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十坂 亨の一生  作者: 鞠谷 磨織
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十坂 亨

 授業が終わり、清掃を終えた放課後。

 ほとんどの生徒が部活動へ向かう。

 一部の生徒にしか実在することを知られていない文芸部の彼らもまた、あてがわれた部室に集まった。といっても、籍を置いているだけで事実上帰宅部だったり兼部をしている幽霊部員や休学中の部員もいるためこの日は2人だけだったが。


「なあマリヤ」


 部室に入ってきた男子生徒の呼びかけに、原稿用紙を埋めていた鞠谷(まりや)磨織(まおる)は手を止め、顔を上げる。


「なんですか?アコ」


 副部長であり幽霊部員の3年の代わりに部長代理も務める吾戸(あこ)紅雄(べにお)は、鞄から一冊の文庫本を取り出した。

 磨織の記憶が確かならば、それはつい最近文庫化された作品だ。


 余談ではあるが、文化祭などで配布している部誌に作品を掲載する際の筆名で呼び合うのが部員たちの習慣だったが、この二人の場合はどちらも本名の姓と同じ読みを使用している。


「トサカ先生ってわかる?」

「この学校にはいませんよね。」

「いや、教師じゃなくてさ」


 本気とも冗談ともつかない磨織の言葉に、紅雄は手にしていた文庫本の表紙を上にして、磨織から見える位置に置く。


「たぶん小説家。この作者。」

「ト()カ、ですね。」

「エ?」


 磨織は一別しただけで、文庫本を手に取ろうとはしない。


()と、濁ります。十坂(とざか)(とおる)。」

「じゃぁ知ってるんだ」


 文庫化する前からこの作品を知っているし、自宅にこの作者の作品はほぼすべて揃っているのだが、そんなことを紅雄は知らないし、磨織の表情から読みとることも彼にはできなかった。


 十坂亨は昨年1作目を出版した新人である。

 目立った受賞歴はなく、出版のきっかけとなったらしい賞の2次審査通過以外に主立った経歴はない。

 出身がこの国であること以外に性別、年齢等の一切が公表されておらず、知名度もまだそれほど高くない作家だった。


「それが、どうかしましたか?」

「本屋で見つけたから読んでさー、おもしろくて。」


 紅雄は磨織の向かいにパイプ椅子を広げて座る。


「布教はお断りですが」

「いや、誰か知らないかと思ってダチ連中に訊いても誰も興味ないって言うから」


 紅雄は文芸部の中でも小説の話が合う相手はいない。

 作品数のまだ少ない作家をよく好むから、作家の知名度が低い上、人気がでた頃には彼の熱が冷めているためだ。


「はぁ。」

「文芸部員なら一人くらい知ってるだろうと思って」

「そうですか。」


 初めから文庫本の作品も既にあるが、十坂亨の作品で単行本から文庫化したのは紅雄が持ってきたこれが初だった。


「んでもって読み返してたらさ、どっかで読んだ気がするなー、と。」

「別の作品ですか?」

「そう思って全部みたんだけど、家の本棚にはなかった。」


 紅雄は買った本を手放さずに蓄積していくタイプである。

 部屋は本だらけで地震が起きれば確実に無事では済まないとは彼の友人談である。


「思い返してたら、マリヤ、こんな話好きじゃなかったけかと。」

「……そうですね。

 この作品も読みましたよ。」


 視線を表紙に向ける。

 曲線で表現された植物が題字を囲むだけのシンプルな装画。


「気に入ったか?」

「悪くはなかったと思いますが」

「どこが問題?」

「265ページ中程、人名の誤字があってその後の内容が入ってきませんでした。」


 紅雄は文庫本を手に取り、終わりに近いページを開く。


「こんなのよく気づいたな」

「おそらく執筆途中で人物名を変更したのでしょう。」


 何度も確認したつもりなのに、と見つけたときにはしばらく頭を抱えていたものだ。


「それで、内容は?」

「ノーコメントで。」


 そこで磨織は話を続ける意思はないと言わんばかりに原稿用紙を埋める作業を再開する。

 紅雄もノートを広げ、授業中のメモから者語の構想を練り始めた。




「この作者さ」


 日が傾き、部屋が橙色に染められてきたころ。このまま部活が終わるかと思われたとき、紅雄は唐突につぶやいた。


 あとがき読んだ?と言いながら紅雄は表紙と最後のページをめくる。

 磨織に後書きを読む習慣があることを紅雄は知っているはずだった。


「『受賞を逃した投稿作に代えて別の話を出版しないか、という打診を担当氏より戴けましたので』これを書き直したって書いてるんだけど」

「単行本の後書きですね。」


 文庫用に内容は一部書き直したが、後書きは書いていないはずだった。


「なんでそっちの、投稿作のほう修正して出版しなかったんだろうな」

「内容に問題があったのではないですか?」

「だから受賞を逃したと?」

「仕上がりは受賞してもおかしくなかったが、出版するには些か内容が……」

「と、誰が言ってた?」


 磨織は手を止める。


「どこかで聞きました。」


 重ねられた原稿用紙を整え、ファイルにしまう。


「そもそもこれ、どれの受賞を逃したってことなんだ?新人賞?」

「ではないですか? まだ出てきて間もない方でしょう?」


 ボールペンを筆箱にしまい、ファイルと共に鞄に入れるとちょうど部活動の終了を知らせるチャイムが鳴った。


「では、先に失礼しますね」


 下校時間を知らせる音楽が鳴り始める。

 磨織は立ちあがり、パイプ椅子を閉じて壁に立てかけると部室を後にした。


「マオ〜」


 玄関で外履きにはきかえていると梗一郎(キョー)美咲(みゅー)がどこからともなく姿を見せる。


「マオなんか良い事あった〜?」

「いいえ。」

「後でじっくり訊くなー。」

「後?」

「キョーのお母さんがお菓子くれるって!」

「きょうウチ来ない?」

「きょうは……」


 編花()さんの帰りが早いので夕飯の準備を、と磨織が言おうとすれば、美咲の元気な声に遮られる。


「アミちゃんと作ったんだって!」

「ということでアミちゃんもウチにいるらしいよ。」


 ここで断ろうものなら後で編花さんが不貞腐れるのは目に見えていた。


「……行きます。」


 しぶしぶ磨織が頷くと、梗一郎はしてやったりと顔に出すのだが、そのわざとらしさたるや。


「ついでに夕飯も食べてく?」

「みーは泊まってく!」

「マオも泊まってって大丈夫だぞ?」


 形式上は選択肢を用意しながらも実際に選べないのは、よくあることだった。



 これは、彼らが中学2年の頃の、春の話。

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