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女神様の赤い糸  作者: もも野はち助
【本編】
11/17

11.断ち切る

 そのまま温室で、二時間ほどクラウスの学生時代の話で盛り上がっていた二人だが、いつもの読書に夢中になっている姉に声を掛ける時間がやって来る。


「そろそろ客間に戻ってセルフィーユ嬢もお茶に誘おうか」

「ええ。そうね」


 そう言って二人で席を立ち、温室を出て屋敷の方へと移動し始めた。

 すると屋敷を入ってすぐの階段前で、急にクラウスが立ち止まる。


「シャーロット嬢。僕はセルフィーユ嬢を迎えに行くから、先に客間で待っていて貰えるかな?」

「分かったわ」


 そう言ってクラウスが二階の書斎に向かう為、階段を上って行った。

 しかしシャーロットは、何故か客間の方には向かわなかった。

 そのまま気付かれないようにクラウスと距離を取りながら、その後をつける。

 実はシャーロットは、先程温室で二十分程待たされた事に少し引っ掛かっていた。

 最近、書斎と客間を行き来する二人は、シャーロットの待つ客間に戻ってくるまでの時間に十分以上かかる事が多かったからだ。


 そのほんの少し生まれるクラウス達の二人だけの時間が、何故か気にかかる。

 自分でも情けなくて、みっともない真似をしている自覚があるのだが……どうしても書斎を行き来している時の二人の様子が気になってしまったシャーロットは、その欲求に抗えず二階に上がったクラウスの様子を窺った。


 するとクラウスは階段を上がり切った後、何故か書斎とは逆の方向に歩き出す。

 そしてある部屋の前で止まり、その部屋の扉をノックして入室した。

 そのまま二分程待つと、中からクラウスと姉が出てくる。

 しかし、部屋から出てきた姉の変化にシャーロットは愕然とする。

 姉のハーフアップにまとめられた髪の後ろ部分には、今朝身に付けていなかった銀の髪飾りが挿されていたのだ。


 そんな姉はクラウスに促され、幸福そうな笑みを浮かべて部屋から出てくる。

 対してクラウスの方も姉の髪飾りを確認し、シャーロットにもあまり見せないような柔らかい笑みを姉に向けた。

 その瞬間、シャーロットの心臓がキュッと締め付けられる。

 同時にシャーロットは、客間の方へ逃げ出すように向かった。


 姉がいた場所は書斎ではなく、恐らくクラウスの部屋だ……。

 以前、屋敷内を案内された時、あの辺りは自分達の部屋があると説明を受けた。

 それならば何故、姉は書斎ではなくクラウスの部屋と思われる場所にいたのだろうか……。


 二人の事を待ちながら、どうしても品のない事を想像してしまうシャーロットは、自分でも驚く程の心音を響かせ、動揺のあまり頭が混乱していた。

 姉はクラウスの部屋と思われる場所で、二時間以上も過ごしていたのだ。

 ではそこで一体何をしていたのだろう……。

 そこは確実にクラウスにとってのプライベートな空間なのだから、彼に関連した物がたくさん揃っているはずだ。

 すなわち、そこにはクラウスを語る全てがあるという事になる。


 そしてシャーロットは、そこには一度も案内された事がない……。

 だが姉は違う。

 あの二人の慣れたやりとりからは、姉はこのエルネスト家を訪れた際、恐らくクラウスの部屋で過ごす事が多かったはずだ。

 その考えに更にシャーロットの心臓が、キュッと締め付けられる。

 すると客間の扉がノックされ、シャーロットがビクリと体を強張らせた。


 そしてゆっくり開かれた扉からは、穏やかな笑みを浮かべたクラウスと、幸福そうにやや頬を赤らめている姉が入って来る。

 その姉の髪には、水色の宝石があしらわれた銀の髪飾りが挿されていた。

 思わずシャーロットは、無意識に自分が手にしている小箱に視線を落とす。


「シャル、待たせてしまって、ごめんなさいね?」


 そう言ってシャーロットの隣に腰を下ろす姉の横顔は、幸福に満ちているだけでなく、美しさも増している様に思えた。


「お姉様、その髪飾り……」

「シャルもクラウス様から頂いたのでしょ? どんな髪飾りを頂いたの?」


 ニコニコしながら問い掛けてくる姉の言葉にシャーロットは、ギュッとその小箱を強く握り締めた。


「内緒。家に戻ったらお見せするわ」

「まぁ。意地悪ね。今見せてくれてもいいじゃない」

「ダメ。私は今、もの凄く勿体ぶりたいの!」


 そう冗談めいて極力明るく振る舞おうとしたが、どうしても小箱を握りしめる手が震えてしまう。

 姉の髪に挿されている髪飾りは、まるで姉にあつらえたように品のある大人っぽいデザインの素敵な髪飾りだ。

 可愛らしさ満載のピンク色のリボンがあしらわれたシャーロットの髪飾りとは、全くの別物である。


「ところでお姉様。その髪飾り、ご自分で挿されたの?」

「えっ……?」


 思わず一番気になっていた事を口に出してしまい、シャーロットは一瞬焦る。

 だが、どうしてもその事を姉に問いたださずにはいられなかった。


「だってそんな後ろ側の部分、鏡も無い書斎で綺麗には挿せないでしょ?」

「えっと……これは……」


 姉が口ごもると、何故かクラウスが横から口を挟んで来た。


「その場にいたメイドが挿したのですよ。セルフィーユ嬢は、その髪飾りをとても気に入ってくださったので、その事でうちのメイドが気を回しまして。うちの者が、勝手にあなたの姉上を飾り立ててしまって、申し訳ございません」

「いえ。むしろ姉を素敵にしてくださって、ありがとうございます。ですが、あまりにも綺麗に髪飾りが挿されていたので、少々気になりまして……」


 まるで姉に助け舟を出すようなクラウスの行動が、シャーロットの胸を再び締め付ける。

 恐らく姉の髪にあの髪飾りを挿したのは、メイドではない。

 クラウスだ……。

 その事を考えてしまえばしまう程、シャーロットの胸の痛みは増していく。


「お姉様。その髪飾り、本当に良くお似合いだわ」


 そう言ってシャーロットは、今出来る精一杯の笑顔を必死で浮かべた。



 結局その後は、いつも通り三人でお茶を楽しみながら過ごした。

 しかしシャーロットは、その時にしていた会話をあまり覚えてはいない。

 そして帰りの馬車に揺られながら、抱えている小さな小箱に目を落とす。

 その小箱を抱えている左手の小指には、まだ例の赤い糸が結ばれていた。


「シャル~、いい加減にその頂いた髪飾りを私にも見せてくれないかしら?」

「ダーメ! これは帰ってからでないと、お姉様にはお見せしません!」

「どうして? そんなに勿体ぶらなくてもいいじゃない」

「私は育ちがいいから、頂いた物をその場ですぐに開けたりはしません!」

「まぁ! それではその場ですぐに身に付けてしまった私は、育ちが悪いって事かしら?」

「お姉様は、エルネスト家のメイドにその髪飾りを挿されたのだから、育ちが悪いのは、そのメイドの方だと思います!」

「ふふっ! シャルは本当に面白い事ばかり言うのね。でも家に帰ったら、絶対に私にもその髪飾りを見せて頂戴ね?」

「ええ、もちろん。でも家に帰るまでは絶対にダメ!」

「はいはい。ちゃんと家に着くまで、見たい気持ちを我慢するから」


 そう言って楽しそうに上品に笑う姉の髪には、姉の瞳の色と同じアクアマリンがあしらわれた、キラリと光る美しい銀の髪飾りが挿されている。

 その髪飾りを見れば見る程、シャーロットは小箱を強く握り締めた。

 こんな大人っぽい素敵な髪飾りを贈られた姉に自分の子供っぽいデザインの髪飾りを見せる事は、シャーロットには耐えられなかった……。


 確かに姉に贈られた大人っぽいデザインの髪飾りより、このピンクのリボンの可愛らしい雰囲気の髪飾りの方が、自分には似合うと思う。

 しかしそれはクラウスにとってシャーロットが、ただの可愛らしい少女にしか見えていないという事だ。

 そしてそれは初めて出会った時からの自分に対するクラウスの接し方なので、気にする等おかしな話なのだが……。

 それでもその事を実感させられてしまうこの髪飾りの存在は、シャーロットを酷く落胆させ、胸にチリチリとした痛みを与えてくる。


 その状態から立ち直れそうになかったシャーロットは、訪問先でケーキを食べ過ぎたと嘘を付き、夕飯を辞退して自室に籠ってしまう。

 そして部屋に入るなりベッドに倒れ込み、その小箱も枕の横に放り投げた。

 すると小箱の蓋が開いてしまい、中からあのピンクの愛らしいリボンの髪飾りが、飛び出してくる。

 その髪飾りにチラリと目を向けたシャーロットだが、すぐにベッドに顔を埋め、その髪飾りを見ないようにした。


「こんなの貰っても、ちっとも嬉しくない……」


 そう呟いた瞬間、瞳にジワリと涙が浮かびだす。

 それがクラウスに子供扱いされた事が悔しいのか、クラウスの自分への接し方が姉とは全く違う事が悔しいのか、シャーロットには分からない……。

 それでもこの愛らしい髪飾りは、シャーロットを惨めな気持ちにさせる。


 何よりもシャーロットの心を酷く(えぐ)ってくるのは、あのクラウスの部屋らしき場所から出てきた二人の様子だ。

 幸福そうな笑みを浮かべながら、挿された髪飾りにそっと手を添える姉。

 その姉を穏やかな笑みを浮かべながら見つめるクラウス。

 その光景は、まるでロマンス小説によくある甘く素敵な一場面のようだった。

 それを思い出しながら、シャーロットは自分の小指に結びついている赤い糸を忌々しい存在でも見るように睨みつける。


 今のシャーロットにとってこの赤い糸は、もともと惹かれ合っていたのかもしれない姉とクラウスの仲を引き割き、無理矢理クラウスの心をシャーロットに向けさせ、シャーロットを惨めな気持ちにさせる存在としか思えない。

 そして今の状況は、その赤い糸に翻弄されそうになっている姉とクラウスが、必死に自分達の想いを守ろうと抗っているようにしか感じられないのだ……。


 その考えに至ってしまったシャーロットは、先程から溜めていた涙が零れてしまい、ベッドのシーツを濡らし始めた。

 この赤い糸は、絵本にあった慈愛の女神様のお印の方ではない。

 アウレス神話に出てくる愛の女神ユリネラが悪戯に結び付けた呪いの糸だ。


 そう思ってしまったシャーロットは、おもむろにベッドから体を起こす。

 そしてそのまま自身の机の引き出しを開け、手紙を開封する際に使っているナイフ並に切れ味の良いペーパーナイフを取り出した。

 そして小指に結ばれている赤い糸を結び目から五センチ辺りのところで二つに折り返し、その輪っか状になった部分にナイフの刃を差し入れる。


 糸に触れる事が出来る自分ならば、当然その糸を切る事も出来るはず……。

 そう考えたシャーロットは、そのまま力を込めてナイフを外側に引っ張る。

 すると……赤い糸はプツリと音を立てて、あっさりと切れてしまった。

 その瞬間、シャーロットに安堵と後悔の念が同時に押し寄せる。


 安堵したのは、あの二人にとって自分が邪魔な存在ではなくなった事。

 後悔したのは、クラウスとの縁のようなものを自ら断ち切ってしまった事。


 この事で何か変化があるとは、あまり思えなかったシャーロットだが……。

 この行為の効果をシャーロットは、すぐに実感する事となる。


 翌日、父に書斎に呼び出されたシャーロット達は、クラウスが急に多忙となった為、しばらくエルネスト家への訪問は控えるようにと告げられたのだ。

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