03
特に景色に変化が見受けられないまま二人は森の内部をひたすら石造りの道に従って進み続けた。しかし、何が起こるわけでもなく、気付けば森の外、木の葉の間から少しだけ見える空が暗くなっていることに気付いた。だが、森内部はまだまだ明るい。
「……いつの間にか時間がたってたことよりも、静かすぎる方が割と問題かもね」
困ったようにチェルカがため息をついた。
チェルカの言うとおり、ただ時間がたっていただけならば、明日一度飛行船まで戻ってまた別の場所から探索をすればいいので特に問題はない。
しかし、静かすぎるという方をとれば。そちらは、暗にここには何もないのだと示しているともとれる。
何もない。
この森に魔女なんていない。魔法に関係する何かもない。
ただの、昔滅んで森になった町。
そうであれば、ここに来たのは完全に無駄足だったし、セレスのための記憶や呪いに関する情報は手元から消え、また一から情報収集を始めるところに戻ってしまう。
いくら時間が腐るほどあるとはいえ、そんな徒労はごめんだった。
「……むしろ、これから何かあったりして?」
「その線もあり得るね……。そっちだったら、一番俺たち向けって感じがするけどさ」
ちまちまと探し回るよりも、向こうから何かを仕掛けてくれた方がやりやすい。力で解決というのはかなり楽な手段だ。
これから夜になる。
それが、相手の活動時間とイコールであるとか、夜の森は危険でこれから豹変する、等の意味を持っていればいいな、なんてあまり平和ではない思考を持ちながら、二人はとりあえず前へと進んだ。
「……この町はどれくらい前に滅んだんだろうね?」
代わり映えのしない景色を眺めながら、チェルカはそんなことをポツリと呟いた。
こんなに建造物の残骸があるのだ。ここが最初から森だったなんてことはないだろう。森の中にあった町とも思えない。滅んで、人が消えて、放置されて、そしていつしか植物の楽園になったのではないだろうか。
何百年か前までは人の暮らす場所だったのだと思うと、少しだけセンチメンタルな気分になってしまう。
図書島で一時期自分の暮らしていた国について調べていたチェルカにとっては余計にそうだ。調べた結果、国は滅んでいた。
「なんか、こういうのをみると、どうしようもなく時の流れを感じちゃうね」
悲しそうにチェルカは笑う。セレスは何も言わず、そして笑いもしなかった。
変わっていく周囲と、変わることのない自分。その残酷なまでに差が生まれてしまった時間は決して埋まることはない。ただただ、取り残されていく。
「……ここに住んでた人たちは、どうしてるんだろうね」
「さあ? 他の土地に移り住んでったんじゃないかな」
「ーーここがまだ町だった頃にいた人たちは軒並み亡くなりましたけどね」
「まあ、そうだろうねーー……ッ!?」
セレスとチェルカの会話に突然混ざった知らない声。あまりに自然に入ってきたため最初は気付かなかったチェルカが、とても驚いた表情で勢いよく後ろを振り向いた。だが、そこに人はいない。
「あぁ、こっちですよ。こっちこっち。貴殿方の前にある木の上ですよ」
声はやや楽しそうに自分の居場所を教える。声からして女。だが、大木の枝に据わった姿は頭まですっぽりとフードを被った黒いローブ姿で、性別を判断することはできなかった。
「よいしょーーっと。初めまして、今晩は」
彼または彼女は、木から飛び降りると礼儀正しく挨拶をする。決してフードがとれることはなく、正体を晒す木は無いようだ。
「……君は、誰?」
分かりやすく木の上にいたというのに、彼または彼女が声を発するまで存在に気づくことは無かった。そのことに若干の危機感と警戒心を抱きつつチェルカが問う。
「貴殿方が探し求めている者、だと思いますよ」
「……この森の、魔女?」
「ええ、何故かそう呼ばれています」
フードのお陰で目もとは見えない。だからどんな表情をしているのか半分しか分からないが、口許はニヤリと笑っていた。
「戦いますか? 力で解決をしたいのでしょう?」
クスクスと馬鹿にするように魔女は言う。その挑発にチェルカが「そうだね、その方がすぐに終わると思うけど」と答えると、魔女は「なるほど」と言った。
そして、いつの間にかチェルカの背後をとっていた。
「なーーッ」
「確かに、すぐに終わりそうですね」
時間を操作することができるチェルカが全く反応できていない。チェルカだって、なにもしていなかった訳ではない。実は、セレスの知らないところで一度時間を止めて一発、挨拶がわりに何かをかまそうとはしていたのだ。
しかし、時間を止めたとき魔女はすでに消えていた。
そして、時間を戻したとき、魔女はチェルカの背後にいた。
背後から「いただきます」なんて言う声が聞こえる。
いただきます? 何を? 何が?
チェルカが軽いパニックに陥っている間に「チェルカッ」と叫ぶセレスの声がした。
だが、その声も遅く、ぶつりと何かを貫く音がして、少しすると何かを啜る音がチェルカの耳元から響いた。




