第15話 制裁の理由
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「ラジャス!壁まで下がれ!」
「これはヒロが悪い。」
足音が近づき、俺の目の前にしゃがみ込む。
俺の耳に顔を寄せ囁く。
「今のは手違いよ。誤解しないで貰いたいのだけど、私たちはあなたと敵対するつもりは無いわ。
回復させるから、冷静に話を聞いて欲しい。」
そんな言葉を聞いた後、腹に感じていた激痛が徐々に収まっていき、やがてなくなる。
今度は何だよ?そう不思議に思いつつ、小汚い床にいつまでも顔を触れていたくないので立ち上がる。
「鼻から血が出てるわ。折れてはないみたいね。」
そう言いながら、俺の顔に手を向けてくる。
うわっ、と思って避けようとすると、制される。
「大丈夫よ。ちょっと治すだけだから。」
すると、顔の前に出された手が淡く輝きすぐに消える。
「目立った所は治したけど、身体の何処かに違和感はない?」
そう言われ、自分の身体の方に意識を向ける。
有る、腹部に違和感と強烈な吐き気が。
口を手で抑えて宿から飛び出す。
辺りを見て、通りから更に狭い路地に駆け込み、壁に手をついて違和感を吐き出す。
飯食ってから時間が経っていたからか、吐瀉物は胃液と赤黒い物だった。
吐いても違和感が消えず、相変わらず吐き気がする。壁に手をついて固まっていると横から足音が聞こえてくる。
「どうやら、お腹の中身が潰れちゃったみたいね。傷は治っても、壊死した残留物や血とかは体内に残っちゃうから。解毒の魔術で治るわ。」
そう言って背中に手を当ててくる。すると急速に違和感と吐き気がなくなり、消えた。これ、魔法か?コイツ魔法使いか?
「ありがとうございます。コレ、魔法ですか?」
「いくら私が才能があるって言っても、魔法なんて使える訳ないじゃない。これはあくまで魔術よ。」
魔法と魔術は違うみたいだ。何がどう違うんだかわからないが、常識っぽいのでスルーしとこう。
この世界には魔術とか有るんだな。
俺にも使えるんだろうか?とりあえず転移直後に試したから、都合よく才能とかはないみたいだが。
「しかし、なんだったんですか?さっきの。」
状況がわからん、気がついたら激痛だった。
俺は確か、無理矢理振り向かせられたんだっけ?誰がやったんだ?
「よく分かってないようだから説明するけど、落ち着いて聞いてね。後、これは不慮の事故みたいなもので、敵対するつもりで起こった事じゃないから。
・・・さっきのは、ヒロのお腹をラジャスが殴ったのよ。ヒロが革鎧でもいいから着ててくれれば、ココまで酷い事にはならなかったのでしょうけど。」
そう言ってダルシャナはラジャスに顔を向ける。俺もつられてラジャスを見る。
視線が集中したラジャスは顔をプイッと背け。
「アレはヒロが悪い。」
と、すねた顔で小さく呟く。お前は小学生のガキか!
あれはボディブローかよ!
意識飛びかけたのも初めてだけど、あんな激痛も初めてだ。
内蔵破壊するってどんだけ攻撃力高いんだよコイツ。
「まぁ、ラジャスはラジャスなりに手加減はしたみたいだけど。顔は死んじゃうから殴ってないし、本気でやったら突き破っちゃうからね。
でも、そもそも、そういう事やらないで欲しかったんだけど。」
コワッ!現地民ハンパねぇ!一対一ならなんとかなるかと思ってたけど甘かったわ。コイツらやべぇぞ。
ダルシャナはラジャスに向いたまま喋ってる。かなり声色にも言い方にも棘がある、お怒りのようだ。
ラジャスはラジャスで横をツーンと向いたまま目を合わせない。
ダルシャナはこっちを向いて。
「勘違いするのも無理がないと思うんだけど、ラジャスは女なのよ。」
どこが女だよ。そう思って。
「はぁ、どう見てもおと・・・」
「それ以上言ってはダメよ!」
パシンッと頬にダルシャナから平手打ちを喰らった。なんでやねん!
某ロボットアニメはファーストが好きな俺は一瞬ネタをやりたくなるが・・・いや、やってみよう。
「ぶったね!?」
「今のはヒロが悪い。」
「今のもヒロが悪い。」
いや、二人して声を揃えて言われてもな。女ちゃうやん、ソイツ。
「ラジャスに殴られたらさっきみたいになるでしょう。私なら叩いた所で大したことないわ。感謝して欲しいくらいよ。」
いや、叩かれて感謝する性癖してないんですがね。
「ありがとうございます!」
それでも感謝しといた。いや、確かにラジャスにはもう殴られたくないもん。
改めてラジャスをよく見る。不機嫌そうだ。
整った眼光鋭い目鼻立ち、二重まぶたで鼻筋は高い。薄い唇で中性的な美形だ。女顔な男。男顔な女。どっちとも取れる顔をしてる。
地球で言えば、トルコとかあの辺の多民族の血が混じった感じの美女だな。
声も紛らわしいな。ハスキーで低音な女性の声だって言われればそうだし、声変わりしてない男の声ってとり方も出来るんだよな。
胸は・・・男だって先入観でやたらと大胸筋を鍛えた奴だって思い込んでたけど、鎧の感じだと結構有るな。
いや、日本の大御所お笑い芸人でもいるやん、五十超えてから体鍛えて大胸筋だけパンパンになってるおっさん。アレだと思ったんだよ。だから俺は悪くないし。
「ラジャスには悪癖があって、男だって言われたりするとカッとなって相手殴っちゃうのよ。」
「間違える奴が悪い。」
いや、女だと思わねぇよ。あ、ホモのおっさんはメスガキって言ってたから分かってたのか。すげぇなホモ。
話しぶりからボディブロー食らわすのは常習犯かコイツ。カッとなって殴るとかアカンわ。俺も小中学校でイラッとしたらこんな事ヤッてたと思うと引くわ。そりゃ嫌われるわ、俺。
やられてよくわかった。こんなバイオレンスな奴の近くに居たくないわ。俺は自分で気がつけて修正できたけど、コイツはどうなんだ?
「ソレ以外では暴力を振るわないんですか?」
「ええ、そういうことを言わなければ大丈夫よ。こちらに対して害意があれば別だけど。」
怖いな。今回は偶々地雷を踏んだんだな。でも正直な所、既に殴られた身としては全く信用出来ない。
こいつらにしたら魔術で治せる程度の事なのかもしれないが、あの激痛は二度と喰らいたくない。
地球だったら後遺症が残ることをやって、平気でいられるその感覚についていけてない部分もあるな。
「その言葉遣いは何でですか?」
「それはね、子供の頃から物語の英雄に憧れて真似してるうちに癖になっちゃったみたいなのよ。私も直した方がいいと思ってるんだけど。」
「女言葉使ったら爆笑してたのはダルシャナだろうが!」
「こんなこと言ってるのよねぇ。」
うん、やっぱり面倒くさそうな奴らだ。逃げたい。
「わかりました。すみませんでした姐さん。さ、姐さん、宿に戻りましょう。」
「な、なんだよいきなり!分かれば良いんだよ分かれば。」
うわ、半笑いで凄く嬉しそうだ。こういうノリは好きなんだなコイツ。
さっさと話を終わらせて、自室に篭って飯を食いたくなってきた俺は厄介事を迅速に処理すべく、宿に戻る。
「大丈夫だったのかい?困るよ、宿の中で揉め事は。」
「ええ、まぁ、なんとか。それでですね、この二人は・・・」
それから俺は事情を説明してから下がり、二人と女将が宿泊交渉をしていた。
本来なら交渉なんて必要ないんだろうが、女将が二人を泊めるのを渋った。
目の前で俺をいきなりボディブローで沈めてるからな。しかも俺が喧嘩を売ったわけでもないし。
最終的には俺が殴られたことを問題にしてないのもあって、通常よりも多く料金を払って、宿の中で揉め事を起こさないという条件で二人部屋を取っていた。
いや、問題にはしたいんだよ?怖くて言えないだけで。
二人を泊めて欲しくない俺としては、女将を全力で応援してたんだけどな。心のなかで。
「俺達の部屋で話そう。さ、行くぞ。」
そう言われて二階に上がる。
ブクマありがとうございます。この場をお借りして感謝を。
ボディブローで悶絶させられ、ビンタをくらったにもかかわらず、逆に謝り、感謝する。
人、コレを調教と言う。




