を!?」

「だが、私の方から、セフィとの婚約も検討して欲しいと打診した」

「はぁ!? お、お父様、なんてややこしい事を!!」

「仕方がないだろう!! そもそもお前、何故エルネスト家のような歴史ある伯爵家が、我が家のような成り上がり子爵家に婚約を申し入れてきたと思う?」


 アデレード家が王家から爵位を賜ったのは、曾祖父の代になる。

 当時、養蚕業は蚕達の間で蔓延した謎の奇病で、一時期大打撃を受けた。

 しかし東国より取り入れた養蚕方法を忠実に守り、養蚕業を始めた際の東国で品種改良をされた蚕のみで、地道に養蚕業を営んでいたアデレード領の蚕達は、その奇病の脅威を免れたのだ。

 その後、打撃を受けてしまった同業者達にその蚕を無償提供し、養蚕業を救った功績を認められ、当時男爵であった曾祖父が子爵位を賜った。

 その為、アデレード家は貴族としての歴史は浅い方になる。


 そんな経緯でアデレード領地内の養蚕業は、量産は出来ないが、高品質の絹糸が取れる昔ながらの養蚕手法を守り続けている。だが、その大量生産出来ない高品質なアデレード領産の絹糸を欲しがる織物業者は多い……。

 その背景をよく理解しているセルフィーユは、二人の会話に冷静に口を開く。


「エルネスト家の目的は、我が家の扱う上質な絹糸の独占……でしょうか?」


 その姉の一言でシャーロットは動きを止め、父は盛大にため息をつく。


「その通りだ……。エルネスト領地では織物業が盛んだ。特に最近は王侯貴族向けの絹織物に力を注いでいるらしい。その原材料でもある絹糸なのだが……昨年現王妃アメリア様が、我が領地で養蚕された絹糸を使ったソファー等の家具を絶賛してくださった事で、その需要が一気に上がっただろう。その所為で、現在アデレード領産の絹糸の出荷が追いつかない状態だ……」

「それが何故、私とお姉様二人とのお見合いに……」

「エルネスト家は、次男であるクラウス殿を我が家に婿入りさせ、その絹糸の生産管理の実権を握らせ、優先的に自身の領地を取引先にさせたいのだろう」

「そ、それでは、昔から長いお付き合いのある取引先が!」


 父の言葉に嫌な考えを抱いたシャーロットが、思わず叫んでしまった。

 するとそれを鎮める様にセルフィーユが、静かに口を開く。


「だから私との縁談も考えて欲しいと?」

「そうだ。正直クラウス殿のような優秀なご令息の婿入りの申し入れは、またとない機会だ。だが……シャルの婿として迎えてしまえば、恐らくその生産ラインや取引先をエルネスト家に特化したスタイルにされてしまう……」


 その父の言葉にシャーロットは、グッと唇を噛む。

 悔しいが領内の仕事関係に関しては、今までずっと姉が手伝っていた為、妹のシャーロットはあまり詳しくはない。

 先方もそれを考慮し、あえて次女のシャーロットを指名して来たのだろう。

 娘しかいないアデレード家を存続させる為には、婿を取るしかない。

 だが、下手な男を婿養子に入れる訳にはいかない。

 そんな中、優良物件でもあるクラウスとの縁談話が舞い込んだのだが……それが明らかにアデレード家の特産でもある絹糸の独占だと分かっていれば、父も易々と、その条件を受け入れる訳にはいかなかったのだろう。


 優秀だと評判のクラウスを婿には欲しいが、家の実権はアデレード家のやり方を熟知しているセルフィーユに握らせたい。

 現状、アデレード家が長く付き合っている取引先は、技術特化型の小さな職工(しょっこう)ギルドが多い。だがそういう技術集団でもある職工(しょっこう)ギルドのお陰で、昔ながらの手間暇かけた素晴らしい絹織物が、今なお存在している。

 だが、クラウスがシャーロットへ婿入りした場合、エルネスト家優先の体勢になってしまい、小さな職工(しょっこう)ギルドとの取引を切られる可能性が高い。


「お、お父様! このままでは絹糸が!」

「ああ。だから折角の良縁が来たシャルにはすまないが、この場合セフィとの婚約を進めた方が、アデレード家のやり方を守り抜く事が出来る。シャルも有能なクラウス殿なら義兄としては申し分ないと思うぞ?」


 確かに父がそこまで絶賛する令息ならば、姉を安心して任せられそうだ。

 シャーロット自身、そのクラウスという人物を噂でしか知らない為、それが最善だと思っていた時……珍しく姉が声を荒げた。


「ですが、お父様! 元々この縁談はシャルに来たのですよね!? 折角の良縁をわざわざ私に変えなくても……」

「もう! お姉様はそんな事気にしなくてもいいの! 大体まず長女が先に嫁ぐべきでしょ? それにお父様がそこまで絶賛されるご令息なんて、きっとこの先そうそう現れないと思うの。だから私の事は気にしないで?」

「でも……」


 後ろめたそうな表情をしながら、言い澱む姉にシャーロットが笑顔で返す。


「その代わり! もしそのクラウス様が私の中で、お姉様に相応しくない男性と判断された場合、私は徹底的に妨害させて頂きます!」

「シャル……お前は、父の話を聞いていなかったのか?」

「だって、いくらお父様の評価が良くても実際に会ってみなければ、どういう男性なのか分からないでしょ? もちろん、お姉様に相応しい男性だった場合、私は全力でお二人の仲を応援するわ!」


 今までパッとしない令息ばかりが姉の元へ群がっていたが、今回のクラウスという伯爵令息は姉の未来の伴侶として、かなり期待出来そうだ。

 やっと姉の前に理想的な男性が現れそうな気配が嬉しくて、元気にそう宣言したシャーロットに何故かセルフィーユは、少し悲しげな笑みを返した。


「お姉様? どうかしたの?」

「何でも無いわ。シャルがあまりにも頼もしい事を言ってくれるから……少し感動してしまっただけ」


 そう言って更に寂しげな表情を浮かべた姉に何故かこの時、シャーロットは違和感を抱いた。

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