第6話 ギルド依頼5
アンガス、エリザ、トドルは後ろにトリビスとアルムの2人の負傷者をかばいながら変異種のオーガと戦い続けていた
実際は1時間ぐらいたっただろうか
アンガスは自分の体の状態から時間を正確に割り出す。そうしなければ助けの見込みもないこの終わりのない迷路をさまよい続けるような戦いに精神が折れその瞬間、命はなくなるだろう
ペースを配分しながらオーガの容赦のない一撃を盾をつかい捌くがそのたびに盾が悲鳴を上げる。その威力は岩をも砕く一撃だ
うまくさばかなければアンガスは一撃で戦力外となるだろう
それが毎回毎回となるためだいぶ前に左手は感覚を失い盾はすでに原型をとどめないくらいに凹凸の激しい状態となっている
一瞬考えた瞬間にオーガの一撃がくる
それをアンガスは見極めギリギリで盾を使い捌く。今のはやばかったとアンガスの背中に冷汗が伝う
そこにエリザの弓の一撃がオーガの顔に当たるがはじかれる。最初の頃の威力はないがアンガスの心を読んだかのような一撃だ。横目でエリザを見る。エリザの切れ長の目と目が合った
”気をしっかり持て”
エリザは息切れを起こしながらも強い瞳でもってアンガスを叱咤する
震える手で弓を番えるその姿を見て自分も負けられるかとアンガスは気力をもってオーガの一撃をさばく。その瞬間にトドルの一撃がオーガを捉えるがオーガの堅い皮膚を断ち切ることができず弾かれる
トドルは変わらず大剣を振ってアンガスたちをフォローしつつうまく戦っているように見えるが疲労の色は隠せていない。時折、息を吐くと大剣を握りなおしているところを見ると体力も限界に近いのだろう
(やばいな。もう限界が近い。それにトリビスとアルムの様子も気になる。どうする・・・)
アンガスは盾でオーガの攻撃をそらしつつ考えるがいい案が浮かばない
オーガ達は6匹いるが今は1匹だけでアンガスたちと戦っておりその戦いを周囲で見ているだけなのが救いだがこの状況がいつまでつづくかわからない
無限ともいえる体感時間の中、限界はついに訪れる
バキッ!
オーガの攻撃を盾で受け流しオーガの体が流れた時にトドルがオーガの腕に一撃を入れた瞬間トドルの大剣が無情にも鈍い音をたてて折れた。折れた先がとんでいく
アンガスもエリザもその瞬間、全身の力が抜けるのを感じた
目線をはずしたのもあって油断したアンガスの盾にオーガの一撃があたり盾ごとアンガスを吹き飛ばす。アンガスはゆっくりと吹き飛ぶ視界の中、割れた盾の破片が飛んでいくのが見えた
(あぁ・・・左手も折れたな・・・)
吹き飛ばされるアンガスは盾が割れた瞬間に自らの左手からも鈍い音がするのを感じた。地面にたたきつけられその勢いは失うことなくアンガスは惰性のまま転がっていく
転がり終わりこのまま意識を失えば楽になると思ったが左腕に激痛が走り意識を失うのを体が許さなかった。最後の気力を絞り右手で持つ剣を支えに体を起こそうとするが身体が言うことを聞かない
(ここまでか・・・)
そう思った時、アンガスの目の先ではトドルを踏みつけエリザの頭を掴み上げるオーガの姿があった。周りではオーガ達が雄たけびをあげていた。おそらくオーガ達にとっては長く戦いを勝利で収めた賞讃なのだろう
しかしアンガスにとっては絶望の瞬間を訪れさせる音にしか聞こえない。この後、訪れるのは勝者による蹂躙という名の褒美
(ちくしょう・・・)
アンガスははいずりながらも仲間の元に向かおうとする
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
エリザの悲鳴が耳につきささる
エリザは頭を持たれたまま、オーガに手を逆方向に曲げられ骨を折られていた。そのたびに周りのオーガ達が興奮し雄たけびを強くあげている
瞬間、竜の翼の苦悶に満ちた表情の顔が思い浮かぶ。きっと、今のように弄ばれながら殺されていったのだろう
(くそ、俺たちも弄ばれ殺されるのか。もう俺たちはだめなのか・・・)
アンガスの心が折れ一滴の涙が流れた時、鬼たちの騒いでいた声が消えた
(何がおきた?)
アンガスは剣をたよりに立ち上がろうとした瞬間、まるで上から何かの重りで押しつぶされるような感覚を感じた。息をするのも苦しい
(なんだこれは!?)
アンガスは今までに感じたことのない感覚に戸惑いつつオーガの方を見た
オーガ達は一斉に一つの方向を見ていた。その顔に今までのような嗜虐的な笑みは浮かんでいない。獲物ではなく敵を見るような顔だ。既にアンガスたちをみることもない
体が悲鳴をあげるのを最後の気力でねじ伏せ長剣を頼りにたちあがるとアンガスはその方向に顔を向けた
そこには1人のみたこともない白服を纏い顔にあどけなさを残す少年とも少女とも見える者が立っていた。黒髪に黒い瞳、目の形がはっきりとした整った顔立ち、その中の瞳は爛々と輝いている。右手には見たこともない剣を持ち感触を確かめるように剣を振っていた
その足元にはトリビスの魔法をものともせずエリザの弓すらはじきトドルの全力の一撃ですら骨を折るのがやっとだったオーガ1体の首と体が離れて倒れているのをアンガスは見た
アンガスは目の前のエリザ達をなぶっていたオーガが背を向けこちらに対し無防備になっていることに気づいた。先ほどの感じていた重圧もいつの間にか消えている
(いまならやれる!)
アンガスは集中し、もつれる足を気力で踏ん張り転がらないように加速しオーガの背中に渾身の力を込めて体当たりを行う。他に気をとられていたオーガはあっけなくよろめきその瞬間にトドルとエリザの拘束が解かれる
そして仲間の拘束を解いたアンガスは見た
白服のそいつはいつのまにか自分たちのすぐそばに立っていた。最初の鬼との距離はかなりあったはずだ
(いつのまに・・・)
アンガスは呆気にとられたのも一瞬のこと白服の足元には2匹のオーガの首と体が転がっていてさらに吃驚する
なにが起きたかアンガス達はわからなかったが最初に立ち直ったエリザがアンガスの脇腹を肘で突き目線を目の前のオーガに向ける
目の前のオーガはアンガスの体当たりを受けても嬲っていた獲物を手放してもなお白服の方を憤怒の形相でにらみつけていた
おそらく仲間を殺されたことに怒り心頭なのだろう
オーガは群れの場合、仲間を殺されると激昂し赤黒く肌の色が変色しその瞬間からオーガの危険度は一気にあがる。目の前の変異種もその青い肌がより一層、深い青色になっているような気がする。すでにアンガスたちのことなどは目端にもかからない状態となっていた
エリザの言いたことをすぐに理解したアンガスはすぐに動き出す
「トドル首を折れ!」
「おう!」
アンガスが叫ぶと同時にエリザとオーガの足に組み付き前に体重をかけオーガを前に押し倒す
オーガは油断していたのか押し倒すまでにはいかなかったが簡単に前に膝をつき四つ這いのような格好になった。そこにトドルがオーガの首に飛びつきながら脇で締め上げるように自分の全体重をかけ捻りきる
ゴキリッ
骨が折れる音とともにアンガスたちの組み敷いたオーガは動かなくなった
アンガスたちは目の前のオーガを一体倒したことで立ち上がることもできず座った状態で白服のほうを見る
白服は右手をだらりとたらし立ち尽くしているような状態で立っていた
そこにオーガ2匹が怒り狂い襲い掛かろうとしていた
「おい!ぼーっとするな!」
あまりの無防備な姿にアンガスは思わず叫んだ
しかし白服は何も反応することなくオーガ達が襲い掛かる
(もうだめだ!)
アンガス達がそう思った瞬間、白い煌めきが線を描き襲い掛かったオーガが白服とすれ違うように前のめりに倒れていった。倒れた瞬間オーガの首は転がり動かなくなった
白服は涼やかな顔をして右手の剣を軽く振ると腰の鞘にキンッと甲高い音と共に剣をしまい戦闘を終えた
「お前は誰だ?」
アンガスは戦闘が終わったところで満身創痍の体を推して誰何する。アンガスはオーガを倒していたことで助けがきたとは思わない。こちらも敵とみなすこともあるからだ。そんな甘い考えではとっくの昔に死んでいる
アンガスが誰何すると白服はアンガス達の方を振り向いた
(年の頃は10台半ばくらいか若いな。年も背丈もアルムと同じくらいか)
アンガスは仲間の小柄な少女を思い浮かべる
(それに黒髪に黒目か、ここらでは見ないな。そうすると東国の国の剣士か・・・)
黒髪に黒目、髪を後ろで束ねて白い紐で結い上から垂らしている。いわゆるポニーテイルに似ている髪型だ
先ほどまでの爛々と輝く瞳はなりをひそめ今は年を重ねたものが見せる儚げで憂いのある瞳をしているのが印象に残る。ここらへんではみない顔だ
アンガスが思案していると目の前の人物が声を出す。年相応の高い声音だがやけに心にずっしりとくる。まるで年長者を相手に話しているような貫禄のある声質だ
少なくともその声を聞いて殺気がまったくないことに気づき少なくともすぐにはこちらを害することはないだろうとアンガスは推測し警戒度を下げる
それに害する気ならあのオーガの変異種を一撃だ。とっくに俺の命はないだろうとアンガスは苦笑いする
「異国の者よ。言葉は通じるか?ここは黄泉路か」
「・・・あ、あぁ。言葉は通じるよ。ヨミジってなんだ?」
「なんじゃ。黄泉路をしらんのか。黄泉路とは死んだ者があの世にむかって歩いていく路よ
鬼がおったでな。てっきり儂は黄泉路かと思うたんじゃが・・・」
目の前の人物は不可解極まりないと眉間に皺をよせて顔をゆがめる。そんな歪めた表情すら様になる目の前の人物にアンガスは答える
「あぁ、俺は生きているしお前が切り伏せたやつらはオーガという魔物でこの世界にいるやつらだ。ここはあの世への道じゃないぞ
いや、もうすぐそのヨミジとやらにいきそうなやつらはいるが・・・」
アンガスは目線をトリビスとアルムの方に向ける。ちょうどエリザがアルムとトリビスの治療しているところだった。エリザがアンガスを呼ばず治療に専念しているということはアルムとトリビスは命拾いしたということだ
それを見てアンガスは安堵したところで目の前の人物に礼をいうのを忘れていたことに気づいた
「そういえば、さっきは助かったよありがとう。俺はアンガスという。よければ名前を教えてくれないか?」
「うむ、礼はしかともらった。儂の名前は片岡清十郎じゃ」
「カタオカ=セイジュウロウ?お前、貴族か?あと男か?」
アンガスは苗字を持っているとは思わず驚いて聞いてみると片岡清十郎と名乗った目の前の男は笑いながら首を振る
「いや、儂の国ではみな苗字を持っていてな。姓が前に来て名前が後に来るんじゃ。儂のことは清十郎と呼ぶがよい。それにみればわかるじゃろう、儂は男じゃよ」
「そうか。ならそう呼ばせてもらうよ。男か聞いたのは気にするな」
アンガスは怪訝な顔をすると仕草が可愛らしく少女にも見えてくる
清十郎に、だからきいたんだよと心で思いながら苦笑いをうかべ怪我をしていない右手を差し出すと清十郎は差し出された右手を握り笑顔で握手に応じた
「ところでアンガスよ。お前さん、飯は持っておらんか?」
「飯?くくく。なんだ。清十郎、腹が減ってるのか」
「笑いごとではないぞ。さっきは腹が減っておったゆえ全く力がでんかったわ」
清十郎の尋ねにアンガスはあれで?
という顔をしながら塩漬けした干し肉がはいった携帯袋を清十郎に投げ渡す
「塩漬け肉か。ありがたく頂戴する」
清十郎はアンガスから携帯袋を受け取り中のものを取り出すと礼を言い早速とばかりにかじりついていた
「そういえば清十郎は名のある剣士なのか?」
アンガスは必至で塩漬け肉と格闘している清十郎に苦笑いをしながら聞いた
「いや、儂はそもそも剣士ではないぞ」
アンガスはきっと名のある剣の使い手であると思って聞いたつもりが剣の使い手でないという。どういうことだと訝しむ
「はっ?剣士じゃない?あの戦いぶりで?いやいやそれはないだろう。俺はてっきり、名のある剣士とばかり思ったんだが・・・」
「しつこいやつじゃなぁ。本当に儂は剣士を生業としておらんぞ」
「じゃあ、お前は一体、何者なんだ?」
清十郎は塩漬け肉を咀嚼し終え飲み込むと胸を張って言い切った
「儂は刀工じゃ!」
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