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二話・山越えの靴

「溶岩の上も歩ける靴だそうだ。ハーラルト、これにしよう」

 ジークリットは靴屋の棚に無造作に置いてあったブーツを指し、訴えた。値段は二万イェン。少し高いが、買えない程の値段ではない。

「お嬢様、これはただの鋼板が貼られているだけですよ。

 こちらの靴の方が軽いし、丈夫です」

「嫌だ。私はこの靴が気に入った。それはハーラルトだけ買えばいい」

「山は険しいんですよ。疲れたと言っても、おんぶしてあげませんからね」

 ハーラルトはジークリットの忠実な従者だが、言うときは言う男だ。ジークリットもその気質は知っている。しかしこれは譲れない。

「これだけ重いんだ。足腰は鍛えられるし、変質者が現れても、キックで撃退できるだろう」

「そこまでお考えでしたか。流石はお嬢様です」

「店主。これと、彼が持っている靴をくれ。あと、今履いている靴を買い取って欲しい。装飾はまずまずだし、生地も良い物だ」

 店主はニコニコ笑って頷くと、おまけだと言って靴のツヤ出し剤を付けてくれた。

「いやぁ、お客様お目が高い! それは私の師匠が作った物なのですが、価値を分かって下さる方がいなかったんですよ」

「溶岩の上を歩けるほどの丈夫さがあるのに?」

「まぁ、足の裏が無事でも、熱気は上がってきますので」

「成る程。……それは、正直に言わない方がいいのではないか?」

「あっしまった!」

 店主は慌てて口を押さえる。ジークリットはからから笑うと、美しい装飾のロングブーツから、武骨な黒革のニーハイブーツへと履き替えた。


 山越え用の靴へ履き替えた主従は、ぷらぷらと町を探索していた。

 がつがつと足音高く、胸を張って真っ直ぐ歩く姿に、向かいから流れてくる人々が自ずと道を開ける。

 良い町だ。ジークリットは呟いた。半歩後ろでハーラルトが頷く。

二人が進むのは、石畳の敷かれた一番大きな通りだ。女主人が大股で先導し、その後ろに従者が粛々と続く。珍妙なようで不思議と違和感を抱かせない二人は、喧噪に溶け込んでいた。

 翠色の目は真っ直ぐに国境の町を見ている。

 人がいる。食べ物がある。笑顔がある。子供がいる。

 清潔な服を着た子供が、路地裏を自由に行き来している。あちこちの角に見える警備兵は、ぼんやりと立っているように見せながら、子供とジークリット達(よそ者)を視界から外さない。

 こんな素晴らしい町を作り上げたのが、フューゲル子爵だ。ジークリットは金色の髪と、スカイブルーの瞳の、厳しさと誠実さを伴った青年を思い浮かべた。そしてこうも思う。

 オールバックはやめておくべきだ。ちょっぴり広い額を慮った。本人が聞けば大きなお世話だと激昂するだろう。

 フューゲル子爵の話は、王都にいた頃から聞き知っていた。

 辺境の最前線を押し付けられた栄達も望めぬ、戦端が開かれた際には真っ先に捨て駒となる哀れな一族。多くの貴族はそう認識していた。

 しかし、一度でもこの町を訪れた事のある人物は、また違う感想を抱く。ジークリットも、後者と同じ考えを持った。

 見るがいい。幾度破壊されようとも、同じ回数、以前よりも丈夫に作り直された壁を。

 石を削り、運び、積む。それだけの事だ。それだけの事を、町をぐるりと囲むだけ繰り返すのが、どれだけ大変か。

 水魔法で切るにしても、風魔法で浮かして運ぶにしても、それだけの制御が出来る者は非常に少ない。増してや戦の後ともなれば、更に数を減らしている。そんな人材は国が手放しはしないし、本人も自尊心や色々なしがらみもあり、国境まで来たがらない。

 そうなれば、後は手作業だ。真っ先に戦いに身を投じた者達に、焼き払われた田畑を耕し、飲み水を確保させ、今夜寝る為の家を作らせる。

 国境の重要性は中枢も知っている。だから人は寄越す。無理矢理にでも徴収し、故郷の復興を先にと願う者たちに働かせねばならない。

 それを成し遂げた。その一事でも、彼らの手腕は見て取れるというもの。

「良い男だったな」

「私ほどではありませんが、確かに」

 ハーラルトは頷いた。真顔だ。心から言っている。ジークリットは否定も肯定もしなかった。ハーラルトが良い男なのは、ジークリットも知っていたので。

「お嬢様の目当ては、やはりドワーフですか」

 ハーラルトが出店で買った竹輪揚げを飲み込みながら問う。ジークリットは同じく出店で買ったみかんジュースをすすり、頷いた。

「最終的にはドワーフの里を目指す。が、とりあえずの目的地は竜の里だ」

 ジークリットがかつて侯爵家の一員として暮らしていた草原の国。の隣国の一つが、山の国である。


 山の国、とひとくくりにされているが、実態は国の中に複数の国――種族の集団が存在し、その中で人間の集団が山の国を自称している。

 草原の国が山の国、と呼ぶ時は、国土全体の事ではなく、そこに住む人間国家を指す。

 山の国はその名の通り山だらけだ。大きな山から小さな山まで。

 緑豊かな山から岩が隆起しただけのような山。中には火山も沢山ある。鉱山銀山、公には知られていないが、金山もあると聞く。そんな多彩な山がそびえ立つ山の国には、多くの種族――人間以外の知能を持つ生き物たちが存在する。

 ゴブリン、オーク、コボルト等の物語によく登場する面々。エルフ、ドワーフ、ドラゴン等、人よりも高位とされる存在。それらが住まうのが、草原の国の三倍の国土を持つ山の国である。

 しかしいくら広大な土地があろうとも、人間が生きる為の環境が整った場所は、そう多くはない。山を切り開き、集落を作り、人々は寄り添って生きていた。そうしなければ、山に殺される。

 木々は果実を恵んでくれるが、同時に獣の住み処でもある。岩山は雨風を防いでくれるが、時に一瞬で人を肉片に変える重石となる。

 弱者は強者に搾取される。それが世界の道理だ。

 故に――山の国の人間たちは、草原の国を欲したのだ。豊かな国が欲しい、と。獣に怯えぬ暮らしが欲しい、と。岩に潰される恐れのない暮らしが欲しい、と。

 過酷な生活をしていた人々は、屈強だった。力の強い者は武器を取った。エルフ達から魔法を学んだ者は国境の町の壁を焼き、穿ち、破壊した。

 そうして戦いが繰り返されること数百年。

 戦う意味さえ忘れられかけていた頃、一人の青年が気付いた。


「俺達、山の国で暮らしていけるくさくね?」


 戦争をしていた。戦争には軍備が必要だった。

 戦争の為の食料増産、輸送コストの削減及び輸送量の拡大、道の舗装。武器防具の開発、普及。それらが、過酷な山で生きていく為に転用出来ると気付いたのだ。

 互いの国に多大な犠牲者を出した後ではあったが、両国とも疲弊しきっていた。これ以上は、互いに限界だった。

 転がるように終戦を迎え、今なお長きにわたる平和が続いている。


 その山の奥地に、ドワーフという種族が住んでいる。

 金銀の発掘が得意で、細工をさせれば天下一品、武器防具を作ること世に並ぶものがない。偏屈な職人堅気な性格の者が多く、仕事を請け負ってもらうのも一苦労。

 しかしその妥協を許さぬ職人魂に惹かれ、依頼は後を絶たないという。

 ジークリットも、ドワーフに仕事を依頼したかった。

 その為に必要なのが、竜の里への訪問だった。

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