残された記憶
それは高校生の時だったでしょうか。
私は高校に入ったら絶対写真部に入ろうと決めていました。
部室のドアをおそるおそる開けてみると、中で1人の女子生徒がすわって本を読んでいました。
なんというか……彼女のすわっているところだけ世界にぽっかりと穴があいて異次元につながっているような、そんな気がしました。
わたしがいることに気がついたようで、彼女は長い髪を揺らしてゆっくりと顔をあげました。その顔がなんと美しかったことか……………
陶磁器のような白い肌に、細部まで整った顔、吸い込まれるような黒い瞳。
わたしは息が止まるような感覚をおぼえました。一目惚れだったのかもしれません。
すぐに入部しました。彼女と話がしたい。それだけのためだったと思います。
わたしは何回も彼女に語りかけました。
あなたの名前は?どこに住んでおられるのですか?なぜこの部に入ったのですか?他の部員はいないんですか?写真撮るの好きなんですか?
今思えば、彼女にはとっても迷惑だったのかもしれませんね。
彼女の名前は香織といいました。
香織さんの返事といえば、ああ、ええ、うん、そうね、など素っ気ないものばかりでした。わたしはしばらく経って、思い切って香織さんに聞いてみました。
どうして僕と話してくれないんですか?―――――――香織さんは一瞬険しい顔をして、その後小さな声で言いました。
あなたとの話し方がわからないの。
わたしはその時意味が分からなくて、何も言ってあげられませんでした。ごめんなさいね。彼女はわたしに微笑みかけました。
それは最初で最後の笑顔で、とても悲しそうで消えてしまいそうで、何よりも美しい笑顔でした。
香織さんは小さな声で戸惑い、つっかえながらも、わたしに写真の撮り方、カメラの使い方や現像の仕方なんかを、すべて教えてくれました。このわたしに手を差しのべてくれたんです。
後から聞いた話なんですが、香織さんは中学3年生のとき、交通事故に遭ったそうです。それで記憶をなくしてしまい、過去の記憶がないことに強いショックを受けたそうです。その後、もしもう一度記憶を失っても思い出すように、せめて写真を残しておこうと、思ったそうです。
わたしは一度香織さんの撮った写真を見たことがあります。学校の生徒や、近所の人たちの笑顔の写真ばかりでした。
眩しく輝かしいそれらのなかで、最後に見た一枚は、わたしの寝顔でした。部室で寝てしまった時に撮ったようで、とても幸せそうに目を瞑っていました。わたしは恥ずかしかったけど、なによりも彼女の記憶の一部になれたことが嬉しくて胸がいっぱいになりました。
香織さんは高校卒業後、18歳で亡くなりました。
記憶障害の悪化が原因だといわれました。
でも………
でも、今でも時々思うんです。
香織さんはまだ生きてるんじゃないかって。
またわたしに、あの無愛想な顔で手を差し伸べてくれるんじゃないかって。




