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三話・案内人

 竜とはすべての生き物の頂点に立つもの。

 長い寿命と、それに見合う知識、思慮深さを備えた、至高の存在。固い鱗は鋼でも傷をつけられず、その息は灼熱の炎にも、凍てつく吹雪にもなる。風を起こし、雷を呼び、大地を軽々と割ってみせる、存在そのものが災害じみている。

 しかし、かつて人間に言葉を教えたとも言われるその頭脳は、決して彼らをもの考えぬ災害などとは呼ばせない。

「山の国では、神様として崇めている集落もあるそうだ」

「竜神教ですね。草原の国にも協会がありましたね。精霊教よりはこじんまりとしていましたが」

「竜は使えないが、精霊は使えるからな」

 ジークリットは国境の町名物の山菜パスタを食べながら、山の国の地図を広げていた。テーブルの向かいでは、ハーラルトが山菜リゾットをもぐもぐと咀嚼している。

 山越えの買い出しを済ませた二人は、美しく、仕立ては良いものの頑丈さに欠けていた服を売り払い、まるで旅慣れた剣士のような姿になっていた。今の姿をジークリットを知る者が見たとしても、本人とは気づかないかもしれない。

 靴を整えた二人は、まずマントを購入した。侯爵家の紋章が金糸で施されたマントを売り払い、ブリザードでもへっちゃら! という謳い文句で売られていたマントを買った。体はマントが守ってくれるが、顔や睫毛や鼻毛は凍るけどね、と失言をした店主に、やはりからから笑って金を払った。

 次に金物屋を覗いた。ハーラルトは剣術の心得があるが、ジークリットは護身術の家庭教師しかつけられていなかった。兄や弟の訓練を眺め見ていただけである。

 故に、振り回せばどこかしらに当たって痛い、モーニングスターを購入した。ずっしりと重たい鉄球を腰につけ、しかし初めての武器というものに、ジークリットはご機嫌だった。

「竜の里までは、山の国の民の足でも10日はかかるようです。多目に食料を買い込んでおきましょう」

「うむ。万全の態勢で登山に臨むぞ」

「なんだ、あんたら竜の里に行くのか? それなら俺を案内人に雇わないかい?」

 声をかけてきたのは、ジークリットよりも年かさ、ハーラルトよりは年下であろう、猫のような笑いかたをする青年だった。艶やかな黒髪をターバンに押し込め、日に焼けた顔の中心で、黒目がちの目がジークリットを見ている。

「地図なら持っているが」

 ハーラルトが言う。

「んー、でも、山の国歩き初心者に見える。違うかい?」

 ジークリットは違わない、と答えた。青年は山の国観光マップの一点を指差した。赤丸がつけられている。

「竜の里は竜向けの住宅地だ。竜以外の訪問を想定していない」

「空を飛ばなければ入れない?」

「いや、一応地続きだ。ただし天険の地、足を踏み間違えれば一瞬で肉塊だ」

「で、自分ならば安全な道を案内出来る、と?」

 ハーラルトは慎重に男を検分した。

 男は真っ先にジークリットへ声をかけた。力ある冒険者には女も多いが、パーティのリーダーは男が多い。しかも見た目には小娘であるジークリットと年かさのハーラルトが並んでいれば、どちらが主導権を握っているのかを誤解するのが当然である。

 男はハーラルトの警戒に気付いているのかいないのか、大きく肯いた。

「俺は山歩きでメシ食っててね。これでも評判はいいんだ」

「そうなのか、店主?」

 ジークリットは隣のテーブルへ料理を運んでいた店主へ声をかけた。急に話しかけられた輝く頭とふさふさと繁る髭を持った店主は、何のことかと怪訝そうな顔をするが、猫のように笑う青年を見て、納得した。

「またお前か、ラファ。うちで商売するなって言ったろ」

「そう言わずにさぁ~、いつも贔屓にしてんじゃん。な、俺の就職斡旋してくれよ」

「まぁ、お前の採ってくる山菜は質のいいものが多いしな。嬢ちゃん、俺は山道には詳しくはないが、食材には目が利く。長旅なら役に立つこともあるだろうよ」

「ふむ、有難う、参考にする」

「おやっさんサンキュー!」

 別のテーブルに呼ばれ、慌ただしく離れる店主に礼を言うと、ジークリットはラファと呼ばれた青年に改めて向き直った。

「ラファ、と呼んでも構わないか? 私はジークリット。ジークでも、リッテでも。こちらはハーラルト」

「いいよ。ジークさんとハーラルトさんだな。宜しく……でいいんだよな?」

「値段を聞いてからだな」

 ハーラルトは第一の目的地である竜の里と、さらにドワーフの山という目的を伝えた。そして予算も。

「へぇ、ドワーフの山ねぇ。なんだ、草原の国は戦争でも再開すんのか?」

「戦争? ドワーフと戦争に何の関係があるんだ?」

 ジークリットは首を傾げた。ジークリットの目的は、ドワーフに武器や防具を作らせることではない。それにジークリット一人がドワーフの武具を手にしていたからと言って、戦争という数の暴力に対し、何の役に立つ事があるだろうか。

 ラファは「だって」と呟いた。

「ドワーフの武器は一振りで山を壊したり、竜だって、一匹いれば一夜で一国を手に入れられる。そんな所を行脚するってんだから、なんかの準備かと思うだろ」

「準備は準備だが、そんな物騒なものではないから安心しろ。私たちは冒険者ではなく旅人だ。最低限の身を守る術があれば十分だ。

 山の国の民として不安なら、案内は止めておくか?」

 ジークリットは親切心からそう言った。

 終戦から100年。ジークリットにしても、ラファにしても、産まれる前の出来事ではあるが、祖父や曾祖父の代は戦争の悲惨さを直接に見聞きしており、数は減ったにしても、今なお語り継ぐ生き証人はいる。共倒れのようにして結ばれた終戦協定は、国交を結んで100年経とうとも、両国の傷を癒してはいない。

 それでもジークリットは案内なしでも竜の里を目指すつもりでいる。

 ラファは数秒間ジークリットを見つめると、首を横に振った。

「ごめん、ちょっと穿ちすぎた。そっちこそ、俺でいいのか?」

「なに、これも縁だ。ハーラルト」

「はい、お嬢様」

 山菜リゾットを空にしたハーラルトが口元を拭きながら頷く。金額交渉はハーラルトの役目だ。

 ハーラルトはたっぷり2時間粘ってラファを涙目にすると、食後のアップルパイを平らげたジークリットに木漏れ日のような笑顔を見せた。

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