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一話・子爵の生え際と愉快な主従

 草原の国と山の国の間に、その町はあった。

高く積み上げられた石壁は何度も壊れ、補修された跡がある。矢によって、魔法によって、爆薬によって。傷付けられ、その度に以前より強く、頑丈に。直されてきた。

それは人を守る為であり、人を排除する為でもある。

国境とは小競り合いが絶えないものだ。時には大規模な戦火を交えた事もある。

戦の記憶を刻み付けたもの。それが二国を隔てる壁だ。

 しかし頻繁に戦争が起きていたのも今は昔。

ここ100年は実に穏やかな近所付き合いが行われている。

草原の国から農作物や綿織物をたんと積んだ馬車が入ってくれば、入れ代わりに山の国から鉱石や魔法の技術が流れて行く。互いに神からの恵みを交換しあい、共に発展の道を歩んできた。その中心地がここ、国境の町である。

大通りには露店商人が店を広げ、店舗では身なりの良い使用人が主人の使いをしている。馬車が3台通ってもまだ余裕のある道をちょっと外れれば細道に入るが、薄暗さとは程遠く、常に清潔さが保たれている。

豊かな町である。その町を束ね、慈しみ、発展させてきたのがフューゲル子爵家だ。

町民のみならず、町の荒くれ者や近隣の町を拠点にしている冒険家達からも信頼を寄せられるフューゲル子爵家当主フォルカー(三十六歳・独身)は、しかし今現在、頭を抱えていた。

自分の嫁さんが見付からない事にではない。最近ちょっと広くなったおでこにでもない。町を歩くとむくつけき男達から「アニキ!」と声をかけられ、女性から距離を取られる事でもない。

犯罪者を町へ迎え入れよ。

そう国からの達しがあったのは一月程前。

第一報を受け取った時は、何事だと使者を怒鳴り付けずにいるので精一杯だった。隣国と国境を接するこの地は、様々な人間が訪れる。商人、旅人、そして犯罪者。

犯罪者と一口に言っても、己が快楽の為だけに人を危めるような者もいれば、故郷の飢饉などにより、他者より盗むより他の生き方を選べなかった者もいる。

だからと言って、真っ当に生きている人間を傷つけていい筈もない。

人を傷つける必要がないよう、傷つけられる心配がないよう。人が集まる町であるからこそ尚。腐心してきたというのに。

しかも、王都より送られてくる犯罪者は、侯爵家の長女という。

領地を持ち、王宮への出入りすら適う地位にいる家の娘が何故犯罪者扱いをされているかと言えば、色恋沙汰なのだと、二度目の使者は疲れた表情で語った。


 草原の国には、王子がいる。年は十六。太陽の光を集めて輝く金色の髪と、澄んだ青い瞳を持つ、貴族の子女が言う所の『麗しの君』だ。

また、容姿のみならず、武芸に優れ、先代の宰相より直々に政を教授される。文武両道を具現化したような存在。

年頃の娘なら一度は憧れる理想の男性像。それが実在する。まして、会話が出来、触れ合うことすら。

夢見がちな乙女ならずとも、恋心を抱くのも無理なからぬ事。増して、箱入り娘であるならば。

侯爵家の娘も他の貴族子女と同様、王子に夢中になった。夢中になりすぎて、王子に他の娘を近付けないよう画策し、心優しい王子が他の娘達を傷つけられぬよう距離を置いた事で、尚更王子の寵愛を自分が独占しているのだと増長した。

王子をわが物であるかのように振る舞い、王宮を闊歩し、そして王子の想い人を乏しめた。それが王子の逆鱗に触れた。

相手は齢十五の平民娘だという。

何故そのような娘が王子と知り合えるのかと使者へ問えば、精霊を祈りの対象とする教会に預けられていたからだと答えた。

 魔法と精霊の力とは別物だ。魔法は、己の内部にある魔力を燃焼して世界へ顕現させる様々な現象を総称する。火を起こしたり、風を起こす事が出来る。しかし体内の魔力を使い切ればその時点で打ち止めだ。そのため、戦では魔法使いをどれだけ投入できるかが勝敗の鍵を握る。

一方、精霊とはそれそのものが現象だ。しかしただの雨や風とは違い、意思を持っている。が、思考はない。本能と同じ「そうしたい」「そうする」という衝動のみだ。それを人間の思うように動かせる存在を、「精霊の子」と草原の国では呼んでいる。

百万に一人とも言われる精霊の子は、教会に集められ、ゆくゆくは草原の国に自然の恵みをもたらす存在として崇められる。

王子の想い人も、精霊の子であった。

国には様々な教会があるが、精霊を祭る教会だけは王室直属だ。精霊は力であり、力は使う者によっては暴力にも守護にもなりえる。その手綱を握る役目を持つのが王家であり貴族だ。

故に、教会に集められた精霊の子が王宮に住まう人々と知り合う機会は、そう少なくはない。

 両親と兄弟は領民によく慕われていると言う。

そんな中、侯爵家の出来損ないは自ら己をおとしめ、自滅した。

しかしまがりなりにも侯爵家の娘。たかだか色恋沙汰で処刑するわけにもいかず、まして王子の想い人、精霊の子とはいえ、平民の娘を貴族の娘が侮辱した程度で目くじらを立てていれば貴族社会というものが成り立たぬ。

精霊の子は貴族からも平民からも生まれるが、貴族の子は貴族からしか生まれない。希少性が違う。

しかし同時に、今回は大事には至らなかったが、過去には精霊の子の怒りを買い、滅びかけた事もあると歴史書は語る。

折衷案として。

色恋沙汰ゆえ、というよりも、爆発物から火を遠ざけるが如く、侯爵家からの勘当、放逐という申し出により、漸くの決着をみたのが真相らしい。

 常より海千山千のつわものとやり合っているフォルカーからしてみれば、小娘一人に大仰なことだ、と嘆息するしかない。しかしこの小娘、勘当されたとはいえ元侯爵家。下手に放り出して死なれでもしても事だ。かといって、気位の高い貴族が使用人のまね事すら出来るかどうか。

考えていても仕方ない、とフォルカーは首を振る。先刻、門番から先触れがあった。であるなら、このノックは犯罪者、ジークリットの訪れを告げるものであろう。


「私がジークリットだ。こっちはハーラルト。質問は?」

あれ、何で俺が主導権握られてるんだろう?フォルカーは首を傾げた。

控え目なノックのすぐ後、ガツガツと無神経な靴音を鳴らして入室してきたのは血の色をした髪を高い位置で纏めた女だった。その後に、背の高い男が続いた。

年は王子より一つ上の十七歳と聞いていた。釣り上がった眉も、けぶる睫毛も毒々しく、赤い。

簡素な旅装はまるで旅慣れた冒険家のようで、王都を騒がせた悪女には見えない。

「質問がなければ失礼させていただく。

 数日はこの町に滞在するが、山の国を抜けて海の国へ向かう途中だ。用があれば滞在しているうちに言ってくれ」

数秒。ぽかん、と口を開けたままのフォルカーに首を傾げてみせると、ジークリットは美しいターンで踵を返した。扉はすでにハーラルトが開けている。

「ジークリット・フォン・ブルマー」

「ああ、言い忘れていた。

 私は既に家とは縁を切られた身。ただのジークリットと呼んでくれ。

 それと、あなたの役目は私を町へ入れる事であり、その事実さえ確認出来れば、町へ入った後の事は考える必要はない。草原の国側へ向かう門はくぐれないが、山の国側の門は通れる。あなたが手にしている顛末書に書かれている筈だ」

フォルカーは慌てて手元の紙を見た。事前に読まなかったわけではない。しかし、フォルカーはその文章を「ジークリットを国境の町で受け入れる」ためのものと捉え、ジークリットは「ジークリットが国境の町を通過する」ためのものと捉えていた。

確かに改めて確認すると、国境の町で永住しろとも、出国してはならぬとも書かれていない。……書かれてはいないが、一体どこの箱入りお嬢様が実家から無一文で放り出されて、国外旅行へ行くような気安さで「ちょっとあちらの国まで行ってきます」などと言うのか。

事の重大さを理解していない馬鹿か、それとも実家の支援があるのか。扉の傍に佇む彼女の家人らしき男を見る。フォルカーの視線に気づくと、笑みをのせて目礼をしてきた。しかしフォルカーが知りたい事を教えてくれる気はないらしい。

「ん?ハーラルトは私の出立に合わせて退職しているから、ブルマー家とは何の関係もない。この町の情報を家に流すという事はないから安心してくれ」

安心出来ねえよ、という言葉は飲み込んだ。違う、そうじゃない、と二十歳程年上のおじさんは箱入り娘を心配した。むしろハーラルトが彼女の実家と繋がっていてくれた方が余程安心出来た。

根は面倒見の良いおじさんなのだ。仮に彼女が噂通りの姑息なお飾り貴族であったとしても、一から根性を叩き直し、きっちり躾けてゆくゆくは地元の名士の息子や近隣の砦の兵隊長へ嫁入りさせるまで面倒を見てやろうという覚悟は決めていた。そこで自分を婿候補として思い浮かべない所が、彼を(三十六歳・独身)にし続ける所以である。

「なに、この町で面倒を起こすつもりはない。折角の国外旅行にいきなりケチをつける気はないからな」

旅行っつったかこの小娘。

フォルカーは胸を張るジークリットをねめつけた。怯む様子は全くない。

「それでは、旅の準備があるので失礼する。宿の名前は『踊る子鹿亭』だ。不在の時はおかみに言づけてくれ」

言いたい事を言ったジークリットは改めてフォルカーに対して礼の姿勢をとると、ハーラルトが開けていた扉を当然のようにくぐり、来た時と同じように高い足音を立てて去っていた。その足音にまぎれ、弾んだ女の声と聞き慣れない男の声が混じる。

「食糧と燃料を買い込むぞ。山越えだ、気合が入るな」

「はい、ジークリット様。楽しみですね、国外旅行」

やっぱり旅行って言ったよ。

遠ざかる足音を聞きながら、フォルカーは額が広がっていく気配を感じた。

疑問・質問・分かり辛い言い回し等、お知らせください。修正、または後のお話で補足します。

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