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第五章 獣使い

 優しく暖かい光が俺を包んでいるのが分かった。

 まるで女神に抱擁されているかのようだ。

「ぬおおおおおお」

 俺の声ではない。何か傷みを堪えているかのような叫び声。

 そんな声は放っておいて、俺は心地よい感触に酔いしれていた。

 これはきっと、秋留が俺の頭を膝枕で支えてくれているに違いない。そして優しく回復魔法をかけてくれているに違いない。

「ふんんんぬううううう……」

 またしても汚い声。

 俺の幸せな時間を奪うのは何者だ。

 俺は仕方なく眼を開いた。

「……」

 目の前には顔中に冷や汗を垂らして身体中から煙を発しているジェットがいた。

「あ! ブレイブ、気付いたみたいだよ!」

 頭に響く高い声はクリアだろう。

「大量に出血してたから心配しちゃったよね」

 これもクリア。

「まぁ、ブレイブの生命力はゴキちゃん並だからね」

 俺は黒くて素早いあいつみたいな生命力はない。ゴキちゃん並の生命力と言ったらカリューだろう。あ、でも黒くて素早いのは俺も一緒か、と一人で苦笑いをする。

「ありがとう、ジェット。回復はもういいや」

 半分投げやりな気持ちでジェットに言う。

 秋留が回復してくれてると思ったけど、どうやら秋留では手に負えない程の傷だったようだ。

 ちなみにジェットは聖騎士のため、回復を主とした神聖魔法を唱える事が出来るのだ。逆に秋留は神聖魔法は唱える事が出来ないため、あまり大掛かりな回復を行う事は出来ない。

「ふうううう。それは良かったですじゃ」

 ジェットが肩の力を抜いた。

 補足しておくと、神聖魔法を唱えようとした人が顔一杯に汗を滴らせたり、身体から不気味な湯気を発したりすることは勿論ない。

 ジェットは死人だ。

 神聖という言葉からは大分かけ離れている。

 そのせいだろう。ジェットは神聖魔法を唱えようとすると身体が拒否反応を起こす。だから余程の事がない限りはジェットが神聖魔法を唱える事はない。

「あのあと大爆発があって、レッジャーノ邸の庭やら門は全て吹き飛んだわ」

 秋留が驚く事をさらりと言う。

 ふと気付いて辺りを見渡した。

 豪華な調度品があるところを見ると、レッジャーノ邸の専用の病室のようだ。

 近くの窓から外を覗くと……確かに庭がほぼ全壊している。

「煙に巻かれている間にガロンとボックス? には逃げられたわ」

 すぐにでも出かけるつもりだろう。秋留が気合を入れて立ち上がった。

「カリューもいつの間にか姿を消していた。今から港に行くよ」

「ああ。海賊共をタコ殴りにしてカリューを正気に戻さないとな」

 外の景色から視線を戻して俺も立ち上がる。身体中がまだ痛いが我がままは言ってられない。

「レッド・ツイスターの皆さん」

 今まで気付かなかったが、傍にはパルメザンが立っていたようだ。以前怒っていた時とは打って変わって、今は申し訳無さそうに頭を掻いている。

「娘に怒られましてな。洞窟の一件、貴方方が一緒で無かったら確実に殺されていたと」

 俺の疑問に気付いたのかパルメザンが言った。

 どうやら少しは扱い易くなったようだ。

「そして今回も人質となった娘を軽んじる事なく、ブレイブさんはクリアを守って下さった」

 お!

 そうだろう、そうだろう。やっと俺の偉大さが分かったか!

「まぁ、守って当たり前ですが」

 俺はウンウンと頷いていた頭をピタシと止めた。パルメザンめ! 大して反省してないんじゃないのか!

 秋留が何かを言おうとしている。

 そうだ! 文句の一つでも言ってやれ!

「レッジャーノさん」

 秋留の鬼気迫る言い方にパルメザンが唾を飲み込んだ。

「お嬢さん、クリオネアさんの魔法の授業の件ですが……」

 この時、この場でその話題が出るとは誰もが予想していなかった。全員がポカンと口を開けていることを気にする素振りも見せずに秋留が続ける。

「どうやら魔法の素質よりも、獣やモンスターとの意思疎通の素質の方があるようです」

 秋留がウンウンと頷く。

 秋留の台詞はこの病室の外、閉まったドアの外で耳を澄ましているクリアにまで聞こえたことだろう。秋留はクリアが盗み聞きしているのも気付いた上でこの会話をしているに違いない。

 秋留に考えがあるなら俺は何も突っ込まずに会話を見守ろう。

「は、はぁ……。動物達と仲良く出来るという事ですか……で?」

 確かに「で?」だろうな。

「力を貸してほしいのです」

 まさかカリューをコントロールするのに、ちょっと獣やモンスターと意思疎通出来るような小娘の力を借りるのか?

「は?」

 確かに「は?」だろうな。

 しかし扉の後ろで耳を澄ましていたクリアには通じたのか、病室に黄色い髪を振り乱して秋留の元に飛び込んで来た。

「アタシ、お姉ちゃんの力になりたい!」

「駄目だ! 危険過ぎる!」

 パルメザンが秋留の身体からクリアを引き剥がす。

「一緒に行くもん!」

 クリアが鬼の形相で父親を睨み付ける。しかし、いくら娘を溺愛しているパルメザンでも冒険者達と一緒に危険な戦地へ行かせるのは許せないようだ。

「駄目だ駄目だ駄目だ」

「行くもん行くもん行くもん!」

 低レベルな戦いだ。

 しかしこうなる事は分かっていたはずだ。秋留の方を振り向くと、それがまるで合図だったかのように話し始めた。

「レッジャーノさん、この世で一番危険なもの、って何だと考えますか?」

 秋留の問いかけに、レッジャーノの口が「駄目だ」の形で止まった。

「そりゃあね、秋留さん」

 咳払い一つしてレッジャーノが続ける。

「今日襲ってきたような海賊も十分危険だがね、あいつらも人間だ。言葉が通じる」

 あ、こりゃあ、秋留に言いくるめられるな。

 俺はこの先の話の展開を予測して一人納得した。

「言葉も通じない獣やモンスター。私にはそれが一番危険だと思っておる。だから危険なモンスターもいる海賊達の元へ娘を連れて行くなど……」

 言ってしまったね、パルメザン。

 俺は心の中でほくそ笑んだが、この会話の流れだとクリアを一緒に連れて行くという事か? 百害あって一利なしではないのだろうか。

「レッジャーノさん。その一番危険だと思っている獣やモンスターと、お嬢さんは意思疎通が可能なんですよ」


 俺達はボロボロになったレッジャーノ邸の庭へとやって来た。

 辺りにモンスターや海賊の姿はない。今は港で暴れているらしい。タイガーウォンをはじめとした治安維持協会員達と、戦いを繰り広げているという情報を先程聞いた。

 急がなくては。

「ガウガウ!」

 レッジャーノ邸の裏から凶暴そうな犬が連れてこられた。ドーベルマンという種類だろうか。首元には棘のたっぷり付いた首輪をつけている。

 その凶暴そうな犬を全身を鎧でまとった執事が連れてきた。そんなに危険な犬なのか?

「レッジャーノ家随一の暴れん坊、紅蓮という名のドーベルマンだ」

 紅蓮はカリューに負けない程の凶悪さを放っている。その眼は怒りに狂っているようだ。

「うちの娘がこんな獣と意思疎通が出来ると? 秋留さんはそう言っているのですか?」

 パルメザンが皮肉たっぷりに言った。

「クリア。私は獣使いじゃないし、獣使いになった事もないから詳しい事は分からないんだけど」

 秋留はクリアの高さに視線を合わせて言う。

「洞窟で馬みたいなモンスターに襲われた時、クリア、叫んだよね?」

「……う、うん」

 当のクリアは目の前の凶暴そうな紅蓮を見て、明らかに怯えているようだ。大丈夫だろうか。

「クリアの言葉には力があるの。クリアが叫んだ時、洞窟を包囲していたモンスターの動きが全て止まったよね? 獣やモンスター、あそこにいる紅蓮の心に響かせる事が出来る不思議な力が、クリアにはあるのよ」

「う、うん……」

 クリアがモジモジとしている。頼りないな。俺に対する態度となぜそんなにも変わってしまうんだ?

「怯えなくて大丈夫よ。クリアのあるがままで、まずは紅蓮の眼を見つめて、問いかけて」

 クリアが紅蓮の方を振り向いた。

 紅蓮はそんなクリアを睨み返す。

 しかしクリアも吹っ切れたのだろう。いや、秋留の力になりたい、という気持ちが勝っているのかもしれない。

 クリアが無言で紅蓮に近づく。それに合わせて紅蓮の唸り声が一層大きくなった。

「紅蓮……。初めまして。アタシ、クリア」

「ガウガウ!」

 後ろで首輪に繋がった鎖を頑張って引っ張っている鎧姿の執事が、思わず引きずられる程に紅蓮が暴れた。

「ん〜。何でそんなに怒ってるの?」

「ガ! ガウ……」

 クリアに問いかけられて紅蓮が思わず動きを止めた。そんな馬鹿な……。あんな凶暴そうな紅蓮を一発で静かにさせた?

 俺は今まで獣使いをあまり見たことはないが、意思疎通を計るにはそれなりの時間を要すると聞いた事がある……。

 秋留が眼をつけたのは伊達ではなかったということか。これならカリューもどうにかなるかもしれない。

「お姉ちゃん! 紅蓮の気持ちが伝わってくるよ!」

 クリアが秋留の方を振り向いて楽しそうに叫んだ。

 その言葉にパルメザンも驚いたようだ。

「さすがだね。洞窟を取り囲んでたモンスターの動きを一斉に止めたから、まさかとは思ったけど……」

 秋留が感心している。

「うんうん……」

 秋留が感心している向こうでクリアが紅蓮と会話しているように見える。やっと言葉の通じる相手に出会えた嬉しさからか、紅蓮が涙を流しながらクリアに「ガウガウ」と言っている。

「え〜! ひっど〜い!」

 クリアが叫び立ち上がった。

 その眼がなぜか父親のパルメザンを睨む。

「ちょっと! パパ!」

「どきっ!」

 パルメザンが分かり易く驚いた。

「紅蓮から話は聞いたよ! パパ、紅蓮が小さい時に酷い事したでしょ!」

「うわわわわわわ! 何の事だ、クリア! パパは何の事だかさっぱり分からないよう!」

 これまた分かり易くパルメザンが慌てる。やたらと声がでかくなったし。

 一体、パルメザンは紅蓮に何をしたんだ?

「眉毛書いた」

 クリアがボソリと呟いた。確かにそんな悪戯をされている犬を見たことがあるな。

「金太郎印の前掛けを無理やり着させた」

 再びクリア。そんな悪戯されている犬は見たことがない。

「無理矢理プードルみたいに毛を剃られた」

 さすがにそれは酷い。

 威厳のあるドーベルマンも、手足の先だけ毛がある状態だと可哀想にも程があるな。

「すまん! それ以上は勘弁してくれ! クリア! お前から紅蓮に謝ってくれ!」

 パルメザンは土下座をして謝っている。

 俺達はその後、簡単に準備を整えて港に向かって進み始めた。


「ガウガウ!」

 俺達のパーティーにクリアと紅蓮が加わった。紅蓮はクリアの事が気に入ったらしく、傍でクリアに色々と話しかけているようだ。

「あはは! そんな事があったんだぁ!」

 クリアは楽しそうに会話をしている。

 勿論、俺達には会話の内容はさっぱり分からない。

「獣使いっていうのは、あんなに普通に動物とかと喋れるものなのか?」

 俺は素朴な疑問を口にした。

「う〜ん……結構マレなんじゃないかな。そりゃ、クリアの獣使いとして素質は凄いよ。でもあそこまで意思の疎通が可能なのは、むしろ紅蓮の知能が発達しているのが原因だろうね」

 確かに。

 紅蓮にはゾンビ馬である銀星と同じような雰囲気を感じる。銀星もやたらと知能が高いしなぁ。スケベだし。

「そういえば銀星は元気で過ごしているかのぉ」

 ジェットが思い出したように言った。

 銀星はこの大陸にある小さめの牧場に預けていた。そこで綺麗な雌馬に恋をしたようだった。あいつも懲りない奴だ。

「それにしても、クリアは結構体力あるよね」

 秋留が言った。

 確かに。

 俺達は今、港に向かって走っているのだ。クリアがいるので全力とはいかないが、それでもクリアは息切れする事もなくついてきている。

 紅蓮との会話を楽しんでいるところを見ると、まだまだ余裕がありそうだ。

「しょっちゅう探検ごっことか戦闘ごっことかを、近所の仲の良い友達としてたからかなぁ」

 クリアが言った。

 それに対して紅蓮が何か相槌を打ったようで、クリアが再び笑う。

 何気ない会話をしていた俺達だったが、さすがに人の叫び声や悲鳴が聞こえてきたときには全員の顔が緊張に引きつっていた。

「うああああっ」

 近くに街路樹に持たれかかった冒険者が傷口を抑えて呻いていた。

 その他にも負傷者があたりに散らばっている。

「やっぱり放っておけないよね」

 秋留がキョロキョロとする。

「ジェット、あのベンチでうな垂れている人を先に回復してあげて」

「おお! あの服装は司祭ですな」

 さすが秋留だ。

 司祭を先に回復してやれば、その回復した司祭が他の負傷者を助ける事が出来る。

「ブレイブ! クリア! 行くよ!」

 秋留が戦火へと突き進む。

 クリアを真ん中にして俺と秋留が左右を固めた陣形だ。

 ちなみに硬貨はたんまりと補充してきた。パルメザンに俺の武器は硬貨である事を言ったら、喜んでたんまりと重い銭袋をくれた。そのせいで若干身体が重いが全然問題ではない。

「レッド・ツイスター! 遅かったじゃないか!」

 ボロボロになったタイガーウォンが言った。

 それでも致命傷を受けていないあたりが、さすがと言ったところか。

 ざっと辺りを見渡したが、海賊の数よりも水系のモンスターの姿が多い。どうやらラムズと合流したようだ。

「ガロンを抑えろ! あいつが次期の海賊船長になるつもりだ!」

 なるほど。

 ガロンを抑えておけば、次期船長を置いて逃げるような海賊共はいないだろう。

 まぁ、治安維持協会員達が船を取られないように頑張っているのもあるだろうが。

 港は既に敵味方が入り乱れていた。これでは秋留が強力な魔法で根こそぎ吹っ飛ばす訳にはいかない。

「海からは水系モンスター、陸からは海賊か……」

 辺りを見渡して呟く。

 まずはモンスター達を何とかしないといけないな。

「クリア! いっちょ試してみるか?」

 俺はクリアの方を振り向いていった。秋留も「試してごらん」と声をかけている。

「すぅぅぅ……」

 クリアが息を大きく吸い込んだ。とりあえず耳を塞いでおこう。

「止まれ!」

 塞いでいた手を突き抜けて脳を直接揺さぶるような高い声が響いた。

 辺りのモンスターの動きが一斉に止まったが、戦っていた治安維持協会員や他の冒険者の動きまで止まってしまっている。

 獣使いの力か?

 ただ単に急にデカイ音がしたから、ビックリして全員動きを止めただけではないだろうか。

 暫くすると思い出したかのように、そこら中で戦闘が再開された。

「何か微妙だよ」

 クリアがショボンとする。

 まずはラムズを何とかしよう。俺達はラムズの姿を探した。しかし見つからない。探している間にも俺達の姿に気付いたモンスター達が襲い掛かってくる。

 とりあえず近づいてきていた半魚人を倒した。

「ファイヤーバレット!」

 秋留も魔法で応戦する。

 紅蓮も近づいてきた悪海賊の足首に噛み付いて役に立っている。クリアは秋留の腰にしがみ付いてビクビクしている。

「これだけ多くのモンスターが操られているからね。近くにいるはずだよ、ラムズは!」

 秋留が背中に装備しているマントが鋭い刃物になって、近づいて来たモンスターを八つ裂きにした。

 俺は辺りを注意深く見渡した。

 あいつは目立たないからなぁ。ガロンは敵に囲まれながらも戦っているのが目立つ。そのすぐ隣にはボックスとか呼ばれていた荷物持ちもいる。

 全然見つからない。

 俺は諦めかけて視線を海へと移した。

「いた!」

 ラムズは海に浮いていた。その足元にはタトールの姿が見える。しかし攻撃が届きそうな距離ではない。

「あそこまで届く魔法もあるけど、簡単に避けられそうだよね」

 俺達の存在に気付いたのか、ラムズがニヤリと笑った。

 勿論距離があるため、その仕草に気付いたのは俺だけだと思うが……。

 ラムズが指を掲げた。

 それが合図だったのだろうか。後方から猛獣の雄叫びが聞こえてきた。

「がるるるる……」

 カリューだ。

 ラムズが俺達のために戦力を温存していたようだ。しかも傷がほとんど塞がっている。カリューが獣へと変化していったプロセスの過程で、自然治癒能力も高くなってしまったのだろう。最早人間だったとは全く思えない。

「ガウガウ!」

 紅蓮が吼えるが、カリューの雄叫びによりすっかり戦意を喪失してしまったようだ。紅蓮はクリアの影に隠れた。

 カリューが飛び掛かってくる。

 俺は両銃のトリガを引いた。弾層には銅硬貨がフルに入っている。

 カリューは野生の勘で硬貨を難なくかわすと、俺の両手に食らい付こうとしてきた。

「がるっ」

 カリューの腹が裂けて真っ赤な血が辺りに散った。

 ブラドーがカリューを攻撃したようだ。しかし体勢を立て直したカリューが今度は秋留の方を睨み付ける。

 俺は再び銃のトリガを引く。

 次は牽制ではなくカリューの避ける方向を予測して硬貨をぶっ放した。一発は外れたがもう一発はカリューの後ろ足に命中した。

 カリューも俺と秋留のラブラブペアには勝てないようだな。

 にちゃっとした音が聞こえた。タコの足が秋留の足に絡み付いている。

「ブラドー!」

 秋留が叫ぶと、ブラドーが鋭い刃となってタコの足を切り裂いた。

 見ると周りにモンスター達が集まってきている。

 どうやら戦況が悪くなったとみたラムズが増援を送ってきたようだ。様々な海のモンスターやら水系のモンスターが俺達の周りに集合しつつある。

 とりあえずネカーのトリガを引いて、近づいてきていた虹タコの脳天を吹き飛ばした。真っ黒な墨が辺りに散らばり地面を黒く汚した。

「!」

 カリューが俺の脚に噛み付いていた。至近距離からネカーをぶっ放したが、長く噛み付いている程馬鹿ではないようだ。発射された硬貨はあっさりとカリューに避けられ、地面を軽くえぐっただけだった。

「ちっ! モンスターが増えてきたせいで気配を感じるのが難しくなってきたぞ」

 秋留も小さく頷いた。

「どりゃああ!」

 ジェットがモンスターを薙ぎ倒しながら俺達に近づこうとするが、数には勝てないようだ。少し離れた場所で必死にレイピアを振るっている。

「またしてもキリがないな!」

 目の前まで飛んできた飛魚のようなモンスターを短剣で三枚に下ろした。三枚に下ろしたからといってこの場で食べるつもりではない。

「獣使いっていうのは凄いんだな!」

 次に襲ってきた武装した半魚人の首を短剣で切り裂いて叫ぶ。

 秋留が首を振りながら反論する。

「有り得ない! これだけのモンスターを操る能力は普通の獣使いにはないよ」

 ナマコのようなモンスターを、魔法の杖で秋留が気持ち悪そうに向こうへ押しやっている。

「ぐうっ!」

 強烈な一撃を短剣で弾く。手が痺れて感覚がなくなった。

 この強烈な攻撃はカリューか!

 あの野郎、雑魚の攻撃に混じって巧みに攻撃してきやがる! ラムズがいるとこんなにも変わるものか?

「そういえばっ」

 飛んできた黒い銛を咄嗟に掴む。下手に避けると俺と秋留の真ん中で震えているクリアに当たりかねないからな。

「ラムズが牢屋に閉じ込められている時も、モンスターが操られている風じゃなかったか?」

 今度は膝蹴りで近づいて来たカリューを弾き返す。

 俺の膝や肘には鉄板が入っているため威力はそれなりのものだ。

「あ……」

 秋留が俺の台詞に一瞬硬直する。

「危ない!」

 俺はネカーをぶっ放して秋留に攻撃を仕掛けてきた貝殻のようなモンスターを吹き飛ばした。

「ぼ〜っとしたら危ないって!」

「そっか……」

 再び近づいて来たナメクジのようなモンスターはブラドーが薙ぎ払う。

「タトールがモンスターを操っているんだ!」

「え?」

 俺が一瞬硬直したスキに魚モンスターが殴ってきた。俺は額を押さえながら魚モンスターをネマーで木っ端微塵にする。

「いてて……。どういう事だ? ラムズは獣使いじゃないって事か?」

「大地の精霊と風の精霊の宴は地底を走り虚空を舞う!」

 秋留は三日月の飾りが付いた魔法の杖を上空に振り上げる。俺はその間に秋留を襲ってこようとしているモンスターを打ち倒してフォローする。どうやら魔力を高めているらしい。溜めが長い。

「アースブロー!」

 秋留が力を込めて叫ぶ。

 丁度モンスターが固まっていた場所で大地を風が爆裂し、モンスター達を吹き飛ばした。その中にカリューも混じっていたようだが、まぁ無事だろう。

「ふぅ。これで少しは時間が稼げるかな」

 俺は魔法の効力とは反対側にいたモンスター数匹をネカーとネマーで倒す。

「ラムズは確かに獣使いよ。でも、襲ってきている水系モンスターを操っているのはタトール……」

「モンスターがモンスターを操るなんて出来るのか?」

 俺達は敵が少なくなって来たのをチャンスとみて海へ近づいた。つまりラムズへと。

「う〜ん。もしかしたら、力のあるモンスターの命令を弱いモンスターが聞くとかあるかもしれないけど、タトールはモンスターじゃなかったんだよ」

 俺達は尚もラムズへと近づく。

 ちなみに少し離れた浜辺ではガロンと治安維持協会員達が戦闘を繰り広げているが、その輪の中にジェットの姿も見える。

 いつの間にか戦闘に加わったようだが、身体中に穴やら取れかけそうな腕を振り回して戦っているジェットの姿に、周りの協会員達がビビッている。

「タトールは霊獣だよ」

「召喚魔法で出てくる、あの霊獣?」

 怯えていたクリアが聞いてくる。自分が知っている単語が出てきたので、デシャばりたくなったらしい。

「そうだよ、クリア。でも本来、霊獣っていうのは特定の場所でしか生きられないの」

 へ〜。

 秋留は物知りだなぁ。何でも知らないと気が済まない気質なんだろうな。感心してしまう。

「だから霊獣は召喚士に呼ばれた時だけ別の場所に姿を現すの。長い事その場に留まるのは無理なはずなの」

 秋留の講義が続く。

 その間にも襲い掛かってくるモンスター達は、ボディーガードである俺がぶち殺す。

「私がよくお世話になっているジャイアントロックは、普段は岩山に住んでいるしね」

 俺のイメージではジャイアントロックは普段は体育座りをしていそうだ。

 そんな馬鹿な事を考えながらも、俺達はどんどん海に近づいていっている。海に近づいたところでラムズやタトールまでは攻撃が届かないが、どうするつもりだろう。

「で、タトールの話に戻るけど、タトールは私の予想が正しければ……」

 ここで秋留がビシッと海の上のタトールを指差す。

「霊獣の中でも有名な『四聖』のうちの一匹『玄武』よ!」

 秋留の台詞が聞こえたのか、海の向こうにいるラムズがニヤける。

 そしてタトールが反応したかのように、波が一瞬高くなった。

「水を操る力のある玄武だからこそ、水系のモンスターをこんなに沢山操れるんだよ」

 なるほど。

 タトールはそんなに有名な奴だったか。それを操っているラムズはそれなりに力のある獣使いという事か。

「何で玄武なんていう有名な霊獣が、ラムズなんていうショボい奴にくっついているのかは不思議だけどね」

 秋留の考えと俺の考えは大分違うようだ。

「力があるし海の上だから、場所を移動したり、ある程度なら陸地でも生きていられるんだね?」

 クリアが言った。

 ああ、そういう台詞を言うのは俺の役目じゃないのか〜?

「ふふ。そうだね。クリアは物分りが良いね〜」

 秋留がクリアの頭を撫でる。

 ああ! 俺がクリアの言った台詞を言っていれば、秋留は俺の頭をナデナデしてくれるはずだったのにぃ!

「ナデナデなんかしないよ」

 久しぶりに秋留に心の中を読まれてしまったようだ。

「で? どうするんだ?」

 俺の素朴な疑問。

 既に俺達は脚に波がかかる場所に立っている。

 と、突然、目の前の波間から人魚が現れた。濡れた金髪が色っぽい。人魚の上半身は裸だ。俺は眼のやり場に困った。

「荒れ狂う空を縦横無尽に闊歩する雷帝ヴォルトよ……」

 秋留は人っぽいモンスターでも容赦なく攻撃を仕掛ける。

 俺は少しでも人っぽいとモンスター相手でも躊躇してしまうのだ。

「待って!」

 急にクリアが秋留の前に飛び出してきた。

「この子の心が伝わってきた!」

 クリアが人魚に近づいていった。いくら人の形をしていてもモンスターには違いない。その証拠に水で出来たナイフを右手に持っているのが見える。

 武器を構えた俺を秋留が制止する。

「ちょっと待ってみようか。いつでも攻撃出来るようにはしといて」

 俺は両手に武器を構えて成り行きは見守った。照準は人魚モンスターの心臓……うう、なぜか照れる。

「人魚さん、無理矢理戦わされているんでしょ?」

 人魚モンスターが不気味な呻き声を上げた。今にも飛び掛ってきそうだが大丈夫だろうか。

「酷い……心が鎖でがんじがらめにされているみたい」

 クリアが悲しそうな顔をした。

「すぅぅぅぅ……」

 また大声を出すつもりらしい。

 俺は両耳を塞いだ。隣で秋留も同じ仕草をしている。可愛い。

「玄武ぅぅぅぅぅぅぅ〜!」

 空気が揺れた。秋留が魔法を放つ時と同じような空気の振動だ。

 その叫び声に海の向こうに立っていたラムズとタトールが硬直する。と同時に目の前の人魚が呪縛から解き放たれたかのように海に戻っていった。

 俺は静かに両銃をホルスターに戻した。

 目の前でクリアが人魚を解放した事でラムズは焦ったようだ。俺達の方に少し近づいて来た。

 すると目の前から今度は半魚人がザバッと五匹現れた。タトールが呼んだのだろう。

「あんた達!」

 クリアが半魚人達に叫ぶ。

「何であんな亀なんかの下で働いているの! どこが良いの!」

 いや、何か理由があるんだろ? 何せ相手は水を操る力のある霊獣だからな。

「アタシの下で働け! きっちり調教して、あ・げ・る・よ!」

 クリアの猛烈なアピールで半魚人達が一歩後ろに下がった。

 これで鞭でも持たせればクリアはどんなモンスターでも操れるんじゃないだろうか?

「こら! 逃げんな! 半魚人共!」

 半魚人達は逃げ出した。

 クリアには逃げた理由が分からないらしく、プンプンと湯気を出しながら怒っている。

「クリアは優しく語りかけるよりは、力で押さえつけて操るタイプみたいだね」

 秋留が言った。

 確かに、明らかにラムズとは獣使いとしてのタイプが違うようだ。

 クリアに半魚人達を解放されたラムズとタトールは更に俺達に近づいて来た。このまま行くと攻撃が届く範囲まで来るんじゃないのか?

「ぷしゃあああ」

 今度は割と近くの海から水が噴出した。何だ?

「いつまでも調子に乗るなよ」

 ギリギリのレベルでラムズの声が聞こえてきた。つまりラムズ達が大分近づいて来たという事だ。

 先程、水を噴出した物体が俺達の眼の前から現れた。

 クジラ。しかもキャタピラが付いている。

「クジラ戦車!」

 秋留が叫んだ。戦車? 確かワグレスク大陸で魔力で動く荷馬車のようなものがあると聞いていたが、その名前が確か戦車だったはず……。

「デカイわね!」

 クリアも叫んだ。

 それをモンスターに問いかけているのだとしたら、そのまんまだけどな。

 確かに大きい。俺の身長の三倍はありそうだ。

 その巨大なクジラ戦車の口が大きく開く。口の中に巨大な一本の銃身が見えた。

「危ない!」

 俺は秋留とクリアの前に飛び出した。身長程ある銃身から飛び出してくる砲弾を防ぎきれるとは思えないが……。

「口臭いわよ!」

 クリアがまた叫ぶ。確かに臭い。秋留とクリアの前に出たせいで、クジラ戦車のデカイ口が目の前にあるから余計に臭う。これは生ゴミの匂いだ。それも何日も放っておいた生ゴミ……。

 俺達が同じ事を叫んでもクジラ戦車には伝わらなかっただろう。

 しかし意思疎通がある程度可能なクリアの叫びは、クジラ戦車にダイレクトに伝わったようだ。

 遥か頭上に見える小さな眼から大粒の涙を流しながら、クジラ戦車は海へと戻っていった。

「ちょっと可哀想かも」

 秋留が呟いた。

 俺は海上を眺めた。もう目の前にタトールに乗ったラムズがいる。

 と、海水が盛り上がり俺達に向かってきた。

 俺達は勢いよく流される。

「しょっぱ〜い!」

 クリアが叫ぶ。さっきから叫んでばかりだが喉は大丈夫だろうか。

 それにしても、とうとうタトールとラムズが直接襲ってきた。

「キーーーー!」

 ガラスを爪で擦った時のような不快な音。タトールが声を発しているようだ。亀の鳴き声ってこんなだったのか、と感心している場合ではない。

 タトールの周囲に氷の槍が無数に出現した。

「業火の身体を持ち 煉獄の心を抱く者よ……」

 秋留が呪文を唱え始めた。

 ……この魔法は広範囲に熱風を飛ばす極大魔法だ。タトールとラムズしかいない海に向かっての攻撃なら問題ないだろう。

 俺はネカーとネマーでタトールとラムズを攻撃した。

 しかし宙に浮かんだ氷の槍が硬貨を吹き飛ばす。それなりの硬度があるらしい。

「ちょっと止めなさいよ!」

 クリアが叫ぶと氷の槍が一気に減った。俺の硬貨より威力があるという事か。さすがにショックだ。

「灼熱の息吹を知らぬ哀れな者達を汝の舞で焼き崩せ!」

 秋留が杖を振りかぶる。

 それと同時にタトールが氷の槍を全て飛ばしてきた。間に合うか?

「コロナバーニング!」

 顔を覆いたくなるような熱風が辺りを包む。

 クリアも悲鳴を上げた。

「キーー!」

 タトールも悲鳴を上げた。タトールの放った氷の槍は跡形も無く溶けて消えた。

「助けて! タトール!」

 まさに熱風がラムズとタトールを襲う瞬間、ラムズがタトールに助けを求める。いや、タトールも自分の命を守るので精一杯じゃないのか?

「キィ!」

 タトールがラムズの前へと出た。ちなみにラムズがいる場所は海に入ってはいるが足が届く位置らしい。腰の位置で波間に漂っている。

 辺りが水蒸気に包まれた。

 タトールが熱風を食らう直前に海水を壁のように打ち上げたのが見えた。しかし、このままではタトールとラムズがどうなったのか分からない。

「防がれちゃったか」

 秋留が残念そうに言った。

「コロナバーニングとかの大規模な魔法は結構な魔力を使うから、私は暫く役に立てないよ」

 俺の方を見て秋留が言う。

 つまり今のでラムズとタトールは片付けたかったという事か。俺は両銃を構えた。

「お姉ちゃんって凄いんだね」

 クリアがケホケホと水蒸気に蒸せながら感心している。

「がるるるる」

 何か考える前に獣の唸り声に身体が動いた。

 後方に向かってネカーとネマーを発射する。当たらなかったが牽制にはなったようだ。

 飛び掛ろうとしていたカリューが体勢を立て直している。

「危なかった……」

 身体から若干の煙を上げたラムズが言った。

「タトールが俺の身体ごと上空に打ち上げてくれていなかったら、再起不能になっていたところだ」

「ちっ!」

 カリューのすぐ傍にラムズがいる。という事は今のカリューは完璧にラムズに操られているという事になる。

「行け! カリュー!」

 ラムズの号令を合図にカリューが飛び掛っている。下手に避けたりすると秋留やクリアが危ない。

 俺はカリューに向かって飛び出した。

 まずは左手のネカーを一発。そして右手のネマーを少し照準をずらして一発。

「ガウッ」

 カリューが器用に身体を折り曲げて避ける。俺はその間に更に二発の硬貨を発射した。

「ガウガウッ」

 最小限の動きでカリューが硬貨を避ける。そろそろ俺の攻撃に慣れてきたのか! カリューの戦闘能力は厄介な事この上ない。

 手を伸ばせば届く距離になったところで俺は右手を黒い短剣へと持ち替えた。まずは牽制のためにネカーを発射する。

 牽制で放った硬貨はカリューの爪に見事に弾かれた。

 俺は目の前にまで接近してきたカリューに漆黒の短剣を投げる。

「ガウッ」

 カリューの身体の中心を外れた短剣は遥か後方へと飛んでいった。

 そう、俺の予想通り。

「うわあああ! カ、カリュー! 俺を助けろ!」

 俺が狙ったのはラムズだ。もうラムズの目の前まで俺の投げた短剣が迫っている。

 間に合わないよ。しかも……。

 俺は心の中で微笑んだ。

 ラムズの命令に従ってカリューが後ろを振り返った。俺はネカーを後頭部に叩き込んだ。

「ガッ!」

 至近距離からの硬貨がぶち当たったカリューの短い呻き。血が吹き出た。

「ぎゃああ!」

 俺の投げた短剣が肩口に刺ささり、ラムズが悲鳴を上げた。

 ラムズとカリューのペアと戦闘を始めて一瞬。その一瞬でケリがついた。

「ラムズ、お前は操る獣やモンスターを頼りすぎなんだよ」

 痛みに地面を転げまわるラムズに近づきつつ言う。必死に肩口を押さえているようだ。

「ひいいいい! 力が抜ける! 早く助けて!」

 見ると俺が投げつけた短剣がかなり深いところまで突き刺さっている。あの距離から投げてそんなに深いところまで突き刺さったか。

 俺はラムズの右肩に刺さっている短剣を握った。

 そしてワザと短剣をグリグリと回すようにしながら、ラムズの肩から抜く。

 あれ? 静かになったな。

 ラムズを見下ろすと涙を流して気絶していた。その顔がゲッソリとしている。

「さっすが、ブレイブ。よく一瞬で片付けたね」

「まぁね。たまには頼れるブレイブを演出しないと秋留に嫌われるだろ?」

 滅多にない秋留の褒め台詞に照れた俺はわざとオドケて答える。

「まるで今は私に好かれているみたいな言い方だね」

 カリューやラムズの攻撃よりも致命的なダメージを受けたぞ、今の台詞は。

「あはは! ブレイブ、顔が死んでるよ!」

 クリアが俺の顔を指して豪快に笑っている。ことごとく失礼な奴だ。

「さて、ガロンはどうかな」

 見るとさすがに数に圧倒されたのか、ガロンが多数の治安維持協会員の放ったロープにガンジガラメにされている。

 不死身のジェットと死闘を繰り広げたのだろう。

 ガロンは身体中に穴が開いたり手足が取れかかっても平然と立っているジェットを恐怖の眼差しで見つめている。

 死闘……。

 まぁ、今のジェットには縁のない言葉だったか。

 ボックスとかいう奴は力尽きて地面に突っ伏している。あいつはただの荷物持ちっぽかったからな。

「終わったか」

 俺は再び暴れる事がないようにカリューを縛ろうと近づいた。前よりも念入りに縛らないとな。

「え?」

 俺の胸、心臓がある位置にカリューの爪が突き刺さっていた。咄嗟に急所はズラしたつもりだが、この傷の深さは危険だ。

「きゃあああ! ブレイブ!」

 失いそうな意識の中で秋留の悲鳴が聞こえた。

 駄目だ、今、気を失ったら魔力の尽きている秋留も無防備なクリアも危ない。

「だあああ!」

 カリューを縛ろうとしていたために銃も短剣も構えていない。

 俺は右拳に力を入れて目の前にあったカリューの眉間を殴りつけた。

「!」

 俺の全身に鈍い音が反響した。やはり盗賊の俺の腕では直接攻撃には無理があったようだ。右拳の感覚が途端に無くなる。

 しかし、その痛みのお陰で意識がはっきりした。

 カリューも軽い脳震盪を起こしているようで追撃が来ない。追撃とはつまり、喉を噛み切りに来たり、頭を砕きに来たりだ。

「カリュー! ブレイブは仲間だろぉがぁ!」

 クリアが叫んだ。まるでイカつい野郎が叫んだような言い回しだが、突っ込んでいる場合ではない。

 あれ?

 クリアにカリューが仲間である事なんて言ったっけか? まぁ、今までのやり取り等を見ていれば、予想が付くか。

 とにかく、クリアの叫びでカリューがピクリと耳を動かした。

「ジェット!」

 秋留がジェットを呼ぶ声が聞こえた。今では頭を動かす事も出来ない。どうやら俺は地面に倒れているようだ。

 バシンッ!

 視界が大分狭く、そしてボヤけてきたがクリアがカリューの顔を平手打ちしたのが見えた。

「いつまで操られているの! 秋留お姉ちゃんやブレイブはお前の大事なご主人様だろ!」

 う〜ん。

 さすがに全てを理解している訳では無さそうだ。そいつは俺達のペットじゃないぞ……。

「う! これはいけませんな」

 ジェットが俺を見下ろしているようだ。なぜか死神に見えるのは身体中からダークなオーラを発しているせいだろうか。それともジェットの傷口がみるみるうちに修復していっているからだろうか。

「全てを優しく包み込む大いなる力よ、その神をも癒す聖なる泉を我が眼前に出現させたまえ、セクアナの泉!」

 目の前が真っ白になった。

 そして一瞬にして身体に力がみなぎる。俺は内から溢れ出るパワーに押し出されるように勢いよく起き上がった。

「ありがとう! ジェット! 何だか前より大分調子が良くなったよ!」

 腕をブンブンと振り回しながらジェットの方を向いた。

 あれ? さっきまでジェットがいた場所には誰もいない。

「セクアナの泉……神聖魔法の中でも上位に位置する回復魔法だよ」

 秋留が涙を流している。

 ま、まさか。

 ジェット……。命と引き換えに俺の事を助けてくれたのか?

「ジェット、今までありがとう……」

 秋留が俺に背を向けて天を仰いだ。

 駄目だ、俺まで泣きそうになってきた。

 目の前の秋留の背中がプルプルと震えている。俺は何て事をしてしまったのだろう。

 今まで固定的なパーティーなど組んだことが無かった。ここまで気の合うメンバーとパーティーを組めた事を幸せに思っていた。それを……俺は……。

「あ、あ……」

 秋留が嗚咽も漏らす。

「あっは……」

 ん?

「ああ〜っはっは! あはは〜!」

 秋留が笑い出した。

 まさか……。

「ブレイブ、涙目になってる! ジェットは大丈夫だよ! 暫くは原型を保てないけど暫くしたらまた復活するよ。あっはっは〜!」

 騙された。

 俺とした事が今までのジェットの記憶を走馬灯のように映し出してしまっていた。死人ジェットの命と引き換えに復活させて貰った、などと思った自分を呪う。

「酷いじゃんか! 秋留! 俺はジェットが昇天したかと本気で心配したんだぞ!」

 秋留が笑い涙を拭きながら、少し真剣な顔で口を開いた。

「私を本気で心配させた罰だよ」

「! 心配してくれたのか?」

 俺はすっかり気分をよくした。

 何か秋留が俺に対して酷い事を言って弁解しているようだが、俺の耳には聞こえない。都合の良い事だけを脳みそに刻んでおこう。

「それにしても」

 俺は辺りを見渡した。

 傷付いた者や死亡している者も数多く見られる。海賊団には苦労させられた……。いや、ここまで苦労したのはあそこでクリアに調教され始めているカリューのせいだろう。

 凶暴だったカリューもクリアに怒鳴られながら「お手」や「おかわり」を覚えさせられている。獣使いって凄いんだなぁ。

 カリューの眼がクリアの迫力により怯えているよう見えるが、まぁ、俺を殺そうとした罰だな。

「お疲れだったな」

 タイガーウォンが近づいて来た。身体中傷だらけだが致命傷は追っていないようだ。カリューやガロンと戦って五体満足とは、実は結構強い奴なのかもしれない。

 いや、ただ頑丈なだけか。

「助かった。いくらカリューに手助けされたからといって、海賊達を逃がしたのは治安維持局側の落ち度だ」

 傲慢そうな奴に見えたが、それ程、話の分からない奴でも無さそうだ。

「ラムズにカリューが操られるのを予測出来ずに、近くの檻に閉じ込めたのが不味かったな」

 アゴに豪快に生えた真っ黒なヒゲをもてあましてタイガーウォンが笑った。

 いや、笑い事か?

「カリューか……どうするかな……」

 タイガーウォンが悩む。

 我がパーティーの頭脳、秋留が黙っている。何か良い案を考えている最中に違いない。

「ペットは責任を持って飼い主が面倒を見ます」

 秋留がタイガーウォンを見つめる。

「ペット……ペットか! そりゃ良い!」

 タイガーウォンがクリアに叩かれているカリューを見て更に笑う。

「確かにペットだ! がっはっは!」

 とりあえず当初の予定通り、行儀の悪いペットと成り果てたカリューを元に戻してもらうために、アステカ大陸に行くしかない。この大陸に来た時とはカリューの状態が大分変わってしまったが大丈夫だろうか。

 道中で誰がご主人様かはっきりさせてやらないとな。

 ……。

 今はクリアがカリューのご主人様と認めざるを得ないようだが。

「!」

 俺は大気が震えるのを感じて辺りを見回した。

 一瞬、身体ごと海水に流された俺の視界に映ったのは、ラムズとガロンの傍にたたずむ焼け焦げたタトールの姿だった。

「助かったぞ、タトール!」

 ラムズがボロボロのタトールを撫でた。

 そして幹部二人が走り出す。

「炎の精霊イフリートよ、炎の弾丸で敵を撃ち抜け! ファイヤーバレット!」

 秋留が咄嗟に魔法を放つ。

 しかし逃げる海賊達には命中しなかった。

「あの森に誘導して」

 秋留が小声で俺に呟いた。秋留の視線の先には俺達が取り付かれた不気味な森が鎮座している。

 秋留に何か考えがあるのだろう。

 俺はネカーとネマーでラムズとガロンの少し右を狙った。

「うがっ」

 俺の狙い通り、放った硬貨がガロンの右腕をかすった。海賊達は順調に森へと誘導されていく。

「タトール!」

 腹に響く重低音な声。

 タトールを呼んだのはラムズではない。クリアだ。

 クリアの叫び声にタトールの動きが止まった。

「どうした、タトール! ここから逃げて体勢を立て直すぞ!」

 次はラムズの叫び声。

 しかしタトールはその場を動こうとしない。

「タトール……」

 先程の響いた声とは違って優しく訴えかけるようなクリアの声。これがあの有名な飴と鞭か。

「ラムズなんかに付いて行ったら命がいくつあっても足りないよ」

 クリアがタトールをはじめとした海賊達に近づいていく。

 俺はいつ海賊達が反撃してきても良いようにネカーとネマーを構えなおす。

「タトール、構うな!」

 ガロンに追いつくようにラムズも走り出しながら叫ぶ。

「アタシなら! アタシならタトールを危険に合わせる様な事はしない!」

 クリアのこの台詞がトドメを刺したようだ。タトールがクリアへヨロヨロと近づいてくる。

「タトール!」

 森へと消えていくラムズの悲痛な叫び。まるで恋人に裏切られたかのような悲しさを感じる。

 そしてタトールがクリアの胸へと飛び込んだ。

「よしよし」

 クリアがタトールの頭を優しく撫でる。しかしタトールは気付いていない。クリアの顔が新たな下僕を手に入れた邪悪な笑みに包まれているのを。

「カリュー」

 クリアの死角に入って逃げようとしていたカリューが、クリアの静かな声にビクリと身体を震わせて立ち止まった。そして大人しくクリアの傍に近づいていく。

 獣使いクリア。

 既に紅蓮、カリュー、タトールという強力な軍団を引き連れるまでに成長してしまった。

「凄い成長の早さだよね」

 秋留が言った。

「なぁ、ラムズとガロンは追わなくて良いのか?」

 タイガーウォン達治安維持協会のメンバーも、不気味な森に入ることを躊躇しているようだ。

「大丈夫、彼らにお願いしておいたから」

「彼ら?」

 秋留に聞き返したが秋留は不気味に笑っただけだった。

「クリア、凄いわね。もう獣を三匹も仲間にしちゃって」

 秋留がクリアの視線に屈んで話しかける。目線を同じにして話しかけている秋留の心遣いはさすがだと思う。

「うん! 皆、私とずっと一緒にいたいって言ってる!」

 クリアが紅蓮を、カリューを、タトールを順番に撫でた。

 俺の眼には全ての獣が首を横に振っているように見えるのは気のせいだろうか。最初は忠実だった紅蓮も一連のやり取りを見て考え方を変えたようだ。

 その時だった。

 俺の耳に森の奥深くからラムズとガロンの叫び声が聞こえてきたのは。

「聞こえた?」

 森を眺めている俺の隣にやってきて秋留が言った。

 頷く俺に秋留は続ける。

「森にいたカップルの霊に言ってあげたの」

 霊と会話?

 ネクロマンサーはそんな事も出来るのか。便利なもんだなぁ。

「何て言ったんだ?」

 ふふ、と笑って秋留が言った。

「ガロンとラムズはデキてる!」


 それから暫くは海岸の生存者達の介抱を行った。俺達冒険者は簡単な治療の仕方なら知っている。

「こりゃこりゃ、大変そうですね」

 森の方から頭を光らせながら一人の爺さんが近づいて来た。俺と秋留が取り憑かれた時に助けてくれた、ツルッパゲのゲーンとかいう爺さんだったかな。

「わたくし、神聖魔法が少し使えますゆえ、お手伝いしましょうかな」

「お前の助けなどいらん!」

 近づいて来たタイガーウォンがゲーンを指差して怒鳴る。

 ムッとした顔をしてゲーンが言い返す。

「そんなボロボロの身体をして何を言うか!」

 この爺さんズはお互い面識があるようだ。しかも仲が悪そうに見える。

 今にも殴り合いの喧嘩を始めそうな雰囲気だ。

「お前の方こそ何もしていないのに身体がヨボヨボではないか!」

 これはタイガーウォン。

 今までは威厳のあるように見えていたのだが、こうやって口論しているところを見るとタダのジジイだな。

「お主こそ、その顔の恥ずかしい傷はいつ消えるんだ!」

「何だと!」

「そんな凶暴な顔で捨て猫を助けようとするから豪快に引っかかれるんだ!」

 ぷっ。

 思わず噴出してしまった。あの顔で捨て猫を助けるような心を持っているとは。顔を斜めに横断する真っ赤な傷は子猫につけられた傷だったのか。

「まぁまぁ、お二方、仲良くしましょうよ」

 秋留が間に割って入った。相手の心を静めるように優しく話しかけているのが分かる。

「こんな奴と仲良く出来るか!」

 タイガーウォンがゲーンの顔に唾を飛ばしながら反論した。

「汚なっ! 貴様! 唾を飛ばすな、臭い!」

 これはゲーンの台詞だ。まるで子供の口喧嘩だ。

「亡くなったお二人は、貴方達二人が仲良くなる事を望んでいますよ」

 秋留は二人の爺さんの秘密を知っているらしい。

 秋留の台詞を聞いたタイガーウォンとゲーンは、お互いを見つめ合ってソッポを向いた。

「とりあえず口論している場合ではないな。重症者から面倒を見よう」

 ゲーンが白い法衣の袖をまくって負傷者の手当てをし始める。

「よろしく頼むぞ」

 タイガーウォンは、心配そうに成り行きを見守っていた治安維持協会員達の元に戻って、色々と指示し始めた。

 秋留の言葉で全てがまるく収まったようだ。

「どういう事だ?」

 俺は秋留に近づいて聞いた。

「森のカップルの霊ね……両親に反対されて投身自殺しちゃったんだけど」

 秋留が少し怒るような目線を二人の爺さんに送る。

「その仲の悪い両親がタイガーウォンとゲーンなの」

「!」

 そんな事実があったのか。それでゲーンは二人の霊を慰めるために森で暮らしているという訳か。

「そんな情報どこで仕入れたんだ?」

 何となく予想はしていたが、とりあえず秋留に聞いてみた。

「本人達の霊に直接」

 やっぱり。

 悩み相談でもしてあげたのだろうか。それでこうなるかもしれない事を予想してガロンとラムズがデキているという情報を伝えた……。

「やっぱり秋留は天才だよ」

「当たり前でしょ」

 秋留が笑顔で答えた。そういうフザけた態度も俺は大好きだ。

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