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1.大好きな童話

※かなり緩め展開なお話なので、寛大なお気持ちでお読みください。

尚、作中に適当似非神話が出てきますが、いわゆる古事記やギリシャ神話のような扱いなので、この世界での信仰宗教としての意味合いはあまりないという設定になります。

 むかし、むかし、あるところにとっても特別な神様がいました。

 なぜ特別かと言うと、その神様は神様の国でたった一人だけ、悪い事をした神様に罰を与える事が許されていたからです。


 その神様は、とっても仕事熱心な真面目な神様で、悪い事をしたたくさんの神様達に罰として、きついお仕置きをしていました。


 ところがある日、悪い事をした神様が人間の世界に逃げてしまったのです。

 真面目な神様は、その悪い事をした神様を捕まえに追いかけました。

 するとそこで、人間の美しいお姫様に出会います。

 キラキラ光る金の髪に湖のような透き通った水色の瞳をしたお姫様をその真面目な神様は、すぐに好きになってしまいました。

 真面目な神様は、その美しいお姫様に恋をしてしまったのです。


 ですが、神様の国では神様が人間に恋をしてしまうことは、絶対に許されない事でした。

 だから真面目な神様は、そのお姫様の事を諦める事にしました。

 しかし、お姫様の方も真面目な神様の事を好きなってしまっていたのです。

 真面目な神様が国に帰ろうとすると、お姫様は泣きながら引きとめました。


「行かないで! 行かないで! あなたと離れたら、私は悲しくて死んでしまうわ!」


 ボロボロと涙を流しながら、一生懸命しがみついてくるお姫様に真面目な神様は、とても悲しい気持ちになってしまいました。

 真面目な神様もお姫様と同じ気持ちだったからです。


「行かないよ。どこにも行かない。僕はあなたとずっと一緒にいる」


 そう言って真面目な神様は、お姫様をギュッと抱きしめました。

 すると、お姫様はすぐに泣き止み、ニッコリと幸せそうに微笑みました。

 真面目な神様もそのお姫様につられ、ニッコリ微笑みました。


 しかし、その事を知った神様の国の王様は、もの凄く怒りました。


「神は人間と恋をしてはならん! よくも大切な決まりを破ったな!」


 怒った王様は、二人の体から魂を抜きとりました。

 そしてその魂を神様の国にある生まれ変わりの泉に投げ捨ててしまいました。

 王様は決まりを破った二人に罰を与えたのです。


 真面目な神様と美しいお姫様の魂は、その泉の中でグルグルにかき混ぜられ、二度と会う事が出来ないようにされてしまったのです。

 魂を抜かれた二人の体は、涙を流したままピクリとも動かなくなりました。

 もう自分達は二度と会う事は出来ない……。

 魂を抜かれてしまったのに二人の瞳からは、涙がずっと溢れていました。


 そんな二人の事をこっそり見ていた女性がいました。

 神様の国で一番優しい心を持っていると言われている慈愛の女神様です。

 慈愛の女神様は、あまりにも二人の事がかわいそうで、王様に気づかれないように、こっそり二人の魂を赤い糸で結びつけました。

 その赤い糸は、泉の中でグルグルにかき混ぜられても切れない丈夫な糸で、二人の魂を深く結びつけました。


「次に人間として生まれ変わったら、今度こそ二人は結ばれますように……」


 慈愛の女神様は、かわいそうな二人の幸せをこっそり願いました。



 それから何百年……何千年と過ぎた頃、ある二人の結婚式がありました。

 その二人は、町中の人から祝福され、素敵な結婚式を挙げていました。

 そして不思議な事に町の人達は、この二人がいつか結婚すると知っていました。

 なぜなら二人は、子供の頃から運命で結ばれていると分かっていたからです。

 二人の左手の小指は子供の頃から、ときどき見える赤い糸で結ばれていて、その事を町のみんなが、見ていたからです。


 町の人達は、それを『運命の赤い糸』と呼んでいました。

 もしかしたら、その二人は慈愛の女神様が結び付けた真面目な神様と美しいお姫様の生まれ変わりだったのかもしれません。


 そのお話が国中に広まると、同じように左手の小指が赤い糸で結ばれている恋人達が、他にもたくさんいる事がわかりました。

 きっと慈愛の女神様は、今でも真面目な神様と美しいお姫様のような悲しい別れ方をした恋人達を救っているのでしょう。


 もしかしたら、あなたにも慈愛の女神様の救いの印があるかもしれません。

 さぁ、左手の小指に赤い糸が結びついていないか確認してみて?






「はい。おしまい」


 そう言ってパタンと絵本を閉じたのは、アデレード子爵家の長女セルフィーユだ。今年で七歳になる彼女は、ミルクティーのような淡い薄茶色のフワフワの髪をし、美しい水色の瞳を持ったかなりの美少女だった。


 そしてその傍らには、同じ色のサラサラの髪を大きなピンクのリボンでツインテールにまとめた愛らしい少女が、淡い黄緑色の大きな瞳を見開いて、ジッと自身の左手の小指を見つめている。

 セルフィーユの二歳年下の妹シャーロットである。

 しばらく自分の小さな左手の小指を見つめていたシャーロットは、急に我に返ったように姉の方へと、勢いよく視線を向けた。


「姉様! もう一回! もう一回、このご本読んで!」


 まだ五歳になったばかりのシャーロットは、人形のように整った美しい顔立ちの姉セルフィーユに今さっき読んでもらった絵本の朗読を再度懇願した。


「もうこれで三回目よ? シャルは本当にこの絵本が好きなのね?」


 困った様な笑みを浮かべたセルフィーユは、先程閉じてしまった絵本をもう一度開く。その絵本の表紙には『女神様の赤い糸』と書かれていた。


「だって……私の赤い糸、まだ見えないんだもん。もう一回お話聞いたら、女神様の印が見えるかもしれないでしょ? だからお願い! もう一回だけ!」


 自分では、まだスラスラと絵本が読めないシャーロットは、大好きな姉にこの絵本を何度も何度も朗読して貰っている。

 この『女神様の赤い糸』は、この国に伝わる『アウレス神話』の中の一つ『制裁神ハークネス』の話を子供向けにした童話だ。

 この国の子供達にとっては、初めて出会う定番の物語の一つである。

 特に少女達の中には、悲恋の二人が優しい女神の計らいで、来世で幸せに結ばれるという展開に夢中になる子供が多い。


 シャーロットもその一人で、この甘く切ない童話を二つ年上の美しい姉に朗読してもらう事が、大のお気に入りだった。

 その姉セルフィーユは、シャーロットと同じ髪色を持ちながら、天使のようなフワフワの巻き毛に宝石のような澄んだ水色の瞳をしている。

 そしてその瞳の周りは、バサリと音がしそうな程の長い睫毛が覆っていた。

 更に色白の肌に映えるような薔薇色の頬と、熟れた果実のようなプックリした少女らしいピンク色の唇を持ち、それらのパーツが完璧なバランスで、小さな形の良い輪郭の中に配置されていた。


 そしてそんな素晴らしい外見を持つセルフィーユは、内面も優れていた。

 物心付いた頃から読書好きで、知識欲も旺盛だったのだ。

 しかし性格はやや内向的で、あまり華やかな場所は好まない。

 控え目で大人しい……そんな子供だったセルフィーユ。

 そんな幼い頃より、すでに淑女としての高い資質を垣間見せていた姉。

 そしてそんな姉の事が、妹のシャーロットは大好きだった。


 その大好きな姉に何度もこの絵本の朗読をねだるシャーロット。

 お人形のような美しい姉の鈴を転がすような澄んだ声で、この絵本を朗読して貰うと、まるでこの絵本に出てくる慈愛の女神様にこの童話を語って貰っているような気分になれるからだ。

 子供らしからぬ穏やかで優しい語り口調の姉は、シャーロットにとって、まるで慈愛の女神様のような存在に見えていたのだ。


 その所為なのか、この絵本の最後の文面の事が本当に起こるのではないかと、何度も何度も確認したくなってしまう……。

 姉の声でその部分を読まれると、本当に自分の左手の小指に運命の赤い糸が結びついているのではと、期待を抱いてしまうのだ。

 そんな理由でシャーロットは、何度もこの絵本を姉に朗読してもらう。


「それじゃあ……あと一回だけよ?」

「うん! 姉様、ありがとう!」


 妹の懇願に苦笑しながら、セルフィーユが再び絵本の朗読を始める。

 それを妹のシャーロットは、うっとりしながら聴き入った。


 まだ五歳のシャーロットにとっての世界は、自分の住んでいる屋敷内と、その周辺の出来事のみで構成されている。

 その中で姉セルフィーユの存在は、シャーロットにとって優しい女神様やお城に住む美しいお姫様を彷彿させる。

 優しく美しく何でも出来る姉セルフィーユ。

 それはシャーロットだけでなく、彼女達の両親にとっても自慢の娘だった。


 しかし同時に両親は、そのセルフィーユの存在が妹にとって重荷になるのでは、という部分も懸念していた。

 何故なら、親戚の集まり等でシャーロットは、常に姉セルフィーユと比べられてしまう事が多かったからだ……。

 シャーロット自身、世間的には愛らしいと認識される事が多い容姿だ。

 しかしセルフィーユと並ぶと、どうしてもその愛らしさが霞んでしまう。

 それだけ姉セルフィーユは、容姿に恵まれた少女だったのだ。


 その事でシャーロットが自信を無くしてしまうのでは……。

 二人の両親は完璧過ぎる長女の影響で、次女が卑屈に育ってしまうのではないと、かなり心配した。

 しかし、そんな両親の心配を余所にシャーロットは、姉に対して憧れを抱き続けたまま成長する。



 そして十年後……。

 シャーロットが十五歳になると、ますます周囲から姉と比べられる事が増える。

 しかしシャーロットは、その事に一切引け目を感じる事がなかった。

 それどころか、そんな姉を持つ自分は恵まれていると言い張る始末……。

 姉へのやっかみとして、妹のシャーロットに同情的な声を掛け、姉妹仲を壊そうとしてくる令嬢達に対して、シャーロットはその悪意に気付く事もなく、如何(いか)に姉の妹である事が幸運な事かを語った。

 それだけシャーロットは、姉のセルフィーユの事が大好きなのだ。


 そんな卑屈的な人間に育つ事がなかったシャーロットに両親は安堵する。

 しかし二人が年頃になると、このシャーロットの姉に対する深い姉妹愛は、別の問題を発生させる事となった。

 妹のシャーロットは、完璧な姉には完璧な男性しか婚約者として認めないと考えるようになってしまったのだ……。


 それが原因でアデレード家の姉妹は、二人揃って未だに婚約者がいない。

 姉セルフィーユと関係を深めようと近づいてくる令息達を妹のシャーロットが、厳しい目で吟味して、追い払ってしまうからだ……。

 その為、社交界ではセルフィーユに近づく為には、まず妹のシャーロットを何とかしなければならないという噂まで出回ってしまう……。

 それだけシャーロットの姉への憧れと愛情は、大きく膨れ上がっていた。


 そんなシャーロットは、令嬢達が集まるお茶会で姉セルフィーユの自慢話をしながら、姉に嫉妬心を抱く令嬢達の同情心を装った姉妹仲を引き裂こうとする策略を無意識にかわしていた。

 シャーロットは、素晴らし過ぎる姉を嫌う人間などいないと思っている。

 自分に同情的な言葉を掛けてくる令嬢達は、姉の事を誤解しているだけだと思い、一生懸命その誤解を解こうとするのだ。

 初めはこのアデレード家の姉妹を不仲にしようと企てていた令嬢達もこのシャーロットの様子に皆呆れてしまい、今では誰もその様な行いをして来ない。


 更にシャーロットは、自分自身の恋愛に関しても未だに夢見がちだ。

 ロマンス小説に出てくる素敵で完璧な男性が、この世には多く存在していると思っている部分がある。その為、姉目当てで声を掛けてくる令息達に対して、彼らへの評価がかなり辛目になる……。


 同時にそういう令息達が、本命である姉セルフィーユとの関係醸成に利用する為、シャーロットに気がある素振りで話しかけてくる事もよく理解していた。

 だが、もうその時点で彼らは、姉に相応しくない男性と判断されてしまう。

 姉の前に妹を攻略しようとするその姿勢が、シャーロットの中では姉には相応しくない不誠実な男性という扱いになってしまうのだ。


 そんな厳しめな判定を下してしまうシャーロットは、すっかり現実の男性に夢を持てなくなってしまった。

 その為、姉が所持しているロマンス小説にますますのめり込んでゆく。

 現実には存在しない強く賢く美しい誠実な男性ばかりを探してしまうのだ。

 同年代の令嬢達が素敵だと騒いでいる令息にも一切心がときめかない。

 どうしてもその素敵な男性と噂される人物の粗を探してしまう……。


 そんな経緯で現実の男性に夢を抱けなくなったシャーロットは、今日も姉の部屋に向かい、素敵なヒーローが登場するロマンス小説を借りに行く。

 少しでも現実に存在しそうな姉に相応しい男性像の研究の為に……。

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