松
師走の晩である。朝降った雪が、溶けることなく積もり積もり、凍った土を隠していた。
屋敷の窓からは忙しく走り回る下女の姿が見え、あちらの扉が、こちらの扉が、せわしなく開閉を繰り返している。そこかしこから暖色の明かりが漏れていて、ともすれば主人の嘆きが聞こえてきそうである。人間とは忙しいものである。煤けた煙突がぶるりと身震いをして、ぽっと白い煙を吐いた。
庭の片隅にいる。時折吹き寄せる北風が、私の体を揺する。もはや固くなってしまった雪の一塊が、足元にどさりと落ちた。
寒い。寒いのである。ああ、どうして私はお気に入りの、あのトレンチコートを着て来なかったのだろう。いや、あの新品の、ハイカラな上衣でもいい。恐らく死ぬことはないだろう、だが身震いが止まらないこの寒さ、どうして耐えることができようか!真っ暗な空、下弦の月はまだ沈まない。その飄々とした輝きと、それを受けた白銀が美しく私の目を焼き、憎ましく睨み返してやるが、いよいよ輝きを増すそれらに、ついに目をそらした。舌打ちはできなかった。
よく見れば、視線を外した先、塀沿いの古びたトタンの奥で、一本の老木──梅だろうか──静かに佇んでいる。背は私と同じくらい、小さい。節くれだってはいるものの、梢は揃い、伸びた幹はどうとした力強さがある。主人の愛が見られた。
私はふと彼と話がしたくて、もそもそと雪を除けて、視線は合わせず、彼にすり寄った。
「寒いですね」
問いかけてから、これはどうも馬鹿らしい質問だと思った。
「ご機嫌いかがですか」
言い直したが、私は自身に辟易した。嫌気がさすと同時に恥ずかしさがこみあげて、私はそれ以上問いかけなかった。私は少しして、彼をじっと見つめた。
私は彼を紳士だと思った。どこか上流の、上品な老紳士である。彼は無言で、ただ正面を見つめて、じっとしていた。そのまなざしには僅かな哀愁もあったが、確かな希望があった。漆黒の、さらにその奥を見つめている。彼を逞しいと思った。
私は寄りかかっていた壁から手を離した。じんわりと手形が消えていった。
雪解けは近い。




