07
ビアンコに案内されたのは山の麓にポツンと一軒だけおかれた二階建ての家だった。
他の家だったものたちと同じように、壁は植物の蔓が絡み付いて侵食しているが、植物に支えられているような印象はない。むしろ、植物が装飾となり可愛らしい印象を与えた。
どうやらこの家は店でもあったらしく、ビアンコが開けたドアから中に入ると、そこは店舗スペースのようだった。いくつかのテーブルと椅子、それからカウンターがあり、カウンターの中は簡素なキッチンスペースとなっている。また、その後ろは大きなガラス棚になっており、沢山のグラスや食器が目に入った。
「ここは……?」
「昔、バーを経営していたんですよ。なにか飲みますか? 食べ物もお出しできますが」
カウンターの中に入ると、ビアンコはそう言いどこからともなくシェイカーとマドラー、それからグラスを取り出した。作る気満々である。
「今はいいよ。それよりもここに案内したってことは、見せたいものでもあるんじゃないの? 俺の疑問を解消してくれるんでしょ?」
セレスがなにかを頼む前にチェルカがさっさと断った。どうやら苦い記憶がここにあるらしく、入ってからと言うもののあまりいい表情は浮かべていない。
「そうでしたね。それでは、行きましょうか。この家の地下……そこにリヴェラ君への答えと、セレスに見せたいものがあります」
そう言うとビアンコはカウンターからでて、カウンター横の扉を開けた。そこには廊下があり、奥は居住スペースとなっている。
「一番奥の部屋です」
開けた扉から廊下に出ると、ビアンコは真っ直ぐに奥の部屋へと歩いていく。その後ろについていく二人には、今ビアンコがどんな表情を浮かべているかなど知る由もない。
奥の部屋に辿り着くと、ビアンコは二人が来ているのを確認してから床の一部を開いた。どうやら隠し階段があったらしい。開いた床の下から、地下へと続く階段が現れた。
ビアンコはその階段を無言で下りていき、二人も無言でついていく。
階段を下りきったその先には、巨大な氷の塊があった。
「お見せしたいものは、これです」
氷の塊には正面と呼べるものがあるのだろう。ビアンコはその前に立ち止まった。それにならい、セレスとチェルカも立ち止まり顔をあげる。
すると見えたのは、氷の中で眠る一組の男女の姿だった。
「……ッ、これ……!」
チェルカはこの男女を知っている。目を見開いてビアンコの方を向くと、ビアンコは悲しげに微笑んだ。
「死ぬまでが、長すぎたみたいなんです」
そう言ってビアンコは氷にそっと触れた。何が起こるわけでもなく、氷はビアンコの手を冷やすだけで溶ける様子も見せない。
氷の中にいる二人は寄り添って眠っていた。否、寄り添っているというよりも、男の方が女の身体を抱き締めているというべきか。
女の髪の毛は銀色で、その輝きは氷の中に閉ざされている。顔は男の胸に埋もれているせいで見えない。
男の髪の毛は夜のように黒く、その暗さは氷の中でも失われていない。女とは違い、男の方の顔はよく見える。ビアンコと瓜二つで、幸せそうな顔で眠っていた。
二人の髪色はセレスの髪色とよく似ている。根元の黒と、毛先の銀。不思議なグラデーションを描くその髪は、氷の中の二人を混ぜ合わせたようだ。
「セレス、この二人がーー貴女の、両親です。私は、墓守としてここに居続けました。なにか、ご質問はありますか?」
「……墓守って……じゃあ、二人はもう」
目を伏せたビアンコにセレスが問う。こんな形でいれば生きていると思うことはないのだが、それでも確認のために訊きたかったのだ。それに、ビアンコとの関係も気になる。ビアンコは自身を“元”分身と言った。しかし、分身が分身でなくなるなんて話は聞いたことがない。それに、分身は本体が分身を作る力を失えば消えてしまうのが通常だ。それなのに、何故ビアンコはここに居続けるのか。
「……お二人とも、寿命を迎えた訳ではなく、永遠に時を止めることでこの状態になりました。本当は、こんな氷漬けにしたくはなかったのですけれど……そこは力不足でして。
……ああ、そんな話は置いておきましょう。気になるのは、私のこと、ですね?
私は確かにこのアホ主の分身でした。まあ、いろいろあって私には自我が芽生え、主が生きている間、私は主とは別の人間として生きていました」
一回だけ自分の主を『アホ』と呼んだような気がするが、蔑んでいる訳ではないのだろう。どうしてか、その表情からは親しみと尊敬の意を感じられる。
「別の人間として生きていたとはいえ、まだこの時点では私は分身で、主は本体だったので、主が私を保てなくなれば私は消えたんですけどね……。
主が、死ぬと……永遠に自分の時を止めると決めたときに、主は私に全てを移したんです。魔力、五感、生命力、そして主の血。私はこれらを得て、主と立場を逆転することになりました。まあ、主は元々人間なので、肉体が消えることは無かったんですが」
「つまり、ビアンコさんが今は本体ってことでいいのかな?」
「はい。そういうことになります。そしてヴァンパイアの寿命は永遠に等しくあるので、私は生き続け、今もここにいます」
それから一呼吸おくと、ビアンコは暗い微笑みを明るい笑顔に変えて言うのだった。
「そのお陰で、成長した娘の姿が見られたのだと思うと、本当に役得ですね。ざまあみろ、アホ主と軽く煽っておきましょうか」
その笑顔はとてもいい笑顔だった。




