青い森での話
今回は長いよ
とは言っても今までが短すぎただけか…
青い森での話
◇◇◇
「紫色だと思うんだけどなあ」
窓の外に見える“青い”花を見て思わず呟いた。
「青くしてこようか?」
色彩の妖精、フィオレトヴヨ(愛称フィオ、私はフィーと呼んでいる)がイタズラっぽく白い歯を見せて笑っている。
この森は絨毯のように青い花が咲いているので、青い森と呼ばれている。何の花かは知らない。
「いや、遠慮しとく」
外は相変わらず、降りしきる雨が森をうっすら白く見せている。
私は白いコーヒーカップに手を伸ばした。
しかし、コーヒーを飲もうとして、私の頭は真っ白になった。それは目に映ったもののせいだ。
正気に戻った私は、手を伸ばしてそこにいたフィオの腕を掴んだ。
「あのさ、コーヒーの色変えるの、止めてくれないかなぁ。」
「ひぇっ…」
フィオは顔を青くして、逃げようとするも腕を捕まれているので逃げられない。
私は黄色くなったコーヒーを横目で見ながら、《科学の発展した人間主体の世界》で見たペンキというものを思い出した。今、このコーヒーはそんな感じのすごい色だ。
「こ、こここ紅茶だったら綺麗なんだよ…」
そう言いながら目を白黒させながら慌てて色を戻し始める。
紅茶だったら綺麗だろうがなんだろうが、これはコーヒーだ。
変えた色を戻すのには時間がかかるみたいなので、また外を眺めることにした。外は相変わらず雨が降り続けている。
私はフィオが戻したコーヒーを飲んだ。ダメだ、すっかり冷めてしまっている。
降りしきる雨を眺めていると、どたどたと妖精たちが入ってきた。いつもこの家にやってくる妖精だ。
騒がしいな。しかめ面を隠さずにそちらを見ると、雨が降っているのに全く濡れていなかった。
「青い森がおかしいの!」
妖精がそう言って騒ぎ立てる。
もちろん信じるわけがない。
妖精たちの話はほとんどが他愛ないことだ。
この前も、狐火の行列が出たとかすぐ嘘だとわかるような話をしてきた。この世界に狐はほとんどいない。
「なにがあったんだ?」
それでも一応聞いてみる。暇つぶしにはもってこいだからな。
一人が話し出した。
「あのね、赤い木の実を取ろうとしてたの。甘くて美味しいんだよ!今度取ってきてあげるね!えーと、そうそう!でも手が滑って落としちゃったの。
それで急いで取りに行ったんだけど、そのとき木にぶつかりそうになって、でもでもぶつからなくて、なんて言ったらいいんだろう…気づいたときには木の反対にいたの!」
うん、妖精の話はやっぱりわかりにくいな。
要約すると、甘くて美味しいりんごを取ろうとしたら手が滑って、取ろうとしたら木にぶつかりそうになったが、木に当たらずに木の向こう側に出たと。
「つまりすりぬけたんだな?」
「それだよそれ!すりぬけ!」
「すりすり〜」
「ぬけぬけ〜」
「すりす―」
なんでも遊びに変える妖精が変な踊りをし始めたのは放っておいて、さっそく調査にいこう。暇だし。
「お前達が濡れてなかったのはそのすりぬけの所為か。」
なるほどそれならつじつまが合う。それならこの話は本当だということだ。そして私は雨のなか濡れずに行けるのだ。
「違うよ〜」
そう言って一人の妖精は外に出て、大きな葉っぱを見せた。ちょうど妖精ならすっぽり隠れて余りある大きさだ。
「傘使ってたのかよ!」
…なるほどそれならつじつまが合う。そして私は雨のなか濡れながら本当か嘘かわからない話の調査に向かった。畜生…
◇◇◇
細く強かに雨が土色を打ち、青い花たちは私が森を行くのを静かに見ている。
いろいろ歩いたが森に特におかしな所はなかった。
おかしなところといえば雨が届くはずのない、生い茂った木の足下の土にまで水が染み込んで、濃く染まっていたぐらいだ。
少し前から雨は私の服や体をすり抜けていくようになった。
蜘蛛の巣を払うために持っていた棒も、手をすり抜け、持てなくなってしまった。まあ蜘蛛の巣もすり抜けていくから、気にならないが。
妖精たちは木をすり抜けて面白がっている。
私はそんな気持ちになれなかった。どうしてもこの現象の原因が分からない。
「きっとラースだよ」
フィオは面白そうに話した。
「詳しくは知らないけど、クラースニャーだと思うよ。モノをすり抜けさせることができるって噂になってた。」
「ほう、面白い妖怪だな」
「違うよ妖精だよ」
妖精と聞き驚いた。妖精らしくない力だなと思ったからだ。私の知る限り、似たようなことができる妖精はいない。
「じゃあ、そいつを探すことで決まりだな。」
私はそのラースに会いたくて仕方なかった。
すり抜ける能力!とても面白いじゃないか!
だが、このとき私はフィオとラースの能力があそこまで面白く絡み合うなんて、考えてもみなかった。
空から降り注ぐ雨は木を、葉を、そして私を突き抜けていく。
◇◇◇
今だに雨は降り続いている。と言っても私が濡れることは依然として無い。フィオは他の妖精たちがそうしてたように木々を突き抜けて遊びだした。
フィオが突然「とつげきー!」と言って突っ込んできた。私は一瞬身構えたが、すぐにどうせすり抜けるんだからと思い、突撃を受け入れた。
しかし何故かすり抜けなかったせいで、頭突きをもろに食らってしまった。
後ろでフィオが頭をずっとさすっている。たんこぶが気になっているのだろう。
もちろん私が殴ったのだ(笑)
「で、どこにいるんだ?そのクラースニャーとやらは。」
振り返るとフィオは地面にしゃがみこんでいた。
「フィー⁉︎」
さすがに妖精相手にやり過ぎたか。
そう心配したのも束の間、フィオがすぐ立ち上がって木の影に隠れた。同時に私に向かって木から魔力弾が飛んできた。
上体を横に倒して躱す。よく考えると木をすり抜けて飛んできたのか。
「多分、あれが、ラース」
今のは挑発だったようだ。魔力弾は二つのみで、続けて来る様子がない。
フィオが飛んできて耳打ちした。木陰から顔を出してフィオの指す方向を見やると、少し離れたところに赤髪の妖精がいた。
目が合う。
「なんで隠れるの?《化かし合い》しようよ」
赤髪はイタズラっぽく笑いかけてきた。私は首を横に振る。無駄だというのに逃げるの?とラースは煽ってくる。
「こいつがやる」
私は戸惑うフィオを前に押し出した。
《化かし合い》とは、遥か昔、妖狐と化け狸の能力比べがはじまりとされる試合のようなものだ。
長い間聞かなかったが…久しぶりに聞いたな。
ラースは「ふーん」とだけ言い、フィオを見据えた。フィオと“化かし合う”ことにしたようだ。
フィオもいつのまにか乗り気になっている。
化かし合いは遊びだ。気軽にするものだ。決闘と言わない理由はそこにある。
私がやらなかったのはもちろんめんどくさいから。
「じゃあ一回でも攻撃にあたったら負け、でどう?」
「いいよ」
勝負はすぐに始まった。
ラースが先手必勝とばかりに魔力弾を打つ。フィオはそれをひらりとかわす。
お返しとばかりフィオも弾を放つ。しかしラースは躱すことなく、その場に立っていた。
魔力弾はラースに向かってまっすぐ飛んで行き、ラースをすり抜けその先の地面で弾けた。
「そうだ!すり抜けるんだった!」
フィオはすり抜けることを思い出した。
同時にラースの弾もすり抜けると気づき、躱すのをやめた。
これじゃあ勝ち負けがきまらない。
だがフィオは思いついた。
「攻撃は殴るとかでもいいんだよね」
私に殴られてたんこぶができたことを思い出したのか。
「なんだ、気づいたの」
ラースはにやりと笑った。そして素早くフィオに詰めよってきた。
ラースの蜂みたいな羽は素早い動きに適してるんだろう。
「本当はさりげなく近づいてやるつもりだったんだけどね」
ラースは針を刺すかのような鋭い突きを放つ。
しかし蝶のような羽のフィオはそれをひらりとかわす。
「この世界では知られていないみたいだけど拳法って言うんだー、これ。」
ラースは手刀の突きを放ち続ける。
「けんぽー?面白い名前だね!」
ひらりひらりと舞い遊ぶようにフィオは躱し続ける。フィオは妖精の中でも躱すのだけはやたらうまい。
「でもフィオの方がすごいよ!」
フィオは舞い上がってラースから距離を取った。
「シュックァップ!」
フィオがそう叫んだ。フィオの周りのものがどんどん白に変わっていく。やがて地面は雪よりも白くなり、木も葉も絹よりも白くなり、フィオの体も真っ白に変わった。
まるで紙で作られたような世界がそこに出来上がった。
そして雨で影でできない今、フィオは見つかりにくい。
「うわぁ↑面白ーい↑」
一人、色があるラースは黄色い声をあげる。
お気に入りの技なのだ、とフィオはちょっと得意気になる。
「もっと褒めてもいいよ。」
言葉をラースの前に残し、フィオは音もなくラースの後ろにまわった。そして勝負の決まる一発をラースの背中に放つ。
勝負が決まった…はずだった。
真っ白なフィオの手は色のあるラースの体をすり抜けた。
「にひひ」
ラースはしてやった。とばかりに笑って後ろを振り向いた。フィオはとっさに後ろに飛び退いた。
「う゛っ」
後ろに飛んだ勢いで木に強く背中を打ち付けてしまった。
「なんですり抜けないの?」
ラースはフィオの前に立ち、言った。
「ワタシの勝ちだね。」
◇◇◇
それからしばらくは喧嘩だった。
「何言ってんの?木に当たったのはラースの攻撃じゃないよ!」
「いや、ワタシの攻撃だ!あの時突き飛ばそうとしたもん!」
「攻撃じゃない!どうせすり抜けてた!」
「攻撃だ!」
「攻撃じゃない!」
さっきからずっとこの調子である。勝敗はドロー。私が勝手に決めたがそれでいいだろう。正直飽きた。
やっぱり妖精は何年生きてもこの『(バカ)』が取れることはないな。
まあ少しは楽しめたし良かったか。文字通り視界が真っ白になったときは驚かされた。
ん?真っ白?
私はふと気づく。青い森が真っ白な森になっていることを。
「おいフィー、森の色、戻しておけよ」
フィオの顔が青ざめていく。
◇◇◇
青い森のすり抜け現象の謎はこれでわかった。赤毛の妖精、ラースの力は色に依存してすり抜けさせることができる能力らしい。
完全に自在に色が変えられるフィオが有利のはずなんだが。
「ワタシが勝った」
「フィオが勝ったの!」
…後ろで喧嘩してるこいつらにそれを言うとめんどくさいからやめておこう。
真っ白になった森はもう元の色に戻っている。
あれは色を変えたのではなく。吸いとっただけだそうで、私には何が違うのかよく分からないが、まあとにかく、すぐに元の色に戻すことができた。
じゃあなんで青ざめたんだよ。
どうして自分の力を忘れてるんだよ。
所詮は妖精か。
一週間後、どこかの森でイロオニがはやりだした。
ラースとフィオが協力して森に魔法をかけたとか。ルールはどうなったか知らないがまあたのしそうでなによりだ。
《石の砦》のコウモリ、《霧の館》の蛇、《監獄》の鬼などの強い妖怪たちも、イロオニを軽くみていて妖精に瞬殺されたので必死になってリベンジしていると聞く。
さあ、私はそんなこんなで主のいない建物に忍び込むとするか。
ああ、もちろん土産話くらいはもって帰ってくるさ。
青い森での話 終わり
毎回謎ですみません
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