09
「ねぇ、チェルカ」ハーブティを飲みながらセレスは言った。「いろんな事があったね」
チェルカはそれに対し多くは語らず、ただ「そうだね」とだけ返す。
「この呪いずっと嫌だったんだけどさ、でもこれがあるお陰で最近楽しかったような気がするよ」
「気がする、なんだ?」
「んー、だって大変なことばっかだったんだもん。特にチェルカと会ってから」
いいながら、セレスはへにゃりと笑った。
確かに大変なことばかりだった。痛い思いも、苦しい思いも沢山して、失うものも色々あった。
「でも、誰かとずっと一緒にいるのって久しぶりで……飛行船とか初めて乗ったし……」
「そうだねぇ……初めてあったとき、君、森で野宿しようとしてたよね。ご飯なんて食べる必要ある? なんて言っちゃってさ。シャワーもろくに浴びずにその辺の川で水浴びとか……ほんと、原始的だったよね」
「そ、それはなんか……仕方ないんだよ」
目をそらすセレス。仕方ないといったものの、特にいい言い訳も思い付かなかったようだ。きっと、実際のところ生きていくことが面倒くさくなっていたのだろう。だから、必要最低限の生活を送っていた。でもそれは、隣に誰かがいることで変わった。
「……フィカイアは、今どうしてるかな?」
「さあ? リオと会うために必死にリハビリでもしてるんじゃないかなぁ?」
宝石の山は中々険しいからね、とチェルカは笑った。それでも多分、彼女ならそう遠くないうちに彼に会いに行くのだろう。長い間放置されていた肉体でも、恋心があればさして問題ではない。彼が未だに待ち続けていることを知ったのだから余計にだ。
「……ねえ、セレス。君はもう、決めたのかい?」
少し置いてからチェルカが尋ねた。その表情は何処か寂しげだが、まだ優しく微笑んでいる。
「んー、なんとなく、決めたかなぁ?」
自分の事なのに疑問系で言うセレス。もしかしたら、まだ少し悩んでいるのかもしれない。しかし一応決まったには決まったらしい。
それを聴くとチェルカは短く「そうか」と言い、それに対してセレスは「うん」と頷いた。そして少し、気まずい沈黙が流れる。
この沈黙の間、二人は一体何を思っているのだろうか。不老不死ではなくなったあとの事だろうか。それとも、不老不死のままの未来だろうか。或いは、未来など想像せずに膨大な過去を振り返っているのだろうか。どれにしたって、その心境が複雑なことは確かであるが。
「……そっか。決めたのなら、じゃあその決意を聞く前に言わなきゃいけないね」
沈黙に耐えきれなくなったのか、やがてチェルカは自分に言い聞かせるようにそう言った。
「セレス」
姿勢を改めるようなしぐさを見せてから、真っ直ぐにセレスを見つめてチェルカは言った。立ち上がることはしない。他になにかをするわけでもない。ただ、その表情はとても真剣だ。
「俺は、君のことが好きだよ」
「……へ?」
それは、予想だにしない告白だった。
「ずっと前から好きだった。好きだったから追いかけて、捕まえて、話し掛けた。一目見たときからずっと可愛いと思ってた。俺は、この短い間、君といられてすごく満たされたよ」
温かな笑みを浮かべてチェルカはその想いを紡ぐ。恥じることなく、堂々と。後悔しないように、自分の想いを全て口にしてセレスに伝える。
「ワガママを言うとするなら……これからも君と過ごせたら、俺はずっと幸せだよ」
そしてチェルカは悪戯っぽく少年のような笑みを浮かべた。その表情をきっかけに、セレスがチェルカの告白を理解したのか突然顔を真っ赤にする。
「えっ、と、その……あの……」
しどろもどろになり目が合わせられなくなる。頭の中はパニックで、体温が急上昇しているのが端から見ても明らかだった。
「ああ、そんなに考えなくてもいいよ。答えは要らない。ただ、伝えられなくなる前に伝えられれば良かったんだ。君がどちらを選ぶのか分からないけどさ」
そう言ってチェルカはセレスをいとおしそうに見つめて笑い、セレスは顔を赤くしながら口を尖らせ「卑怯だ」と呟いた。
それから少しして、ずっと席を外していたビアンコが店舗スペースへ戻ってきた。正しくは、二人に呼ばれて戻されたのだが。
「私を呼んだ、ということは、答えは決まったのでしょうか」
寂しそうな顔でビアンコは問う。
するとチェルカが、その質問に答える前に質問を返した。
「ひとつ聞きたいんだけど、セレスの呪いってどうやって解くつもりなの? あと、俺の方も何とかしてくれるわけ?」
そういえばそうだ。ビアンコは選択を迫りはしたものの、その具体的な解決方法を示したわけではない。今さら出来ません、とは言わないだろうが、選ぶ前にどんな風に事を解決するのかと言うのは聞いておきたい話である。
「ああ、そのことですか。
まず、セレスですが、こちらは呪いの時間だけを止めます。一瞬だけでもいい。セレスの肉体はそのままで、呪いを一時的に停止させてしまえば、呪いの効果はなくなるでしょう……。これは、リヴェラ君、貴方がいれば簡単ですね。
次に、リヴェラ君の方ですが……貴方は、魔力の暴走により時間が巻き戻り続けてしまっているのが原因です。ならば、その暴走を止めてあげれば時間の流れは正されるでしょう。具体的に言うと、貴方の限界を越えるくらいの量の魔力を消費すればいい、ということです。こちらは私が相手をして、この森でやっていればどうにかなるはずです」
「へぇ……って、ほとんど力技じゃん」
「何百年も継続し続ける不老不死を無理矢理止めるんですから、力技にもなりますよ」
少し皮肉げに笑うビアンコ。その表情はなにかを隠しているようにも見えた。何らかの意図があって、もっと効率的な手段をあえて隠しているような、そんな。
「んー……方法云々はどうだっていいや」
そんな二人の会話をセレスはその一言で軽く一蹴する。どうでもいいはずがないのだが、こちらはこちらでなにか考えがあるのだろうか。
「結論を言う前に、私も伝えたいこと、ちゃんと伝えるよ」
ちらりとチェルカをみて、セレスは恥ずかしそうに笑った。チェルカの告白に対する返答……というわけではなさそうだが。
「フィカイアに言われたときも思ったけど、やっぱり今さら両親がどうとか言われても私にはよくわかんないよ」
でも、とセレスは一歩踏み出して両の腕を広げて、ふわりとビアンコを抱き締めた。そして耳元で囁くように言う。
「待っててくれてありがとう、ビアンコ」
この一言で、きっとビアンコの数百年は報われたのだろう。




