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第四章 脱獄

 カリューは治安維持協会傍の留置所に収容されている。

 この留置所で暫く過ごした後、アステカ大陸から来る治安維持協会の船で輸送される事になる。その前にカリューを何とかしないと、自称勇者で元人間の獣人が囚人になる、というややこしい状態になってしまう。

 前方から来た人が俺にぶつかって来たが、謝りもしないで走り抜けた。気付けば他にも何人かが俺達の向かう方向から走ってきているようだ。

 耳を澄ますと人の叫び声や怒号が聞こえる。

「何かあったみたいだな」

 俺達三人は頷くと人の流れに逆らうようにして走り始めた。何だか知らないけど嫌な予感がする。なにせカリューはトラブルメーカーだからな……。

 俺の悪い予感は的中した。

 小さいが頑丈そうなレンガで作られた留置所周辺で治安維持協会員達が慌しく動き回っている。

「お前は南側を探索しろ! てめぇは他の罪人が逃げないように見張ってろ!」

 忙しそうに怒鳴っていたタイガーウォンが俺達の姿を見つけると、鬼のような形相で近づいてきた。

「ブレイブ、どこ行くの!」

 俺の本能がこの場から離れろと告げているのに、秋留が逃げようとする俺の襟をむんずと掴んでいる。

「遅かったな、レッド・ツイスター……」

 嫌味たっぷりな口調でタイガーウォンが口を開いた。タイガーウォンの口から放たれる安物の葉巻のような異臭が気持ち悪い。

「海賊一味が留置所から脱走した。獣人カリューがその逃亡を助けたようだ」

「……」

「…………」

「………………」

 俺達三人は仲良く沈黙した。冷静な秋留もあまりのショックに声が出ないようだ。

「ラムズじゃなくて、カリュー?」

 頭の中の整理も出来ていない状態で秋留が疑問を口にした。まぁ、ようするに脱走の実行犯はラムズじゃないのか、と言いたいようだ。

「……? ああ、あんな気弱な海賊の仕業じゃないな。騒ぎを聞きつけて俺が留置所に向かった時には先陣を切ってカリューが突っ込んで来た」

 そう言ってタイガーウォンが悪趣味なアロハシャツを捲って脇腹を見せる。そこには獣に切り裂かれたように真っ赤な傷が痛々しく残っていた。

 完璧な獣となったカリューを、ラムズが操っていたんだろう。

 秋留の幻想術では人としての意識がなくなったカリューを操る事ができなくても、獣使いの能力があれば操れる。

「責任をもって全員捕まえて来ます」

 秋留が言った。

「再度、報奨金を要求しようなんて考えてないから安心してくれ」

 俺の台詞にタイガーウォンだけでなく秋留とジェットまで白い眼で見てきた。

「冗談だよ、冗談……」

 冗談で言った台詞ではなかったのだが、空気が悪くなってしまったのでフォローしておく。ちなみにカリューを捕まえた時の報奨金はいくらだろうなぁ。

「奴ら、俺達をかく乱させるために散り散りになって逃げ出したようだ。どこかで落ち合う約束をしているに違いない。とりあえず我々の方は港を押さえたが……」

 この島からは逃がさない、という事か。

 いくら海賊だからと言って泳いで逃げるような事はしないだろうしな。港を押さえたタイガーウォンの判断は間違いではないだろう。

「ブレイブ! ジェット! 行くよ!」

 秋留が走り出す。

 俺とジェットは眼を合わせると気合を入れて走り始めた。馬鹿カリューめ! 一体、何をやっているんだ! 暴走し過ぎだ!


「さて、この辺で一回周りの様子を窺うわ。ブレイブも神経を研ぎ澄ませて海賊達を探して!」

 タイガーウォンから少し離れた場所で秋留が言った。

 あいつのすぐ傍では集中できないから魔法を唱えたりするのは無理だろう。俺は辺りを注意して観察した。右往左往している住人や治安維持協会員が目立つ。

「天空の覇者ホルスよ、その眼力で万物を捉えよ、ホーク・アイ」

 秋留が魔法を唱えた。

 ホーク・アイは鳥の霊獣を召喚する魔法だ。空中を飛び回るホルスの眼と秋留の眼がリンクする。この魔法を唱えている時の秋留の眼は鷹の様に鋭くなる。可愛い眼が台無しだよ、秋留。

「う〜ん……。奴ら海賊だけあって気配を消したり隠れたりするのは上手いみたいだね。明らかな陽動作戦を実行している海賊もいるけど……」

 秋留が上空を見ながらキョロキョロしている。

 俺も辺りを窺うがサッパリ海賊共の気配を捉える事は出来ない、というかそもそも俺の能力はそこまで広範囲じゃないぞ!

「駄目、見つからないわ」

 秋留が残念そうに魔法の効力を解放して言った。今はいつもの可愛い眼に戻っている。

「カリューの馬鹿野郎ー!」

 俺は力の限り叫んだ。

 その後、聴覚に全神経を注ぐ。

 ……。

 …………。

 駄目だ。俺の罵声にカリューが反応すれば儲け物と思っていたが、少し離れた場所で指示しているタイガーウォンや、隣で「急に大声出さないでよ!」と怒っている秋留の声しか聞こえない。

「俺の勘で行くと……」

「北側に広がる森ね」

 秋留に先に言われた。森に潜めば追っ手を各個撃破する事が出来るし、盗賊や海賊は対人の罠等を張る能力を持った奴もいる。ちなみに俺には罠を見破る能力はあるが、罠を作る能力は無い。何気に不器用だからな。

 俺達は森に向かって走った。

 同じ様に森が怪しいと踏んだ治安維持協会員が隣で併走している。

「やっぱり森が怪しいですよね」

 髪を茶色に染めて肩まで伸ばしている協会員が言った。同じ方向に進んで足手まといにならなければ良いが……。

 協会員が足元の石を踏みつけた時に嫌な音が聞こえた。悪海賊達が仕掛けた罠を作動させたようだ。俺達の目の前に枝が鋭く尖った木片が勢いよく飛んできた。

 俺は素早く両銃を構えた。

「むぉーく!」

 罠を作動させた協会員が謎の雄叫びを挙げて、木片に向かって飛び蹴りを放った。木片が粉々になる。

「すみません! 罠を作動させてしまったみたいですね」

 何事も無かったかのように協会員が言った。

 俺は黙って銃をホルスターに戻す。

「協会員さん、武術が得意なの?」

「私、治安維持協会員のボブと言います」

 秋留の質問にボブが答える。ボブか。全国のボブには悪いが個性の無い名前だ。

「この島の治安維持協会で働く者は誰でもムォーク武術が使えるんですよ。私なんてまだまだ下っ端でして……」

 恥ずかしそうにボブが頭を掻く。

 しかし今の蹴り……。技の速さと威力……。下っ端というには不自然だ。

 なるほど。

 俺が気絶した後に暴れたカリューを生け捕りに出来たのも少し頷けるな。ムォーク武術等と言うふざけた名前でなければ俺も入門を考えていたところだ。

「いくら体術が得意と言っても、罠には気を付けてくれよ」

「のわああああ!」

 俺の後ろから付いてきていたジェットが罠にかかったようだ。心臓の位置に木の枝が突き刺さっている。

「う、うわあああああ!」

 心臓に枝が突き刺さったまま走っているジェットの姿を見て、ボブが悲鳴を上げて卒倒した。

 俺達は放っておいて森深くに向かって突き進んだ。ついてこられても、足手まといになったに違いない。

「痛いですぞ」

 ジェットが涙目になりながら心臓から鋭い枝を抜き取った。ゾンビであるジェットの身体からは血が一滴も垂れない。

「奴ら本気で追っ手を殺そうとしているな」

「手加減する理由はないでしょ」

 秋留が冷静に答えた。

 そろそろだろうか。

 俺は立ち止まる。俺の動きに合わせて秋留とジェットも立ち止まった。

 辺りを注意深く窺った。

 低い獣の唸り声が空気を揺らす。カリューだろうか?

 地面に広がる草を踏みしめる音が俺達の周りから聞こえて来た。どうやらすっかり囲まれていたようだ。

「また水系モンスターですな」

 俺の目の前でジェットの胸に空いた穴がウニュウニュと塞がったのが見えた。これを見てしまうと暫く食欲が無くなるのだ。もう少しコッソリと修復して貰いたい。

 三又の槍を構えた半魚人、頻繁に手足を揺らすタコモンスター、頭の上のサクランボのような物を揺らして近づいてくるワニ……。

 俺はネカーとネマーをぶっ放して近づいてくるモンスターを片っ端から吹き飛ばしていった。

 ジェットも負けじと魔力を込めたレイピアでモンスター達を爆殺していく。

「死を悟った嵐の猛攻は……仇名す者を滅ぼす爆風となる……ウィンドボム!」

 秋留の呪文をトリガにして、群れを成すモンスターの中心に向かって急激に空気が集まっていく。刹那、集まった空気が一気に破裂した。

 耳を覆いたくなるような爆裂音が辺りに響き渡る。モンスター達の身体のパーツが散乱した。

「激しいな」

「ちょっとね」

 秋留の方に降りかかってくる肉片を、背中で見守っていたブラドーが防ぐ。ご主人様を守る忠実な僕という訳だ。

 ついでにそのご主人様の最愛の俺に降りかかってくる肉片も払ってくれれば良いのに。

 俺は肩に降ってきた、深く考えたくない柔らかいものをネカーの銃身で払った。

「相変わらず派手だな」

 有無を言わさず、声の聞こえて来た方に硬貨をぶっ放す。

 この大陸に来てからも見たことのある亀の甲羅に硬貨はあっけなく弾かれた。あらかじめ軌道は防いでいたようだ。

 今の声はラムズに違いない。あまり特徴のある声ではないので覚えにくいが、目の前に現れた亀のモンスターがその証拠だ。

 ラムズの忠実な僕である亀のモンスター、タトールだ。

「また痛い目に合いたいらしいな」

 腰に手を当てて堂々と言ってやった。

「ブレイブはラムズとは大して戦ってないでしょ」

 秋留がボソリと言ったが気にせず続ける事にする。

「そんなモンスターの陰、更には頑丈そうな木の陰に隠れながら喋るんじゃねぇ、正々堂々姿を見せろ」

「うるせえ! 黙れ!」

 ……。

 ラムズからの予想外の応答に一瞬うろたえてしまった。あいつ、あんなキャラクターだったっけか?

「ブレイブ、危ないよ」

 なぜか秋留がブラドーの力を借りて近くの木にぶら下がっている。そんな秋留をローアングルから見上げて少し幸せな気分を味わっていると、何かに足を取られた。

 森の中に洪水が発生していた。

 俺は大量の水と共に後方に流される。途中で数本の木に身体を打ち付けるというオマケ付きだ。

 どうやらタトールが大量の水を発生させたらしい。あいつは水を操ることが出来るモンスターなのだ。

「ちっ」

 俺は周りを見渡して舌打ちをした。水に流されたせいでモンスターが群れを成していた中心に来てしまったようだ。

 俺は両手に持ったネカーとネマーを構えてトリガを引いた。

 あれ?

 硬貨が発射されない。

 というか、俺が持っているのは何だ? 木の枝?

「ブレイブ〜! 銃が二つともココに落ちてるよ〜」

 少し離れた場所に俺の長年の相棒である二丁の銃が落ちている。

 後方から襲ってきていたモンスターを腰に装備した黒い短剣で切り落とす。続いて飛んできた槍を同じく短剣で払う。俺は銃だけではなく短剣の扱いも神がかってきたようだ。

 襲い来るモンスターを短剣で切り倒し、銃の元まで辿り着いた。

「やっぱり手に馴染む」

 ネカーとネマーを構えて辺りのモンスターの眉間を打ち抜いていく。

 それにしても敵が多い。

 少し離れた所で秋留も魔法を放ったりしているようだが、若干疲れてきているようだ。ジェットは最小限の動きでモンスター共を三枚におろしている。

 いくら雑魚だからと言ってもキリがないぞ。

「こういう集団に襲われる回数が多い気がするのは、気のせいですかな?」

 近くで戦っていたジェットの何気ない一言。

 確かに。

 俺達はモンスターの大群と戦う事が圧倒的に多い気がする。中でもゴールドウィッシュ大陸でのモンスターの大群との戦闘は一番の規模だったかな。何しろ俺達がレッド・ツイスターと呼ばれるようなった戦闘でもあるから……。

「うおっ!」

 過去の思い出を振り返っている場合ではなかった。

 目の前に繰り出されたサーベルをギリギリのタイミングでかわして、モンスターのデカイ腹に硬貨を叩き込んだ。

 ラムズを狙おう。

 こういう操られたモンスターを大人しくさせるには、その親玉を倒すのが一番手っ取り早い。俺は襲って来るモンスターを倒しつつラムズを探した。

 先程いた大木の後ろには既にいないようだ。

 そういえば、襲って来るモンスター達の動きに迷いが生じ始めている気がする。操縦者であるラムズが戦線から離脱したか?

「本気じゃない……時間稼ぎ?」

 秋留が頭をクルクルと回している。俺には想像も出来ない程に頭をフル活用しているに違いない。

「ジェット! ブレイブ!」

 秋留が走り出す。

「街に戻るよ!」

 俺達三人はモンスターの包囲網を突破した。包囲網と言っても既にほとんどのモンスターは散開していたようだが。

「ホーク・アイ!」

 走りながら秋留は呪文を唱えていたようだ。再び秋留の眼が鋭い鷹の眼のようになる。

 秋留が辺りを窺うようにキョロキョロとしているが、実際に秋留が見ているのは遥か上空から見るデズリーアイランドの街並だろう。

 でも秋留。

 走りながらキョロキョロしてたら危ないんじゃないか? ホーク・アイの召喚魔法を使っている間、秋留は今走っているこの景色は見えているのだろうか。

 足元に転がっていたジョン? ボブだっけか? まぁどっちでも良いが先程、ジェットのゾンビっぷりを目の当たりにして卒倒した治安維持協会員を踏んづけて走り続けているところを見ると、前は見えていないようだ。。

 俺は危うく木に激突しそうになった秋留の手を引っ張った。

「ありがとう、ブレイブ」

 秋留が恥ずかしそうに言った。

 あ!

 俺は咄嗟の事で気にしてなかったが、秋留の手を普通に握ってしまっていた。慌てて手を離す。秋留の顔を窺うといつの間にか、いつもの可愛い瞳に戻っていた。

「痛っ!」

 俺は頭を抑えた。それでも遅れないように足は走り続けているあたりが、冒険者としての根性か、悲しい性か。

「ちゃんと前見てないと木にぶつかるよ」

「そういう時はちゃんと手を引っ張ってくれないと!」

 秋留が笑った。しかしすぐに真顔に戻る。

「レッジャーノ邸に海賊達が集まっていたわ」

 秋留が言った。

「人質を取る気ですな! 卑劣な!」

 ジェットが白い顔を若干赤くして怒鳴る。ジェットは卑怯な事が嫌いらしい。う〜ん。俺はジェットに好かれているだろうか?

 俺達は走るスピードを上げた。どうやらこのメンバーでは俺が一番体力があるようだ。二人との距離が若干開いてきた。

「先に行って!」

 俺は秋留に促されて更に速度を上げた。秋留の前だから我慢しているが、既に息が上がってきている。船上暮らしが長かったせいで体力が少し落ちたようだ。

 結構森の中までおびき出されてしまったが、ようやく森が開けてきた。

 陽動作戦をしている海賊の一人だろうか。少し離れた所からターバンを巻いた海賊が突然短剣を投げようとしてきた。

 海賊が短剣を投げるより早く、俺はネカーから発射された石の硬貨を顔面にぶち当てる。こんな雑魚には構っていられない。

 と、倒れた海賊の横をすり抜ける時に足首を捕まれた。

「この不死身のボナンザ様にそんな攻撃が通じるものか!」

 両鼻から豪快に血を流しているボナンザと名乗った海賊が、俺の足首を掴んだまま見上げて言った。

「不死身は足りてる! 雑魚のくせに名乗るな!」

 俺は至近距離から名も無い海賊の脳天に石の硬貨を叩き込む。

 めりっ。

 石の硬貨が頭に若干めり込んだようだ。まぁ、不死身と名乗ったのだから不死身なのだろう。

 海賊は白眼を剥いてその場に倒れこんだ。

 俺は何事も無かったかのようにその場を走り去る。

「!」

 俺は目の前の光景を見て愕然とした。

 この大陸を大きく二つに割っている崖があるのだが、その崖にかけられている数少ない橋が破壊されている。

 壊された橋の向こう側、対岸にムカツク笑みを浮かべた海賊がいる。

 とりあえず俺は何も解決されない事とは分かりつつ、その海賊の腹に弾丸を撃ち込んだ。声を発する事も出来ずにニヤニヤ顔の海賊がその場に倒れた。

「どうするか……」

 辺りを見渡す。

 まさかカリューのようにジャンプする訳にもいかない。

 秋留の魔法なら何とかなるかもしれないが、さすがに先行していた俺が後方から来る秋留達を待っていたら格好悪過ぎる。

「久しぶりに盗賊らしい事もしておくか」

 俺は誰に言うともなしに呟くと鞄からロープを取り出した。タコの身体に巻きつけようとしたあのロープだ。

 勿論、あれから手入れをしたためロープがヌメヌメしている事なんてない。何せ俺は綺麗好きだから。

 大きく円を描くようにロープを振り回す。目指すは崖の向こう、最短距離の場所にある太い幹のある大木だ。

 勢いを付けるためにロープの先は若干重くなっている。そのロープの先端が上手く太い枝に巻きついた。

「よし!」

 思いっきり引っ張ってロープが外れたり、枝が折れたりしない事を確認して崖へと飛び出す。

 身体が風を切った。俺は何事も無かったかのように対岸へと着地する。

 盗賊というものは誰が作ったかも分からないような遺跡や廃墟に潜り込んで、目当ての宝を探したりもする。トレジャーハントをしていると目の前に口を開けた大穴が待っている事も少なくはない。そんな時、俺が今やったようなロープアクションというものは重要になってくるのだ。

 と、一人で考えながら高価だったロープを木に登って取り外す。

「勿体無いオバケが出てくるからな」

 俺は何かを納得させるように大きめの声で言うと、レッジャーノ邸目指して再び走り始めた。

 俺は増えてきた海賊達を一人一人撃破しながらひたすら走り続けた。多めに持ってきていた硬貨も心細い量になってきている。

「こいつは怪しそうだな」

 俺は今倒したばかりの海賊の靴を見つめた。明らかに靴底が分厚いんじゃないか?

 俺は腰から短剣を抜き出すと靴底を両断した。

「うっ!」

 目の前で大の字になって倒れている海賊が呻いた。若干足の裏まで切ってしまったようだが気にしない。

 やはり。

 俺は靴底から出てきた硬貨を銭袋に補充した。しめしめ。金で出来た十万カリム硬貨もあったぞ。

 こういう集団で行動する、とくに盗賊や海賊は個人の財産を保持しておく場所がない。そういう奴は普段身に着けている服や装備品に財産を隠しておく事が多い。根性のある奴だと身体の中など様々だ。

 俺は心機一転、レッジャーノ邸目指して邁進し始めた。

 そろそろだろうか。

 俺は海賊達の能力を考えて、気配を消し始めた。雑魚敵と戦うのも危険だ。

 相手が人質を取っているのなら尚更、バレないように近づいて人質を奪取したい。

 レッジャーノ邸が木に囲まれていて助かった。

 どうやらまだ海賊達に俺の接近は気付かれていないようだ。モンスターの姿も見えないところを見ると、ラムズとタトールコンビは別行動をしていらしい。好都合だ。

 俺は敢えて正面玄関から近づいていった。逆に建物の裏は警戒しているような気がしたからだ。

「うわあああ!」

 男の叫び声が聞こえてきた。

 視線をレッジャーノ邸の広い庭に集中する。ちなみに俺は辺りが観察出来るように少し大きめの木に登っている。

 数多くいる執事だろう。

 ウェイターのような服を着た中年のおっさんが血を流して倒れている。その周りには武器を持った家政婦や農耕具を持った爺さんなどが群がっている。どう考えても非戦闘員、役に立ちそうもないし、放っておいたら次々と死体が増えてしまいそうだ。

「他の冒険者はいねえのかよ……」

 口の中で呟いて辺りを見渡す。

「!」

 他の冒険者……。

 そして治安維持協会員だろう。揃いの水色のスーツを着た男達が一匹の青い毛並みの獣人を取り囲んでいる。場所はレッジャーノ邸の正門の右。丁度街から来る救援が最初に登場してくる場所だ。

 俺の見ている目の前で治安維持協会員の一人が首を噛み切られた。

 最早、カリューの面影は微塵も残っていない。凶暴な獣人……いや、モンスターと言っても問題ない。

 カリューの周りにはレッジャーノ邸の庭とは比べ物にならない程の屍。原型を留めていない亡骸も数多くあるようだ。

 その中で唯一頑張っているのがタイガーウォン。

 身体中に傷を負いながらも凶暴なカリューと肉弾戦を繰り広げている。

 よし。

 まずはクリアを探そう。一番人質にされる可能性が高い人物。レッジャーノ家の一人娘であるクリアはどこだ?

「あっ!」

 俺は思わず木から落ちた。

 俺が最後に木の上から見た光景は、両手で構えたトンカチを振り回しながら館の中から出てくるクリアの姿だった。

「てめぇ! 何してやがる!」

 さすがに木の上から落ちてきたら敵にバレるだろう。

 こうなってしまっては仕方がない。

 敵を蹴散らしつつクリアの場所までたどり着こう。

 俺は近づいてきた海賊の攻撃を難なくかわすと、背中に肘打ちを食らわしてから走り始めた。

「盗賊だ! あの時の盗賊が姿を現したぞ!」

 海上で俺達レッド・ツイスターと戦った事を覚えているのだろう。一人の海賊が騒ぎ出した。袖の中に隠し持っていた指の長さ程のナイフを投げつける。狙い通りにナイフは騒いでいた海賊の腹に刺さった。運が良ければ生き残るだろう。

 左から迫ってきていた長髪の海賊がサーベルを振るった。あらかじめ予測していた俺は屈んでそれをかわし、短剣で海賊の太腿を切り裂いた。

「すぐに止血しないと死ぬぞ」

 俺は軽く忠告してやると前方を睨みつけた。

 ガタイの良い海賊が両手を広げて待ち構えている。全身に飛び道具を装備しているような俺と肉弾戦でもやろうっていうのか?

 もう木の硬貨も石の硬貨も使い切ってしまった。千カリムにもなる銅の硬貨を使いたくはなんだが……。

 俺は断腸の思いでネカーとネマーに銅の硬貨を装填した。

 ちなみに今入れた分は先程の靴底海賊からカッパらった硬貨だ。両銃に十枚ずつの硬貨が補充された。ちなみにネカーとネマーにはそれぞれ最大で二十枚の硬貨を込める事が出来る。

 海賊の足を吹き飛ばして再起不能にしようとした矢先、その巨体が宙を舞った。

「がるるるるる〜」

 涎が滝のように流れている。ぼんやりと虹がかかっているように見えるのは現実逃避のせいか、俺が泣きたくなっているせいだろうか。

 背中に龍を刺繍している凶暴そうな人間とは全く別の、死そのものを纏ったカリューが俺の目の前に立ちはだかった。

 カリューは微動だにしない。

 俺も両手に構えた銃を動かせない。最早思考能力がないはずのカリューが慎重に俺を観察しているようだ。絶好の獲物を見る目つきで。

 俺とカリューとの距離は五メートルもないだろう。盗賊には距離感も重要なため間違いはないはず。

 その中間に先程カリューに打ち上げられた海賊が落ちてきた。

 その眼には最早生気が感じられない。頑丈そうな身体を貫いている爪跡が見えた。

 地面に血の花を咲かせた海賊を飛び越えてカリューが仕掛けてきた。

 やらなければやられる!

 俺は銅の硬貨が込められた銃のトリガを引いた。普通の人間相手なら急所を狙えば確実に絶命させられる銅の硬貨だが、頑丈なモンスターと化したカリューになら致命傷にもならないかもしれない。

 そんな俺の心配をよそにカリューは難なく俺の放った硬貨を避けた。

 野生の勘とカリューの洞察力が上手くミックスされているようだ。

 しかし洞察力では負ける訳にはいかない。

 カリューの関節の動きに注意を払い、鋭い攻撃が繰り出される前に避ける。

 それでも洞察力について来ない身体の動きのせいで俺は左胸にかすり傷を追った。いざという時の事を考えて鋼の糸が編みこまれた特注のダークスーツを装備してきていたのだが、何なく皮膚まで切り裂かれてしまった。

「このスーツ高いんだぞ!」

 俺は素早い手の動きで左手に持っていたネカーを短剣に持ち替えて、すれ違い様にカリューの背中を切りつけた。カリューの背中から人間と同じ赤い血がほとばしる。しかし浅い!

 方向転換したカリューが大口を開けて俺の背中を狙う。

 俺はカリューとすれ違った事により目の前に見えたレッジャーノ邸目指して、何度目かのダッシュを開始した。

「ちっ」

 カリューの鋭い牙が俺の背中をえぐったようだが、気にしている場合ではない。

 カリューと戦闘をしつつクリアの元に行くんだ!

 先程吹っ飛ばした巨体の海賊が頭に浮かぶ。

 今のカリューは制御されていない。

 だから仲間のはずの海賊も吹っ飛ばしたんだ。近くにラムズがいないせいだろう。それでも邪魔者を消すには十分過ぎるパワーがある。

 このままクリアの元に辿り着ければ、とりあえずクリアが人質にされる事はなくなる。邪魔者は片っ端からカリューが倒してくれるだろうから。

 俺はそこでクリアを助けて戦線から離脱すれば、後は何とかしてくれるだろう。後から来るであろう秋留が!

 あそこでガロンに両手を羽交い絞めにされている、クリアの場所まで辿り着ければ、後は……!

「ガロンか!」

 海賊幹部のガロン。留置所に入れられていたせいか緑色で統一された趣味の悪い帽子とスーツは汚れているが、危険そうな顔付きは変わっていない。

 そこら辺にいる雑魚海賊からならクリアを助け出せると思っていたが、ガロンとなると話は別だ。

 しかし海上で戦った時とは違って、今は主力としていた散弾銃は持っていない。何とかなるだろうか?

「そろそろか」

 獣の足に比べたら俺の走る速さなど役に立たない。それは分かっていた。

 俺は後ろを確認するまでもなく急停止して左へと飛んだ。

 両手の鋭い爪と大口を開けたカリューが俺の右側を通り過ぎていく。

「お座りだぜ! カリュー!」

 後方からカリューの背中に向けてネマーのトリガを引いた。ネマーが硬貨を放つ軽い反動を右手に感じたと同時に、カリューの背中から血が弾け飛びレッジャーノ邸の門に叩きつけられた。

 やはり普通のモンスターよりは頑丈な身体をしているようで安心した。

 カリューが腹を見せながら痙攣している。

 獣が腹を見せるのは服従の証だっただろうか? 俺はそんな下らない事を考えながらレッジャーノ邸の庭に走りこんだ。

 ガロンと眼が合う。

 そして早すぎると感じる程の時間で意識を取り戻したカリューが、荒い息をして俺の後方からヨタヨタと近づいてくる。

「やはり現れたか。ラムズの時間稼ぎは少し足りなかったようだな」

 ガロンは口にタバコを加えながら器用に喋っている。俺が頭をフル回転している間にガロンは更に続けた。

「いや、こうして人質を手に入れたんだ。時間稼ぎは十分だったかな」

 俺には到底敵わないが、ある程度のスピードでガロンが銃を構えた。一体どこからそんな武器を調達したんだ?

 何の躊躇もなくガロンが発砲してきた。脇腹に激痛が走る。

 突然の事で全く反応出来なかった。

 人間、何か行動を起こそうとする時は身体が少なからず動くものだ。盗賊の洞察力というものはその辺の反動を観察する事により行動を予測するのだが。

 ガロンは身体への反動を起こす事なく、特定の場所を動かせるような訓練をしているに違いない。

「何やってんのよ、ブレイブ! 早くアタシを助けなさい!」

 クリアの大声が傷に響く。

「ほう! やはりこの小娘はレッド・ツイスターと面識があったか。ラムズの報告通りだな」

 ラムズの報告か。

 俺達がモンスターに襲われた時にクリアが一緒にいた事もあった。でもその時はラムズはまだ牢屋の中だったはず……。モンスターに襲われた時に姿を見かけた甲羅……タトールが俺達の事を観察して、海賊達がクリアを人質に取る計画を練ったという事か!

「ちっ!」

 俺は思わず舌打ちした。

 パルメザンの言った通り、狙われていたのは俺達だったか。罪の無い一般市民を巻き込む結果となってしまった。何としてでも名誉を挽回しないと!

 俺は傷口を押さえて立ち上がった。あまりの痛さに気を失いそうになる。

「おっと! 怪しい行動を取るんじゃないぞ」

 ガロンの銃口が俺の眉間を狙っている。こいつら悪海賊達は人を殺す事に何の躊躇もないようだ。そこが俺との大きな違いか……。

「負けたよ、行け……」

 俺の台詞にクリアが考えられる限りの罵倒を俺に浴びせてくる。

「何だと? そんな戯言が通用すると思っているのか!」

 ガロンの冷徹な顔に影が落ちる。

「俺達のボスを殺したのはテメェらしいからな!」

 もうガロンとの距離はほとんどない。

「死ね!」

 瞬間、耳に全神経を注ぐ。トリガを引く、その時に銃の中から発せられる機械的な音を聞き取る。

 俺は音に合わせて天を仰いだ。

 額を銃弾が掠め、と言っても大分深くえぐられたが、致命傷は受けていない。

 それでも血が噴出したため、ガロンは油断したに違いない。俺を倒したと。

「がうっ」

 俺の後方で獣の呻き声が聞こえた。

 人を平気で殺めるガロンよりも数倍凶暴なモンスター、カリュー。

「な! 俺が狙ったのはお前じゃないぞ!」

 ガロンが慌ててカリューに弁解するが、獣使いでもないガロンの言葉が通じる訳もない。

 地面に倒れた俺の視界に映ったのは肩口に銃弾を食らって、怒りに燃える瞳を輝かせたカリューだった。

 そのカリューの身体が俺を飛び越えてガロンを襲う。

「ぐあっ!」

 ガロンが叫んだ。それと同時にクリアの小さい悲鳴が聞こえた。俺は死体のフリをしているため視界は天を向いているが、クリアの声が出た場所とガロンが叫んだ場所がズレているのは分かった。

 俺は勢いよく起き上がると、クリアの悲鳴が聞こえた場所まで走った。顔面に血が流れているため視界はほとんど遮られているが、クリアの目立つ黄色い髪が俺の手の中に飛び込んできたのが確認出来た。

「ブレイブ!」

 怒っているのか感謝しているのか分からない口調でクリアが叫ぶ。耳元で怒鳴るな。

 狭い視界だが眼を凝らすとガロンがカリューと格闘しているのが見える。

 ガロンの被っていた帽子がカリューに切り裂かれた。

 ガロンの白く長い髪が地面に散らばる。

「邪魔する奴は死ね!」

 まずい!

 カリューが殺されては元も子もない。そこまでは考えてなかったぞ!

 俺は慌てて銃を構えようとしたが両手が動かない。下を見ると、またしてもクリアが俺の両手ごと身体に抱きついていた。

「ファイヤーバレット!」

 頼もしい声と共に炎の弾丸がガロンの上に覆いかぶさっていたカリューを吹き飛ばした。

 ガロンの放った弾丸はカリューの身体を外れる。

「相変わらず詰めが甘いよ、ブレイブは」

 俺は振り返った。

 そこには光り輝く秋留とお付きの老人の姿が見えた。

「秋留おね〜ちゃ〜ん!」

 クリアが俺の元を離れ秋留に抱きついた。俺も便乗して抱きついてしまおうか。

「アタシ、怖かったよ〜」

 そもそも玄関からクリアがトンカチを持って飛び出してこなければ、こんな事にはならなかったんじゃないのか? 俺はあまり深く考えないように頭を振った。

「がううううううう」

 散々ダメージを受けたカリューだが、身体から煙を発しながらも攻撃してきた秋留の方を向いて唸る。カリューを攻撃してガロンから遠ざけてなかったら、今頃はカリューは死体になっていたかもしれないのに。

 秋留に感謝しろ、カリュー!

「秋留お姉ちゃんに何をするつもり!」

 クリアが叫ぶ。

 その叫びにカリューの唸り声が一瞬止まった。

「ちっ! 分が悪いな……ボックス!」

 ガロンが謎の単語を発した。ボックスって箱の事か?

「なんだい」

 近くに置いてあった木箱から声が聞こえてきたようだ。確かにボックスだ。中に人でも入っているのだろうか。

 え?

 俺達の見ている目の前で木箱が形を変えていった。いや、正確には木箱に手足が生えていった。

 いやいや。

 俺が木箱だと思っていたのは、ただの茶色の服だったようだ。盗賊の眼を誤魔化せる程の限りなく木箱に近い体格。名前はボックスなのだろうか?

「この場所を突破して港に向かう。武器を出せ!」

 ガロンに言われてボックスはおもむろに服の中に手を突っ込んだ。

 ボックスの懐から出てきたのは血だらけの爆弾だった。信じられん。あいつは身体の中に武器を隠し持っているのか。ガロンが銃を持っていたのも頷ける。

 と驚いている場合ではない。奴らは逃げるつもりだ。

 俺は銃を構えたが突然の疲労に襲われてその場に片足をついた。血を流しすぎたようだ。

「どけ」

 俺は意識を失う直前にボックスが爆弾に火を付けたのが分かった。秋留はクリアを、ジェットが俺を抱えてその場を離れたのはすぐ後だったに違いない……。

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