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女神様の赤い糸  作者: もも野はち助
【番外編】
17/17

存在している赤い糸

本編終了後から二年後のお話で赤い糸がどうなったかの話です。

尚、メイン二人よりも姉達の方が進展してます。(苦笑)

 エルネスト家の温室のテーブル席にミルクティーのような薄い茶色で、真っ直ぐなサラサラの髪にスプリンググリーンのような明るい黄緑色の瞳を持つ小柄で可憐な女性が一人、チーズケーキと香りの良いお茶を堪能している。


 彼女は今年で十七歳になったアデレード家の子爵令嬢シャーロットだ。

 現在、婚約者でもあるエルネスト伯爵家の次男クラウスを待っている。

 二年前に初めてこの屋敷を訪れた際は、小柄で幼い印象と愛らしさ全開だったシャーロットだが、現在は大分大人の女性らしい雰囲気を身にまとっていた。


 以前は幸せそうに頬を紅潮させ、周りの人間を朗らかな気持ちにさせる愛らしい様子だったシャーロットだが、現在は穏やかな笑みを浮かべて、大好きなチーズケーキを静かに味わうようにゆっくりと上品に口に運んでいる。

 すると、温室の扉が開く音が微かに聞こえた。

 その方向に視線を向けると、婚約者のクラウスが一歳くらいの綺麗で愛らしい男の子を抱えて現れる。


「ああ! シフィ! 久しぶりね~! シャーロットお姉様よ~!」


 しかしその淑女ぶりは一瞬で消し飛び……歓喜に満ちた瞳をキラキラさせながら、クラウスの腕の中の男の子にシャーロットが大きく両手を開く。

 そんな婚約者にクラウスが不満そうに白い目を向けた。


「シャル、可愛い甥っ子の前に一週間ぶりに再会した最愛の婚約者の名を先に呼んで欲しかったのだけれど……」

「クラウス様は一週間前にお会いしたでしょう? でもシフィは、一カ月ぶりよ? ならばどうしてもシフィとの再会の方が、喜びが大きくなるわ」


 そう言ってシャーロットは、クラウスから託された姉と義兄シリウスの息子シルフィスを満面の笑みで抱きかかえる。

 その様子にクラウスの方も諦めたように苦笑するしかなかった。


「ああ! たった一カ月で、また重くなっている! こどもの成長って本当に早いのね~。シフィ、シャーロットお姉様よ? 一カ月ぶりだけれど、ちゃんと覚えているかしら?」

「『シャーロット叔母様』ではないの?」


 からかうように余計な一言を言って来たクラウスにシャーロットが、ムッとした表情を浮かべる。


「お姉様でいいの! シフィにも来年生まれる赤ちゃんにも私の事は『シャーロットお姉様』って、絶対呼ばせるつもりよ?」

「でも君は姉ではなく叔母じゃないか……」

「それを言ったらクラウス様だって叔父よ。いいの? シフィに『クラウス叔父様』って呼ばれても」

「いいや? 僕は『叔父上』って呼ばせるつもりだよ? 『叔父様』より『叔父上』の方が、渋くて素敵な響きがするだろ?」

「男性はそうかもしれないけれど……女性の場合は『伯母上』なんて呼ばれたら、何だか複雑だわ……。だから私は絶対『お姉様』って呼ばせるの!」


 そう力強く宣言したシャーロットは、キャッキャと言っているシルフィスに頬ずりをする。するとシルフィスから甘いミルクの香りがした。

 すでにハイハイは出来るようになっているシルフィスだが、離乳はまだだ。

 そんなシルフィスは、シャーロットに頬ずりされて更にキャッキャと喜んでいる。その姿をクラウスが、やや羨むように眺めていた。


「いいよなー。赤ん坊は無条件で君に触りたい放題で……。僕なんか婚約者なのに過剰なスキンシップをしようものなら、手をつねられるのに……」

「一歳児と二十一歳の成人済男性を一緒の括りにしないでください!」

「でも僕は一応、君の婚約者だよ? 横並びで座っている時に腰に手を回しただけで、思いっきり手の甲をつねられるのは、少し厳し過ぎると思う」

「クラウス様の場合、それだけでなく、その後が問題なんです!」

「口付けぐらいしてもいいじゃないか……。大体、僕らは半年後に挙式するんだよ? 今からそんなに厳しかったら、初夜は確実に僕が蛇の生殺しみたいな扱いを受ける事が、目に見えているのだけれど……」

「小さな子供の前で、そういう下品なお話をしないでください!!」

「まだ言葉の意味も分からない赤ん坊のシフィなら平気だろ?」

「ダメです! 教育上よくありません!」

「厳しいなぁ……」


 不満そうなクラウスを余所にシャーロットは甥のシルフィスを堪能する。

 対してクラウスの方は、兄夫婦が忙しくて手が離せない時によく面倒をみているので、シャーロットほど甥にメロメロにはなっていない。

 そんな愛らしい甥を堪能していた叔母のシャーロットだが、ふと姉の容体が気になり始めた。


「そういえばお姉様の容体は?」

「二週間前まで悪阻(つわり)が酷くてベッドから起きられなかったけれど……今は大分マシになったみたいだよ? ただ今日は匂いに敏感になっているらしくて……。だから後で君を寝室に連れて行くと伝えてある」

「エルネスト家は跡継ぎだけでなく、二人目も早々に出来て安泰ね」

「十年間も手紙だけでしか交流出来なかったから、その反動が大きいのか、兄の愛妻ぶりは凄いからね。正直三年も挙式を待たされている弟の立場から言わせてもらうと、その兄夫妻の仲睦まじさは非常に妬ましい……」

「クラウス様、お顔が少々怖いです。シフィが怯えるのでやめてください」

「君には、もう少し婚約者を労って欲しいのだけれど……」


 再び恨めしそうな表情を浮かべているクラウスをやや放置し、シャーロットは愛らしい甥っ子を夢中であやしている。

 ちなみに姉のセルフィーユは、現在二人目を妊娠中だ。

 しかしシルフィスの時はそうでもなかった悪阻(つわり)が、今回は酷いらしい……。

 その為、本当は姉がシルフィスを連れてくるはずだったのだが、あまりにも体調が優れなかった為、先程クラウスが連れて来たのだ。

 ある意味クラウスは、すでに甥で父親になる予行練習をしてしまっている。


 そんな叔父と叔母に愛されている次期エルネスト家領主のシルフィスだが、自分を抱きかかえてくれているシャーロットの指を小さな手で握り始めた。


「見て! クラウス様! シフィが一生懸命、私の小指を握りしめているわ!」

「ああー……こいつ、何だか知らないのだけれど、よく人の小指をギュっと握りしめてくるんだよ。僕もよく掴まれてさー」


 苦笑しながら答えるクラウスだったが、次の瞬間、二人同時にギョッとする。

 シャーロットの小指を掴んでいたシルフィスが、いきなり空中で何かを捕まえるような動きをしながら、前のめりになってシャーロットの腕の中らから抜け出ようとしたのだ。


「きゃあ!! シフィ!!」

「危ない!!」


 慌ててシャーロットは、シルフィスをグッと抱きかかえ、クラウスは万が一シルフィスが落ちた場合には、すぐに受け止められるよう両手をサッと差し出した。

 すると何故かシルフィスは、そのまま何かを追いかけるように小さな手を軽く握り締めたまま、差し出されたクラウスの小指をギュッと掴む。


「危なかった……」

「シフィ! シャーロット叔母様はお前を抱き慣れていないのだから、やんちゃしたらダメだろ!? その内、本当に落とされるぞ?」

「叔母様じゃなくて、お・ね・え・さ・ま!! それに落したりなんて、絶対にしません!!」


 クラウスの言葉にシャーロットが、キィーとなって言い返す。

 見た目は二年前より大人っぽくなった部分は多いが、中身の方はまだ子供っぽさが残っているシャーロット。

 その部分を満喫するように引き出すのは、もはやクラウスの趣味だ。

 そして先程、クラウスに怒られたシルフィスはと言うと……元気に笑っている。


「全く……。こいつ、何だか知らないけれど、僕が抱っこしている時もやたら宙に向って、何かを掴もうとして前のめりになるんだよなぁ……」

「抱っこが嫌いなのかしら?」

「いいや? 兄達に抱かれている時は、気持ちよさそうに大人しくスヤスヤ眠っているよ?」

「それでは私達の抱き方があまり上手ではないから、嫌だとか?」

「君は分からないけれど、僕は頻繁にこいつのお守りをしているのだから、それはないよ……。そもそもさっきまで、こいつは嫌がるどころか君に抱かれて、ご機嫌いっぱいという感じだったじゃないか」

「それじゃあ、何でこんな動きを……」


 そう言いかけたシャーロットだが、未だにクラウスの小指を握り締めて楽しそうにしている甥のある行動に釘付けになる。

 シルフィスが一生懸命握りしめているのは、クラウスの左手の小指だ。

 その小指を小さな手でゆっくり引き抜くと、宙に向かって何かを伝うような動きをシルフィスはし出す。

 そしてその到着先は、何故かシャーロットの左手の小指なのだ。

 その一連の動きを茫然としながら見つめていたシャーロットは、やっと甥のその行動の原因に気が付く。


「シ、シフィ!! あなた、もしかして赤い糸が見えているの!?」


 シャーロットのその言葉にクラウスも大きく目を見開く。


「赤い糸って……二年前に短期間だけ君に見えていたあの赤い糸?」

「絶対そうよ! 私にはもう見えなくなってしまったけれど……この子には、見えているのだわ!! だってさっきから私とクラウス様の左手の小指の間を行きかうようにしているもの!!」


 もう自分では確認出来なくなってしまった赤い糸の存在を可愛い甥の行動によって確かめられたシャーロットは、やや興奮気味で歓喜の声を上げる。

 しかしクラウスの方は、何故か真っ青な顔色をしていた。


「シャル……君、確か二年前に一度、その赤い糸を切っているよね?」

「え、ええ。でもクラウス様にお会いした途端、すぐに繋がって、そのまま見えなくなってしまったけれど……」


 シャーロットがそう答えると、いきなりクラウスがシルフィスを抱きかかえたままのシャーロットの両肩をガッシリ掴んで来た。

 そのクラウスの行動にシャーロットが体をビクリとさせて驚き、腕の中のシルフィスはキョトンとする。


「前にも言ったけれど……もし再び赤糸が見えるような事があったら、金輪際、何があっても、絶対……絶っ対に、切ったりしないでくれ!!」


 かなり鬼気迫った形相で、目を据わらせながら訴えてくる婚約者の様子にシャーロットが少し怯えながら戸惑う。


「そ、それは二年前にも言われて、もうしないと約束したはず……」

「あの時はやんわりとしかお願いしなかったけれど、今はまた状況が違う! 君にだけでなく第三者のシフィにも見えているという事は、その赤い糸は絶対に運命的な意味を持つ大切な糸という事が確定じゃないか!!」


 捲し立てるよう訴えてきたクラウスにシャーロットが、ある事に気付く。


「ああー!! やっぱりクラウス様は、二年前の私が赤い糸が見えていた現象を信じてくれていなかったのね!?」

「仕方ないだろ!? 僕には全く見えていなかったのだから。それを信じろと言う方が難しい話じゃないか。正直あの時は、君の思春期特有の思い込みで、そういう糸が見えていただけだとも思っていたし……」

「思春期特有!? 酷い!! あんなに大泣きする程、私は真剣に悩んだのに!!」

「酷いのは君の方だろ!? そんな運命的な大切な糸を切ってしまうなんて!! またすぐに繋がったから良かったものの……もしそのまま縁が切れて、他の男と繋がってしまったら、大惨事だったじゃないか!」

「そうなったら、それもまた運命ですぅー!」

「うっわ! 可愛くないな! シャル、君は今年で成人するのだろう? ならば、もう少し大人の女性としての自覚を持った方がいいと思うよ!?」

「その言葉、二十一歳のクラウス様にそっくりそのままお返し致しますぅー」

「くっ……!! 言い方は可愛いのに中身の態度が、ちっとも可愛くない!!」


 赤い糸論争で年甲斐もなく言い合いを始めた二人の間では、甥のシルフィスがご機嫌な様子で、二人の左手の小指を小さな手で交互に握りしめて遊んでいた。


 そんな二人には数年後、自分達の子供にも同じように小指ばかりを何度も握られてしまう未来がやって来る。

番外編の最後まで足をお運びくださって、本当にありがとうございます!

これにて『女神様の赤い糸』は、完結させて頂きます。

尚、作者の完結作品のあとがき集コーナーをなろう内で作ってみましたので、ご興味ある方は以下アドレスからどうぞ。


【女神様の赤い糸】のあとがき

https://ncode.syosetu.com/n0517gu/8/


最近の異世界恋愛ジャンルの姉妹物作品の姉妹仲の殺伐さに心折れた作者が、自己満足の為に書いてしまった作品に最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

また今回連載中に読みながら加点という非常に丁寧な評価方法をしてくださった読者様方、本当にありがとうございました!


そして願わくば、ざまぁ作品で殺伐姉妹のテンプレが早く廃れますように……。

仲良し姉妹作品好きな作者にとって、このテンプレ流行は辛すぎます……。(泣)

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白すぎて一気読みしてしまいました! クラウスとシャーロットのカップル素敵ですね(*ˊᵕˋ*)੭ 蛇の生殺しって何やねん!! って突っ込んじゃいました笑 私もなろうのテンプレの殺伐姉妹は…
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