王妃教育体験授業 Patr2
シャルロッテの授業はテストから始まる。
この体験授業参加にあたって事前に読んでおく本を指定し、授業の最初にテストをすることを明記していたのだ。こうすることで勉強が嫌いでミーハーな令嬢達は参加しない。
本が高価で用意できない家には本の貸し出しも行った。
シャルロッテは10名ほどの令嬢達を前から見渡していたが、やがて侍女たちにも手伝わせて広い机の上に本を積み上げ始めた。
「はい、テストは終了です」
侍女たちが用紙を回収する頃には、本は机の表面が見えないほど所狭しと積まれていた。
用紙は回収され手分けしてすぐに点数がつけられる。
「みなさん、よく出来ていらっしゃいますね。平均して6割~7割の出来です。今回はわが国の歴史をメインに出題したので簡単だったかもしれません。では、これから間違えている方が多かった問題を解説していきますね」
戦争が起きた年号、その時の王の名前、相手国などをつらつらと解説していく。
「あ、そうそう。フィオナ嬢」
「は、はい!」
急にシャルロッテに名前を呼ばれた令嬢は背筋を伸ばす。
「惜しかったですね。あなたはこの問題を間違えただけでしたけれど、カンニングは良くないわ」
マナーがしっかりしている令嬢たちは声を上げなかったが、子爵家や男爵家の令嬢たちの中には悲鳴に近い声を上げてしまった者もいた。マリナなら喜々としてマナーを指導する場面だろう。
「学園のテストでカンニングがばれたら全ての教科が0点扱いになってしまうし……カンニングはいいことがないわ」
「わ、私はそんなこと……」
「私も侍女たちも見ていたわ」
いくら否定しても顔が真っ青で声が震えている時点で自白しているようなものだ。
シャルロッテの言葉でフィオナは唇をかんで俯きかけるが、ヒソヒソと内緒話をし始めた近くの席の令嬢達をキッと睨みつけた。
シャルロッテはその様子を見てほぅと感心する。フィオナ嬢は侯爵家の令嬢で、上は男児ばかり。遅くに産まれた待望の女児なので大層甘やかされて我儘だという噂を聞いていた。しかし、この様子を見るに負けず嫌いなだけでは?と感じてしまう。
それにコソコソ内緒話を始めた令嬢2人は……後のマナーの授業でも色々やらかしそうで頭が痛い。まぁこれはマリナに丸投げしよう。
「勘違いはしないでいただきたいのだけど。私は今、フィオナ嬢がカンニングしたことを責めているわけではありません。もちろんカンニングを認めるつもりもありませんが」
幼い令嬢達が頭の上にハテナマークをありありと浮かべてシャルロッテを見る。
「フィオナ嬢はこの問題以外すべて正解を出しています。今回何問か引っかけ問題を出していたけれど、それにもひっかからずきちんとすべて回答しているのは彼女だけです。ちなみに、彼女に次いでよく出来ていたのはカミル嬢とアディソン嬢です。そして、何が言いたいかというと、誰でもうっかり忘れてしまうことはあります」
名前を出されたカミルとアディソンは高位貴族ではない子爵家や男爵家の令嬢だ。2人の令嬢は褒められて少し嬉しそうな表情を浮かべた。
「私が今回、一番まずいと思うのはフィオナ嬢がカンニングして不正解だったということです。先ほど言ったように誰にでもうっかり忘れはあります。しかし、それをどう誤魔化すのか、リカバリーするのか。それが重要になってきます」
シャルロッテはまだまだ幼さの残る令嬢達を見まわす。
「もし……もしですよ、王妃が外交の場で他国の王族の名前をうっかり忘れてしまう、他国のマナーを忘れてしまう……などを考えてみましょう。忘れて間違ってしまってそれが相手にとって侮辱だとみなされてしまったら、わが国は大変なことになります。どういう意味か分かりますか?」
「戦争になるのですか?」
さきほど褒めたカミル嬢がおそるおそる手を挙げて答える。
「昔はそうでしたね。でも今はいちいち他国のミスをあげつらって戦争を吹っ掛けていたら野蛮な国というレッテルを他国から貼られてしまいます。お金もかかりますし、民を危険に晒します。外交で我が国に不利な条約が結ばれる、というのが一番よくありそうなことです。あとは様々な国のトップが集まった会議で意見が通りにくくなります。王族はその国の代表です。マナーがなっていない、愚かなどと侮られては全国民が侮られることになります。まぁ私が挙げた例では中々そこまでいかないと思いますが、国によっては名前を間違うことは大変な侮辱になったりします。我が国では正式なマナーでも他国では侮辱にあたることもあります」
答えたカミル嬢は顔を青くしている。
「フィオナ嬢は間違った答えを書いてしまいました。右前に座っているエルシー嬢の解答を見たからです。でも左前のフローレンス嬢の解答を見ていたら全問正解していました。もし、王妃が外交の場でど忘れしてしまい、他人の真似をしてそれが間違っていたら……」
なかなか集まったご令嬢たちは賢いらしい。その場面を想像したのか息をのむような音が聞こえる。
「王妃は完璧を求められます。ですが、毎日どの瞬間でも完璧な人はいないと私は思っています。外交の場や夜会の場などの衆目がある場では完璧である必要があります。それ以外の場面では気を抜くことも必要です。そして、人を見る目を磨くことも大事ですし、ミスをしそうになっても、ミスをしても、リカバリーする力は必要です」
侍女の1人がシャルロッテに向けてサムズアップしてくる。
ほんとやめてほしい。一体だれが王妃殿下が侍女の服を着てテスト用紙の回収なんてやっていると考えるだろうか。しかも本人は喜々としてやっている。王子殿下(息子)の嫁候補を見てみたいなんていう親心ではなく、自分が受けていた王妃教育を他の令嬢はどんな感じで受けるのか気になる!というただの好奇心が理由なのだから……。
まぁ、王妃殿下は優秀だし……うっかりど忘れもたまにあったが、リカバリー力がすごい。だいたい陛下がアシストしていたが。もちろん、アルテアがアシストしたという逆もある。
王妃殿下のサムズアップにため息を吐きたくなるが授業中なので我慢する。
「もちろん、忘れないでください。カンニングはダメですよ。もう20年も前の話ですが、学園で大規模カンニング事件がありました」
そこからは昔、学園で起きたカンニング事件の顛末を話し、実際に我が国ではないけれど侮辱行為で他国が不利な条約を締結させられた例を語る。
そしてやっと机の上に並べた本の存在を思い出した。机に小さな山のように積まれた本を王妃教育で1年間に読まなければいけない本だと紹介すると、令嬢たちはあまりの量に悲鳴を上げた。
こんな感じで王妃教育の大変さがちょっとは伝わっただろうか、というところでシャルロッテの授業は終わった。
アルテアはなんだか嬉しそうに令嬢達を次の授業に誘導しようとして、ノンナにこそこそと止められていた。
「フィオナ嬢、マナーの授業も頑張ってね」
俯き気味で歩くフィオナがそばを通ったときにシャルロッテはそう語りかけた。
フィオナは驚いたように顔を上げたが、小さくはいと返事をした。
やっぱり、我儘な感じはしないわねとシャルロッテは思う。カンニングは良くないが、6歳の令嬢がカンニングしたからと追い出すような真似はしない。
マリナの授業でさっきのカンニングのインパクトは吹っ飛ぶんじゃないかしら。
シャルロッテは誰もいなくなった部屋でやっとため息を吐いた。
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