第22話 豚肩ロース厚切り
豚肩ロースって万能選手のイメージが俺には有る。
ソテーにしたり、カツにしたり。薄切りにすればしゃぶしゃぶにも生姜焼きにもなる。
まあ、生姜焼きは薄切り派と厚切り派に別れちゃうから、薄切りに限ったことではないか。
美味いよな、生姜焼き。
タレが染み込んだキャベツも美味い。その上から更にマヨネーズやタバスコを掛けても・・・。
いや、生姜焼きのことはどうでもいい、ショウガ無いしな。
カツは無理だ。材料が足りないし今からだと面倒だしな。
焼くにしても選択肢が多いんだよな。
味塩こしょうでただ焼くだけでも十分美味い。後づけで何かタレに浸けながら食べたって良い。
でもまぁ、珍しいのが良いって二人に言われてるし、ちゃんと味をつけて仕上げようか。
ニンニクたっぷり入れて、醤油味のスタミナ焼きにしようかと思ったが、女の子だからな。嫌がるかもしれん。
・・・決して、ラジャスのゲップ攻撃が破壊力アップするのが嫌だったわけではない。
なので、今回はもう少しマイルドな、トンテキを作ってみようと思う。
シートを新しく出し、まな板のサイズに折りたたむ。その上にポリ袋を数枚置いてまな板代わりにする。
まな板がないのはホントつらい。健太が悪乗りして買おうとした時に止めるんじゃなかった。
いや、キャベツなんてちぎればいいし、カレーの具材も鍋の上で、テキトーに乱切りしながら落としていけばいいと思ったんだよ。
プラ製の軽いやつを買っておけばよかった。
料理しようと思うと足りないものが多いんだよなー。ボウルも欲しいしバットも欲しい。木べらやお玉も欲しい。再生成できるなんて知ってたらガッツリ持ってきたんだけどな。
ほら、使った後そのまんま放置して、次の所でまた再生成したら手元に戻ってくるじゃん。別に持ち運ばなくて良いんだよな。
まぁ、転移することを事前に知ってたら、それ以前にこんなホモの町なんて絶対来ないけど。
そんな愚痴を心の中でこぼしながら、肉と包丁を取り出し、筋切りをする。
「それは何の肉かしら?」
「豚ですよ、こちらでは居ませんか?」
「聞いたことがないわね。どんな姿かたちをしてるの?」
「あっちの世界での豚は・・・。」
そんな会話をしつつ作業をする。ラジャスはウインナーをつまみながらコークハイを飲んでいる。
筋切りは、1cm程の厚みのある豚肩ロースに、大胆に脂と筋側から肉の半分以上に切れ込みを入れる。間隔は2cmくらいで4、5本入れる。焼くと開いて野球のグローブみたいに見えるから、グローブカットなんて言われるな。
で、切れ込みを入れたら包丁の背で満遍なく軽く叩いておく。
今回は脂身の多いのを買ってきていた。
炭火で焼くと脂が落ちてちょうどいいと思ったからだ。
そんなんだから身の質がいいのか、叩いた時に柔らかかったので、ほんの軽く叩く程度に留めた。
異世界に持ち込んだ豚肩ロース3枚を下拵えしたら、今度はトンテキのタレだ。
異世界の豚事情は、見たことも聞いたこともない、で終わった。
ダルシャナが知らないだけかもしれないから、なんとも言えない。
ファングボアという森に住んでる、牙のでかいイノシシみたいな魔獣ならよくいるという。
猪鍋!でも味噌がない!イノシシは味噌がないと厳しいですやん。
なんて夢が広がらない話なんだ。
地球のイノシシとは別物で臭みがないとか、そういうのに期待するしか無いか。
トンテキのタレは醤油1、ウスターソース1、日本酒1の割合で液を作りそこに砂糖を少々、ニンニクと粗挽きの黒胡椒を入れる。
コレ、黒胡椒を入れないで絶妙なバランスで配合できると、ソースと醤油が喧嘩した果てにクロスカウンターでダブルノックアウト、醤油臭さやソース臭さニンニクの臭みなどを互いに殺し合い、砂糖は塩気を殺して隠れ、旨味とコクだけを残したソースになることが有る。
この状態に当たると困惑する。美味いんだけどコレ何味?ってなる。
ウインナーを味付け無しで食べるのと一緒だな。調味料、香辛料が入ってて旨味とコクが足されてるのに、調和されててウインナーの味になってる。たしかにそこにいるのに存在が消える。脇役に徹しちゃうのな。
別に俺は醤油にもソースにも恨みはない。戦争をさせる必要はないので、ほんの少しソースを多めに入れて、黒胡椒を足してる。
本当ならみりんを入れたいのだけど、今回のキャンプに必要ないからな、みりんって。
しかし、みりんを入れないくせに今回は砂糖を少なめだ。こってり甘辛くさせると、ご飯が欲しくなる。コレは危険だ。
遅い時間に、酒が入った状態で米を炊くのは死亡フラグだ。
炊けるまで飲むか、と出来たトンテキで酒を飲み、炊けた所でまたオカズがないので作り、ソレを肴にまた一杯飲んで、とズルズルと酒を飲み続けることになる。
「真っ黒いコレはまた違う調味料?」
「ええ、試しに舐めてみますか?」
「そうね、お願いするわ。」
醤油、ウスターソース、砂糖を紙皿に少量ずつ入れる。
「これは、酸味と複雑な風味が有るわね。後味にケチャップで感じたのと似たようなものを感じるんだけど。」
そう言いながら、指をちょんちょんと浸けては舐めて舌で転がしている。
「そうですね。このウスターソースはケチャップに使われてる野菜や香辛料が結構共通してますから、そう感じるでしょうね。ただ、ウスターソースは寝かせて熟成させてますのでコクのある深い味わいになるんですよ。」
「こっちの黒いのは独特の風味が有るわね。それに角のある塩気を感じるわ。」
「それは醤油と言って、茹でた大豆を塩漬けにして寝かせて発酵させたものですよ。発酵はお酒を作るのと似た仕組みですね。」
「それも後で詳しく聞かせてもらうわ。この白いのは塩?きれいな塩ね。コッチのはピンクや黄色がかっているわよ。」
岩塩かな?
「いえ、それは砂糖です。」
「えっ!?私が見た砂糖は茶色だったわよ?」
「それは私が居た世界では黒糖と呼ばれてるのと一緒だと思います。余分なものを全て取り除くと、この白い砂糖になるんですよ。」
「へぇぇ。それも後でまた詳しく教えてもらうわ。んっ!コレものすごく甘いわ!黒糖を食べた時には独特な香りと風味も感じたのにコレは只々甘いわね。」
声を張り上げていたのでラジャスも興味を持ったのか、砂糖に指をツッコミ、ペロッと舐めて。
「確かに甘いな。しかし俺はこれなら飴やジュースの方が良いな。」
そうだろうな。俺も甘さに飢えてても砂糖は舐めたくない。
「コッチの世界では砂糖はどうなんです?」
「すごく貴重よ。暑い地方の遠国から少量が交易で入ってくるだけね。それも貴族や豪商が奪い合うからすごい金額よ。」
よっしゃキタコレ!砂糖無双で成り上がり。ココから俺の物語が始まる!
「じゃあ砂糖はお金になりますね。」
そう言うと凄く渋い顔をして。
「高値で売れると思うけど、ヤメておいた方が良いわよ?
どうしても売りたいなら王都の近くが良いと思うわ。辺境だと、商人の資金が少なくて買い叩かれるから。」
「どうしてヤメておいたほうが良いんですか?」
「だって、どう考えてもトラブルの種だからよ。カネの匂いを嗅ぎつけてハイエナどもが集ってくるわよ?
珍しすぎてヤメておいた方が良いわね。無事に売れたとしても、入手先を知りたがって付け狙ってくる奴が出てくるわ。」
「例えば、ダルシャナさんに半値以下で売って、代わり商人に売ってもらうとかそういうのも難しいですか?」
「私はゴメンだわ。余計なトラブル抱えたくないもの。お金なら十分に有るしね。
欲があって手を貸してくれる人は、ヒロを奴隷に落とすでしょうし、お金があって欲がない人なら、手伝おうと思わないんじゃないかしら。
それに私やラジャスだって、一日中見張られて隙を伺われて、それが連日続いたら対処できなくなるわ。
ヒロが手を出そうとしているのは、そんなことを平気でやる連中を態々呼び寄せるってことなのよ。」
「そうですか。」
俺の成り上がり物語終了!砂糖無双なんて無かったんや。
やっぱり暴力には勝てないのか。2級冒険者のお墨付きでボツ喰らったからどうしようもないな。
さ、料理に戻ろう。
タレを調合し、よく混ぜて横においておく。
フライパンは、卵を焼いたから油は残ってないな。
そのまま強火で温めて、温まったら中火に下げる。
肉を投入し、片面がこんがりきつね色になるまで待つ。豚肩ロース3枚だとフライパンがいっぱいいっぱいだけど、すぐに縮んでちょうどよくなる。
一分ほどで焼き目が着くのでひっくり返す。
両面焼き目をつけたい人は待った方が良いんだろうが、俺は火がちゃんと通ってればいいと思ってしまうタイプなので、10秒ほどでフライパンに溜まった油を紙皿に捨て、タレをかき混ぜながら回し掛ける。
掛ける量は普段より少なめ。酒のツマミだからな。
タレを掛けるとジュワーっという音とともに、日本酒のアルコールが蒸発して、醤油、ソース、砂糖の香りを纏いながら部屋に拡散させる。
そうしたら火を強火にしてタレを煮詰める。
ビシャビシャになってるタレをドロリと肉に纏わせるくらいに煮詰める。焦げないようによく揺すりながら肉にタレを絡めていく。汁気がなくなり焦げない程度に粘り気が出たら火を止めて完成だ。
ご飯のオカズにするなら、タレをたっぷり掛けて、汁気を飛ばしすぎない程度に留めて、千切りキャベツを敷いた上に肉を並べてソースのように上に掛けると良い。甘めの味付けや醤油を強めたりすると甘辛くてご飯がすすむ。黒コショウじゃなくて一味とうがらしを足すのも良いな。
肉にはタレが絡みついて真っ黒だ。千切りキャベツは、今日は面倒臭いのでナシ。
フライパンから直接、このまま食べよう。
評価ブクマありがとうございます。この場をお借りして感謝を。
この作品は亀展開でお送りしております(初日が全然終わらない。)




