08
それから数分後、三人は再び地上に戻り、ビアンコの家の店舗スペースにいた。なんでも、二人には『選択しなければならないこと』があるのだとか。
「じっくり考えてください。その間は、この家に寝泊まりしていいですし、食事も私が作りましょう」
そう言ってビアンコは二人にハーブティを出した。
「食事はまたあとでお出しします。まずは、話をしましょう。お二人が選択しなければならないことについて、です」
チェルカもセレスもハーブティに手をつけず、じっとビアンコの方を見つめて次に何を言うのか注目する。
「……お二人とも、その不老不死をどうにかすることができます。生まれ持ったものではないから。
お二人に選択してほしいというのは、この事についてです。不老不死をやめるか、やめないのか……これを、ここでじっくりと考えてください」
ビアンコはとても悲しそうな顔をしている。二人にとって、その表情は不思議でならなかった。ビアンコが不老不死の仲間が消えてしまうことを憂いているようには見えない。
それに、そのことについてじっくりと考えなければならないのは何故なのだろうか。確かに、不老不死というのは全ての生命における憧れのようなものだった。しかし、二人は実際にそれになることで、不老不死が決していいものではないと知っている。確かに便利な部分はあるが、しかしそれは苦しみと哀しみを永遠に繰り返さなければならないという欠点である。
まして、セレスに至っては呪いによる不老不死だ。セレスはその呪いを解きたくてここにいる。呪いを解くために、何百年もずっと旅をしていた。それなのに、悩む必要などあるのだろうか。
「……リヴェラ君はどうか分からないのでセレスだけ、一言言っておきます。
セレスの不老不死は知っての通り、呪いによるものです。だから、呪いを解いてしまえば不老不死ではなくなる……そうですね?
しかし、問題なのがここで一つ。セレスは死に続け、生き返り続けているタイプの不老不死です。時間が停滞している、或いはリヴェラ君のようにある一定の時から時の流れと同じ速さで巻き戻っている訳でもありません。……故に、セレスは、呪いを解けば間違いなくここで死んでしまうでしょう。死に続け、生き返り続けたサイクルが途絶え、死んだままになります。
私が選んでほしいのは……貴女が、選択しなければならないのは、そういうことです。生きるか、死ぬか。そのどちらかを選んでください……」
ビアンコは辛そうな顔で言うと、「暫く二人で考えていてください」と店の奥へ消えていってしまった。店には、事実を告げられた二人だけが残る。
「……生きるか、死ぬか……」
まだ実感がわかないような顔でセレスが呟いた。すると、それを聞いたチェルカが眉間にシワを寄せて苦しそうな顔をする。しかし、それをセレスは見ていない。
「ここにきて、こんなことを考えるなんて思わなかったよー……そっかぁ、呪いによって生きてるんだね、私」
どうしてもその実感がつかめないらしく、セレスは曖昧に笑った。その表情からはどちらを選択してしまうのかは分からない。悩んでいるようにも思えない。
逆に、そんなセレスを見るチェルカの方が深刻そうな表情をしていた。今にも泣き出してしまいそうにも見える。きっと、問答無用でセレスを留まらせたいのだろう。しかし、セレスの想いを無視するわけにはいかない。セレスが生きるという選択をするということは、今まで通り消えていく記憶に恐怖しながら、若干の苦しみを背負って生きていくということだ。『普通の人間になる』という道は存在しない。
そんな葛藤が、今チェルカの中で起こっていた。
「ねぇ、チェルカ」ハーブティを一口飲んでセレスは言った。ハーブティはまだ温かくて、熱くなくとても飲みやすい。「このハーブティ、美味しいよ」
へらっと笑って見せるセレス。その表情を見てチェルカは脱力した。そして「知ってるよ」と答える。
「これでケーキとか甘いものでもあったら最高だったね」
「贅沢だよ」
「贅沢かな?」
顔を見合わせて二人はクスクスと笑った。そういえば、こうしてゆっくりとお茶を飲むのは久しぶりだ。最近はずっと飛行船の中での食事だったから、簡単なものしか食べていなかった。
「でも多分、頼めばビアンコさんは作ってくれるよ。そういう人だったみたいだからね。元本体が」
「それって、私のお父さん?」
「そ。バーなのに料理を作る方が楽しくなっちゃったんだってさ」
「へぇ……」
その料理は食べてみたかったね、と最初の頃には考えられないような発言をしてセレスは微笑んだ。
ビアンコさんが完璧に再現してくれるよ、とチェルカはつられて笑った。




