第5話 ホーンラビットの価値
門をくぐり抜け、キョロキョロと、周囲を見ながら歩く。
門からの大通りの道は幅10mくらいだろうか。三車線分位あるように見える。地面は土で、大きな穴が空いてたりはしないが、多少凸凹とはしてる。
町並みは石と木を合わせたような家屋で、いかにも中世って時代感がする。
木材の間柱を多用して、下の方は石?レンガ?で隙間に土の漆喰。高い所は全面土の漆喰だ。
全体を見ると柱の数がやたらと多く感じる。石切り場が近くに無くて誤魔化したのだろうか。
どの家も煙突が付けられている。煙突はレンガっぽいな~。
窓はあるが木の窓だ。鎧窓である。閉めたら中暗そう。
家っていうか、大通り沿いだから店かな?皆2階建てで、大きい。やっぱり日本の住宅地ほどは家同士の間隔が詰まってない。
歩いてる人はチラホラ居る。具体的に言えば視界の中に五十人くらい。結構遠くまで見通せるから、実際には疎らだ。革鎧を着てる奴が結構いる。
一般人っぽい人たちは、綿だろうか?くすんだ白さでゆったりとした袖とか、胴回りの服を着てる。ちゃんと染色してある服を来てる人もいるから、白が多いのは暑いからだろうな。
革のベストみたいなのを着ている人もいる。
昼時だからだろうか、道の端に屋台が出てる。立ち並んでるってわけではない、店の入口を塞がない、邪魔にならない所にポツっポツっとある。
大八車とかのケツに足を生やして、つっかえ棒みたいにして、停車した時に傾き過ぎないようにした感じだな。その上に調理スペースがあるみたいだ。
太陽を見上げる。正午にはなってないけど、後数十分って所だろう。
周囲の屋台から、肉の焼けた匂いがたまに漂ってくる。
肉、食いてぇなぁ。そんなことを思っていると話しかけられた。
「なぁアンタ。アンタのもってるその背嚢珍しいモンだな。デカイだけならたまに持ってる奴も見掛けるが、アンタの背嚢みたいに、金具を左右にやるだけで、開けたり閉めたり出来るのは便利だな。
俺は巾着みたいに口を縛るのしか見たこと無いんだが、アンタのとこじゃそれが普通なのかい?」
おっさんが前を向いたままそう聞いてくる。門番なだけあって嫌なところをしっかり見てやがんな。今どんな顔してやんだ。コッチはおっさんの後ろから付いて歩いてるので表情がわからない。
探られてるのか?世間話か?話を逸らした方がいいな。
冒険者の話、おっさんが歩いて行っちまったから、身分証の事しか聞けてないんだよな。
でもコレはもう聞くべきじゃないな。一人から根掘り葉掘り聞き出すのも、そんな常識も知らないって思われて、変な方向に話が進むって可能性も避けよう。適当に町の事でも聞いてお茶を濁そう。
そんなことを考えながら、思い出してるフリをして適当に返す。
「そうですねぇ。この背嚢は旅してる途中で立ち寄った村で買ったものなんですけどね。その村では皆がこれをつかっているみたいでしたね。
・・・まぁ、村で作ってる物なのか、どこか他の街から仕入れてるだけの物なのかは私にはわからないのですが。私の村でも背嚢の口に五、六ヶ所穴を開けて紐を通して巾着に結ぶのが普通でしたね。
この町は何か珍しい物や産業があったりするんですかね?」
これで無難だろ?当たり障りないだろう?そう願いつつ、笑顔を意識して半笑いになる。いつ振り返ってきたりするかわからないのも怖い。
「珍しい物か、特にねぇな。ただ、聖地なんて言われてたりするから比較的人の出入りは多いんじゃねぇかなあ。
産業はアンタが今握ってるソイツ、ホーンラビットを冒険者が狩るのがそうだな。
ホーンラビットの肉、毛皮、角を日持ちするように加工して輸出してるな。ホーンラビットは狩りやすい上に、この街の周辺の草原に異常繁殖してやがるんだ。
だから草原をちょっと歩けばすぐに見つけられるし、新人の冒険者に人気だな。
だから冒険者が集まる。で、ソレを目当てにした宿が他の町に比べると多いって聞いたことがあるな。
よし、ココが肉屋だ」
立ち止まり。そう言って道の脇にある店を指す。聖地とか気になるが、聞けるタイミングはもうなさそうだな。ホーンラビットの聖地とか、初心者冒険者の聖地とか、そういう日本でもあったファンの聖地的な扱いか?
ココまでそう大して歩いていない。50m程か、小さい町だからな。
店の一階とと二階の間部分から、ルーフというか、天幕というか、2mほどの白い布が、支柱を二本と地面に打ち付けられた数本の紐を頼りに道を侵食している。
腰丈ほどのテーブルが置かれ、その向こうに小さな女の子が椅子に座ってボーっとしている。
肉とかは何も置かれていない、痛まないように店内の冷暗所にでも置かれているのかな。そう思いつつ見やると女の子と目があった。
8歳位白人系で少し日に焼けた女の子だが、少しビックリとした表情をした後に、『何だコイツは?』って顔をしてジロジロ見てくる。
仕方がないね。女の子に近づきながら声を掛ける。
「すみません、コイツを売りたいんですが?」
そう、言いながらホーンラビットを肩くらいの高さに掲げる。
女の子は少し慌てて。
「ちょっとまってて!おと~さーん!お客さ~ん!」
と、店の中に駆けていく。待つこと無く太ったゴツイおっさんがでてきた。
お前は売る側じゃなくて食う側じゃないのか?って言いたくなる。
顔はロシア系で、これまで会った現地民で一番日に焼けてないな。室内でずっと、精肉にする作業をしてたりするのだろうか。
「あいよ!いらっしゃい・・・。」
言葉の途中からやはり『何だコイツは?』になる。もうそれ、いいから。
「コイツを売りたいんですが、いいですか?」
改めて掲げる。すると何故か更に訝しげになる。何故だ。
「そいつはありがたいんだが、お客さん、冒険者じゃないのかい?ギルドに持っていった方が毛皮も角も含めて高く売れるだろう?なんでわざわざウチに?」
あぁ、そういうことか。毛皮剥いで角を切り落とされて、残ったその肉がギルドから店に卸されるのか。
「いえ、私は冒険者じゃないです。門番さんも待たせてしまっているので、出来れば売ってしまいたいのですが。」
「じゃぁ、ココで毛皮を剥いで、落とした角はアンタに戻したほうが良いのかい?」
「いえ、ソレも含めて買い取ってもらうことは出来ますか?」
そう返す。今からギルドにまた行くのも面倒だ。
肉屋のオヤジは少し考えて。
「買い取ってもいいが、肉にはギルドよりも多少色がつくと思うが、毛皮と角は安くなるよ。うちは肉が専門だ、他の業者に売らなきゃ要らないものだし、わざわざ買い取るんだ、手間賃も貰うことになるからね。」
うん、まぁこれからギルドに行くのも手間だし、毛皮と角を少しでも高く買ってくれる店を探すっていうのも嫌だな。接点が増えるほどボロがでそうな気がする。でも情報を得るには接点増やすしか無いんだよなぁ。
一番の理由は、さっさと宿に入って飯が食いたいだけなんだがな。
「ええ、ソレで構いませんよ。お願いします。」
そう返すと、肉屋のオヤジは、途端にニコニコとする。買い叩かれるか?
入町税と宿賃にもならないのは困るぞ?
「じゃあそのホーンラビットをココに置いてくれ。」
そう言うのでホーンラビットをテーブルの上に置き。
「まだ在りますので、出します。」
査定を始めたオヤジを横目に、バックパックを肩から外し、下に降ろして降ろしてファスナーを開け、一匹、二匹とテーブルに置く。
オヤジは肉の査定をしていてコッチを気にしてないが、門番のおっさんはコッチを見てる気がするなぁ。後ろにいて見えないから、そんな気配がするってだけだけど。
自意識過剰かもしれない。
オヤジは肉をひっくり返したり、切り口を見たり、一匹一匹しっかりと見てる。俺は手持ち無沙汰だ。なのでオヤジの斜め後ろにいる女の子を見る。
可愛らしい女の子だ。美少女ではなく、普通に可愛らしい女の子。飴でもあげたくなるが、コレはなんだって成っても困るしな。
査定はすぐに終わった。オヤジが顔を上げ、こちらに向かって言う。
「二匹は肉も皮も角も全部含めて銅貨2枚だ。コッチの一匹は斬りつけたような跡があるが、首だから比較的マシだが、肉が潰れて切り口が悪い。皮にも少しだが影響がある。
だから銅貨1枚と鉄貨8枚だな。合計で銅貨5枚と鉄貨8枚なら買うがどうする?」
いや、どうするって言われてもな。こうしてみると入町税の銅貨3枚が重いな。半分以上が消える。おっさんに聞いてみよう。
「銅貨5枚と鉄貨8枚らしいんですが、入町税を払った残りでこの街で宿をとれますか?」
「んー?安宿で素泊まり、大部屋で他の奴と雑魚寝なら十分だな。個室は無理じゃないか?」
知らない世界で他人と雑魚寝なんて嫌なんですけど。
でも、交渉したり他で売っても、そんなに価格が上がるとも思えないんだよなぁ。異常繁殖してる、狩りやすいって言ってたし。他の肉も売ってなんとかするか。
オヤジを信用するわけじゃないけど、門番がいる前で無茶苦茶なこともしないだろう、と思いたい。
「じゃぁ、ソレでいいです。」
オヤジにそう告げると。
「よし!じゃぁ少し待ってな!」
と、上機嫌でウサギの耳を引っ掴んで三匹持って店に入り、すぐに戻ってくる。
「ほら、代金だ。」
と、手を差し出したので俺も反射的におっさんの手の下に自分の掌を差し出す。
俺の手に左手を添えるなんて気遣いはなかった。オッサンからそんなサービス有っても困るけど。
上空数十cmで硬貨をパッと落とされ、おっとっとって落とさないように少しあたふたしつつ、両手で持って硬貨を見ながら枚数を数える。
赤銅色の硬貨が5枚、コレが銅貨だろう。黒くところどころ赤い錆も浮いてるのが8枚、これが鉄貨なのだろう。
表にはデフォルメされた竜っぽい何かが浮き彫りにされていて、裏には何もなくつるつるだった。
手抜きやな。日本の硬貨を見慣れてる身としてはそう思ってしまった。
「確かに、ありがとうございます。」
オヤジにそう言って、門番に向き直り近づく。
「お手数をおかけしました、どうぞ。」
そう言って門番に手渡す。門番のおっさんの手上空数cmから置くように落とす。残った硬貨はポケットに突っ込む。
「入町税を確かに受け取った。コレは入町税の徴収証だ、町から出る時には門兵に返してくれ。じゃぁな。」
そう言って木札をくれて門に向かって戻っていった。徴収証なんてあったのか。出入りするたんびに税金がかかるのか、身分証の提示があるのか。
門番じゃなくて門兵か。じゃあ領主の兵とか?衛兵とか?そうじゃなくて国の軍が居るとか?まぁ、そんなことは細かい事か。
おっさん、わざわざ付き合ってくれてありがとう。
俺のことを疑って、探りを入れたりとかじゃなく、気の良い愛想の良いおっちゃんであることを俺は信じておくぞ!俺の期待を裏切んなよ!
ブクマありがとうございます、この場をお借りして感謝を。
本日もう一話投稿の予定です。(執筆中)