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ラブラドライト  作者: 影都 千虎
記憶は出逢うもの
70/77

04

 ずるり、ずるりと自分の血が抜かれていく音が聞こえる。

 今まで、斬られるのは勿論、爆発させられたりなんなりと本当に散々なことをされたチェルカだったが、吸血されるというのは初めてのことだった。そして、普通に殺されるよりも何倍も恐怖があり、普通に殺されるよりも何倍も急速に力を失っていく感覚がした。

 自分の中身を、根こそぎ持っていかれるような、そんな感覚。

 それは、逃れようとしても逃れることは叶わない。

「きゅーーきゅう、けつ……」

「ヴァンパイア、と呼んでいただいた方が格好いいですよね」

 血を吸うのをやめ、口許についた血を拭うと、おどけるように魔女は言った。相変わらず目もとは見えず表情は半分しか見えない。

「それにしても貴方、面白い力を持っているみたいですね。変な味がしました」

 首をおさえ、力が抜けて崩れそうになりセレスに支えられたチェルカに魔女が言う。そして魔女はチェルカの目の前に立つと、突然両の腕でチェルカの頭を抱えた。

「ちょっと、視せてもらいますよ」

 視せてもらう。その行為が、その言葉が、何を意味しているのか、それはセレスが十分に知っている。

 記憶を読む。記憶を奪う。記憶を操る。セレスと同じ能力を持っている。むしろ、こっちの方がセレスよりもずっと強く、性能がいいかもしれない。加えてヴァンパイアだ。

 恐らく、今まで姿を見せなかったのは弱点である太陽が出ている時間だったからだろう。夜になり、活動時間になったから出てきた。そして、その出てきたのはとんでもない相手だった。

「なぁんだ」チェルカから手を離すと、魔女は心の底から楽しそうに、そして懐かしむように言う。「貴方だったんですね」

 その様子から見るに、どうやら知り合いらしい。だが、チェルカからすればそんなことはないらしく、心当たりもない様子だ。

「あら、覚えていらっしゃらないんですか? 薄情ですねぇ……」

「……ッ、薄情もなにも、出会い頭に血を吸う知り合いなんて居たこともないしいてほしくないんだけど」

 ふらついたのを建て直したあとで、皮肉げに笑ってチェルカは軽口を叩く。魔女はそんなチェルカの軽口に気分を害したわけでもなく、むしろ気分を更によくしてーー心底楽しそうに、しかし何処か嫌そうに言う。

「その言い方……前から似てるとは思ってましたけど、成長して更に似ましたね。ねえ、リヴェラトーレ君?」

 その言葉に首をかしげたのはセレスだけだった。

 リヴェラトーレとは一体誰のことなのか。残念ながら目の前にいるその男はリヴェラトーレなんて名前ではなくチェルカである。等と思っていたのだが、どうやらそう思っていたのもセレスだけだったらしい。

「あは、は、はは、あははははッ」

 突然の爆笑。

 声を出して、涙でも出ているのではないかと言うぐらい、これでもかと言うぐらい、チェルカは笑う。

 そして、ひとしきり笑った後に自虐的な笑みを浮かべて言った。

「そんな名前で呼ばれるなんて何百年ぶりかなぁ……二度と呼ばれないつもりだったよ」

「はい、私も二度と呼ばないつもりでいましたよ、リヴェラ君」

 どうやらリヴェラとはチェルカの昔の呼び名だったらしい。それも、何百年も前の。恐らく、チェルカがここに来る最中で言っていた、子どもの頃の呼び名なのだろう。どちらが正しいのか、どちらも偽名なのか、どちらも正しいのか、それはセレスにはわからない。ただ、二人のやり取りを見守ることしか出来ない。

「そういう貴女はビアンコさんでしょ? ビアンコ・ネーヴェさん。アフィニティーって呼んだ方がいいの?」

「ネーヴェでいいですよ。アフィニティーなんて名乗る気は更々ありません。それよりも、本当に……お久し振りですね、リヴェラ君」

 言って、ビアンコと呼ばれた魔女はフードをとった。

 夜のように黒い髪が露になり、また彼女の表情もすべて見えるようになる。

 長い髪は後ろで一本のみつあみにして纏められていて、眼は紅く血色に光っていた。

「ああ、ごめんねセレス。君にもわかるように説明するよ。えっと……彼女はビアンコ・ネーヴェ。俺が子どもの頃の恩人であり犯人、かな」

「はんにん……」

「そ。ちょっとした事件を起こしてね」

 それは私ではないですよ、とビアンコが言うのを無視してチェルカはセレスに言った。

 説明を受けたセレスはチェルカの言葉を頭に、ビアンコをまじまじと見つめる。チェルカが子どもの頃からいたと言うことは、目の前の彼女も自分達と同じく不老不死の存在である。希少であるはずの不老不死が三人も同じ場所に揃うなんて、なんだか不思議な光景だった。

「……え?」

 逆に、セレスに見つめられたビアンコは何かに気づく。

「あな、たは」

 視線がセレスの至るところへ動く。そして信じられないような嬉しいような悲しいような申し訳ないような懐かしむような、とても、とても複雑な表情を浮かべて一歩、また一歩とゆっくりセレスへ近付く。

「……あなたが」

 震える声で彼女はそういうと、今にも泣きそうな顔でセレスを思いきり抱き締めた。

「よかった……! あえて、よかったッ!」

 強く、強くセレスを抱き締めて、泣きながら言う彼女にセレスはされるがままになるしかなかった。

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