思いもよらなかった話
またまた先走ったお話。
ミリアの語る短編から数年後。
先に向こうを呼んでからどうぞ。
「ラドルさんて、結婚してないよね? 独身だよね?」
「ええ、そうですが」
勉強の合間に前々から聞いてみたかったことを、僕は目の前の人に思いきって訊ねてみた。
僕の名はルイ・トライエ・シルヴァニア。立場はシルヴァニア国の第一王子だ。
そして目の前のこの人はラドル・エクサ。僕の父親の今は亡き国王、その親友に当たるらしい人。
月に数日顔をあわせる程度だけど、それでももう長いこと一緒にいて、僕らの関係性は教師と生徒というよりは何でも相談出来る家族みたいな間柄だろうか。
普段旅をしているからか博識で剣や魔法の腕も立ち、誰に対しても物腰は穏やかで、僕だけでなく城で働く人達も一目置かれている人だ。
そんなよく出来た人なのに、独身。
ただ、今は密かに噂になっている事があって──
「何故急にそんなことを……あ、ひょっとしてルイ様も誰か気になるお相手が? ルイ様もそのようなお年頃になったのですね」
「へっ?」
がしかし、予想だにしなかった答えが返ってきた。
この質問は自分の恋愛相談ともとれたのか。
「それで、ルイ様の想い人はどのような方なのです? ユキ様みたいに一目惚れですか? ……ああ、誰を選んでも反対は致しませんから、そこは安心してください? 多少の指導には目を瞑って頂きますけれど」
「そっ待って、そういう意味で聞いたんじゃなくてっ、というか指導って何っ? 怖いよラドルさんっ」
「ルイ様はいずれ国を背負って立つ御方なのですからそれに並び立てるようにするのは当然でしょう。でないとその先苦労するのは目に見えていますし。本来ならばユキ様にも指導をして、二人でここを治めていけるようにもしたかったのですが……」
「あー…うん。それは、ね……」
ユキとは僕のひとつ上の姉でシルヴァニアの王女、ユキ・クルーエン・シルヴァニアのことだ。
僕とユキは、二人並んで立つと昔の母さんたちを見ているようだと必ず言われる、それぞれ両親の髪目の色を受け継いでいる。
でもそれは外見だけに限った話ではなく、性格もらしい。
僕は父さんに、ユキは母さんにすごく似ているとよく言われる。
正直父さんのことはほとんど覚えていないのでそう言われても全くわからないし、ユキが母さん似と言われても立派に国を治めている母さんを見てるといまいちよくわからない。
ユキは言わば自由奔放、そして考え無しだからなあ。
わかりやすい例をあげるなら、今話題に上った話だ。
ユキはたった二度しか会ったことがない──僕も、他にそれを見たことのある人もいない、謎の相手に片想いをしている。しかも名前も知らない相手をだ。
蒼い全身鎧の風貌らしいそれから蒼の騎士と呼んで日々城中を探して駆け回るユキには、比較的言うことを聞かせられるラドルさんでも止められずに、もうお手上げなのだった。
「それで、ルイ様のお相手の話でなければどうして急にそんな話になったのです?」
「ああ、えっと。ほら、ラドルさんって母さんとすごく仲良いじゃん? 皆噂してるんだよ? 二人がくっつくんじゃないかってさ。それで」
「おや、そのような話が? ふむ……悪友に頼まれた奥方として気にかけているだけなのですがねえ」
「じゃあ、ラドルさんは母さんのことなんとも思ってないの?」
「なんともと言われると語弊があります。姫様は守るべきお人ですので。それはルイ様たちにも言えたことですけれど」
「あーうん。それは知ってるし嬉しいけどさ、そうじゃなくて。どう思ってるかってのはそういうのじゃなくて……ああもうっ、直球で行くよ! ラドルさん、母さんと結婚しないっ? もっとずっと傍で、母さんのことを支えてあげてほしいんだっ!」
ユキ程あからさまじゃないが、僕らの母さんは父さんを亡くして長いこと独り身で、ラドルさんに対して恋する乙女(?)な感じに思うんだ。
ラドルさんと居ると、すごく嬉しそうで、楽しそうで。居なくなれば寂しそうで……。
一人で国の上に立つ今の母さんは、きっとラドルさんが心の支えなんだと思う。
そんな相手が傍に居てくれたら母さんも心強いはずだし、喜ぶはず。
ユキだって、僕だってラドルさんは父親になってくれたらと思ってるくらいには大好きな人で。
城で働く皆も、城下町の人達も、仲良さげな二人が実はそうなるんではないかと期待して注目しているんだけど──。
「申し訳ありませんが、それは出来ません。……そもそもそんなことしたら本末転倒ですし」
「え?」
「いえ、こちらの話です。ですがルイ様が姫様を気遣う気持ちは良くわかりました。そうとなればルイ様にはがっつりと勉学に励んで頂きましょうか」
「えっ?」
「私に出来ることはルイ様をどこに出しても恥ずかしくないよう、お手伝いすることだけですので。早く一人前になって姫様に楽をさせてあげてください?」
なにやらラドルさんのいらないスイッチをいれてしまったようで、僕のお相手話題になった時のようにとてもいい笑顔で宣言された。
いや、ラドルさんの授業は解りやすいから別に嫌ではないんだけどさ……でも目論見は外れてしまったな。
ラドルさんは母さんをお姫様呼びして、接し方だって特別対応だし、絶対気があると思ったのに。……堂々と甘えられる相手が出来ると思ってたのに。
それからまた時は経って。
「え、旅に出たい?」
「うんっ、わたし蒼の騎士を探しに行きたい!」
「僕は、その……母さんたちも王位に就く前に旅をして色々見て回ったんでしょ? 僕もその前に一度外を見てみたいなって思ってて」
ユキのお気楽で直球な有り様を内心羨ましく思いつつ、僕も自分の意見を母さんに述べる。
母さんたちは、母さんが16、父さんが13の頃に友人と一緒に一年ほどの旅をしたという。
僕たちは今年でユキが16、僕が15。
ユキは本来の王族なら婚約者がいて淑女然としていなければいけないけど、既に想う存在がいたのでそんな話を全く寄せ付けず、年齢の話から母さんたちの旅の話題を持ち出してみたらすごく乗り気になって突っ走ってこの展開だ。
周りを見ていて気づいたけど、ユキの行動が多目に見られているのはシルヴァニアの姫という立場にあるらしい。
今回はそれを上手く利用できないかなと僕も止めずに便乗してみた。
僕からは言い出しにくかったので、こういう時はユキの行動力はありがたい。
「そうね、いいわよ。あと二人くらい腕の立つ保護者を見つけてきたら許可しても」
「保護者?」
「貴方たちだけじゃ危ないでしょう。城と違って外はお気楽で楽しいだけじゃないのよ」
母さんは条件付きで許可をくれたが、それも尤もだった。
戦いの腕には多少の自信はあるが、世間知らずな僕ら二人だけで旅に出たらきっと苦労はするだろう。
誰に声をかけるかとユキと二人で通路を歩いていたら、丁度目の前を行くアデイルの後姿を見つけた。
この城の守りを担う騎士団の、その団長を勤めている人。
すごい気さくな、気のいいおじさ──おにいさんって感じの人だ。おじさんと言うと落ち込むんだよな。もうそれなりの歳だろうに。
「アっデイル~っ、いい所に! ね、誰か良い護衛二人貸して?」
「はっ? またなんですか、いきなり」
「僕たち旅に出ることに決めたんだ」
「えっ、殿下っ?」
ユキがたたっと駆けて前に回り込むと本題をぶつけ、それに追い付いて──ああ、僕は走らないよ──補足するとアデイルが驚いて振り返ってきた。
「……ええと。お二人で、旅に行かれると?」
「うん。母さんが護衛を付けてならいいって言ってくれてさ。だから、誰かいい人を見繕って欲しいんだ」
「そう、ですか。護衛なあ……つか、王族のってなったらそんなの、あいつくらいしか任せられるのいなくね」
「あらなあに? いい人に心当たりあるの?」
「えっ、いや、あの……」
「アデイル?」
「あー……」
あいつ、と明らかに誰かを指して言うアデイルになんとかと頼み込むが、あーうーと唸って頭を掻くばかりでアデイルは一向に言葉を返さない。
「お三方。何をしているのか知りませんが、通路を塞ぐと他の方の迷惑になりますよ?」
「あ、ラドルさんっ!」
そこへラドルさんの声がかかり、僕らの意識はそちらに向く。手には本が数冊握られていて図書室の帰りだったのかな。
「〰〰ラドルっ、ちょい!」
アデイルは急に声を荒らげるとラドルさんの腕を引っ掴み、僕らから離れた場所まで連れていくと、その肩に腕を回し顔を寄せてひそひそと話し込み始めた。
僕らは正直、二人があそこまで親しい印象には無かったので呆気に取られて聞き耳とか立てるのは忘れていた。
お互いに人当りはいい二人だけど、アデイルが誰かに馴れ馴れしい様も、ラドルさんがあんな風にされるがままなのも見たことがなかったのだ。
そうして話を終えた二人から思いがけない話がもたらされることとなる。
「えっ、ええええっ!? ラドルと一緒に旅をするですってぇええ!?」
「う、うん……」
この母さんの言葉通り、僕らの旅にラドルさんが同行してくれると申し出てくれたのだ。
快く、とはちょっと言い難い様子ではあったけど……アデイルはラドルさんの弱味でも握ってるんだろうか。
そして母さんのこの反応……いつも人前では淑女然としている母さんが、椅子を蹴倒してこんな風に感情を顕に凄むなんてとたじたじだ。
やっぱり母さんにとってはラドルさんは特別な相手っぽいのになあ、くっつけれないのは惜しい。
その場はラドルさんが母さんの怒りを沈めて話も纏めてくれて、僕たちは無事に旅立てることになった。
護衛は二人という話だったけど、アデイルも母さんもラドルさんなら一人で事足りると言い切り、三人での旅路だ。
ラドルさんを父親にという願望は叶わなかったけど、まさかのラドルさんが旅の同行者という棚ぼた展開には僕とユキも異論どころか大喜びしたのは言うまでもない。
そうして旅に出てから、色んなことがあった。
野宿なんて初めてで、火の番とか料理だってもちろん初めてで。
慣れるまでは大変だったけど、街で泊まるよりも着の身着の侭、解放感がある空の下で寝る方が好きかもしれないと思うこの頃だ。まあ、見張りとか……特に料理に関してなんて最終的にラドルさん任せになっちゃったけどさ。
この旅の最中は本当にラドルさんにおんぶに抱っこ状態、なんでもそつなくこなすラドルさんに出来ないことはあるのかとしみじみ思ったね。
他にも旅先で共に旅する仲間が増えたよ。
父さんと共に旅したことのある友人だって言う人の息子さんやその友達たちとか、占いとかいう予想がよく当たる不思議な力を持った子とか。
同年代の友達は他の国の王子とかで居たりしたけど、敬語無しに付き合える相手って、なんかいいもんだよね。
身分を伏せての旅だったからバレた時はすごく驚かれたけど。
そして旅に出て何より驚いたことに、行く先々で何故か言葉を話す魔物に絡まれることが多かったんだ。
あいつかと思ったとか、勝負しろとか、まあ内容は様々だったけど一歩森や洞窟に踏み入れれば何もない日は無かったんじゃないかな。
だから、ヤバい時もあった。
でもそのおかげと言うべきか、この旅一番の大事件────ラドルさんが父さんだったということが判明したんだよね。
目が覚めて最初は正直、僕があの世に行ったのかと思ったけど……あれは本当に痛かったけど、よくやったの気持ちも無くはない。
父さんが実はラドルさんとして生きていて、傍に居てくれていたなんて、さ──。
どうして教えてくれなかったのか、そしてまた一緒に過ごすことは出来ないのか。
困ったように口を閉ざすラドルさんな父さんをひたすらに問い詰めてようやく、僕らはその理由を打ち明けてもらうことができた。
何故あんなに魔物に絡まれた旅路になったのか、それを聞いて納得だ。
僕らの父さんが人では無かったとか、始めは誤魔化されてるのかと信じられなかったけどね……だって人にしか見えないし、どこにでもいそうな軽い感じの青年風だったんだよ?
でもそれからの旅路は心から頼れる相手が傍に居ることで柄にもなくすごくはしゃいでいたと思う。
父さんは外聞的には亡き人で──しかも国王でもあったのでそこそこ有名でもあって──旅の最中はラドルさんのまま、父さんと呼ぶのも駄目と言われていたんだけど、それでも気の持ちようが違う。
父親が生きてて、それが大好きだったラドルさんで。こんなに嬉しいことはない。
けど、ひとつ不満をあげると──父さんとして話をしてから、ラドルさんとして過ごす日々にはよそよそしさが目につくというか、なんというか。
ラドルさんは特別をつくらない皆に平等な役、らしい。
接し方もそれまでと変わってないらしいけど、それでも寂しいと感じてしまうのは近寄ったらその分距離をとられていることに気づいてしまったからかな。父さんとして抱き締めてもらったり頭を撫でてもらえた後だったから、余計にこの距離感は辛い。
今までラドルさんのことは大好きだったのに、上辺だけの優しさだと気付いてしまった今となっては……親しい人のはずなのに、ちょっと遠い人。
今なら、母さんのラドルさんを見る目が理解できる。
──そうそう、最後にもうひとつ驚いたことがあった。
父さんの知りあいに、ユキが探していた蒼の騎士なる風貌に当てはまるひとがいることが判明したのだ。
父さんが城を開けている間、代わりに僕らを影で見守ってくれていたというそのひとは、名をイオニスと言った。
ユキが言っていたように全身蒼鎧で、魔人? らしい。
図体がよく、終始無言なのでどんな相手なのかはさっぱりつかめないが、再会できてユキはとにかく大喜び。そのまま求婚し出す始末だ。
さすがに結婚相手に魔物はどうかとラドルさんな父さんを伺ったが……ユキが良ければいいんじゃない、という静観の姿勢には驚いたね。
聞けば、父さんは母さんの求婚を受け入れることにした時点でもう色々気にする事を放棄したらしい。
そういえば父さんと母さんもそうだった。……どうしてか魔物姿は見せてくれないから実感が薄いんだけどさ。
でも、母さんでもユキでも、勿論僕でも、どんな我が儘でも付き合うつもりだから好きに生きればいいんだよ、と笑って言う父さんは魔物らしさは皆無だけどこの上なく頼もしく映った。
ラドルさんとしてでも城にいる期間は多くないけど、父さんはちゃんと僕らや母さんのことを愛してくれていたようだ。
まあ、何事もなければユキはこのまま行けばイオニスさんと一緒になるんだよな。
僕にもいつか、そんな存在が現れるんだろうか。
でも取り敢えず──今の僕は、ラドルさんな父さんではなく、父さんと生きられる道を探したい。
とある森の中での一コマ。
「そういえば父さん。イオニスさんって、聖獣っていう魔物と関わりがある“蒼の騎士”なの? 旅先で聖獣っていう人の味方をする魔物の話を耳にした時、それに仕える三体の魔のうちの一人にユキが呼んでたのと同じ呼称があってすっごく驚いたんだけど」
「ああうん、イオニスは話題のそのひとだよ」
「ええ、やっぱりそうなのっ? イオニスってすごいのねっ! あたしまた惚れたーっ!」腕にぎゅっ。
「…………(困惑)」微動だにせずされるがまま。
「イオニスさんってほんと、あまり喋らないね?」
「あー、前はもう少し喋ってたんだけどね。言葉にしなくても意を汲み取れちゃう俺といる時は最近あんな感じかなあ」
「そうなんだ……それで、父さんは? 聖獣と一緒に語られるイオニスさんと親しいみたいだし、ひょっとして父さんも聖獣とも関わってたり?」
「いや~俺は関わるとか無理だから(自分と話すとか無理だしね)」
「そうなんだ」
「…………」言葉足りない主に遠い目。
「あ、じゃあ他の二人とは? えーとたしか、"魔眼の翼獣"と"形なき賢者"、だったかな」
「ああうん知ってるよ。アーロっていう元戦闘狂と堅物フィアード」
「戦闘……堅物? なんか肩書きと全然違うね」
「まあ人が外見で付けた呼名だし、違うのはしょうがないんじゃないかな」
「じゃあイオニスはお父さんから言うとどんな感じ?」
「イオニスは一言で言うと元侵略者?」
「「侵略っ!?」」
「……(反省)」その節はお手数おかけしました。
「訳ありそうな配下ばかり手元に置く聖獣って一体……」
「配下と言うよりは、聖獣の行動力に付いてこれるひとたちだねえ(余り気にかけないでいい相手とも言う)」
「へー……」
「…………(日々精進)」留守組は御免であると静かに頷く。
以降、補足。
役名ラドル
誰にでも優しく、でも敬語抜きで馴れ馴れしく振る舞うことはないどこか一線を引く万能キャラ設定。剣の腕は達人並み、攻撃魔法は全属性を中級まで可、治癒に関しては少々の傷を癒せる程度。ゆえにルイが深手を負った際にコウに戻り、治療中に目覚められてバレた。
ミリアとアデイルにコウとして接せられると演技が崩れることもある。そこは他の役でも共通。
コウの在り方
気を許した相手には気安く、その他の人間に対しては大体無関心。基本口調はため口、敬語は敬う人と嫌いな人にのみ。剣は相手を滅すると決めたとき以外は打ち合えば手からすっぽ抜けるような凡人並みの、中遠距離での魔法頼りな戦い方を主とする魔法と回避のエキスパート。でも殺る気で刃物持てば一刀両断、一撃必殺の人になる。
国王として普段の姿が有名になり、聖獣姿の追っかけもいたりして気楽に素になれる機会がないラドル演技しきりの最近は鬱憤が溜まっている様子。
最近のミリアさん
聖獣の記事──近年技術が発展し、写真が載る新聞が出回っている──の姿絵を集めることにご執心。クローゼット内の壁はコウにすら見せられない有り様と化し、部屋に籠ると一人ぐふぐふと笑って怪しい人になっている。表向きはそれなりに女王陛下をやれている。
最近のアデイルさん
この人もまた密かに聖獣関連グッズを集めて脳内トリップしている人。二人が子供に王位を譲って旅立つ話は前々から聞いていたのでそれに着いていく事を決めており、後継を育てつつその時を首を長くして待っている。ちなみにまだ独身。
セカンドネーム:エクサ
元が無属性判定でも、鍛練により他の属性魔法をそれなりに極めた人用の呼称。本来の無属性のセカンドネームはルーンで自身の身体的補助魔法(お情け程度)の使い手を指し、ルウェイクでその実力者版を指す。近年新たに生まれたこの呼称、アラウディさんが関わっているとか、いないとか。