第8話 腹もペコちゃんだしステーキでも食って一息つくか
肉が食いてぇ(切実)
今受け取った鍵を見てみる。頭の部分は1mmくらいの厚さで丸い。十円玉くらいだな。
それに細い金属の棒がついてて、先に1cm程の板があり、板の先は歯がかけ凸凹になってる。
時代劇で見るような鍵だ。
レトロ感満載な鍵だ。
頭の所に穴が空いてて短い紐が通してある。親指くらいの木札がついてて、よく見てみると【212】って書いてあるように見える。
地球の数字じゃないのに、何故か頭の中にこれは212だって言う認識が浮かぶ。変な感覚だ。
そう言えば現地民との会話は、日本語で話してるとしか思ってなかったけど、よく考えたらおかしいな。
次に会話する時はもっと気をつけておこう。
木札の数字は焼いて書いてある様に見える。インクじゃないような雰囲気だ。まぁ、木だからな。
焼きごて使った方が書いた字が消えないし、失敗しても表面削るだけで済むしな。カンナとかあるんだろうか。
階段を登る。真ん中で長方形の小さな踊り場が在って、ロビーの方向に折り返してる。
二階に上がると、意外と廊下は明るい。右手には明り取りの鎧戸が4箇所ほどあり、左手には扉が並んでる。
前方に見えるのがロビーの真上のあたりの部分やね。
階段上がってすぐ左側にも通路が在るけど、コッチは俺には関係がないな。
そのまま真っすぐ進み、角を左に曲がる。
突き当りが見える。突き当りの壁には窓があり、鎧戸は上げられてる。
突き当りの部屋の扉の前まで移動し、扉を見る。
何の装飾もない、太い木をそのまんま使った一枚板に見える。
俺の顎の高さぐらいに【212】と太字でコレも焼かれている。
扉の左を見てみると鍵穴とドアノブらしき物が扉の真ん中ら辺の高さに付いていた。
鍵穴は丸い穴の下に縦長の細い穴が付いてる。
扉の横から鍵が埋め込まれてるんだろうな。
木に穴が開いてるようにしか見えない
ドアノブは鍵の下10cm位の所にあった。
指二本位を引っ掛けれる程度の、台形を逆さまにした木片が釘で打ちつけてある。
小さいな、手抜き感満載だ。
鍵を鍵穴に差し込み、ガチャガチャとやる。
鍵に遊びがなくて人間側で合わせてあげないとダメみたいだ。
なかなかうまく行かなくて悪戦苦闘した。
細かく動かしながらキュッと捻るとカチャっと小さな音がして開いた。
毎日ココに泊まるようなことになったら、鍵に油でも注しておこう。そう思った。
鍵が重いのか、位置がマズいのか分からない上に、無理矢理やって壊したら怖いという心理もあって手間取った。
こうしてみると現代日本って恵まれてるな~。なんて小さな事でシミジミと思いながら扉を開ける。
中は薄暗い。6畳位の狭い部屋だね。
2つある鎧窓の隙間から光が入ってきてる。
とりあえず窓開けてからだな。
入口の扉は開けたままにして、窓を開ける。
鎧窓は上に押し上げ、窓枠と鎧窓の枠に彫ってある溝に棒を引っ掛け、つっかえ棒にして鎧窓の自重で抑えて支えるようになってる。
鎧窓を観察すると、鎧状に重ねる板は薄く、枠は太めでしっかりしていて、斜めに掘られた溝に板を差し込んで、ニカワか何かで固めてある。
手間がかかってるなコレ。
窓を開けたら、入口に戻り扉を閉める。
内側からは閂で閉めるように成っていた。入口のすぐ横の壁には小さな木製の小物入れが、釘で柱に打ちつけてあり、そこに人差し指ぐらいの木の棒が入っていた。シンプルやね。
バックパックをテーブルの横に降ろしつつ、室内を見る。
室内に在る家具は、ベッドと小さいテーブルに椅子が一脚、それと俺の身長くらいの長い棒が立っていて下には支える土台が付けられて、その棒に斜め上を向くように短い棒が5,6本刺さってる。
コートハンガーかな?服を引っ掛けておく為なんだろうな。
ベットを見ると違和感があるな。
何でだろ。と、見ていると気がつく。
マットレスがないように見える。とても薄い。
木の板に敷物を何か敷いてシーツを被せてるみたいだ。
シーツの端を捲って見てみる。茶色い毛皮だった。
ホーンラビットっぽい毛並みだな。つなぎ合わせたコレが敷布団代わりだ。
そこにシーツが2枚掛けられてて、掛け布団代わりはシーツがするのだろう。
冬は毛皮をかぶって寝るのかな?重くて寝苦しそう。
テーブルの上には小さな土瓶が置いており、窄まった口から荒縄っぽいのがでてる。
コレがランプなんだろうな。お猪口みたいな土器の蓋が横においてある。コイツで火を消すのだろう。
帽子を脱ぎ、コートハンガーにかけてから椅子に座ってため息をつく。
「はぁぁ、疲れたなぁもう。」
さっさと飯にしたいから、最優先で確認したいことだけ終わらそう。
バックパックからミネラルウォーター1Lが入ってた空のペットボトルをテーブルの上に出す。
コレは異世界に来てから、草原を移動中に飲みきったものだ。
で、おもむろに神に祈る。『女神様、この水の補充をお願いします』と、目の前の空のペットボトルをそのままイメージして。
さて、特に何も起きなかったが、気にせずにバックパックに手を突っ込みミネラルウォーターを念じると、手に乗っかった感覚があり、そのままつかみ出してテーブルに乗っける。
空のペットボトルと未開封で水の入ったペットボトルが並んでる。
よし、ちゃんと補充の機能は働くみたいだ。
次に、一度もバックパックから出した事の無いやつを祈ってみる。
チューブにんにくとかいっぱいあっても量が少ないから困らないな。
そう考えて『女神様、チューブにんにくの補充をお願いします』と、念じる。
バックパックからチューブにんにくを一本取り出し、もう一回手を突っ込み念じるが、手の上に乗ってこない。
コレが『待機状態の上書き』って奴なんだろうな。一回取り出さないといけない。
で、たぶん特殊な消耗品から普通の物資に成り下がる。『待機状態』は神様のデータ管理上でのタグみたいなもんなんだろう。同一上に同じ存在を置けないとかなんか制約に引っかかるんだろうな。
最後にチューブにんにくをバックパックに戻してから、また祈る。そして取り出すと二本出てきた。
「よしっ!確認終わり!飯だ!」
長かった。異世界に飛ばされたストレスも有るのだろうか。凄く長く感じた。
俺は今、肉が食いたいんだ。
テーブルと椅子を邪魔にならないように部屋の端に寄せ、エマージェンシーシートを取り出し床に敷く。
卓上コンロをシートの端の方に置き、カセットボンベをセットし、フライパンを取り出す。
フライパン新品だから洗わなきゃな。
・・・もう凄く部屋から出たくない。
窓から外に水を捨てるか。とも思ったが、迷惑行為だろうからな、自重しよう。
紙皿を取り出して、一枚テーブルにおいて、少量の水でフライパンの上をぐるぐる回して紙皿に水を捨てる。
コレで良しということにしておこう。
シートの上に靴脱いであぐらをかく。コンロを引き寄せ上にフライパンを乘せ、ツマミをひねって着火。
フライパンを温めないと水気が残ってるからな。
テーブルでやれよって思うかもしれないけど、コンロとフライパンで高さが出るから、食いづらいんだよな。卓上コンロだと。
上から見下ろせる形の方が楽なんだよ。
ホットプレートだと気にならないんだが。
俺は何物にも囚われず、ただ肉が食いたい。
俺は自由だ!だから宿屋の部屋の床で肉を焼くぞ!
そしてバックパックから、オーストラリア産ステーキ肉と味塩こしょうと割箸を取り出す。
肉質は小指くらいの厚さで、片側に油と筋の層が付いてる典型的なスーパーで打ってるサーロインだな。
ナマモノを消費してしまわないとな。
祈れば出てくるんだから、必要な時に必要な分だけだしたら良い。
今あるものは全て腐っていくかもしれないし、それに重いから余分なものは一旦無くさないと。
だから今は、このステーキを食べる事こそ正義なのだ。
ステーキの裏表に味塩こしょうを軽く振っておき、温まったフライパンに投入する。
叩いたり、筋を切ったりなんてしない。
そんな事よりも、一秒でも早く胃に納めることのほうが大事だ。
フッ素加工の新品だし、油引かなくてもいいだろう。オリーブオイルを取り出すその時間すら惜しい。
ジャーッっと勢い良く肉が焼ける良い音とともに、牛独特の甘い匂いがしやがる。
ウヒョー、っと某棋士みたいな歓声を心で上げながら、喰うための準備をする。
まず包丁。ホーンラビットを切るのに使ったからな。再生成する。
次に紙皿を5,6枚俺の前に広げつつ、焼きすぎないようにステーキをひっくり返す。
いい感じに焼き目が着いてる。牛なんかさっと火を通すくらいでいいんだよ。俺はレアが好きだ。表面の菌だけ殺せばいいと思うくらいだ。
まぁ、国産和牛じゃないから、ある程度火は通しておくかと少し放置する。
その間にタレだ!わさび醤油、にんにくと一味醤油、焼肉のタレ、味塩こしょうを一山。それぞれ別の紙皿に盛る。
そして最後にビールを一缶プシッっと開けて、コンロの火を止める。
しかしココで焦ってはいけない。
まぁ、待て待てと心を沈め、ビールをゴクゴクと喉に流し込む。
「ッか~!」
暑い中歩いてきて、一息ついた所に冷えたビール、たまらんな。
キンキンに冷えてるともっと良かったんだが、贅沢は言うまい。
割り箸をパキッと割って、ステーキをひっくり返す。
両面ほんのりときつね色の焼き目が付いて、美味そうだ。
赤く残っているところとかは無い。まぁそんなに厚み無いしな。
よしよし、予熱が入りすぎる前に食べてやらないとな。
コンロに乗ったフライパンから、そのままステーキを箸で押さえ、包丁で直接ギコギコと2cmぐらいの幅で一枚、脂身の多い端っこを切り分ける。
地球でだったら絶対にこんなことをしないが、再生成できるって素晴らしいな。
傷が付こうが歯がかけようが関係ないから、思い切りよくいける。
一口目はわさび醤油だ!
肉をわさびと醤油を入れた皿に、醤油を付けすぎないように慎重に、立てかけるように置き、わさびをちょびっと乗っけたら口に放り込む。
二、三回咀嚼すると口中に牛の脂がじゅわっと広がる。
牛の旨さはこの脂だよな。甘くて香りが良いんだよ。
まぁ、ソレがたくさん食べると重たくなってくるんだけど、一口目くらいはこのくらい重くてもいい。
わさびの爽やかさと、鼻に抜けるツンとした感じが、醤油の旨さと合わさって牛の脂と相性抜群だ。
噛みしめる度に脂が湧いてくるが気にならない。
筋のクニクニとしたのも残ってるが、ソレを奥歯で噛み締め、楽しめる寛容な精神が今の俺には有る。
ある程度楽しみ、飲み下すと口の中がベタッとして重たくなるが、そこにビールを流す!
ゴクゴクと、勢い良くだ。1缶すぐに空になる。
バックパックからもう1缶取り出しプシっとやっておく。
またギコギコやってから、次のタレに持っていく。
今度の一切れはほとんど赤みで、端っこに小指の先くらい脂が付いてる程度だ。
にんにくと一味を溶いたタレにつける。そして口に放り込む!
咀嚼すると、今回は赤身の肉の旨味がじゅわっと口に広がる。
そこに加わる生にんにくのガツンとした匂いと刺激。
一味の辛さが加わって味に衝撃が加わったようなもんだ。
コレは米が食いたくなる。
米を炊く時間も惜しかったからな。
そう思いつつビールを一口飲んで後味を流して、次だ!
次の一切れは味塩こしょう。
コレをちょんちょんと軽く付け口に放り込む。
塩コショウはシンプルに牛の味を感じる。
シンプルな塩気と胡椒の香りとピリッとした刺激が、肉の旨味と香りを引き立たせる。
余計なことしなくても、肉はただ焼くだけでも旨い、そう感じさせるんだよな。
最後は焼肉のタレだ。
辛口なんだけど、俺には市販のタレは甘すぎるように感じちゃうんだよな。 だからいつも何か足しちゃったりするんだけど、今日はそのまま行こう。
タレをペタっとつけて口に放り込む。
咀嚼すると肉の旨味とフルーツが熟成させて生まれた濃厚な甘み、胡麻や配合された調味料の旨味が合わさる。
こってりとした旨さだ。
うーん、コレも米が食いたくなる。米がない時には危険だな。
そんな風に次はコッチのタレにしようか、今度はソッチのタレでなんてやっていると、すぐにステーキ一枚食べ終えてしまった。
余韻をビールで流す。
飢餓状態からは抜け出し、落ち着いたが、まだまだ喰える!
余分な物は減らさないとね~。と、上機嫌だ。
次はカルビだ!俺のバックパックを荒らす不届き者め!すぐにこの俺が成敗してくれる!
ブクマありがとうございます、この場をお借りして感謝を。
お前の食事の描写は美味そうに見えねぇよ!なんて言われそうで怖い。
まぁ、言われた所で初感想キター!って逆に喜ぶ程度なんですけどね。