07
セレスがシャワーを浴びにいってから二十分ほど経過しただろうか。唐突にとてつもなく激しい音と共に脱衣所の扉が乱暴に開かれた。
「私の服はどこ」
扉を乱暴に開いた犯人であるところのセレスは髪を濡らせたまま、至極不服そうな顔で声に怒気を孕ませ言った。その服装はセレスがシャワーを浴びる前まで着ていたものではなく、真っ白でシンプルなデザインのキャミワンピになっている。
そんなセレスに、眼鏡をかけソファーに座り本を読んでいたチェルカは、ゆったりとした動きで読んでいた本を閉じ眼鏡を外すとニヤリと笑って「よかった、似合ってるじゃん」なんて言った。全くもって会話になっていない。
「私の、服は、どこ?」
セレスは苛立ちを隠そうともせず再度問う。その際に、チェルカに近付いてチェルカの胸ぐらを掴むことを忘れてはいない。分かってはいたが、中々行動が不穏な発想の娘である。
「洗ったよ。いや、違うな。洗うために洗濯機に突っ込んであるって方が正しいね。寝るまでには洗い終わるだろうから、明日の朝には乾くよ」
チェルカは胸ぐらを掴まれても尚、ニヤニヤとした笑いをおさめることなく呑気な声で言う。「代わりの服を用意したはいいけど着てくれないかと思ったよ」なんて一言を付け加えるのも忘れない。確かに、怒っているのに用意された服はしっかり着ている様は見ていて微笑ましい以外のなにものではない。俗に言うツンデレというやつにしか見えないのも仕方無い。
「だってこれ以外に服無いし……そもそも、私鍵かけてたのにどうやって」
「鍵なんて俺の前じゃ無意味なんだよね」
「なんて人なの……」
飄々としてるチェルカにセレスは諦めたようにがっくりとうなだれた。どうやら何を言っても言い返されて負かされてしまうと理解したらしい。
「でも」チェルカから離れベッドに座りセレスは素朴な疑問を口にする。「よく私がシャワー浴びてる間に買ってこれたね」
確かに、セレスがシャワーを浴びていたのは本の二十分ほどの間だ。当然宿には服など売っていないわけで、買うには宿から出なければならない。しかも時間が時間なので、まだ閉店していない服屋を探さなければならなかったはずだ。二十分というかなり限られた時間の中で脱衣所に潜入し、セレスの服を洗濯機に突っ込み、宿を出て服屋を探し、セレスに合うサイズの服を購入し、宿に戻り、服を置いて、ソファーに座り優雅に本を読むなんて至難の技だろう。しかも疲れた様子をひとつも見せていない。一体どんな魔法を使ったのかと問いたい気分だった。
「ああ、俺ぐらいになると二十分もあれば何でも出来るようになるんだよ」
「どういうこと?」
「こういうこと」
そう言ってチェルカはいつの間にかセレスの隣に移動していた。その動きをセレスは全く認識することが出来なかったらしく、瞬間移動してきたかのようなチェルカにとても驚いた。
「……答えになってないよ?」
「そうだね、答えてないよ。だって俺はもう既に答えたはずだもん」
「……ああ、そういえば」
そうだった、とセレスは納得のため息をついた。そう、チェルカは時間を操作することが出来るのだ。ならばチェルカの前に時間と言う概念を出すことは無駄だろう。どんな時間であっても彼なら簡単に操ることができてしまうのだから。
「そのままの服で寝るだろうと思ったからね、これからはそれを部屋着にしなよ。プレゼントだ。流石に下着を買う勇気は俺にはなかったから、そっちは明日以降になるけど」
「当たり前だよ」
というか下着まで用意されてたらぶん殴ると思う、とまではセレスは言わなかったが、それ相応の冷たい視線をチェルカに向けた。確かに、下着まで用意していたらただの変態である。
「で、訊きたいんだけど」セレスの冷たい視線をヘラりと笑って受け流しながらチェルカは話題を切り替えた。「君って何処かに行きたいとかはあるのかな?」
「何処かに行きたいって?」
「目的地。世界を宛もなくフラフラしてるのか、そうじゃないのか」
「ああ……」どうしてこんな簡単な問いを読み取れなかったのだろうとセレスは自分にやや失望しつつ素直に目的地を伝えた。「私は呪われてるから、その呪いを解けそうなものがある場所を回ってるんだよ。次は『獣人の宝玉』があるっていう獣人の棲みかを目指してたかな。場所がわからないから獣人がいそうなところをしらみ潰しにしてたんだよ」
「そりゃあ……」
気が遠くなりそうな旅だ。とチェルカは呆れたように言った。そして暫し考え込んでから「決めた」と決意を口にする。
「飛行船を買おう。賞金稼ぎを使えば、君と俺で飛行船を買う金ぐらいすぐ貯まるさ」
「へ?」
チェルカの突然の発想にセレスは首をかしげさせた。
「移動手段にもなるし、一々宿を取る心配がないのも魅力的だろう? よし決定。そうと決まったら早速明日は稼ぎにいこうか。ちなみに君に拒否権はないと思ってよ? 俺が君に同伴すると決めた以上、君の生活面の自由は俺が半分握ってると思ってくれ。嫌なら俺の記憶を消すことだね。無理だろうけど」
それじゃお休み。と、どうやら異論を訊く気も無いらしくチェルカは脱衣所に入っていってしまった。取り残されたセレスはどうすることもできない。
「……まあ、別にいいんだけど」
困ったように独り言を呟いて、セレスはそのままベッドに倒れ込み眠りにつくことにした。
何百年ぶりのベッドはとても温かく、よく眠れたようだ。