09
「さて、本題に入ろうか……の、前にちょっと待って。デザート頼むから」
二人がパニーノを食べ終わり、漸く当初の目的であるこれからの話に入るのかと思いきや、チェルカは徐にメニュー表を取り出しデザートを物色し始めた。
「君も食べるかい?」
「いや……私はもうお腹一杯だよ」
「そう。じゃあ俺の分だけ注文するよ。すみません、苺のパンナ・コッタ一つ」
店員にそう呼び掛けるとチェルカはやや満足そうな表情を浮かべた。どうやら甘いものが好きらしい。
「それで、これからの話だけど」
「うん、お金を稼ぐんだよね?」
昨夜のチェルカの言葉を思い出しつつセレスは先回りした。賞金稼ぎを使うと言っていたが、それがどのくらい稼げるものなのかセレスには皆目見当がつかない。そして、貯めた金で買うと言っている飛行船がどのくらいの値段なのかも。
しかし、どうやらセレス自身全て自分の足で旅を続けるということには不便さを感じていたらしく、飛行船を買うことに異論はないようだった。チェルカの強引さを踏まえて諦めたのかもしれないが。
「このあと依頼所に行って片っ端から手っ取り早く稼げそうなやつを潰していく予定なんだけど……君は、どういう仕事はしたくないとか、そういうのはあるかい?」
「どういう仕事はしたくないって?」
首をかしげたセレスに「例えば、討伐とか」と答えてからチェルカは黙った。セレスは自分を襲ってきた狼を全て強制的に眠らせた娘だ。その辺に躊躇いなど有るわけがないという考えに至ったのだろう。
だが、急に黙ってしまったチェルカを不思議そうに見たセレスの発言は、そんなチェルカの先入観から来る考えを容易く裏切るのたった。
「うーん、討伐は嫌、かな。極力、私が意思を持って相手の命を奪う行為はしたくないんだよ。大人しくさせる……とかだったら構わないんだけど」
「へえ」セレスの言葉にチェルカは意外そうな表情を浮かべる。「殺すのは嫌なんだ」
「嫌だよ。むしろ好きっていう方の気が知れない。頭おかしいんじゃないの?」
「そうかもしれないね」
チェルカはクツクツと笑い、セレスは笑わなかった。
「そっか。じゃあ討伐系が嫌なら採取系を重点的に請けて貰おうかな。あとは捜し物とか」
「分かったよ」
すんなりとセレスは頷いた。するとタイミングを見計らったかのように「お待たせ致しました」と店員がやって来て、チェルカの前に苺のパンナ・コッタを置いた。それだけでチェルカは分かりやすく嬉しそうな表情を浮かべる。
「さて、方針は決まったけど、ここで君にとって一つ弊害が発生する」
真っ白なパンナ・コッタと赤い苺のソースを一緒にスプーンですくいつつチェルカは言った。
「弊害?」
「そ。君に関する記憶だ」
言ってすくったものを口へ運ぶ。そして、割と真剣な話をしているというのに、それに似つかわしくないほど幸せそうに顔を綻ばせた。
「俺が居る以上、もう君には君に関する記憶を消させない。これはいいね? ただ、これから依頼所に行って俺たちは依頼をほとんど総なめしてくる予定だから、君が今まで消して回ってきたのが全て無駄になるくらい君のことが町の人たちの痛烈な記憶となって残るんだ。多分だけどね」
そう言ってまたチェルカはパンナ・コッタを一口食べた。
「ああ、そういうこと」チェルカにやや呆れた表情を向けつつセレスは言う。「そのことなら……まあ、いいよ。諦める」
「いいんだ? に、しても随分あっさりだけど?」
確かにそうである。モンスターの記憶すら消して回るくらい完膚なきまでに自分の存在を消してきた人間のものとは思えないほどのあっさりさだ。こんなにあっさりと考えを変えてしまえるほど軽いものでは無かったように思えたのだが。
「だって、貴方は死なないんでしょ?」
私を置いていかないならいいよ、とセレスは少しだけ微笑んだ。